2012年6月25日月曜日

山下俊一  子どもたちの甲状腺異常:福島(2011~2012)と長崎(2000)の差が著しい!


福島県の子どもたちの最新の甲状腺エコー検査が発表されました。
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/efd6f2ebe6f200c600f47de8c7147290
http://peacephilosophy.blogspot.ca/2012/04/blog-post_28.html

国内に、被曝していない子どもたちの甲状腺エコーのデータがないかと思っていたら、ありました!
福島県と同じく山下俊一教授らのチームが調査した2000年初頭のデータです。

250人中、Goiter(甲状腺全体の腫大のみ)=4人、5mm 以上の結節=0人、癌=0人、のう胞様変性(cystic degeneration)と単発の甲状腺のう胞(single thyroid cyst)=2人
という結果です。

このうち、最後の2人をのう胞と見なして比較したのが下表です。
イメージ 1




どちらも山下俊一氏が中心となって調査したデータです!

この歴然たる差を知りながら、山下氏らの調査ではそのことに一切触れていません。

癌であるかないか以前に、福島県の子どもたちの甲状腺の状態は明らかに異常なのです!!!



現在山下氏自身が監事を務める日本内分泌学会の英文学会雑誌(Endocrine Journal)で査読、受理、掲載された論文は下記リンクから、フルテキストをダウンロードできます。興味ある方は全文をお読み下さい。「学会論文」というもののいい加減さがよくわかります(後日、別件としてブログに掲載しようと思っています)。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrj1993/48/5/48_5_591/_pdf



Peace Philosophy Centre 様も、フルテキストで下のリンクにアップして下さいました。
ありがとうございました。

https://docs.google.com/file/d/0B6kP2w038jEAQklDRlpNdk5RN2s/edit

この国と原発:第1部


この国と原発:第1部・翻弄される自治体/毎日新聞

2011-08-25 08:44:24 | 社会


原発と関連施設の立地自治体には、さまざまな「原発マネー」が流れ込む。毎日新聞のまとめでは、過去の累計総額は電源3法交付金と固定資産税を中心に、判明分だけで2兆5000億円に達する。原発推進の「国策」を支えてきた交付金制度などの仕組みや歴史を紹介する。

 ◇計画段階から支払い

 自治体が原発から得る財源の大半は、電源3法交付金と発電施設の固定資産税だ。運転開始前は交付金が大半を占め、資産価値が生じる運転開始後は固定資産税が柱となる。

 交付金のほとんどを占めるのは「電源立地地域対策交付金」だ。一部は着工のめどが立たない計画段階でも支払われる。電力会社が現地の気象や地質などを予備的に調べる「立地可能性調査」が始まった翌年度から、立地都道府県と市町村に年間1億4000万円を上限に交付される。

 福島県南相馬市は今月、この受け取りの辞退を決めた。東北電力が同市と浪江町に計画中の浪江・小高原発に伴う交付金。同市は86年度から昨年度までに計約5億円を受け取ったが、福島第1原発事故を受け「住民の安全を脅かす原発を認めないという姿勢を示す」として、今年度分の受け取り辞退を決めた。同原発は当初、79年に運転開始の予定だったが、着工できず、現計画では21年度運転開始予定となっている。

 立地可能性調査から1段階進み、環境影響評価が始まると、交付金はその翌年度から増額(上限9億8000万円)される。

 候補地の選定が難航している高レベル放射性廃棄物最終処分場の場合は破格だ。07年度に大幅に引き上げられ、資料で地層の状況などを調べる「文献調査」が始まっただけで、翌年度から最高で年10億円が交付される。「概要調査」に進むと20億円に倍増する。

 原発の場合、交付額が一気に増えるのは着工の年から。経済産業省資源エネルギー庁が示す試算によると、出力135万キロワットの原発に対し、着工から運転開始までを7年間とすると、この間に計約465億円が支払われる。

 運転開始後は建設中の4分の1程度に減るが、その分、固定資産税が入るようになる。しかし、年数がたって資産価値が下がるにつれて税収は減る。法定耐用年数の15年を過ぎた後は、毎年わずかな額しか入ってこなくなる。

 一方、運転開始から30年が経過すると、新たに「原子力発電施設立地地域共生交付金」が交付され、電源立地地域対策交付金も少し増額される。名目は地域振興だが、古い施設に対する迷惑料と見ることができる。

 ◇電源3法交付金 「原発のため」創設

 電源3法交付金は水力発電なども対象となるが、事実上は原発のために創設された制度だ。電源3法が成立した74年の国会審議で、当時の中曽根康弘通産相が明確に目的を説明している。

 「原子力発電所をつくるとか、そういうところの住民の皆さんは、(中略)非常に迷惑もかけておるところであるので、そこで住民の皆さま方にある程度福祉を還元しなければバランスがとれない。(中略)かつまた積極的に協力してもらうという要望も込めてできておるものであります」(衆院商工委・5月15日)

 詰まるところ交付金は「迷惑料」で、それによって原発受け入れを誘導する意図があったことも率直に語られている。

 制度創設の引き金を引いたのは、日本を翻弄(ほんろう)した第1次石油ショックだった。

 73年10月に勃発した第4次中東戦争を契機に、中東の産油国が原油を3倍以上に値上げした。危機感を強めた政府や電力各社による節電キャンペーンが行われ、東京・銀座でネオンを消灯し、オフィスでエレベーターを止めるなど、「節電の夏」の今年と似たような動きが広がっていた。

 同年11月16日の毎日新聞夕刊は政府の「緊急石油対策本部」設置を報じる記事の中で「石油はもうやめて原子力にしなくちゃ」という男子大学生の声を伝えている。財界や国民の間に、石油に代わるエネルギーとして原子力への期待が高まっていた。一方で、各地で原発建設への反対運動が活発化し、新設がスムーズに進まないことに政府がいらだちを募らせていた時期でもあった。

 こうした状況の中、当時の田中角栄首相が突然「発電税」創設を打ち出した。

 田中首相は同年12月の参院予算委で「原子力発電に対しては抜本的な対策を政府が責任をもって行う」と述べ、特別税を創設して立地自治体に配分する方針を表明した。資源エネルギー庁の外郭団体「電源地域振興センター」が02年に出した報告書には、「事務方の答弁書になかった発言で大いに驚いた」という当時のエネ庁職員の証言が記録されている。

 翌74年2月には、電源開発促進税法案▽発電用施設周辺地域整備法案▽電源開発促進対策特別会計法案--の3法案を閣議決定。同年6月に成立した。

 しかし、高度経済成長は75年には失速。79年の米スリーマイル島原発事故も逆風となって原発新設にブレーキがかかり、交付金支出も頭打ちとなる。交付金を支出する特別会計には、一時期を除き、毎年余剰金が発生している。09年度決算は歳入3912億円に対して歳出が3435億円。477億円が余り、翌年度予算に繰り入れられた。

 電源3法交付金は当初、ほとんどが公共施設や道路など、「ハコモノ」やインフラに使途が限定されていた。しかし、有り余る予算を背景に、80年代から90年代にかけ、高速増殖炉の研究など立地促進とは直接関係のない分野や、産業振興や人材育成など「ハコモノ」以外のさまざまな名目の交付金や補助金が次々に作られ、使途は拡大した。

 拡大の背景には自治体側からの要望もあった。

 電源地域振興センターの02年報告書には「自治体からはハコモノは維持管理費が大変で『何とかならないか』という声がかなりあった」「施設整備だけでは地域の活性化に結びつかないという指摘があった」など、エネ庁の歴代交付金担当者の証言が記されている。「それまでは『釣った魚にえさはやらない』考え方だった」との露骨な表現もある。

 現在は地球温暖化対策などを理由に、火力発電は沖縄県を除いて対象外となり、核燃料サイクル関連施設が新たに対象となるなど、原発関連への傾斜がさらに強まっている。

 03年に電源3法交付金の大部分を占める電源立地地域対策交付金の使途が大幅に自由化された。ただ、電源開発のための目的税を一般財源に近い形で使うことへの異論もある。

 また、国の特別会計改革の一環として、電源開発促進対策特別会計法は廃止され、07年度から同会計は「特別会計に関する法律」に基づく「エネルギー対策特別会計」に再編された。電促税もいったん一般会計に入ってから配分される形となった。

 ◇原発マネー公開、対応分かれる

 電力会社からの固定資産税や寄付の額を公開するかどうかについて、自治体の対応は分かれた。非公開の代表的な理由は「法人情報のため回答できない」(松江市政策企画部)というものだ。

 しかし、情報公開制度に詳しいNPO「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長は「電力会社は公共性が高く、一般企業と一緒にはできない。課税が公平かどうか、寄付が自治体の政策決定に影響を与えないかなど、社会的なチェックのために公開されていい。企業の政治献金が公開されているのも同じ理由から」と指摘する。

 電力会社の対応もばらついた。原発の建設費用について、東北電力は「競争力にかかわる」として回答しなかったが、九州電力は自社のホームページに載せている。東京電力柏崎刈羽原発の場合は、会社は公表しないが、県が公表している。

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 ◇原発と電源3法の歴史

1955年12月19日 原子力基本法公布

  66年 7月25日 日本原子力発電東海発電所が運転開始

  70年 3月14日 日本原電敦賀原発1号機運転開始。大阪で万国博覧会開幕

  71年 3月26日 福島原発(現・福島第1原発)1号機運転開始

  72年 7月 7日 田中角栄政権発足

  73年10月    第1次石油ショック

     12月13日 田中首相が「発電税」創設発言

  74年 6月 3日 電源開発促進税法、発電用施設周辺地域整備法、電源開発促進対策特別会計法(電源3法)が成立

  75年 6月10日 国民総生産(GNP)が前年度比実質0.6%減と経済企画庁発表。戦後初のマイナス成長

  79年 3月28日 米スリーマイル島原発事故

  85年 4月18日 青森県六ケ所村への核燃料サイクル施設設置決定

  86年 4月26日 旧ソ連チェルノブイリ原発事故

  96年 8月 4日 東北電力巻原発を巡る住民投票で反対派が勝利

  99年 9月30日 茨城県の核燃料加工会社「JCO」東海事業所で臨界事故

2001年11月18日 三重県海山町の原発誘致を巡る住民投票で反対派勝利

  02年 8月29日 東電トラブル隠し問題が発覚

  03年10月 1日 電源3法交付金の使途をソフト事業にも拡大

  07年 4月 1日 電源開発促進対策特別会計と石油特別会計が「エネルギー対策特別会計」として統合される

  10年 4月 1日 交付金の使途をさらに拡大。人件費などにも使えるようになる

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 ■電源3法交付金の対象となる事業

 □地域振興計画作成など

 地域振興に関する計画の作成や先進地の見学会、研修会、講演会、検討会、ポスター・チラシ・パンフレットの製作など発電用施設などの理解促進事業

 □温排水関連

 種苗生産、飼料供給、漁業研修、試験研究、先進地調査、指導・研修・広報、漁場環境調査、漁場資源調査、漁業振興計画作成調査、温排水有効利用事業導入基礎調査などの広域的な水産振興のための事業

 □公共用施設整備

 道路、水道、スポーツ、教育文化、医療、社会福祉施設などの公共用施設や産業振興施設の整備、維持補修、維持運営のための事業

 □企業導入・産業活性化

 商工業、農林水産業、観光業などの企業導入の促進事業や地域の産業近代化、地域の産業関連技術の振興などに寄与する施設の整備事業や施設の維持運営などのための事業

 □福祉対策

 医療、社会福祉施設などの整備・運営、ホームヘルパー事業など地域住民の福祉の向上を図るための事業や福祉対策事業に関わる補助金交付事業や出資金出資事業

 □地域活性化

 地場産業支援事業、地域の特性を活用した地域資源利用魅力向上事業など、福祉サービス促進事業、地域の人材育成事業などの地域活性化事業

 □給付金交付助成

 一般家庭や工場などに対する電気料金の割引措置を行うための給付金交付助成事業を行う者への補助事業

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 ■電源3法交付金

 電力会社から徴収する電源開発促進税(電促税)を財源に、立地道県や市町村、周辺自治体に交付される。電促税の概要を定めた「電源開発促進税法」▽交付金について定めた「発電用施設周辺地域整備法」▽交付金を支出する特別会計について定めた「特別会計に関する法律」--に基づく制度。道県にも交付されるため、原発から離れた市町村や住民も一定の恩恵を受けている。

