『あしたが消える』福島第一原発22年前。  設計技師田中三彦氏

福島第一原発、22年前。幻のドキュメンタリー映画、発見!!『あしたが消える -どうして原発?-』
この映画は、22年前の1989年5月26日に公開された
原発ドキュメントである。
この22年という数字に深い意味がある。
当時はソ連でチェルノブイリ原発事故が起こって3年後で、
全世界が原発事故に恐怖を抱いていた。




 主役は、原発の定期検査などで指導的な立場で働いていた52歳の父を骨癌で失った仙台市の主婦・葛西真紀子さん。彼女が朝日新聞に投稿した記事は、「父は、日本の原発は二重三重の安全装置があるから絶対安全だと言っていた。父の言葉に、私はずっと原発は安全なものだと信じてきました。その父は、骨癌で入院して、四ヶ月であっという間に亡くなった。今、原発は安全、を信じようとする従業員の信頼に本当にこたえているのでしょうか」という疑問を投げかけていた。この「父はなぜ死んだか」という純粋な疑問から、映画制作者が謎解きを進めてゆく。
 チェルノブイリ原発事故の現場で働く作業者の悲惨な姿が映像で流れる。当時、日本にも大量の放射能汚染食品が流入し、原発反対運動が燃え盛るなかで、多くの人が自衛に立ち上がっていた。日本で運転されている原発の危険性については、田中三彦氏が、自ら設計した福島第一原発4号機がイビツな形で製造され、それをジャッキで整形して納品したことによる大事故のおそれを証言する。技術者たちは、頭のすみに「大事故が起こる可能性」をうすうす感じながら製造しているというのだ。
 さらに、日本の原発で働く被曝労働者たちが、危険な大量被曝を知りながら、避けることができず現場に向かったという証言が次々と紹介される。その人たちを追跡して、被曝の危険性を明らかにした医師がいた。主婦・葛西さんは、こうした人たちから次々と事実を学んでゆき、父の死に対する疑念を深めてゆく。映画を見ている側では、そうした放射能の危険性を完全に切り捨てて、電力会社の幹部が原発の運転を強行している「悪魔のような姿」が、スクリーンの背後から浮かび上がってくる。最後のナレーションは、「福島原発」で大事故が起こった時に、日本全土がチェルノブイリと同じように危険地帯に一変することを予言していた。
 22年前に公開されながら、日本中を走り回っていた私はこの映画を見ていなかった。当時は、このように日本中が放射能の危険性に気づき、意識が高まった時期であった。ところがどうだろう、今年3月、実際にこの映画の予言通り、おそれていた福島第一原発メルトダウン事故が起こってみると、現在の日本は、当時のソ連よりおそろしい日本人の愛国心と放射能に対する無知のために、大量の被爆者が汚染地帯で過ごし、子供たちが学校に通っているのだ。
 しかし先日、7月2~3日に、福島県のいわき市、福島市、郡山市で放射能の危険性についての学習会が開かれた。会場を埋めつくし、不安に満ちた父母を前にして、この作品を観る前の私は、県内がどれほど危険な状態にあるかを説明しなければならなかった。そこで語ったことこそ、この作品『あしたが消える』が描いた内容そのものだったのである。それはつまり、これから何年後かに、何が起ころうとしているか、である。私は何度も、涙をこらえきれずに話さなければならなかった。
 22年の星霜が流れるあいだに、われわれ日本人は何を忘れたのか。原発で働く被曝労働者と同じ条件の汚染地帯に、福島県内の学童が生きている今、この秘蔵されていたドキュメントは、誰の胸にも突き刺さる問いを発してくる。
広瀬隆(作家)

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