黒い雨」データ公開を 放影研が1万3000人分保有

「黒い雨」データ公開を 放影研が1万3000人分保有

 原爆放射線による人体への影響を研究する日米共同運営の財団法人・放射線影響研究所(放影研、広島市南区・長崎市)が、約1万3千人の「黒い雨」データを保有していることが分かった。長崎の医師が米国で39年前に書かれたリポートを発見し、放影研に問い合わせたのがきっかけで明るみに出た。なぜ今まで公にされてこなかったのか。どんな内容のデータなのか。公開されれば、黒い雨が降った地域を特定したり人体への影響を探ったりする重要な判断材料になるのではないか。東京電力福島第1原発事故で放射線の人体影響への関心が高まる中、放影研は専門機関としてデータを解析し、公開に踏み切るべきだ。(難波健治)


降雨地図見直し可能 意図的な隠匿は否定

長崎市で内科医院を営む本田孝也さん(55)は9月末、自宅で黒い雨の資料を見ていて、あるリポートの紹介が気になった。米国のオークリッジ国立研究所で、1972年に書かれたものだった。

長崎の医師発見

執筆者は日本人と米国人。放影研の前身である原爆傷害調査委員会(ABCC)のデータを基に、黒い雨が人体に及ぼす急性症状を分析したものである。黒い雨を浴びた人に高い確率で症状が認められるとしていた。あちこちの研究者などに問い合わせても、「そんな論文は見たことがない」という人ばかり。なぜか、人の目に触れた形跡がない。

本田さんは、黒い雨と脱毛の関係を調べていた。医院を開いている間の瀬地区は長崎の爆心地から北東へ約7.5キロ離れた山間の集落。原爆投下時の住民は320人。地区には黒い雨が降り、脱毛が多発した、と住民は証言する。しかし、原爆投下時は長崎市に含まれていなかったため、今なお被爆地域として認められていない。

リポートを書いた日本人は放影研の調査課長だった。問い合わせると10月末、放影研から返事が来た。課長は25年前に亡くなっていた。「リポートを再現してみたが、データの扱いに誤りがある」と放影研は言う。なぜそう判断できるのか。やりとりを通して、放影研には黒い雨に関する1万3千人のデータがあることが分かった。

本田さんが所属する長崎県保険医協会は、存在が明らかになったデータを基に人体への影響を分析し、結果を公開するよう求める文書を国に提出した。

黒い雨が降ったすべての地域を被爆地域に指定するよう求めてきた広島県「黒い雨」被害者の会連絡協議会(高野正明会長)は、「原爆投下後の早い時期の調査であり、しかも原爆放射線の専門調査機関が行ったものであることから資料の持つ意味は大きい」として、データの保存と解析、公開を放影研に求めている。

では、1万3千人の黒い雨データとはどんなものなのか。

帽子の種類まで

放影研には、原爆放射線の人体影響を調べるうえで研究の基礎となる12万人余のデータがある。寿命調査(LSS)集団と呼んでいる。50年代から60年代初頭にかけて面接し作った調査票には、「原爆直後雨に遭いましたか」という設問があり1万3千人が「はい」と答えた。その人たちには雨に遭った場所についても尋ねている。

性別や年齢、被爆地点などのほかに、どんな急性症状が出たか、を問う項目もある。

放影研は寿命調査とは別に、被爆者の遮蔽(しゃへい)調査でも黒い雨情報を聞き取っていた。遮蔽調査は54年から65年にかけて行われたが、黒い雨に関する聞き取りは58年末で打ち切られた。

広島は約2万件、長崎には約8千件のデータが残されている。広島の2万件の中には、爆心地から1600メートル以遠で被爆し黒い雨を浴びた人が約1200人いたことが分かっている。発見された39年前のリポートは、雨粒のサイズ、色、強さ、降り始めの時間、持続時間、雨に打たれたときにかぶっていた帽子の有無や種類まで詳細なデータに基づく分析を試みていた。

放影研の大久保利晃理事長らは先月21日に記者会見を開き、データは黒い雨を研究するために集めたものではなく、寿命調査の参考にするために設けた補足的な質問だと説明した。「集計しても数値に偏りが大きく、科学的にはあまり価値がない。これまでもそういう判断をしてきたのだろう。意図的に隠してきたのではない」としている。

仮にそうだとしても、1万3千人がどこで黒い雨に遭ったのか―。そのデータさえ公開されれば、黒い雨の新しい降雨地図が作成できる。また寿命調査のデータで、黒い雨体験と脱毛、下痢、発熱など14項目の急性症状をクロスさせて分析すれば、人体への影響がさらに解明できるのではないか。

「再解析が必要」

黒い雨をめぐっては最近、新しい科学的知見も報告されている。

広島市立大大学院情報科学研究科の馬場雅志講師は、原爆きのこ雲の全体像をとらえた写真を解析。地形などと照合して、きのこ雲の高さを地上約16キロと推定した。これは広島県と広島市が88~91年に設置した「黒い雨に関する専門家会議」の推定約8キロより2倍も高い。雲が高いことは、放射性物質がより高く舞い上がり、より広い範囲で地表に降り注ぐ可能性を示す。

広島市と県などは2008年、約3万7千人を対象にしたアンケートを実施。現在の援護対象区域より広範囲に雨が降った可能性が高いとして指定区域の拡大を国に求めている。有識者による国の検討会は現在、対象区域の拡大を議論中だ。

県と市が実施した調査で黒い雨に関する解析を担当した広島大原爆放射線医科学研究所の大滝慈教授(統計学)は、「放影研はぜひ1万3千人のデータを取り入れて、寿命調査データ全体の再解析を行う必要がある。それだけの意味が十分にあるデータだと思う」と話している。

黒い雨
原爆投下直後、放射性物質を含んだチリや火災によるススが空気中の水滴と混じり、降った雨。国は1976年、激しい雨が長時間降ったとされる「大雨地域」(長さ約19キロ、幅約11キロ)を「健康診断特例区域」に指定。その地域内で雨を浴びた住民は被爆者同様の健康診断を無料で受けることができ、がんや肝硬変など国が定める病気が見つかれば、被爆者健康手帳を取得することができる。「小雨地域」とされた地域の住民は健康診断の対象外となっている。

遮蔽(しゃへい)調査
直爆によって受けた放射線量をつかむため、被爆時の状況を聞き取る調査。面接によって被爆位置を地図上で確認し、建物や地形などによって放射線が遮られた状況を調べる。屋内にいた場合は家屋の見取り図を作成し、屋根などの建材や体の向きによって放射線が減衰する状況を明らかにしようとした。

(2011年12月5日朝刊掲載) 

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