2012年1月8日日曜日

原子力ってなに?



1. 原子力ってなに?

なにごとも、いちばん最初から始めるのが、肝心です。
途中からいきなり話されても、ちんぷんかんぷんです。

はじめからお話しますから、ゆっくり読んでください。
私たちが住んでいる地球は、宇宙の中にあります。それは、地球が宇宙の中で、星屑がくっついて産まれたからです。だから、地球にあるものはすべて、元から宇宙にあった物質が何十億年もかけて、地球の環境に適応するように、今ある形に細かく進化してきたのです。人も、動物も、魚も、虫も、草木も、岩も、すべてです。
なぜそれが本当かというと、この宇宙には「保存の法則」があるからです。
物質やエネルギーは、無から産まれたり、消えて無になることは絶対にない、という意味です。

人間は、自分が何でできているのかを知りたくて、小さな宇宙、ミクロの世界に目を向けました。発電ができるようになってからは道具も急速に進化し、20世紀に入って研究が飛躍的に進み、「ありとあらゆる物質は、原子の集まりによってできている」レベルまで突き止めました。原子とは、遺伝子よりも更にちっちゃい、1兆分の1センチの生命の単位です。
原子の中心には、すごく小さな「核」があります。その周りを更に小さい電子が、マイナスの極を帯びて、光に近いスピードで回っています。核は小さくて密度が高いため、実は原子の「中身」はほとんど空洞です。核がベースボールのサイズとしたら、電子殻は野球場をも上回るサイズです。
原子が外郭に帯びている電磁気は、重力よりも遥かに強く、固体が安定した形をとどめることを可能にしています。普段は気にかけないことかもしれませんが、二つのものが衝突するのも、誰かとがっちり握手を交わせるのも、重力によって地面に付いた足がそのまま沈んでいかないのも、原子や分子の持つ電磁気が反発するおかげなのです。
核の中身はというと、プラスの極を持った「陽子」、そして極をもたない「中性子」が双子のようなつくりで、とても強い「核力」でくっついています。核の中には陽子が詰め込まれるので、お互いに反発して具が破裂しないように中性子がまとめているのです。陽子や中性子の中にも、電子(ー)や陽電子(+)が素粒子として含まれていて、更に何億倍も細かいレベルまで行くと、最終的には、ひも状のエネルギーの振動であると予想されています。
つまり、原子の核というのは宇宙が大量生産するエネルギーのお団子なのです。

そもそも原子核が強い核力でまとまっていなかったら、宇宙に物質は存在しません。形をもたないエネルギーが浮遊しているだけになってしまいます。核のおかげで、いろいろな原子が産まれ、そして分子が産まれ、生命体が出現することが許されたのです。このことからも、原子核は人間の力では壊せないものだと長い間、信じられていました。ところが、生命の創造のきっかけとなった核の結び付きをほどいたことが、原子力の発見に繋がります。
原子力というのは、原子の核が秘めている力、それを放出する力のことを言います。原子の中を覗くことによって、核は高度のエネルギーを絶えず持っていることが分かったのです。なぜなら、あらゆる原子核は永遠に生きているのです。


<宇宙の成り立ち>


私たちの宇宙は、どのように産まれて、発展して来たのでしょうか。通説によると、宇宙は巨大な爆発によって誕生して、究極に高熱、高密度の状態から、何億年もかけて、だんだんと冷めていきました。何が爆発したかというと、それは無限の重力を誇るブラックホールだったかもしれないし、全宇宙の質量とエネルギーを内に秘めた、最初の原子、いわば原始の原子だったかもしれません。

「全宇宙の質量」ほどの重みが、一つの点、あるいは小さな原子に閉じ込められていたことなど、本当にあったのでしょうか?人間の想像を絶する世界ですが、宇宙の力を持ってすれば、数学的には可能な範囲なのです。私も、あなたも、全宇宙のありとあらゆる物質とエネルギーは、遥か昔、同じ原子の中に入っていたのです。
宇宙は誕生の瞬間から、遠心力によって広がりながら、超高密度な原子の持つ重力がまわりを引きつけるという運動を繰り返してきました。一点に集まった素粒子の雲が爆発して星が産まれたりする度に、超高熱の宇宙原子炉の中で、軽い原子たちが核融合を起こして、順番に重い原子をつくっていきました。私たちの太陽も、水素の核融合で熱をつくっている原子炉です。
こうして気が遠くなるくらいの時間をかけて、様々な状態で落ち着いた原子たちが、地球に存在している訳です。宇宙の75%を占めるのが一番軽い水素、Hです。そうです、宇宙は、ほとんどHなのです。


