2011年10月2日日曜日

菅谷昭さん(長野県松本市長/医師) チェルノブイリから学ぶ、福島原発事故への対応~人体への影響と対策・チェルノブイリでの5年半の医療支援から

チェルノブイリから学ぶ、福島原発事故への対応~人体への影響と対策・チェルノブイリでの5年半の医療支援から

(福島県保険医協会第39回定期総会 記念講演 要旨)


▲菅谷昭さん(長野県松本市長/医師)

《はじめに》

6月18日、保険医協会では第39回定期総会の記念講演を、
菅谷昭さん(長野県松本市長/医師)を招き
「チェルノブイリから学ぶ、福島原発事故への対応
〜人体への影響と対策・チェルノブイリでの五年半の医療支援から」
と題して開催。医療機関や自治体などから計149名が参加しました。
以下に講演の要旨を記載します。

なお、同講演の模様は福島県保険医協会ホームページ
http://www.fms.gr.jp/index.php?module=Jouhou&action=Detail&eid=3307
において、動画を一般公開中です。講演の詳細はそちらをご覧下さい。




(1)チェルノブイリの経験 皆さんこんにちは。私は医療者としての立場もあり、
かつ地方自治体の長でもあるので、非常に複雑な思いで話をさせて頂きます。

また、本日は参加される皆さんにとって、また福島の方にとって大変厳しい話になると思いますが、私は不安を煽るわけではありません。
事実を話します。現実問題として事実を知っておかなければならないと思っています。
▲ベラルーシの大地。
一見すると汚染大地には見えません。
(1)−1 ベラルーシ共和国  
ベラルーシの面積は日本の半分くらいで、森と緑に囲まれた農業国です。
この写真(右)を見る限りでは汚染されているとは分かりませんし、
ここに住んでいても身体に異常が出るとは思いません。しかし実は、
ここは汚染されて人が住めない地域です。
放射性物質は、目に見えませんし、匂いもしない、味もしないため、
一見すると何の異常もありません。

チェルノブイリ原発事故から5年後の1991年。
チェルブイリ原発のすぐ近くの地面の放射線値をサーベメイターで測定しました。
すると針が振り切れて、警戒音がなりました。これはマズイということで、
内部被曝を防ぐため、ハンカチで口・鼻を覆いました。
私自身も全く無防備なカッコをしていました。強烈に放射線を浴びているけど、
その時は何も感じない。だから放射線は怖いと思います。

また、その頃から子どもの甲状腺ガンが増え、事故発生後10年目でピークを迎えています。
子どもの甲状腺ガンというのは本当に稀で、日本では100万人に2人くらいが発症します。
世界でも同様です。しかし、事故後、15年間で697症例を扱いました。
(左下図参照)

今年でチェルノブイリ原発事故から25年が経ちますが、半径30?地域は未だに住めず、強制退去が続いています。実際には、高度の汚染地域は住めないので、軽度とか中程度の汚染地域に住んでいます。しかし、お年寄りなどは故郷を大切に思い、お墓参りなどしなければならないと、戻っています。国はそれを黙認しています。

(1)−2 ポーランドの迅速な対応

チェルノブイリ事故直後、ポーランド政府はモスクワ政府を信用できないと考え、非常にすばらしい迅速な対策をしました。

▼ポーランドの緊急対策 その1

1986年4月26日、午前1時23分、チェルノブイリ原発事故発生。
ポーランドでは、4月27日夜、初めて大気放射能汚染を確認。特に北東部の地域で高度汚染。大気汚染の80%は放射性ヨードによることが判明。

28日午前10時までに、ポーランド全土で、大気、土壌、水の汚染を確認。24時間非常事態体制発動。

28日夕刻、タス通信がチェルノブイリ原発で事故と小さく報道。(海外向けの報道のため、国民は知らなかった)

政府は緊急対策委員会を設置。国立放射線予防センターで、18名の小児の甲状腺被ばく量のチェックを実施。モスクワからの信頼できる情報がないため、最悪の事態を想定して初期予防対策を検討。

▼ポーランドの緊急対策 その2

4月29日(事故より4日目)正午…厚生省は中央薬剤協会にKI(ヨードカリ)溶液剤の準備を指示。午後3時…薬剤の配布を指示。全ての病院、保健所、学校、幼稚園等を通して、入手できるようにした。

〈投与量〉新生児…15mg、5歳までの小児…50mg、6歳〜大人…70mg
特に、妊娠・授乳中の女性には、強制的ではないが内服するように指示。5月2日までに一千万人以上の子ども(ポーランド小児人口の90%以上)と700万人の成人(人口の25%)が内服。