 財源の電促税は、一般家庭からも電気料金に上乗せして徴収されている。税率は何度か変更され、現在は1000キロワット時あたり375円。1世帯あたりの月平均消費電力300キロワット時で計算すると、1世帯あたり月113円の負担となる。

 交付金のほとんどは「電源立地地域対策交付金」。当初は使途が公共施設やインフラ整備に限定されていた。立地市町村の庁舎が立派な造りで、スポーツや文化施設も充実しているのはこのためだ。維持管理に使えず、市町村の財政を圧迫したため、03年に使途の制限が大幅に緩和された。現在は「公共用施設整備」と「地域活性化」に大別され、福祉などの「ソフト事業」にも使われている。

 例えば、福島第1原発5、6号機のある福島県双葉町は09年度、ごみ処理や消防など広域事務組合の負担金1億1910万円のうち1億1830万円▽食事の宅配や介護用品給付など高齢者福祉サービス5176万円のうち3520万円--などに交付金を充てた。住民生活に密着した分野にまで原発マネーが入り込んでいる形で、原発への依存が深く進んでいることの裏返しでもある。

 家庭や企業に直接支給する交付金もある。「原子力立地給付金」と呼ばれ、立地市町村と周辺地域が対象。原発の出力が大きいほど多額になる。福島第1原発では1世帯あたり年8400円が振り込まれ、「電気料金の実質的な割引」(経済産業省資源エネルギー庁)が目的だ。

 自治体への交付金にはさまざまな加算もある。プルサーマル受け入れ▽定期検査間隔の拡大▽運転開始後30年以上経過している--などで、一言で言えば、住民が不安になる条件を引き受けるほど高額になる。

 ■固定資産税

 原発運転開始後は、発電設備の固定資産税が立地市町村の大きな収入源となる。使途に制限はなく、自治体にとっては使い勝手がいい。ただ、発電設備は時間の経過によって価値が下がる「減価償却資産」のため、税収は年々減り、5年後にはほぼ半減する。原発は耐用年数が15年間と財務省令で定められ、16年後以降は最低限度額(最初の評価額の5%)に対してしか課税されない。

 原発立地自治体でつくる「全国原子力発電所所在市町村協議会」(全原協、事務局・福井県敦賀市)のモデルによると、立地市町村には建設費4000億円の原子炉1基で、初年度は35億円余りの税収があるが、耐用年数経過後は1億円余りになってしまう。実際には30年を超えて運転している原子炉もあり、全原協は毎年、法定耐用年数の延長を国に要請している。

 ■寄付

 電力会社から直接自治体にもたらされる原発マネーもある。

 新潟県柏崎市の「柏崎・夢の森公園」は、里山を復元し、研修施設などを備えた約30ヘクタールの公園。「『持続可能な暮らし方』を実践するためのモデル作りと情報発信」(同公園ホームページ)を目指しているという。この公園は東京電力が97年、柏崎刈羽原発の全号機完成を記念して造成を始め、07年に市に寄付した。総事業費60億円。うち18億2000万円は維持管理費として現金で寄付された。ハコモノと維持費をそっくり東電がプレゼントした形だ。

 四国電力は伊方原発建設の際、交付金制度ができる直前の3年間、愛媛県伊方町に計57億円寄付した。寄付が交付金と同じような役割を果たしていた形だ。

 現在でも、交付金代わりになっているケースがある。電力10社で構成する電気事業連合会(電事連)は今年3月、海外から返還される低レベル放射性廃棄物の受け入れに伴い、青森県が出資する財団に2年間で総額10億円を寄付することを決めた。最終的には交付金対象外の県内25自治体に配分される。

 億単位の寄付が匿名で行われることも多い。交付金制度には本来、こうした不透明さを払拭(ふっしょく)する狙いもあった。電源3法が審議された74年5月の衆院商工委員会で中曽根康弘通産相(当時)はこう述べている。

 「寄付金というような場合はややもするとルーズで恣意(しい)的な性格があります。そういう面から見まして、私は交付金というような折り目筋目を正したやり方でやるほうが筋としてはいいんじゃないか」

 その後30年以上、脈々と寄付は続いている。

 ■核燃料税

 原発を抱える自治体が、運転中の原子炉内の核燃料を対象に電力会社に課す地方税。福井県が76年、安全対策や地域振興などを目的に初めて創設し、現在は原発のある全13道県が導入している。核燃料の価格に対して12~14・5%の税率を課している。これまでに6700億円余りが13道県にもたらされた。福井県では今年7月、停止中の原発にも課税することで、実質税率が全国最高の17%となる新条例が成立した。

 使い終わった核燃料にも重量単位で課税する「使用済み核燃料税」もある。市の独自課税で、新潟県柏崎市と鹿児島県薩摩川内市が03年から導入。燃料の使用中は県が、原子炉から出されたら市が取る形となる。


http://mainichi.jp/mai/ssi/images/01/08947.jpg

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 ■自治体に流れた「原発マネー」総額(判明分)

電源3法交付金総額   9152億8300万円

道県の核燃料税     6749億6820万円

原発に伴う市町村税   8920億1299万円

電力会社からの寄付    530億3814万円

合計        2兆5353億 233万円

 ※電源3法交付金総額は経済産業省資源エネルギー庁編「電源開発の概要 2010」より集計。電力会社からの寄付には都道府県への寄付も含む

 ■核燃料税を導入している道県の累計税収額

                導入年度

北海道  139億 900万円   89

青森  1362億     円   93

宮城   158億5115万円   83

福島  1238億3581万円   78

新潟   522億7900万円   85

茨城   258億7000万円   78

静岡   370億2500万円   80

石川    93億2900万円   93

福井  1568億     円   76

島根   166億3324万円   80

愛媛   264億9400万円   79

佐賀   350億6000万円   79

鹿児島  256億8200万円   83

合計  6749億6820万円

 ※2010年度までの累計額


毎日新聞 2011年8月19日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110819ddm010040004000c.html


この国と原発:第1部・翻弄される自治体 清水修二・福島大副学長の話

 ◇交付金制度、廃止すべきだ

 原発が立地するのは、いずれも過疎地域だ。高度経済成長期に電力需要の増大を見込んだ国と、高度成長に取り残されたくない弱小自治体の切迫した思いが一致した形で、原発の建設は進んだ。

 自治体側は産業の集積や都市化が進むことを期待した。しかし、建設業を中心に一定の経済効果はあったものの、一過性のものでしかなかった。電力は送電線で遠くに運べるため、一般企業が原発近くに工場を設置するメリットは少ない。原発関連産業の多くは特殊な分野で、地元の中小企業が担うのは難しい。一方で、原発労働者の給料は地元企業の水準より高いため、労働力の多くは原発に吸収される。その結果、地域の産業構造は原発だけに依存したいびつなものとなってしまう。

 一方、電源3法交付金と固定資産税によって急に裕福になった自治体は、財政規律がどうしても緩みがちになる。当初、交付金の使途が「ハコモノ」やインフラに限定されていたのは、効果を目に見えるようにしたいと国が考えたからだろう。市町村の首長にとっても、実績を形に残せるから好都合だった。創意工夫が必要なソフト事業よりハード事業のほうが楽なのだ。そうして道路など公共施設に多額の支出がなされた。

 しかし、交付金や固定資産税収が減っていく一方で、公共施設の維持管理コストは増大する。原発に新たな設備投資がなければ、収入を維持することができない構造だ。原発の増設を望む自治体があるのは、こうした理由からだ。

 原発の誘致による「発展」は、あたかもコマが外から力を加えられて回っているようなもので、コマは自力で回転しているわけではない。

 それでも中都市並みの所得と豊かな財政を得られる原発は、過疎地域の自治体には魅力的に映る。福島の事故後の統一地方選でも、原発立地自治体で推進派が多く当選する大勢に変化はなかった。

 電源3法交付金は都市に造れないものを過疎地に造るための「迷惑料」にほかならない。国の原子力委員会が定めた「原子炉立地審査指針」は、事故に備えて原子炉は人口希薄な地域に設置するよう義務づけている。仮に自治体が望むように、原発のおかげで周辺人口が増えて地域が都市化したとしたら、原子炉立地審査指針に反する事態になってしまうという決定的な矛盾がある。

 原発の存在には地域格差が前提なのだ。まるで貧しい人の前にごちそうを並べて手を出すのを待つような交付金の仕組みは、倫理的にも許されない。交付金制度は段階的に廃止すべきだと考える。

 地域とは「人らしく生きられる場所」でなければならない。今回の惨事を目の当たりにしてもなお、原発に地域の未来を託せるのか。原発を地方自治の問題として考え直す必要があると思う。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110819ddm010040005000c.html


玄海町、依存体質のツケ◇エネ政策転換、描けぬ未来

 地震大国・日本で、原発とどう向き合っていくのか。東京電力福島第1原発事故は、我々に難しい課題を突きつけた。今後の道を探る連載の第1部は「国策」に翻弄(ほんろう)されてきた自治体の現状を追う。

 「何ば言いよるんだ、この人は!」。7月6日、佐賀県玄海町の町長室に岸本英雄町長の怒声が響いた。矛先はテレビに映る菅直人首相。全原発の安全評価(ストレステスト)実施を表明したことを報じていた。

 町長は2日前、全国に先駆け玄海原発2、3号機再稼働への同意を九州電力に伝えたばかり。首相のひと言で海江田万里経済産業相の「安全宣言」は宙に浮き、町長は「ばかにされた」と同意を撤回。再稼働は見通せなくなった。

 県の北西端にある玄海町はかつて、貧しい寒村だった。県から原発計画の話を持ちかけられたのは1965年。農漁業以外に目立った産業はなく、町民約8000人の1割近くが関東や関西に出稼ぎに行った。町区長会の渡辺正一会長(57)は「どの企業も来てくれず、誘致したのが原発だった」と話す。

 誘致が決まると国や電力会社から「原発マネー」が流れ込んだ。町が受け取った電源3法交付金は総額265億円。町民会館に26億円、温泉施設に17億円、老人ホームに23億円と豪華な公共施設を並べても、お釣りが来た。「ようやく人並みの生活ができるようになった」。山崎隆男元町議(85)は振り返る。「豊か」になるに連れ、反原発の声もなりを潜めた。

 だが、原発マネーは依存構造を生んだ。歳入の6割以上を原発関連が占め、「町民の5割が原発を生活の糧にしている」(岸本町長)。半面、人口は減り続け、他産業は育たず農漁業の担い手も半減した。

 一方、原発の固定資産税は減価償却が進むにつれ年々減る。2号機稼働から10年過ぎた90年代初め、町財政は縮小傾向にあった。息を吹き返させたのは3号機(94年)、4号機(97年)の相次ぐ稼働。06年には3号機で国内初のプルサーマル発電に同意し、核燃料サイクル交付金30億円も入ることになった。

 財政が先細ると原発特需がカンフル剤のように効く図式。4号機稼働から14年がたち、岸本町長は「老朽化した1、2号機に代え、5号機が必要」と唱えるようになっていた。3月11日までは--。

 町の将来には、菅首相の「脱原発」宣言が影を落とす。2、3号機は再稼働の見通しが立たず、1、4号機も年内に定期検査に入る。今年度1億5000万円を見込んだ核燃料税は途切れ、作業員が消えた旅館や飲食店は閑古鳥が鳴く。町民からは「原発がなくなれば真っ先に隣の唐津市に吸収される」との声も漏れる。

 「薄っぺらいベニヤ板に乗せられていたようなものだ」。国策頼みの町が国策によって行き詰まり、町長の苦悩は深まる。財政的な自立の道も模索し始めたが、「原発依存をどう是正していくか思い当たらない。廃炉までの期間、貢献度などに応じた交付金で埋めてほしい」と本音を漏らした。