<体は何で出来てるか>


原子を単体の「元素=げんそ」になおして、原子番号(=電子、または陽子の数)の順番と、化学的な性質によって配列したのが、「周期表=しゅうきひょう」です。

たくさんの元素がありますが、生活に身近なものは、良く耳にすることがあると思います。人間の体や動物、植物、生きとし生けるものすべては、「有機物=ゆうきぶつ」とも呼ばれます。有機物のほとんどは、炭素、窒素、酸素、水素(C、N、O、H)の組み合わせ(分子)によってつくられています。
人体(細胞、遺伝子、栄養素、ホルモン、伝達物質など)の96%がそうで、空気の成分の99%もそうです。たった四つの元素が、自然レゴの基礎ブロックなのです。これらの元素は電子の数が少なく、かんたんなつくりであるから、結びつきも非常に安定していているため、進化の過程で高度な分子構造ができることを可能にしたのでしょう。
生命はその他にも、遺伝子に不可欠なリン(P)など、いくつかの元素を成分に必要としています。糖質、脂質、たんぱく質、ビタミンの有機物、「必須元素」または「ミネラル」と呼ばれる無機物の栄養素をふくめて、赤枠で囲ったものを周期表で見てみましょう。


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 これで人間の「活動範囲」が大体分かると思います(それがポイント)。およそこれ以外の元素を人間が摂取する習慣はない、とも言えます。それでも、有機元素でできた化合物には、カフェイン、アルコール、ニコチン、塩酸、薬をふくむ人工化合物など、複雑なつくりで強烈なものもたくさんあります。
残りの無機物の元素は、鉱物やガスなどに混じって、地球のいたるところで発見されます。それらが、採掘、精製、加工されて、身のまわりの機械や生活の一部になっている訳です。元素の中では「鉄」が最も安定した原子核で、それより大きい核は安定度が減って行きます。ウランより高い原子番号を持つ元素になると、自然に存在しないので、人工的に作られます。 高エネルギーを持つ核ほど、一瞬しか存在できません。
要するに、人類は、長い研究と実験の結果、それぞれの元素の性質を知り尽くした上で、原子レベルでのさまざまな計算を可能にしたのです。
私たちの住む物理的な次元は、核力、電磁気力、重力の法則によって、隅から隅まで厳密に支配されているのですが、その宇宙の仕組みを更に究明するべく、世界中の研究所で大規模な実験が行われています。核が誕生する以前の素粒子を再現するには、直径数キロにも及ぶ加速器を建造したり、超レーザー光線を当てたりと、エネルギーがとてつもなく集中した状況をつくる必要があります。そのような環境は最近ようやく実用化されてきていて、人類は研究を押し進めることによって、宇宙の起源までをも解き明かそうとしているのです。

2. ウランってなに?

92番の方、登場してください。ウランさんです。
ウランとは、自然に存在する資源の中では最も重い原子で、約45億年前に地球が誕生したときの高熱でつくられました。主な産地は、オーストラリア、カナダ、東ヨーロッパ、アフリカなどです。
ウランの使い道は、放射能が発見されてから40年近く経って初めて明らかになりました。ヨーロッパの科学者たちは、水の中でウランの原子核に中性子を命中させると、核が暴発することを発見しました。この現象を「核分裂」と言います。ウランほど重い原子の核は、中にたまっている力が強いために、まさに一触即発状態だったのです。



<核分裂の仕組み> 


原子の核分裂が起きると、三つのものが産まれます。
一つ目が、中性子の粒子です。この中性子が、連鎖反応の立役者です。
二つ目は、熱として発散されるエネルギーです。
核の中身をつないでいた核力がはじけることによって、生成物の核力との差がエネルギーとして放出されます。同時に、僅かな質量が消えて膨大なエネルギーに変換されるという、アインシュタインの有名な「E=MC2」が示す現象が起きます。これらが、合わせて強烈なガンマ線によるエネルギーを出してまわりの分子を熱くします。
そして三つ目が、核が分裂した後の生成物です。
分裂前の質量のほぼ全てが、生成物に変身します。原子力発電のためには、ウランの核分裂による熱だけが必要なので、これらは燃料を取り替えるときにゴミになります。