大気汚染の状況が改善してきたので再投与はせず。ヨード剤投与による副作用はなかった。

▼ポーランドの緊急対策 その3

1.5月15日まで、乳牛に新鮮な牧草を与えることを全国的に禁止
2.1000ベクレル/L以上の汚染ミルクを、子どもや妊娠・授乳中の女性が飲む事を禁止
3.4歳以下の子供には、原則として粉ミルクを飲ませる(不足の粉ミルクはオランダより緊急輸入)
4.子どもや妊娠・授乳中の女性は、できるだけ新鮮な葉菜類の接種を控える様に指示。

(2) チェルノブイリ事故は現在進行形

現在、現地で活動している小児科の先生は「子どもが風邪をひきやすいし、治りにくい。それに子どもが疲れやすく、貧血が出てきている。」と話しています。免疫機能が低下しているのです。これらは、チェルノブイリエイズ(後天性免疫不全)と言われています。

また周産期の問題もあります。早産や未熟児がこの10年間で増えています。胎児の子宮内発育遅延が起こり、異常分娩なども増えています。

甲状腺ガンはある程度おさまりましたが、これからは、子どもに影響が起こることが予測されるので、私共の医療基金では周産期医療に力を入れ、小児科医や産婦人科医の育成や、医師の技術向上のためになんとかしようとしています。

その医師の一人に軽度汚染地に住んでいた女医さんがいます。彼女は松本に周産期医療を学びに来ていた時、長崎に行き、放射線医学研究所で内部被曝の検査をする機会がありました。

彼女は「母親も医師で、自分も医師なので、できるだけセシウムが体内に入らないようにしてきた」という話をしていました。しかし結果は、セシウムの蓄積濃度が高かったのです。本人はやはりショックだと話しており、未婚なので、子どもを産んでよいものかとも悩んでいました。

彼女はまたこのような話もしていました、「現地に住んでいる人は決して経済的に豊かではなく、身近でとれたものを食べるしかありません。内部被曝に注意してきた私でさえ蓄積濃度が高いのだから、住民はたぶんもっと高いだろう」と。

セシウムが身体にどのような影響を及ぼすかは分かっていません。軽度の汚染地といっても長年住めば影響は出てくるでしょうが、彼女自身、爆発当時受けたものによって影響が出たのか、それとも長年住んでいる為に影響がでたのかは分かりません。なにより一番の問題は、チェルノブイリ原発事故による汚染被害の状況は現在も進行中だということです。まだまだ何が起こるか分かりません。

(3) 放射線学は分からないことが多い

放射線というのは子ども、特に乳幼児、胎児など、若ければ若いほど影響を受けやすいのは分かっています。子どもは成長するために細胞分裂が活発なため、また胎盤を通して、胎児に影響がでます。更に、半減期が短いものほど、非常にエネルギーが高いのです。内部被曝は、それらが体内から細胞を傷つけます。私は福島原発事故当初から内部被曝に注意すべきだと呼びかけてきましたが、ほとんどの人が分かりませんでした。

内部被曝のルートは「呼吸」「皮膚(傷、ケガ)」「経口」の三つがあります。それらのルートを絶って、なるべく体内に取り込まないようにすることが大切です。例えば、「体内に入っても尿や便などで80%排泄されるから大丈夫だ」と言われていますが、この際、身体に残る20%については触れられていません。だから、皆だまされてしまいます。体内に残った20%がガンを発症させる可能性は否定できません。

一方、外部被曝を防ぐために注意することは、「放射線を浴びる時間を短くする」、「距離を置く」、「壁(遮へい)を置く」ことです。

しかし、放射線学はまだ学問として新しい分野です。その中でも、外部被曝についてはかなり分かって来ていますが、内部被曝については分からないことがたくさんあります。専門家も、「面倒なのは内部被曝。なぜなら分かってないから」と話します。様々な実験は行われていますが、ヨウ素やストロンチウムやセシウムなどが血液を循環して、生体内の細胞レベルでどのような動態を示すのかが分かっていません。

だから私達が参考にできるのはチェルノブイリ原発事故しかないのです。チェルノブイリの現状をきちんと把握して、それに準じて福島も考えて下さいと呼びかけています。
▲チェルノブイリ原発事故後、定期健診に向かう家族の様子

(4) 福島での対応を考える   (4)−1 定期的健康診断の実施

ベラルーシではチェルノブイリ事故後、年2回ほど定期的に放射線医学研究所に通って、健康チェックを受けています。福島でも国の責任の下に、長期にわたる健康診断を続ける必要があります。そのためには、福島県内への国立放射線障害総合医療センター・疫学研究機関等の設置が求められます。