 <心夢見るアトムの町>。町の入り口の県道沿いに看板が立つ。通り過ぎる車はめっきり減った。町財政を分析した伊藤久雄・東京自治研究センター研究員は指摘する。「依存体質を変えないと町は倒れる。だが、その体質は国と電力会社が押しつけて生まれたもので、貧しい町が狙われた」【蒔田備憲、阿部周一】
http://mainichi.jp/seibu/seikei/news/20110819ddp001040004000c.html


国策推進「しゃーない」



 ◇美浜町「万博支えた」誇り

 ◇敦賀市「脱」意見書に抗議

 地震大国・日本で、原発とどう向き合っていくのか。東京電力福島第1原発事故は、我々に難しい課題を突きつけた。今後の道を探る連載の第1部は「国策」に翻弄(ほんろう)されてきた自治体の現状を追う。

 「町長は私で5代目。歴代、国策に沿って原子力に協力しているんです。今後も進めたいし、国もそうしてほしいのです」。5月4日。福井県美浜町の関西電力美浜原発の応接室で、山口治太郎町長(68)は海江田万里経済産業相に詰め寄った。

 同町と敦賀市からなる敦賀半島には、美浜原発(3基)だけでなく、日本原子力発電敦賀原発(2基)、高速増殖原型炉「もんじゅ」、新型転換炉「ふげん」(廃炉作業中)の計7基が集中する。敦賀原発は70年3月の大阪万博開会式当日から、美浜も同8月から会場に送電。「万博が“原子の灯”で輝いた」ことは、町の誇りだ。同町は歳入の約2割を原発関連に依存するが、山口町長は「万博の時から国の発展を支えてきたんや」と自負する。

 作業員5人が死亡した04年の3号機配管破断事故など、トラブルも多かった美浜原発。福島の事故を受け毎日新聞が4月に実施したアンケートに、山口町長は「安全性が揺らいだ」と答えた。それでも原発を推進する背景には「町民に理解を得る苦労をしてきたのに、今さらはしごを外されては報われない」との思いがある。

 立地自治体では今、「国策」頼みが強まっているように見える。

 6月の敦賀市議会。国にエネルギー政策見直しを求める意見書を原子力発電所特別委員会が全会一致で可決後、取り下げた。将来的に再生エネルギーへの転換を求める内容も含み、地元紙が「脱原発」と報じ、状況が一変した。委員の一人は「脱原発と思って通したわけじゃない。『将来的に』と入れれば丸く収まると思ったのだが」と話す。だが自宅に市民から10件以上、「わしらの仕事なくすんか」と電話があったという。

 意見書を提案した今大地(こんだいじ)晴美市議(60)は4月の市議選で初めて「脱原発」を訴えた。演説で原発に触れると聴衆が減り、「敦賀で事故は起きない」と反論された。4選を果たしたが、票は前回より1割以上少ない1334票。「『しゃーない』が市民の口癖。お上のお墨付きがあると、街づくりが原発任せになった」と嘆く。

 7月4日に敦賀市が開いた安全対策の説明会。町内会組織のトップ、市区長連合会長の奥村務さん(74)は、原発推進を訴えた。奥村さんは「(原発は)ないに越したことはないし、好きな者はおらんよ」と明かす。福島の現状に「原発事故は怖い」と感じる。原発関連の仕事もしていない。それでも旧満州(現中国東北部)からの引き揚げ経験を基に言う。

 「原子力も戦争も国策。日本はエネルギーがないため戦争に追い込まれ、みな国のために戦争をした。代わりのエネルギーはあるのか。どこかが原発を引き受けるしかない」

落ちるカネ、依存体質に

◇巨大施設乱立、土建業が肥大 偏った産業構造脱却は困難--福井・敦賀市

 「原発銀座」と呼ばれる福井県の若狭湾岸にある敦賀市内を歩くと、電源3法交付金や原発事業者からの寄付で建設された体育館やホール、商店街のアーケード、短大や温泉施設まで、人口約6万9000人の地方都市には不釣り合いと思える巨大施設が建ち並ぶ。

 北陸自動車道敦賀インターチェンジ近くの山腹にある市立温泉施設「リラ・ポート」。約9ヘクタールの広大な敷地に、豪華客船をイメージした総ガラス張りの建物と、約300台が駐車可能な立体駐車場を併設する。大浴場や露天風呂のほか、水中歩行で健康増進を図る「バーデプール」と設備も豪華だ。

 02年に完成し、総事業費は約35億円。うち約25億円は高速増殖原型炉「もんじゅ」のナトリウム漏れ火災事故(95年12月)後、文部科学省が創設した交付金だった。

 市や地元経済界は当初、「敦賀の観光客は夏場の海水浴ばかり。温泉は観光の起爆剤になる」と期待していた。

 しかし、総ガラス張りで細長い建物のため、光熱費や人件費がかさむ。山腹にあって交通の便が悪く、初年度から年間約1億円の赤字を計上した。現在も市財政からの補填(ほてん)を続ける。市民は「交付金や寄付に翻弄(ほんろう)されるいつものパターン」と冷ややかに見つめる。

 原発と共存してきた40年余りで、最も拡大したのは土建業だ。05年国勢調査によると、その雇用人口は約5000人。人口が敦賀とほぼ同じ同県鯖江市では約2700人で、敦賀の偏りは際立つ。

 偏った産業構造を改めようと、敦賀市は01年度から、約20ヘクタールの広大な土地に13区画の産業団地を造成し、工場誘致を進めている。費用計約82億円のうち約50億円は交付金だ。敦賀インターに直結する国道バイパス沿いにあり、京阪神からの交通アクセスも良いが、誘致は難航している。5区画の分譲先が決まらず、職員の全国行脚が続く。「事故が誘致に影響するかも。どうしたら良いか……」と浮かない表情だ。【日野行介、柳楽未来】

 ◇町長「薄いベニヤ板に乗せられていたようだ」 町民の5割、生活の糧--佐賀・玄海町

 「何ば言いよるんだ、この人は!」。7月6日、佐賀県玄海町の町長室に岸本英雄町長の怒声が響いた。矛先はテレビに映る菅直人首相。全原発の安全評価(ストレステスト)実施を表明したことを報じていた。

 町長は2日前、全国に先駆け玄海原発2、3号機再稼働への同意を九州電力に伝えたばかり。首相のひと言で海江田万里経済産業相の「安全宣言」は宙に浮き、町長は「ばかにされた」と同意を撤回。再稼働は見通せなくなった。

 県の北西端にある玄海町はかつて、貧しい寒村だった。県から原発計画の話を持ちかけられたのは1965年。農漁業以外に目立った産業はなく、町民約8000人の1割近くが関東や関西に出稼ぎに行った。町区長会の渡辺正一会長(57)は「どの企業も来てくれず、誘致したのが原発だった」と話す。

 誘致が決まると、原発マネーが流れ込んだ。町が受け取った電源3法交付金は総額265億円。町民会館に26億円、温泉施設に17億円、老人ホームに23億円と豪華な公共施設を並べても、お釣りが来た。「ようやく人並みの生活ができるようになった」。山崎隆男元町議(85)は振り返る。「豊か」になるに連れ、反原発の声もなりを潜めた。

 だが、原発マネーは依存構造を生んだ。歳入の6割以上を原発関連が占め、「町民の5割が原発を生活の糧にしている」(岸本町長)。半面、人口は減り続け、他産業は育たず農漁業の担い手も半減した。

 一方、原発の固定資産税は減価償却が進むにつれ年々減る。2号機稼働から10年過ぎた90年代初め、町財政は縮小傾向にあった。息を吹き返させたのは3号機(94年)、4号機(97年)の相次ぐ稼働。06年には3号機で国内初のプルサーマル発電に同意し、核燃料サイクル交付金30億円も入ることになった。

 財政が先細ると原発特需がカンフル剤のように効く図式。4号機稼働から14年がたち、岸本町長は「老朽化した1、2号機に代え、5号機が必要」と唱えるようになっていた。3月11日までは--。

 町の将来には今、菅首相の「脱原発」宣言が影を落とす。2、3号機は再稼働の見通しが立たず、1、4号機も年内に定期検査に入る。今年度1億5000万円を見込んだ核燃料税は途切れ、作業員が消えた旅館や飲食店は閑古鳥が鳴く。町民からは「原発がなくなれば真っ先に隣の唐津市に吸収される」との声も漏れる。

 「薄っぺらいベニヤ板に乗せられていたようなものだ」。国策頼みの町が国策によって行き詰まり、町長の苦悩は深まる。財政的な自立の道も模索し始めたが、「原発依存をどう是正していくか思い当たらない。廃炉までの期間、貢献度などに応じた交付金で埋めてほしい」と本音を漏らした。

 <心夢見るアトムの町>。町の入り口の県道沿いに看板が立つ。通り過ぎる車はめっきり減った。町財政を分析した伊藤久雄・東京自治研究センター研究員は指摘する。「依存体質を変えないと町は倒れる。だが、その体質は国と電力会社が押しつけて生まれたもので、貧しい町が狙われた」【蒔田備憲、阿部周一】
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110819ddm003040050000c.html

この国と原発 第4部 毎日新聞


政官業学結ぶ原子力マネー

毎日新聞 2012.1.22
日本の原子力開発は、政・官・業・学が密接に連携して進められてきた。源泉となっているのは、世界的にも突出した巨額の原子力関係予算だ。長年に わたって、原発立地対策や核燃料サイクルをはじめとする研究開発に潤沢な資金を提供し、電力会社や原子力関連企業、大学の活動を支えてきた。一方、「政」 には電力会社や労働組合側からの献金が流れ込む。「原発推進体制」を構成する4者の間の「原子力マネー」の流れをまとめた。

◆12年度予算案

◇事故前と変わらず

政府は12年度予算案に、原子力関係分として4188億円を盛り込んでいる。原子力政策見直しの結果が出ていないという事情はあるものの、11年 度(4236億円)に比べ1・1%減と、東京電力福島第1原発事故を経てもほとんど変わっていない=図<上>。従来の研究開発費は圧縮されたが、原発の安 全や事故対策名目で研究費が増額されたためだ。
研究開発費は前年度比13・5%の減。中でも、昨年11月に行われた提言型政策仕分けで「存続の是非を含め抜本的に見直すべきだ」とされた「もんじゅ」を中心とする高速増殖炉サイクル研究関連予算は25・4%減となった。だが、それでも300億円が計上された。
一方、安全・事故対策予算は前年度比2・6倍と大幅増の783億円。重大事故を防ぐ研究や、最長40年かかるとされる廃炉のための技術開発費用などが盛り込まれた。4月に環境省の外局として新設される原子力安全庁(仮称)の予算は504億円だ。
12年度の原子力関係予算について、NPO法人「原子力資料情報室」の西尾漠・共同代表は「高速増殖炉の予算減で『今までいかに無駄遣いしてきたか』は浮き上がった。しかし、野田政権が原子力政策を変えていこうという姿勢は見えてこない」と話す。
原子力関係予算は最終的にどこに流れるのか。例の一つが、経済産業省資源エネルギー庁の「使用済燃料再処理事業高度化補助金」だ。
多額の予算がつぎ込まれてきた高速増殖原型炉「もんじゅ」=福井県敦賀市で昨年11月17日、本社ヘリから望月亮一撮影
使用済み核燃料の再処理時に出る高レベル放射性廃液をガラスに固める「ガラス溶融炉」の新型を開発するため、日本原燃(青森県六ケ所村)に事業費の半額を補助するもので、09~11年度で約70億円が交付された。
日本原燃によると、既存のガラス溶融炉は設計寿命が5年。二つある炉のうち、既に試験を始めている炉はあと2年で寿命を迎える。再処理工場は2兆 1930億円をかけて建設中だが、廃液に含まれる金属の影響で溶けたガラスがうまく流れずに詰まるトラブルが相次いでおり、新型炉に置き換えるべく技術開 発を進めているという。
この補助金は10年度を例に取ると、まず経産省が日本原燃に15億4700万円を交付する。
日本原燃はさらに、プラントメーカーのIHI、日揮、独立行政法人・日本原子力研究開発機構に計14億1200万円で開発を外注。また、東京工業 大や、電力業界が設立した電力中央研究所など五つの大学・団体には計1億100万円で基礎データの収集などを委託している。いずれも随意契約で、原子力予 算が政府系研究機関、大学、プラントメーカーなど、関係者にまんべんなく配分されている形だ。
意外だが、原子力関係予算が太陽光発電関連に使われるケースもある。
エネ庁が09~11年度に計68億6000万円を計上した「分散型新エネルギー大量導入促進系統安定対策事業費補助金」は、沖縄電力を含む10電力会社が対象。電力各社が全国300カ所に太陽光パネルや日射量計を設置して、出力の変動などのデータを収集する。
各国のエネルギー開発費の内訳※国際エネルギー機関の統計データから作成。国によってはデータのない年度がある。フランスは09年が最新データ。
なぜ原子力関係予算で太陽光発電なのか。同庁は「再生可能エネルギーが大量に電力系統に接続されると、余剰電力発生などで系統安定上の問題が生じ る可能性がある」と懸念する。この施策は「原子力の推進・電力基盤の高度化」という項目に分類されており、施策目的は「原子力は供給安定性と経済性に優れ た準国産エネルギー。中長期的な基幹エネルギーとして原発を推進する」。あくまでも原発を基幹とする政策の中に太陽光を位置づけようとしている。
◆主要国のエネルギー開発費

◇日本の「偏重」突出

原発を持つ主要国のエネルギー研究開発予算を比較すると、日本の突出した「原子力偏重」が鮮明になる。
国際エネルギー機関(IEA、28カ国加盟)の統計によると、日本は10年度、エネルギー研究開発に総額3550億円(10年平均レートで米ドル から円に換算、以下同)を計上した。うち69%にあたる2481億円は原子力関連が占める。大半は文部科学省所管の高速増殖原型炉「もんじゅ」や核燃料サ イクル関連に投じられ、残りは経済産業省が新型原子炉開発の補助金などに支出している。
一方、総額4200億円で日本とほぼ同規模の米国では10年度、原子力は18%(782億円)に過ぎない。最も多いのは省エネルギーの1226億 円(29%)で、再生可能エネルギーが1153億円(27%)と続く。電力の75%を原発でまかなうフランスは09年度、534億円を原子力開発に投じた が、それでも全体の44%だ。
予算額全体に占める原子力の割合の推移をみても、多くの国では70~80年代に比べ大幅に減少している。一方、日本は75年度56%、85年度 77%、95年度75%、05年度65%と、ほぼ横ばい。米国が10年度に再生可能エネルギーへの支出を大幅に増やすなど、年によって予算配分を変える国 が多い中、日本は予算の硬直性も際立っている。
日本の原子力研究開発予算の原資のほとんどは、電気料金に上乗せして徴収する電源開発促進税だ。原子力に偏重した予算配分が長年続いてきた原因に ついて、昨年11月に衆院で行われた「国会版事業仕分け」で、参考人の元経産官僚、古賀茂明氏は「原子力を何が何でも造るというのが自民党の政策だった。 その政策に公益法人や関連企業、役所と族議員による利権構造がくっつき、一度できると壊せない」と述べている。
  
◆電力業界の政治献金

◇経営陣は自民、労組は民主へ

経営陣は自民へ、労働組合側は民主へ。電力業界は労使双方が2大政党に資金を提供し続けてきた。原発を持つ電力9社やその子会社の経営陣らは 09~10年に、個人献金の形で自民党側へ約8000万円を提供したとみられる。電力各社の労組と労組を母体とする政治団体計21団体が、09~10年に 民主党の総支部や党所属国会議員へ提供した資金も少なくとも6876万円に上る。
電力9社は74年以降、「公益事業を行う企業にふさわしくない」として企業献金廃止を掲げる一方で、自民党を中心とする国会議員のパーティー券購入を続けてきた。さらに役員や幹部、OB、子会社役員が、自民党の政治資金団体「国民政治協会」に個人献金をしてきた。
電力会社の名簿と氏名が一致する個人献金を国民政治協会の政治資金収支報告書から拾うと、09年分約4500万円、10年分約3500万円に達す る。同姓同名の別人分が交じっている可能性はあるものの、拾い上げた献金は会社の役職のランクに応じた定額になっており、そろって12月に行われるなど組 織性をうかがわせる。
各社は「献金は個人の意思で行われた」と会社の関与を否定している。一方、自民党関係者によると、電力各社の対象者には、振り込みで献金するよう依頼してきたという。ただ、「必ずしも幹部全員に応じてもらっているわけではない」ともいう。
10年の東京電力の場合、勝俣恒久会長と清水正孝社長(当時)は30万円だった。役員は社外取締役・社外監査役を除く21人全員の氏名が収支報告 書にあった。執行役員は5万円、本社の部長や子会社役員は3万円、本社の部長代理クラスや支社長の一部も1万円を献金していたとみられる。東電とその子会 社で、名簿と氏名が一致する献金者は300人を超え、総額は約1000万円だった。
10年分を見ると、中部電力関係者が約500万円、四国電力関係者も約400万円の献金をしていたとみられる。
電力各社の労組とその上部団体である電力総連、労組を母体とする政治団体は、民主党国会議員や党総支部に献金したり、パーティー券を購入するなど した。総額は少なくとも09年に3591万円、10年3285万円。資金提供を受けた民主党国会議員は2年間で少なくとも30人に上る。
10年分でみると、電力総連の政治団体「電力総連政治活動委員会」が、東電労組出身の組織内議員、小林正夫参院議員(比例)の同年の選挙支援に計 2650万円を拠出した。同政治活動委員会など電力総連関連の13政治団体が、民主党原子力政策・立地政策プロジェクトチーム座長だった川端達夫総務相関 連の政治団体のパーティー券を166万円分購入。川端氏は電力総連と同じ旧民社系の東レ労組出身で、事務所は「長い付き合いで頼んだ」と説明した。
「中部電力労組政治連盟」は、岡田克也副総理のパーティー券を09年、10年ともに26万円分購入した。
電力総連の内田厚事務局長は「数万円のパーティー券購入で政策を左右できない。(議員側からの依頼を受け)応分の役割を果たした」と話している。
◆外郭39団体

◇補助金3600億円、天下り60人

原子力発電に関連する事業を実施している国と自治体の外郭団体39団体に対し、年間約3600億円の補助金などが支払われていることが毎日新聞の まとめで分かった。延べ60人の元官僚が団体の役員として天下っており、原子力関係予算の一部が「官」の内部で再配分されている実態が浮かぶ。
今回まとめたのは、39団体の09年度決算データ。うち28団体に国と自治体から拠出された補助金、交付金、委託料は合わせて約3669億円に達 し、ほとんどは国からだった。国からの収入が最も多かったのは、「もんじゅ」を運営するなど多数の原子力関連研究を展開する日本原子力研究開発機構で、約 2004億円。39団体には原子力関連事業が主要事業ではない団体なども含まれる。
国家公務員の天下りは20団体、60人に上り、経済産業省原子力安全・保安院や旧科学技術庁の出身者が、役員報酬のある団体の会長や理事に就いて いるケースが多かった。複数の団体の役員を「掛け持ち」している元官僚もいる。原子力安全委員会の元委員が役員に迎えられているケースもあった。
都道府県が所管する外郭団体の多くは、原子力発電の安全性を地元にアピールする広報事業を実施している。福島第1原発事故で警戒区域に指定されて いる福島県大熊町にある「福島県原子力広報協会」には、県と原発周辺の6市町から委託料として年間約1億円が支払われていたが、現在は休眠状態となってい る。
◆関連研究へ巨額資金

◇大学の「依存」鮮明に

大学の原子力関連研究は、国や原子力関連企業から受け取る巨額の研究資金に強く依存している。毎日新聞の集計では、11国立大学の関連研究に対し、06~10年度の5年間に、少なくとも104億8764万円の資金が提供された。
ほとんどを占める受託研究で目立つのは、文部科学省からの資金提供が高額であることだ。高速増殖原型炉「もんじゅ」開発をはじめ、「軽水冷却スー パー高速炉に関する研究開発」(2億1781万円、東京大、09年度)▽「原子力システム高効率化に向けた高耐食性スーパーODS鋼の開発」(2億 1244万円、京都大、同)--など億単位が目立ち、期間が数年にわたるケースもある。
一方、企業からの受託研究は、「放射性廃棄物地層処分等のための基盤技術の研究開発」(西松建設→東大、105万円、10年度)など、数十万円か ら数百万円規模がほとんど。「原発推進」の国策の下、毎年巨額が計上される原子力研究開発予算が、大学の研究を支えている構図がくっきりと浮かぶ。
共同研究の相手は日本原子力研究開発機構や、電力業界が設立した電力中央研究所などの研究機関が目立つ。
奨学寄付金の多くは1件あたり数十万円から100万円前後。受け取った寄付金は大学が管理するが、ほとんどは研究者個人あてで、使途にも制限がないことが多い。
東京工業大の有冨正憲教授は5年間に、使用済み核燃料の輸送などに使う容器「キャスク」の設計・製造会社「オー・シー・エル」などから1885万 円の寄付を受け取った。学会出席の旅費や7人いる研究員の人件費、学生への学費援助などに使ったという。有冨氏は「共同研究費や受託研究費と違い、残金を 翌年度に持ち越せるので、途切れることなく人件費や学費援助を支払えるのがメリット」と話す。
東工大出身の研究者は「研究者の評価は1年に何本の論文を出したかで決まる。いい論文を出すには、金をかけて実験をしなければいけない」と言う。
班目春樹・原子力安全委員長(東大教授)も委員長就任前、06~09年度の4年間で原子炉メーカーの三菱重工業から計400万円の寄付を受けている。
最も多く奨学寄付金を支出したのは、原子力関連企業を中心とした任意団体「関西原子力懇談会」(5155万円)。京大など関西の大学を中心に寄付 した。同会によると、09年度以降は公募制で、研究者が提出した研究計画を選考して1件に年間50万円を支出したが、「協賛企業名や資金は明らかにできな い」(広報担当者)という。
2位は三菱重工業の2957万円。大学に資金を提供する理由について、「研究成果が当社の技術開発につなげられる。また、我が国の原子力産業の技術力の向上につながると考えられる」(広報・IR部)と回答した。
しかし、国や企業から資金を提供してもらえるのは、原発推進の側に身を置いている研究者だけだ。原発批判の論客として知られる京大原子炉実験所の 小出裕章、今中哲二の両助教には06~10年度、「原子力マネー」の提供はゼロ。両氏への唯一の外部資金は今中氏が10年度に広島市から受託した「広島原 爆による黒い雨放射能に関する研究」(42万円)だった。
一方、大学の情報公開の問題点も浮かび上がった。今回の集計は情報公開請求で開示された資料に基づいたが、大学によって公開度にばらつきがある。 特に九州大は、受託研究が全て非公開で、共同研究も受け取った金額を明らかにしない。寄付を受けた研究者名も示さず不透明さが際立つ。大阪大は契約の相手 や研究テーマが黒塗りで判別不能の共同研究と受託研究が計2億8134万円に上る。東北大は10月に行った情報公開請求に対し、いまだに公開していない。
毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊
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この特集は、青島顕、日下部聡、袴田貴行、池田知広が担当しました。(グラフィック 勝又雄三、編集・レイアウト 野村房代)
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1 重鎮学者が会社設立