大人たちは原発によって、あるいは電気を使って豊かな生活を享受してきましたが、いざ事故が起こると、子ども(社会的弱者)などが一番に被害を受けます。これからは特に、子どもの甲状腺ガンの発生などが怖いですから、大人の責務として子どもたちを守ることが大切です。

(4)−2 国へ正確な情報公開を求める

先日、ベラルーシからこういう連絡が入りました。

「チェルノブイリ原発事故は旧ソ連時代の政府が全ての情報を隠ぺいして国民に話さなかった。その結果として甲状腺ガン等が増えてしまった。一方、今回の福島原発事故が起こった時、日本政府は情報を全て公開するから大丈夫だとチェルノブイリ周辺住民は思っていた。しかし、日本の政府の対応について、日本も(ソ連と)同じだったのかと言われている」と。

日本政府は対外的にも、後出しで情報公開をしています。パニックになるからと情報を出さないのではなく、こういう時はマイナス情報も公開してよいのです。そこから日本国民は冷静に受け止め、判断します。チェルノブイリが経験したことを考えれば、人間は必ず立ち直ります。「安全。ただちに影響はない。メルトダウンは起こってない」とメディアでも報道しており、私はおかしいなと思っていました。結果的に2ヵ月経ってから、メルトダウン、メルトスルーが起こっていたということを知らされてもどうしようもありません。

また、ベラルーシは六つの州があり、事故後、二週間目の放射性ヨウ素の汚染地図を出しています。しかし、日本は事故から三ヵ月も経っているのに同様の地図を出していません。水素爆発のときにどれだけの量の放射性核種が出ているのかも分からず、しかもストロンチウム、プルトニウムなども出ていると言われています。私は日本政府は放射性物質の飛散地図を持っていると思っており、公表すべきだと思っています。これからは子どもの甲状腺ガン等を含め、様々な健康被害が怖いですから、福島のリスクは地図がないと判断できません。

さらに、文科省とアメリカのエネルギー省が航空機で上空から福島原発半径八〇?圏内をモニタリングしており、放射性セシウムによる土壌汚染状況を公表しています。それを見ると、私の住んでいたチェルノブイリ原発から90?地点よりも高いのです。私はこれをみて「えっ!?」と思いました。こういうものを出すのであれば、国がもっと詳細に、積極的に把握し、正確な情報を公開しなければなりません。

政府、東電は情報操作をしていないとは思いますが、情報が後から出てくることで国民の不信感を倍化させています。一刻も早く様々な細かいデータを公開して、対応を考えることが大切です。いま国民が思っているのは、自分の政府を信じられないということ。自国の政府が信じられないことは大変不幸な事だと思います。いまの情報化社会では、市民の皆さんに事実を伝えた上で判断してもらわなければいけません。

(4)−3 学童の集団疎開、夏季保養

学童を放射能被曝から防護するために、場合によっては、子どもたちをある時期だけ集団疎開、集団移住をさせることを考えてもよいと思っています。更に汚染された地域で屋内にばかりいたら、精神的にストレスがかかりますから。学校単位でそれを行うシステムを国が考えることも必要です。

私自身、夏休みなどに、福島県の汚染の高い地域の子どもたちを松本市にお呼びして、一週間くらいでもよいので過ごして欲しいと考えています。

チェルノブイリ原発の周辺地域でも、夏休みは国内の非汚染地や海外で1ヵ月ほど過ごしてもらうことを実施しています。子どもと離れることは、お父さん、お母さんにとっても辛いかもしれませんが、子どもの将来のためにそういう方法も視野に入れておいて下さい。

(4)−4 こどもと妊産婦の命を守ろう

人によってそれぞれの考え方がありますから、「多少の汚染は気にしない」というのもよいと思います。個人が考えて行動することが大事で、放射能汚染による健康被害は、自ら注意して対応する他はありません。ただ、「日本は汚染国になってしまった」という現実を、真正面から受け入れる姿勢をもって、相互に支え合うべきです。事実があるわけですから、事実だけでもきちっと把握しておくべきです。

ネイチャーの3月号に「チェルノブイリレガシー(チェルノブイリの遺産)」とあり、「福島もこれからどうなるか分からない。チェルノブイリから色んなことを学びなさい」と書いてあります。しかし、チェルノブイリも収束したわけではありません。そういう意味では福島もまだまだ分かりません。

ベラルーシでは、チェルノブイリ事故後から、妊婦の出世前診断が非常に積極的に行われています。もし異常がある場合には、人工中絶を行っています。福島県内でも、「妊娠しているけど産めない。自分も嫌だし自分の両親も嫌がっている」という話がすでに出ています。