毎日新聞 2012.1.22
◇資金調達、直弟子に寄付
06~10年度、東京大で原子力を専攻する研究者が受け取った奨学寄付金を集計すると、意外な結果が出た。最も多額の寄付をしたのは、「IIU」という無名の株式会社で計600万円。三菱重工業(計567万円)やIHI(計400万円)などを上回る額だ。寄付額6位にも、NPO法人「日本保全学会」(計327万円)という耳慣れない組織が顔を出している。
背景を探ると、学者自身が企業や学会を作り研究資金を調達している構図が浮かんだ。
IIUと保全学会には共通点があった。ともに03年、宮健三・東大名誉教授が設立し、トップを務める。IIU本社は東大本郷キャンパスから100メートルほどのビルの一室にあり、保全学会事務局も同居する。宮氏は東大で原子炉機器工学を研究。01年の退職後も原発老朽化対策を検討する国の委員会の委員長などを歴任し、学界の重鎮として知られる。
両組織からの東大への寄付は、ほぼ全てが大学院原子力専攻長を務める上坂充教授と、同じ研究室の出町和之准教授あてだ。両氏とも宮氏の教授時代、研究室に助教授や大学院生として所属した「直弟子」にあたる。
IIUの登記簿などによれば、原発の維持管理技術開発などが主な業務で、電力会社からも仕事を受託。独立行政法人・原子力安全基盤機構から助成金を受けたこともある。
保全学会も原発の維持管理技術がメーンテーマ。法人会員には電力各社や三菱重工業、東芝など67社が名を連ね、役員は研究者や電力会社幹部が務める。10年度収支計算書によると、2049万円の会費収入のほか、講演会の事業収入などが4628万円あった。
上坂氏らに集中して寄付するのはなぜか。宮氏は取材に当初、保全学会の寄付について「上坂先生らが参加する保全学会の分科会で、軸受けの損傷を測定する技術を研究している。その研究への助成金」と説明した。支出の手続きについては「分科会には主査や幹事もいて、参加者の合意で審査している。メンバーは個人情報なので言えない」と答えた。IIUについては「私企業なので」と説明を避けた。
ところが、保全学会が発行する学会誌の記事から「審査」の状況が判明する。
東京電力福島第1原発事故を経験しても、この国の「原発推進」体制は変わっていないように見える。なぜ抜け出せないのか。構図を追う。

資金支出、自ら審査

◇学会分科会参加、事業者から年1500万円
日本保全学会(会長、宮健三・東京大名誉教授)の学会誌「保全学」10年7月号に、「『状態監視技術の高度化』に関する調査検討分科会」の活動報告が掲載されていた。まさに宮氏が挙げた、軸受けの劣化を監視する技術の研究などがテーマの分科会だ。
実は、分科会全体の主査は宮氏本人だった。「技術」と「調査」のワーキンググループ(WG)があり、技術WGの主査は上坂充・東大教授。調査WGの主査は、保全学会副会長で、財団法人発電設備技術検査協会の山口篤憲氏が務めた。同協会の理事には宮氏が名を連ねる。
自分たちで審査し自分たちに支出する「お手盛り」だったのではないか。改めて宮氏に取材すると、「他の参加者にも諮って民主的に決めている」と説明する。上坂氏は東大広報課を通じて「多忙のため取材に応じられない」と回答した。
この分科会には、原子力を巡る「業」と「学」の関係も如実に投影されている。
学会ホームページによると、分科会には大学などの研究者のほか、原子力関連の企業22社、化学プラント事業者など原子力以外の10社が参加。研究者は無料だが、原子力関連事業者は年50万円、それ以外の事業者は年40万円の参加料が必要だ。この分科会だけで電力会社などから年1500万円の研究資金が集まることになる。
電力各社はこれ以外に、年15万円(1口)の法人会員費も払う。複数の社が電気料金への上乗せを認め、最終的に負担するのは国民だ。
なぜ、企業側は協力するのか。電力各社は「学会の活動の成果を当社の原子力プラントの保全業務に反映させることが安全を確保するという観点から、法人会員として参加している」(東京電力)などと説明する。
だが、技術評論家で元日本原子力研究所研究員の桜井淳氏は別の見方をする。
「東大の先生に自由に電話でき、訪問できるパイプを作るためだろう。例えば、電力会社が経済産業省へ許認可を申請し、審査担当者から『この結論の根拠は』と聞かれた時、『東大の先生に助言をいただきました』と言える。審査側からみれば大変なお墨付きで、それだけで『それでよろしいでしょう』というくらいの意味を持つ」

かつて高レベル放射性廃棄物最終処分場を誘致する動きがあった長崎県新上五島町。キリシタン墓地や教会など独特の文化を持つ静かな島だ=袴田貴行撮影
◇処分場、故郷誘致図る イベント主催「安全と説明を」
宮氏の活動はこれだけにとどまらない。
05年8月6日、長崎県・五島列島の小さな集落、新上五島町奈良尾地区で「科学まつり」が開かれた。放射線測定などの実験ブースが並び、「NUMO」(原子力発電環境整備機構)とロゴの入ったトラックも到着。荷台を改造した展示スペースには、高レベル放射性廃棄物最終処分場の安全性をPRする模型や図表が並んでいた。
主催したのは「日本の将来を考える会」(IOJ)というNPO。代表は宮氏だ。宮氏は奈良尾集落の出身。「理解を深めてもらうための活動」と言うが、実態は故郷への最終処分場誘致活動だった。
登記簿によれば、IOJの活動は「エネルギー問題などの解決に貢献するための啓蒙(けいもう)及び実践活動」。所在地もIIUや日本保全学会と同じ東京都内のビルの一室だ。役員は大学の研究者や電力会社幹部などで、保全学会役員との兼務も少なくない。
反対運動を始めようとしていた同町の自営業、歌野敬氏(60)が会場を訪れると、リハーサルの最中だった。歌野氏によると、宮氏は説明担当者に「専門的な説明をしても一般の人には分からない。『絶対安全』と言いなさい」と指導していたという。宮氏は「7年も前のことだから記憶にないが、そんなことを言うはずがない」と反論する。
誘致活動は05年春ごろ、宮氏から建設業者の町議に連絡があったのが発端だった。「島の振興策になる。まずは勉強してみたらどうかという趣旨だった」と町議は振り返る。宮氏に資料を送ってもらい、建設業者や地域活性化の活動をしていた町民ら数人で勉強会を始めた。
同年6月には宮氏の勧めを受け計2回、NUMOの費用負担で町議や町民計29人が青森県六ケ所村の核燃料再処理施設を視察した。こうした動きが7月に新聞報道で表面化。住民の反発が高まり、誘致活動は立ち消えとなった。
今、町議は「国内に処分場をつくるのは、国民感情からいって無理だろう」と話す。その後、宮氏と連絡は取っていないという。
宮氏は「原子力なしでこの国はやっていけないという信念を持っている」と話す。昨年11月、IOJのホームページに掲載した論文で、東京電力福島第1原発事故後の「脱原発」の動きを批判した。
「原子力は電力を30年以上にわたって安定供給する貢献をしてきた。それにもかかわらず国民に正当に評価されていない。評価されていないどころか『放射能』を放出するものとして負の面だけが強調されており、今では反対派とこれに同調するマスコミは原発廃止を訴え続けている」
◇大学内の異論、「ムラ」が圧力 東電社員「留学して。費用は出す」
東京大を頂点とする「原子力ムラ」には、異論を唱える人を排除してきた歴史がある。東大工学部原子力工学科1期生の安斎育郎・立命館大名誉教授(71)は、東大助手時代から、さまざまな圧力や嫌がらせを受けた。
「江戸時代の村八分は葬式と火事は別だったが、(福島第1原発事故という)火事が起きているのに手伝わせてもらえない僕は『村九分』かもしれない」
安斎氏が原子力工学科に入ったのは1962年。次代を担うエネルギーに魅力を感じたからだ。「放射線の安全管理が鍵」と考え放射線防護学を専攻。医学部に移って助手となり、「科学者の社会的責任」を掲げる日本科学者会議に加わった。
会議の一員として呼ばれた原発立地予定地の勉強会で、原発の安全性を巡って住民の質問攻めに遭った。政治や経済まで必死に勉強した結果、次第に疑問が膨らんだ。そして32歳だった72年、日本学術会議で国の原子力政策を批判したのが転機となった。
研究費が回されなくなり、研究発表は教授の許可制となった。大学院生を教えることも禁じられた。
地方に講演に出かけると、「安斎番」と呼ばれる東京電力社員が後をつけてきた。研究室の隣の席は東電から派遣された研修医。「安斎さんが次に何をやろうとしているか探るのが任務だった」と後に告白された。東電社員に飲みに誘われ、「3年ばかり米国に留学してくれないか。費用は全部持つ」と持ちかけられたこともある。「ここからいなくなってくれ、という意味ですがね」(安斎氏)。
86年に立命館大に移るまでの17年間、安斎氏は助手のままだった。「安全性は、自由な批判精神の上で一歩一歩培われる。自由にものを言わせないこの国の原発開発が、安全であるはずがない」
特殊法人「日本原子力研究所(原研)」(現・独立行政法人日本原子力研究開発機構)も同様だった。
原研の元研究員で技術評論家の桜井淳氏(65)によると、原発建設が相次いだ60年代後半から70年代、軽水炉の安全性に疑問を呈した研究員が左遷されたり、昇任できないなどの例が相次いだ。67年には旧科学技術庁の指示で、研究発表が許可制になった。桜井氏は「見せしめ的な人事で反体制的な人間が出ないようにした。その体質は今日まで続いている」と話す。
日本原子力研究開発機構によると、現在も研究員が学会などで発表する際には機構の許可が必要だ。=つづく
毎日新聞 2012年1月22日 東京朝刊
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2 議員立法に業・官の壁

毎日新聞 2012.1.23
◇「電力に落選させられた」
昨年8月、再生可能エネルギー固定価格買い取り法(再生エネ法)が成立した。電力会社に対し、太陽光など自然エネルギーを使って個人や事業者が発電した電力の全量買い取りを義務付ける法律だ。
「感慨無量ですね」と、愛知和男・元環境庁長官は言う。

東京電力が川崎市との共同事業で建設した浮島太陽光発電所。今後、自然エネルギーの活用は進むのか=川崎市で2011年8月5日、本社ヘリから撮影
実は12年前、愛知氏(自民)が会長を務める超党派の「自然エネルギー促進議員連盟」が同様の議員立法を試みた。しかし、愛知氏は直後に落選。議員立法も頓挫した。「電力会社に落とされた」と愛知氏は受け止めている。
発端は、自然エネ普及の市民運動をしていた飯田哲也氏(現・環境エネルギー政策研究所長)が98年、福島瑞穂参院議員(社民、現党首)や愛知氏ら環境問題に関心の深い与野党の国会議員に、議員立法の研究を呼びかけたことだ。「二項対立を超え、政治を巻き込んで政策を練り上げる欧州流の活動を目指した」(飯田氏)。あえて「脱原発」を掲げず、自民党の議員にも積極的に接触した。
その結果、99年11月24日に自然エネ議連が発足した。参加者は257人を数え、梶山静六氏ら自民党の大物も名を連ねた。
飯田氏らと勉強会を重ねた愛知氏らは、00年4月には法案を完成させ、各党に持ち帰っての手続きに入った。ところが、同年6月に衆院が解散。宮城1区の愛知氏は民主党の新人、今野東氏(現参院議員)に1万5000票差で敗れた。予想だにしなかった敗戦だった。
「東北電力が何もしてくれなかった。後で気づいた」と愛知氏は振り返る。それまでの選挙では社員を動員してもらい、日ごろからパーティー券も買ってもらっていた。「選挙の応援は経営側が私、労組は民主党と決まっていた。でも、あの選挙で動いたのは労組だけだった。『ああ、そういうことをするのか』と思ったね」
愛知氏の落選後、自然エネ議連は橋本龍太郎元首相を会長に迎えるが、事務局長の加藤修一参院議員(公明)は「予想に反し、動きは鈍かった」と話す。やがて橋本氏は「法案は政府提案で」と言うようになり、議員立法は立ち消えになった。
愛知氏は「議連には電力業界に近い『監視役』もいた。我々の動きは役所に筒抜けだったと思う」と話す。
一方、通商産業省(当時)は自然エネ議連発足直後から、別の法案作成の動きを活発化させた。紆余(うよ)曲折を経て、買い取り義務のない「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」が02年に成立。飯田氏は「通産官僚と電力の壁に阻まれた。官僚側は政策決定の主導権を奪われることを警戒していた」と話す。
それから10年。成立した再生エネ法は、買い取り価格や期間の決定を第三者機関「調達価格等算定委員会」にゆだねた。官僚の裁量で決められることを防ぐため、国会審議で追加された仕組みだ。
ところが、経済産業省が提示した算定委の人事案は、候補5人のうち3人が再生エネ法に反対または慎重な人物だった。「官僚の反転攻勢だ」(野党議員)との声も上がる。昨年12月5日には与野党5議員らが撤回を求めて記者会見した。
形の上では民主、自民、公明3党の推薦リストに基づき、経産省が決めたことになっている。しかし、柴山昌彦衆院議員(自民)は「党内の担当部会長も(推薦の)経過を聞いていないと言っている。人選のプロセスに問題がある」と訴えた。ある政府関係者も「誰がどんなリストを出したのか、誰も分からない。そんな状態で政策が決まっていくというのは、日中戦争の前のようだ」と話す。
一方で、経産省資源エネルギー庁の担当者は「最終的には大臣が判断した。3党がそれぞれどういうリストを上げてきたか、我々の立場では言えない」と口を閉ざす。
人選の変更はあるのか。不透明感だけが膨らむ中、人事案は24日召集の通常国会に提出される見込みだ。=つづく
毎日新聞 2012年1月23日 東京朝刊
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3 エネルギー政策転換

毎日新聞 2012.1.24
◇民・自、抵抗勢力が逆襲
「脱原発と言うが、自然エネルギーへの転換を本当にできると思うのか」。昨年7月、東京都八王子市で開かれた民主党議員の会合で、地元選出の阿久津幸彦衆院議員に相沢耕太市議が詰め寄った。阿久津氏は「脱原発」を明言した菅直人首相(当時)の側近。相沢氏は東京電力労働組合出身。出席者は「阿久津氏を支援する東電労組による勤務評定のように見えた」と話す。
阿久津氏は「再生可能エネルギーをビジネスチャンスと考えるように(電力会社、組合も)なってきている」。これに対し相沢氏は「この状態で(阿久津氏を)支援するかは分からない」と明かす。
電力会社の労組などが加盟する「電力総連」(組合員22万人)は選挙で民主党を支援し、原発推進を求めてきた。東電労組出身の小林正夫参院議員が改選を迎えた10年、政治団体「電力総連政治活動委員会」は選挙準備に2650万円を投入した。小林氏は「どこに行っても総連が地元を知る案内役をつけてくれた」。民主党の比例代表候補で4番目の20万7000票を獲得し、再選を果たした。
民主党は96年の結成当初は、原発に慎重な姿勢だった。だが、自民党出身者や電力総連の支援を受ける旧民社党系議員が合流し、原発容認姿勢を強める。政権交代後の10年には、30年までに原発14基以上を増設するなどとした「エネルギー基本計画」を閣議決定。菅氏は脱原発に転換したが、党内では再び、原発容認の声が強まろうとしている。
「エネルギー供給体制をどうするかも踏まえ、短期、中期、長期の観点で考えていかなければならない」。昨年10月、党の「エネルギープロジェクトチーム(PT)」の初会合で、座長を務める日立製作所労組出身の大畠章宏衆院議員は、当面の電力確保のために原発利用も議論する意向を示唆した。PTメンバーの一人は「元原発プラント技術者の大畠さんが座長に就いた時点で、脱原発志向のPTではなくなったのかもしれない」とつぶやいた。
一方、1955年の結党以来、電力業界とともに原発を推進してきた自民党。昨年7月に「総合エネルギー政策特命委員会」を設置し、エネルギー政策の見直しを始めた。原子力政策と関わりが少なかった山本一太参院議員を委員長に起用。谷垣禎一総裁は「どこに問題があったのか総括しなくてはならない」と意欲を見せた。
だが、「世論が落ち着くまで結論を急ぐ必要はない」とする旧通産省出身の細田博之元官房長官ら原発推進派の意見が目立つようになり、すぐブレーキがかかる。昨年8月に予定した中間報告の取りまとめは今年6月ごろに先延ばしされた。
今年に入って幹部からは「原発をやめる選択肢はない」(石原伸晃幹事長)などの発言が相次ぐ。今年の党運動方針の原案には、定期検査で停止中の原発について、安全確保が前提としながらも「再稼働が必要」との表現が盛り込まれた。山本氏が「特命委の議論が終わっていない。喉元過ぎれば熱さ忘れるでは良くない」と訴えて「検討」の2文字が追加されたが、脱原発を目指す自民党議員の一人は嘆く。
「時計の針が原発推進に巻き戻されようとしている」=つづく
毎日新聞 2012年1月24日 東京朝刊
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4 環境省、口を挟めず

毎日新聞 2012.1.25
◇温暖化対策と一体化
温室効果ガスの排出削減目標を話し合った97年の地球温暖化防止京都会議。日本は交渉で浮上した「90年比6%削減義務」が受け入れ可能かを検討する中で、エネルギー供給をどうしていくかが課題となった。
だが、温暖化対策の中心であるはずの環境庁(現環境省)は蚊帳の外だった。当時、通商産業省事務次官だった渡辺修・石油資源開発社長は当然のように語る。
「6%削減受諾の前提として、原発は織り込み済みだった。(通産省としては)原発がこれくらいできれば、これくらい(温室効果ガスが)減らせる、と」
原発推進に慎重な職員も多い環境庁。当時の幹部は「エネルギー供給に環境庁が関わることに通産省の抵抗は強く、口を挟めなかった」と打ち明ける。
国際社会は冷戦終結後、新たな危機として地球温暖化に目を向けた。原発は「温暖化防止の切り札」と位置づけられ、新増設の「アクセル」に使われた。長く温暖化対策に携わった別の環境省元幹部は「原発推進は国の政策に盛り込まれていた。我々が原発を話題にするのはタブーだった」と振り返る。
そもそも環境省は温暖化対策を守ることにすら苦労していた。京都議定書批准のため国内制度作りを目指したが、産業への影響を心配する与党議員や経済界が「不平等条約」と反発。「批准が最大の環境対策と考え、原子力に注文を付けることは念頭になかった」(元幹部)。02年3月、批准のためにまとまった政府の地球温暖化対策推進大綱に「原子力の推進」という項目が作られ、「原発の発電量を10年までに3割増やす」との目標が明記された。
環境省には「圧力」もかかった。92年の国連環境開発会議(地球サミット)後、民間団体を支援する地球環境基金を創設する法改正を巡り、自民党から「反原発の団体には援助しない」という条件を付けられた。与党議員から「環境省も(原発を)応援しろ」と詰め寄られた幹部は多い。
政権交代後、さらに原発は深く入り込む。09年9月、鳩山由紀夫首相(当時)は20年までに温室効果ガスを90年比25%減という新目標を表明した。その直後、九州電力川内原発3号機(鹿児島県)建設の環境影響評価を巡る環境相意見に「温室効果ガス排出削減には、安全確保を大前提として原発の着実な推進が必要」と、原発の環境影響評価で初めて「原発推進」が入った。
温暖化対策推進の先頭に立つ研究者も、原発推進の一端を担わされていた。安倍、福田両政権で内閣特別顧問として温暖化政策に助言した山本良一・東京大名誉教授は08年、原子力委員会の懇談会座長として、温暖化対策のために原子力利用の拡大を求めるという報告書をまとめた。
山本さんは「原発は有効な手段と思った。だが、事故時に制御できない原発は技術とは呼べず、県民の人生を壊すという倫理的問題もあると分かった。それらの問題を指摘できず後悔している」と話し、こう続けた。
「政府は、進まない原発の新増設や放射性廃棄物の問題などで閉塞(へいそく)感が漂っていたところ、温暖化対策が厳しい状況になり、『それに乗ろう』となったのだろう。温暖化リスクの方が原発よりはるかに高いと考えていたが、地震国日本では逆だった」=つづく
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◇温暖化対策と原発政策の流れ
97年 京都議定書採択
02年 地球温暖化対策推進大綱策定(10年までに原発発電量3割増盛り込む)。日本が京都議定書批准
03年 エネルギー基本計画策定(原発を基幹電源に位置づけ)
05年 京都議定書発効
06年 新・国家エネルギー戦略策定(原子力立国を提唱)
07年 主要国首脳会議で日本などが50年までに世界の温室効果ガス排出半減を提案
08年 福田康夫首相が50年までに日本の排出最大8割減を提案
09年 鳩山首相が20年までに排出25%減と国連演説
10年 エネルギー基本計画改定(30年までに原発14基の新増設盛り込む)
11年 東日本大震災。東京電力福島第1原発事故
毎日新聞 2012年1月25日 東京朝刊
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5 「原子力ムラ」の建言

毎日新聞 2012.1.26

◇「ざんげ」しても「必要」

東京電力福島第1原発事故で危険な状態が続いていた昨年3月下旬。原子力分野の指導的立場にある約30人に1通の電子メールが届いた。「原子力の 平和利用を進めてきた者として、事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします」との一文で始まる「福島原発事故についての緊急建言」が添付さ れていた。
建言作成の中心は原子力安全委員会の松浦祥次郎・元委員長、住田健二・元委員長代理、田中俊一・元原子力委員会委員長代理の3人。「なぜ謝らなければならないのか」と拒否した人もいたが、関連学会の会長経験者ら16人が建言に名を連ねた。
政府や東電の対応の鈍さに業を煮やし、「英知を集め、総合的かつ戦略的な取り組みが必須」と訴えた「原子力ムラ」内部からの異例の建言は、4月1 日の記者会見で公表された。折しも、政府が「復興に向け歩みを進める段階に入った」として、多くの閣僚が防災服からスーツ姿に「衣替え」した日。平静を装 う官邸と対照的に、田中氏は「炉心がかなり溶けている。これほど国民に迷惑をかけると予想しなかった。私たちには原子力を推進してきた責務がある」と硬い 表情で語った。
16人は事故をどうとらえたのか。

16人の専門家による建言を発表する田中俊一氏(中央)、松浦祥次郎氏(右)ら=11年4月1日、須田桃子撮影
毎日新聞の取材に、99年のジェー・シー・オー(JCO)臨界事故時に現地で対応の指揮を執った住田氏は「安全神話が崩れたというJCO事故の教 訓を10年間生かさなかった。電力会社からは『あんな田舎企業がやらかしたことは我々に関係ない。対策を取れば自分たちまでいいかげんなことをしていると 思われる』という声も聞こえた」と歯がゆさをにじませる。
斎藤伸三・元日本原子力学会長は「現場と本社幹部の意思疎通が欠けている。いわゆる大会社病」と分析。元原子力委員会委員の一人は「お互いに理解 し合っていて、一言言えば全部分かってしまう世界。建設的な議論が起きることはなく、批判が政策に生きることはほとんどなかった」と閉鎖的な体質を指摘し た。
だが、さすがに原発不要論を明確に打ち出す人はいない。
永宮正治・元日本物理学会長は「原子力技術は人類が手に入れた大きな資産。手にしたものを放棄するのはもったいない」。成合英樹・元日本原子力学会長は「原子力は極めて素晴らしい。世界のエネルギー競争が始まり、脱原発なんて言ってられない」と訴えた。
政府は事故後、原子力安全規制のあり方などを考える「原子力事故再発防止顧問会議」を設置し、座長に松浦氏を選んだ。同会議は昨年12月、事故の 再発防止のための提言をまとめ、今年4月に発足する「原子力規制庁(仮称)」について、事業者などからの独立性の確保を強調し、ムラからの脱皮を求めた。
松浦氏は76年間の人生を振り返ってこう言う。「エネルギーの足りない時代を生きた自分としては、今の日本の人口で生活レベルを維持しようとしたら原子力の安全を確保しながら使わないとやっていけないのではないか、と思う」
事故に「ざんげ」した重鎮が指摘したムラの体質。変えていくことはできるのか。まだ、答えは見えない。=つづく
毎日新聞 2012年1月26日 東京朝刊
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6 マグロの町、青森・大間に「フルMOX」