また、食品の問題に関しては「汚染が明らかであれば乳幼児、子ども、妊産婦はできるだけ食べない方がよい。しかし、私のように70歳近い方はどんどん食べよう」と、私は事故当初から言っています。行政の立場から言いますと、生産者の皆さんが暮らしていけなくなります。農作物の基準値が出ているわけですから。それを基準として判断してもよいと思います。ただし、乳幼児、こども、妊産婦は守ってあげて下さい。

最後になりますが、核災害により人類に様々な影響を及ぼしつつあるのは、チェルノブイリに次いで福島だと思います。だからこそ放射線の影響を調査する研究機関を福島県に設立し、長期にわたり広範な疫学調査や健康被害の追跡を行って、世界に発信していくのが我が国の役目ではないかと思います。
▲講演後には参加者からの質問が続出しました。

《会場からの質問と回答》

Q1:乳幼児の親に、「爆発当初は空間線量が高くてマスクをしていたが、最近は意識が低くなっている。実際、効果はあるのか」と聞かれるが、日常生活の指導は行った方がよいのか?

A1:年間1ミリシーベルト以下であれば、神経質にならなくてよいと思います。値が変化したときが一番問題です。福島原発がまだ収束せず、これから先も何が起こるかわからないので、市民の皆さんは常に注視し、ちょっとでもおかしいと思ったら、内部被曝や外部被曝の経路を絶つ方法をとって欲しいです。

Q2:三春の住民は十五日時点で、安定ヨウ素剤を40歳以下に任意で配布し、9割以上の人がとりに行った。服用したのは一度だけだが、その効果の程は?また、魚は食べてもよいのか?

A2:線量が下がってくれば、安定ヨウ素剤は一回の服用でよいと思います。魚については大丈夫だろうとネイチャーにも書いてありましたが、現実には魚介類からも放射性物質が出ています。だから、放射性物質についてはまだまだデータが少なく分からないのです。食べるか否かは先生の判断になります。

Q3:内部被曝について。政府では食品の放射線量を測って、基準値を下回ったものは大丈夫と言っているが本当に大丈夫なのか?ロシアでも食品の管理をしたけども、内部被曝が起こっているとのことなのか?

A3:チェルノブイリ原発周辺地域では、ホコリを吸ったりなどして、そこに住んでいた結果、セシウムの蓄積濃度が高かったとのことだと思います。

食品について、基準値を下回ったものについても汚染が明らかであれば子ども、妊産婦は出来るだけ食べるのを避けて、大人は食べようと私は話しています。気にならなければ気にしないなど、最終的には人間の感情の問題になると思います。私自身も日本に帰って来て胃ガンの手術をしましたが、汚染地にいたから発症したのか、それとも自然に発症したのかは証明できません。ガンの手術をしたのは事実ですと申しています。

Q4:福島の現状が続いた場合、先生の考える最悪のシナリオというのはどういうものか?

A4:チェルノブイリ事故後の影響も現在進行中なので、長期的なことは分かりません。従いまして、福島についても何も全く分かりません。だからこそ、福島の方の精神的ストレスも大変なものだと思います。事実を知った上で、冷静に対応することが必要です。

Q5:最近、ストロンチウムが検出されたと言われているが、水道局はヨウ素とセシウムしか測ってないとのこと。水、牛乳、食物についているのではと疑われるが、如何か?

A5:日本は疫学調査を早くやるべきなので、県民運動等を行い、国にデータを求めるのも一つの手段だと思います。

Q6:妊産婦から「母乳を飲ませても良いのか」と相談を受けている。どう対応したらよいか?多少のセシウムが検出されても飲ませた方がよいという話もあるが、如何か?

A6:難しい話です。最終的には、精神論になるかと思います。自分の子どもに自分の母乳を与えられないという精神的な辛さもと加味されることになります。では、どうして母乳からセシウムが検出されるのかといえば、その多くは食品などから入ったのではないかと思います。もし、全ての妊産婦の調査という体制に関する要望が強ければ、市に対して要望してみたら如何でしょうか。

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【菅谷昭さん(すげのや あきら)プロフィール】

長野県松本市長/医師
昭和18年、長野県更埴市(現千曲市)で生まれ。
昭和43年、信州大学医学部卒業。
平成3年〜松本市のNGOグループによるチェルノブイリ原発事故の医療支援活動に参加。汚染地域における小児甲状腺検診をはじめとして、現地にて支援活動を継続。
平成8年、ベラルーシ共和国に渡り、首都ミンスクの国立甲状腺がんセンターにて、小児甲状腺がんの外科治療を中心に医療支援活動に従事。
平成11年、高度汚染州ゴメリに移り、州立がんセンターで医療支援活動。
平成13年、ベラルーシ共和国での5年半に及ぶ長期滞在を終え帰国。
平成16年3月、松本市長就任。

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(文責・事務局/福田)
(2011-08-01 09:48:36)  

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