毎日新聞 2012.1.28
 ◇世界初、進む建設
 今月5日、東京・築地市場の初競りで1本5649万円の最高値をつけて話題になった「大間マグロ」。青森県大間町は「マグロの町」として脚光を浴びているが、世界でも例のない原発の建設が進んでいることは問題視されてこなかった。
 Jパワー(電源開発、本社・東京都中央区)が08年から建設中の大間原発は、炉心の燃料を通常のウラン燃料ではなく、全てMOX(ウラン・プルトニウム混合酸化物)燃料にする予定だ。「フルMOX」と呼ばれ、商業用軽水炉では世界初。出力138万3000キロワットは国内最大となる。そして、国策・核燃料サイクルの一翼を担う。
 MOX燃料を軽水炉で使った場合、ウラン燃料に比べて制御棒の利きが悪くなる。また、使用済みのMOX燃料は発熱量や放射線量が高く、高レベル放射性廃棄物も大量に出る。処理方法も決まっておらず、プルトニウム自体の毒性も強い。
 10年7月には、大間町の対岸18キロにある北海道函館市の住民が原子炉設置許可取り消しを求めて提訴した。訴状で住民は訴える。「実験炉-実証炉などの段階を踏まず、即商業炉でフルMOXを実施するのは技術的に拙速で重大な危険性がある」
 そして、この「初めて」づくしの原発を担うJパワーにとって、原発保有は初めてだ。
 大間原発の歴史は76年4月、町商工会が町議会に原発の立地調査を請願したことから始まる。当時はマグロの不漁期だった。「経済的な不安が背景にあった」と、当時から反対運動を続けてきた同町の元郵便局員、奥本征雄さん(66)は言う。
 だが、マグロは戻ってきた。奥本さんは、無念そうに話す。「今のように取れていれば、原発の誘致はなかった」

「国策」の大間建設

 ◇「ふげん」の後釜…補助金300億円投入
 大間原発の工事は東日本大震災以降、進捗(しんちょく)率37・6%のまま中断している。昨年12月27日の記者会見で再開について問われた枝野幸男経済産業相は「国には権限がない。事業者(Jパワー=電源開発)として最終的に判断されると思う」と述べた。
 だが実際は大間原発の建設は国の強い関与の下に進んできた。源流は旧動力炉・核燃料開発事業団(動燃)が建設した新型転換原型炉(ATR)「ふげん」(福井県敦賀市、廃炉作業中)にある。「ふげん」は使用済み核燃料から回収したプルトニウムなどの再利用が主目的で、79年に本格運転を始めた。高速増殖炉が実用化されるまでのつなぎとして期待されていた。国の原子力委員会は82年、ATR実用化に向けて、Jパワーを事業主体として60万6000キロワットの「実証炉」建設を決定。翌年には青森県大間町を予定地とし、発電した電気は電力9社が買い取る約束だった。
 ところが95年7月、電気事業連合会が国とJパワーに、ATR実証炉を断念しフルMOX軽水炉に変更するよう申し入れる。発電コストが軽水炉の3倍との試算が理由だった。「高い電気は買えない。国のいいなりだった9電力が初めて『NO』を突きつけた」。コスト計算にかかわった東京電力元役員は話す。
 Jパワーの杉山和男社長(当時)=元通産事務次官=は田中真紀子・科学技術庁長官(同)を訪ねてフルMOX軽水炉への転換を要請した。「真っ先に地元の反応を心配した。中止など考えられなかった」(Jパワー元役員)。電力会社の抵抗で原発を保有できなかったJパワーにとっても、建設は悲願だった。
 結局、原子力委も追認。電力業界の希望通り、大間原発が造られることになった。大間原発の総工費は4700億円。商業炉といいながら、うち296億3000万円は研究開発費名目で国の補助金がつぎ込まれている。
 ◇「自立できぬ町に」 推進派町議も悔恨の念
 建設決定から30年、原発への疑問の声は大間町からほとんど消えていた。だが、福島第1原発事故で住民の空気は微妙に変わった。
 反対運動を続けてきた奥本征雄さんは昨年11月、町内で25年ぶりに学習会を開いた。漁師の奥さんから「何か動いて」と電話があったからだ。福島県双葉地区原発反対同盟の石丸小四郎代表に、子供や妊婦を放射能から守る方法を講義してもらった。集まったのは12人だが、皆熱心だった。5人は30~40代の女性。漁師も5人いた。
 「一緒には動けないけど、何かあったら教えてけろ」。そんな声も寄せられるようになった。ただ、「みんな親兄弟、身内がどっかで原発と関わっているので、目立って動けない」と奥本さんは言う。小さな町の中にも「脱原発」を阻む構造がある。
 原発推進派の町議も「議会の中にも反対の声はある。ただ、全員が推進派という立場上、愚痴をこぼすだけ」と明かす。そしてこう嘆いた。「町職員給与の2~3割は(電源3法)交付金。Jパワーからの借金もある。自立できない町になってしまった。政策を間違えた」
 ◇核燃サイクル、矛盾の象徴 プルトニウム大量保有…処理先見えず
 10年末時点のプルトニウム保有量が約45トンに上る日本。核兵器に転用可能なプルトニウムの大量保有は国際的な疑念を招きかねず、大間原発には各原発の使用済み核燃料から出るプルトニウムを消費することが期待されている。だがそれは、核燃料サイクル実現のめどが立たないのに、使用済み核燃料の再処理を続けてきた政策の矛盾の象徴でもある。
 そもそも、炉心全てにMOX燃料を使うことは、フランスの研究炉で実験が行われた例があるだけ。MOX燃料は、ウラン燃料より原子炉を停止する際の余裕が低下する傾向がある。このため、原子炉の製造を担当する日立GEニュークリア・エナジーによると、緊急時に原子炉内の圧力を下げる安全弁の容量を総計5%増やし、高性能の制御棒を開発するなど、既存の改良型沸騰水型軽水炉に新たな改良を加えたという。
 同社は「試験などをして規格を満たさなければ使えず、それなりに開発費はかかる」と説明する。
 実は、炉心の一部にMOX燃料を使うプルサーマルですら、多くの国が撤退した。今も積極的に続けているのはフランスと日本くらいだ。
 小林圭二・元京都大原子炉実験所講師は「プルサーマルに資源的なメリットはほとんどない」と話す。
 さらに、使用済みMOX燃料は、再処理に使用する硝酸に溶けにくい成分が多い。処理にはコストがかさみ、実用的な処理法は開発されていない。
 プルトニウムを埋め立てる直接処分が国内で実現する可能性はほぼゼロで、フルMOXを始めなければ、プルトニウム消費は進まない。一方で始めれば、処理のめどが立たない使用済みMOX燃料が増えていく。注目される「もんじゅ」の存廃議論の裏側で、国策・核燃料サイクルは深刻な袋小路に入り込んでいる。=おわり
    ◇
 この連載は日下部聡、青島顕、北村和巳、袴田貴行、池田知広、永山悦子、西川拓、江口一、関東晋慈、久野華代、青木純、念佛明奈、野原大輔が担当しました。
毎日新聞 2012年1月28日 東京朝刊

預託線量







   体内に摂取された放射性核種の壊変によって体内の組織や臓器が照射される
内部被ばくの場合、それら組織や臓器への線量の与えられ方は、
時間の経過とともに変化することになります。
線量率のこの時間的変化は、
放射性核種の種類、
物理的・化学的形態、
摂取の仕方、及び
核種が取り込まれる組織や臓器に依存します。

   内部被ばくの場合は、
放射性核種の代謝や排泄の速度をコントロールできないのが普通であり、
したがって、
摂取したときに
その後の線量率分布及びその時間積分値である線量は決まってしまうと考えられます。
組織や臓器Tの受ける預託等価線量H(τ,T)は、次の数式で表すことができます。

H(τ,T)=∫h(t)dt

   ただし、時間についての積分は、t0からt0+τまでとします。

   上式において、
h(t)は組織や臓器Tの摂取後の時間tにおける線量率であり、
τの値は、職業被ばく及び公衆の成人に対しては50年、
子供や乳幼児に対しては摂取から70歳までの期間をとります。

   放射性物質の組織や臓器中の実効半減期
(放射性核種の体内からの排出とその核種自体の減衰の両方を考慮した半減期)
の長いものと短いものについて、上式のh(t)を例示したものが図1です。


    預託実効線量E(τ)は、
放射性物質の体内摂取から受ける組織や臓器Tの等価線量
その組織や臓器の組織荷重係数W(T)を乗じて加え合わせたもので、
次の数式で示すことができます。

E(τ)=ΣW(T)・H(τ,T)

    ただし、合計は全身の組織や臓器Tについて行なうものとします。

    しかしながら、放射性物質が体内に摂取され、
体内の組織や臓器に沈着した場合、
組織や臓器の受ける線量を算出することは容易ではありません。
それは、この内部被ばく線量を算出するために、
体内の組織や臓器に沈着している放射性物質の量を測定する必要があり、
しかもその量の時間的変化を追跡しなければならないからです。

    このため、内部被ばくの場合は、
人が摂取した放射性物質の量と、
人体の組織や臓器が受ける線量の大きさとの関係を算出しておくことにより、
摂取した放射性物質の量を基準にして人の被ばく量を算出する方法がとられています。

    放射性核種1Bqとそれを急性摂取
(1回摂取ともいう)したときの預託実効線量(mSv)との比を
実効線量係数(単位mSv/Bq)といい(表1)、預託実効線量の計算に用います。

    預託実効線量は、この実効線量係数を用いて以下の式にて算出します。

預託実効線量(mSv) = 実効線量係数(mSv/Bq) × 年間の核種摂取量(Bq)
× 市場希釈係数 × 調理等による減少補正
年間の核種摂取量(Bq) = 環境試料中の年間平均核種濃度 × その飲食物等の年間摂取量

※市場希釈係数と調理等による減少補正は必要があれば行います。

    預託実効線量は、摂取した年の1年間に受けたものと見なして、
その年の外部被ばく実効線量と合計し、
その合計値が線量限度を超えないように
核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律等において、
個人の被ばくを管理することになっています。



参考:
  (1)日本アイソトープ協会(編):ICRP Publ.42、ICRPが使用しているおもな概念と量の用語解説、丸善(1986年6月)
  (2)日本アイソトープ協会(翻訳):ICRP Publ.60、国際放射線防護委員会1990年勧告、 丸善(1991年7月)
  (3)環境放射線モニタリングに関する指針(原子力安全委員会、平成13年3月一部改訂)
  (4)原子力防災基礎用語集 http://www.bousai.ne.jp/visual/bousai_kensyu/glossary/
  (5)原子力百科事典 ATOMICA http://www.atomin.go.jp/atomica/index.html


2012年6月19日火曜日

4号機 2011 3月15日のニュース


4号機の建物の屋根に損傷(3月15日 9:06更新)

東京電力の記者会見によりますと、15日午前7時すぎ、福島第一原子力発電所4号機の原子炉のある建物の5階の屋根に損傷が見つかったということです。
この損傷について、東京電力は、詳しいことは分からないとしています。

4号機は、地震発生当時は定期検査中でした。

4号機火災で放射線数値上昇か(3月15日 12:28更新)

枝野官房長官は、記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所の周辺の放射性物質の濃度について、「身体に影響を及ぼす可能性のある数値であることは間違いない」と述べるとともに、4号機で発生した火災が原因ではないかという見方を示しました。
この中で、枝野官房長官は、地震が発生したときには休止していた福島第一原子力発電所の4号機の建物で、火災が発生したことを明らかにしたうえで、「4号機の中には、使用済み核燃料があり、それが熱を持って水素が発生し、1号機や3号機と同じように水素爆発が起きているものと推測している。4号機は建屋に覆われた状態でなくなったため、放射性物質が大気中に排出される状況になっている。なんとか火災を早期に鎮火させ、使用済み核燃料の冷却を進めることで、事態を収束させたい」と述べました。
そのうえで、福島第一原子力発電所の周辺の放射性物質の濃度について、「10時22分の時点でモニタリングしたところ、2号機と3号機の間で30ミリシーベルト、3号機付近が400ミリシーベルト、4号機付近が100ミリシーベルトと、従来のマイクロシーベルトとは単位が1つ異なっている。身体に影響を及ぼす可能性のある数値であることは間違いない」と述べました。

さらに、枝野長官は「断定はできないが、4号機の爆発で、高い数値が出ているのではないかと思われる」と述べ、4号機で発生した火災が放射線数値の上昇の原因ではないかという見方を示しました。

福島第一4号機 火災消える(3月15日 12:37更新)

福島第一原子力発電所の4号機では、15日午前、格納容器の中にある使用済みの核燃料を保管するプールで火災が発生し、東京電力によりますと火災は消えたということです。
4号機では、原子炉のある建物で屋根付近に損傷が見つかったほか、使用済みの核燃料を保管するプールの温度が上がっているという情報もあり、東京電力が状況を確認しています。
東京電力によりますと、福島第一原発の4号機では、午前9時38分ごろ、原子炉がある建物の4階の北西部付近で出火を確認しました。
火災は、その後消えたということです。
4号機では、出火の確認の前に、爆発音のあと、原子炉のある建物で屋根付近に損傷が見つかっているほか、格納容器の中にある使用済みの核燃料を保管するプールの温度が、通常の40度から84度に上がっているという情報があるということです。
東京電力は、「4号機では水素爆発が起きたとみられるが、火災との関係など詳しいことは分からない」と話しています。

4号機の火災を巡っては、枝野官房長官が午前11時すぎからの記者会見の中で、「4号機については火災が起きている。原子炉は地震のあと止まっているが、プールに保管されている使用済み核燃料が熱を持っていることから水素が発生している。これまで1号機と3号機で起こったような水素爆発が起きたと推察される」と述べ、4号機でも水素爆発が起きたという見方を示しています。

4号機水素爆発 燃料棒露出か(3月15日 17:10更新)

東京電力は、15日午後4時からの記者会見で、「福島第一原子力発電所4号機で使用済み核燃料を入れているプールの水がなくなって、燃料棒が露出し、水素爆発が起きた可能性もある」と述べましたが、原因はまだ特定できていないとしています。
そして現在も、4号機の使用済み核燃料のプールに水があるかどうか、確認ができていないとしています。
また、放射線を測定するモニタリングポストの値が、15日午前10時22分現在で、3号機付近で1時間当たり400ミリシーベルトの高い放射線量が確認されたことについて、水素爆発した原子炉建屋の一部が飛び散って、高い値が出た可能性があるということです。

“4号機 水素爆発と推察”(3月15日 11:23更新)

枝野官房長官は、午前11時すぎからの記者会見で、「福島第一原子力発電所の4号機については火災が起きている。原子炉自体は震災発生時から休止しているが、内部に保管されている使用済み核燃料が熱を持っていることから水素が発生しており、これまで1号機と3号機で起こったような水素爆発が起きたと推察される」と述べて、水素爆発が起きたことを明らかにしました。



















2012年6月9日土曜日

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武田邦彦氏 ”科学”について


科学の崩壊と再生 その総括

 およそ「科学」と名のつくもので、もっとも大切なのは「事実や理論」に基づいて、「分かるものは分かる、分からないものは分からない」と言うことだ。


まだハッキリ分かっていないものを断定したり、自分に希望や利権、怖れがあるからといって、決してそれを「科学」の中に持ち込んではならない。


 およそ「科学に携わる人」と名のつく場合、もっとも大切なのは「誠実さと謙虚さ」である。


 なぜ、誠実さが必要かというと、自分が考えたことと事実が異なることが多いからだ。その時に、自分の名誉、利権などが重くのしかかっても、それに負けない誠実さが求められる。


 なぜ、謙虚さが必要かというと、科学は進歩するからだ。1000年前に正しいとされた科学的認識のほとんどは現在、否定されている.このことは、1000年後には現在、科学者が正しいとしていることのほとんどが否定されることを意味している.


 やがてこの世の森羅万象がすべて明らかになるときが来るとすると、その時には人類の精神的活動の一部が無くなるだろう。「未知のものを知りたい」、「よりよいものを生み出したい」というのは人間に備わった本質的な欲求だからである。


 その時がくるまで科学は前進を続け、自らを「時代遅れにする」のに懸命になるはずである.


 かつて、それは私がまだ若い研究者の時だったが、視野が狭かったのか、未熟だったのか、科学は「事実と理論」に基づき、「誠実で謙虚」であり、「前進に対する信頼性」に溢れていた。


 生命は神秘だったし、生活は苦しかった。でも、やがて生命の神秘は解き明かされ、科学技術が発達して生活は楽になるにちがいないという確信があったし、それが研究者の夢だった。苦しくても明るい時代だった.


 ところが、1990年、ベルリンの壁からバブルの崩壊に到る過程で科学の一部も静かに崩壊して行った.


 それからの科学は、「役に立つもの」になり、「事実と誠意」は軽視され、「学会は政府の下」に甘んじるようになった。


 人間の理性を代表する科学が衰退すれば、幻想が跋扈する.それはあたかも非理性が支配したヨーロッパ中世の魔女狩りを思い出させるものだった。


 私が担当したリサイクル、ダイオキシン、環境ホルモン、地球温暖化、持続性発展、資源枯渇、科学技術産物の否定、そして生物多様化・・・なぜあれ程の誠実さと前進に対する信念をもった科学がこれほどもろく崩れたのかと目を疑うほどだった。


 1990年からの20年、科学の世界は「知の暗黒時代」だった。


 でも、やがて人間は本来の心と力を取り戻し、本来の軌道に帰るだろう.それには二つの行為が求められる.一つは20年間に蓄積した幻想を片づけること、もう一つは「事実、誠実さ、前進」の信念のもとに新しい科学の萌芽を見いだすことである。


 私が若ければ後者を選択するが、今の立場を考えると後進の科学者が後者に没頭することを可能にするために、前者を徹底的に進めたい.その行為の正しさはやがて歴史が証明してくれるだろう.


 (平成221128日 執筆)

科学が政治と結託すると




ナチス・ドイツの時代,科学が政治と結託し,「民族には優れた民族と劣った民族がある」と科学が言い,それを受けて政治がユダヤ人はじめ「劣等民族」を虐殺した.
スターリン・ソ連時代.科学が政治と結託し,「共産主義のもとで生物を育てると優れた遺伝子を持つようになる」と科学が言い,それを政治が利用して科学者をシベリアに送った.
日本国憲法第23条に学問の自由が規定されているのは,このようなことの反省の上に立っている。国家にとって,もっとも危険なのは,科学が政治と結託することであり,それに報道が助力したら,破滅である.
自分が憲法違反をして,それで高邁なことを言ったり,人を指導しようとしてもそれは無理である。
学問の自由とは,テーマを選択し,方法を決め,その結果を発表する自由である.だから,どんなテーマを選んでも,どのような方法で研究しても,そしてその結果が政府のご機嫌を損ねても,それは憲法で保障されている.
「温暖化より寒冷化する(丸山先生)」と言い,「温暖化はむしろ良いことだ(武田)」と言っても,それで不利を与えれば,それは憲法違反である。
国立環境研究所は,学問の自由がない.このことは研究所のおもだった人に直接,申し上げているので,ここで言うのもフェアーである。
国立環境研究所には,研究員がテーマを自由に選べず,上司がいて,査定がある.すべて学問の自由に反する.そしてその結果,たとえば温暖化について,金太郎アメのように研究員が「温暖化危ない」と言う.
学問は異論が止まらないものである.20人もいれば,かならず5,6人は多くの人が同意する結論に疑問を呈する.それなのに,国立環境研究所の人はなぜ,IPCCの結論に同意するのだろう.かならず,自分の研究結果にはIPCCと異なるところがあるはずだ.
先日のテレビ討論で,「温暖化が怖い」と言っておられた人たちが,全く同じことを言うので,「まるで共産主義ですね」と発言した人がみえた.本来は共産主義でも異論はあるはずだが,それより全体主義的だった.全体主義は学問ではない.学問は統一できない.
・・・・・・・・・
国立研究所の皆さん,科学―報道―政府 が結託したらどうなるのか,よく考えて欲しい.国立環境研究所―NHK―政府 が結託したら,ナチスやスターリンの歴史を繰り返し,それは暗黒の時代につながる.
事実,最近,温暖化に疑問をはさんでいる学者の人を見ていると,大きな差別を攻撃を受けている。それもネットが発達して,「匿名の人」からの学問とは縁が遠い,口汚い批判に晒される。
・・・・・・・・・
皆さん,もっと日本の将来を考え,日本人の誠を育て,学問の自由を守ってください.ネットで匿名で罵っている君も日本のために目を覚ましてください.
地球が寒冷化するのか,温暖化するのかはまだ学問的にハッキリしていることではないのですから,どちらを選択するかは政治の問題ですが,学問の方に逆に刃を向けると日本は衰退します.
国立環境研究所が学問の自由を持たない以上,「科学の衣を着て,政府と一体の研究所が望ましいのか?」を疑い,できれば研究員が主導的になって組織を解散して政府と独立した研究所になってもらいたいと思います。
(平成2196() 執筆)



日本にも科学者がいるのか?・・・頭脳活動と行動





連休に入って時間の余裕ができると、いろいろなことが頭を巡ります。「事実と幻想」、「科学の役割」が今の一つの課題でもあります。

ポアンカレという数学者は次のように言っています。
「私たちは、事実がどんなに残酷なものかを知っている。だから、幻想の方が事実より心の安まるもの、力づけてくれるものなのだ。私たちに信頼感を与えてくれるのは実は幻想にほかならない。でも、幻想は消え去る。その時に人は希望を失わず、そのまま行動する元気をもち続けることはできない」

幻想は甘い汁ですが、やがて消えていきます。そのときに冷酷な事実に力強く立ち向かうことができるのは事実そのものでしょう。人間は辛いことを正面から見るのは大変で、ダーウィンも「勇気を持てば事実が見える」といっています。まさに被曝と健康、福島の人の避難などに当てはまるでしょう。

また東大総長の浜田純一先生は訓示で次のように言っておられます。
「人間が陥りがちな弱さに自らも陥らず、そして人をも陥らせない役割が科学に携わる者には求められています。科学は精神安定剤ではないのです。人々の期待に力の限り応えながら、同時に期待の圧力に屈しない知的廉直が科学には求められます。科学の世界に生きる者に求められているのは、今の科学で出来ることと出来ないこととの区分を明確に示すとともに、その限界を乗り越えるために苦闘している姿を率直に見せることです。」

東大総長からこのような言葉がでるところに、今の日本の科学の脆弱さがあります。つまり東大の御用学者も頭ではこのこと、つまり科学は人間が陥りがちな弱さに陥らず、精神安定剤ではなく、期待の圧力に屈しない知的廉直さなのです。でも頭でわかっていることが実行できない悲しさを東大教授は持っています。それが国民を苦しめているのです。

地震予知が始まった1970年代。東大の地震の先生はお金が欲しいので「東海地震が先に来る」と言い、阪神淡路と東北で犠牲者26000人の原因を作りました。まさに「出来ることと出来ないこと」の区別が明確に出来なかったのです。

福島原発事故による被曝が始まると東大教授は「大丈夫」と言いました。被曝と健康の問題は法律で11ミリと決まっており、それをさらに明らかにしようと「苦闘している姿」だったのです、それは政府のいいなりになって科学を捨てました。

「わかっているのにやらない、わかっているのに違うことを言う」という自らの利益だけを考えた精神的疾患は、東大教授に著しく、日本のインテリに共通した病状です。これは日本人のある意味での限界を示したもので、特に宗教的基盤の薄い日本に顕著です。人間は頭でっかちですから、宗教やヨガという精神的基盤や鍛錬なしに厳しい現実に向かうことが出来ないのでしょう。
(平成24430日)


















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