<ウランとプルトニウム> 

ウランの中に0.7%の割合で存在する「ウラン235」という原子は核分裂を引き起し易く、連鎖反応によって核分裂を何百万回に達するまで倍増させていけば、膨大なエネルギーを瞬時につくれることが発見されました。
この核分裂のエネルギーを利用して、ウラン235を90%以上までに濃縮したものが、
1945年に広島に落とされた原子爆弾「リトルボーイ」に使われました。
原子力発電の燃料には、ウラン235を3%くらいまで軽く濃縮したウランが使われています。発電所のほかにも、潜水艦や人工衛星、宇宙開発などの燃料にも使われています。
原子と数の表記は、「同位体=どういたい」と言って、同じ元素でも中性子の数が異なって存在する場合に、区別をするために使います。元素名の後にくる数字は、陽子+中性子の数です。
核分裂は、ほかの重い原子でも起こせますが、無制限リーチの連鎖反応を起こせるのはごく僅かで、ウラン235とプルトニウム239が主な同位体です。
プルトニウムは、自然界にはまったくと言って良いほど存在しないのですが、ウランの核分裂の副産物としてつくられます。プルトニウムはウランに比べて何倍も核分裂がしやすい物質であることから、より厳重な取り扱いが要求されます。
プルトニウムは、1945年に長崎に落とされた原子爆弾「ファットマン」に使われました。そもそも原子炉と再処理工場は、第二次世界戦中に開発された、ウランからプルトニウムを抽出するための軍事技術だったのです。だから、今日でも国家が新しく原子力を持つということは、いくら発電目的と言っても、政治的な脅威とされるのです。



3. 放射能ってなに?

放射能ってなに?と聞かれて、ぱっと答えれる人は案外少ないと思います。
放射能とは、正しく言えば放射線を出す力のことです。
放射線にもいろいろな種類があるのですが、基本的には高い「エネルギー」の総称です。エネルギーという言葉は、日本語で言えば「力」ですが、放射能を理解するための重要な手がかりになります。
まず、特定の「電磁波」が放射線と呼ばれています。
電磁波とは、質量のないエネルギー波で、必ず何かから発信されています。電磁波の強さは周波数の高さと比例して、強い順に宇宙線、ガンマ線、X線と、紫外線より強い域が「放射線」と指定されています。これらは名前が違うだけで、人間の眼で見える周波数も、ラジオや携帯電話で使われている周波数も、すべてまったく同じ性質の電磁波です。電磁波は「光」と同じなので、光の粒子である「光子」の集まりとも表現できます。

<環境にある放射能>
この中でも宇宙線は、環境放射線、あるいは自然放射線に属します。残念ながら、宇宙船とは違います。冒頭で述べたように、宇宙にはその起源からずっと続いている爆発などの激しいエネルギー源が存在するので、さまざまなレベルの電磁波が地球にも届きます。宇宙線の強いエネルギーは、大気中の水素や炭素を「放射性物質」に変えてしまいます。大気は多くの宇宙線を反射するため、強い電磁波から地球を守っていますが、放射性の素粒子が地上に降ってきます。標高によって受ける量も変わりますが、よほどの強い宇宙線を浴びれば人体にも影響があることは楽に予想できます。どのような影響であるかは、のちほど説明します。

<放射性物質>

宇宙から来る放射線と対照的に、地中にある放射性物質の原子核は、電磁波の他にも粒子状の放射線を放出することがあります。以下がその種類と内容で、( )の中は、それぞれが空気中で飛行するおよその距離です。
1. アルファ線 = 陽子2コ+中性子2コの核 (数センチ)
2. ベータ線 = 電子 / 陽電子 (1メートル)
3. ガンマ線 = 電磁波 / 光子(長距離)
4. 中性子線 = 中性子(長距離)* 核分裂、核融合のときのみ
放射性物質によって、出す放射線の量も、内容も、強さもまったく異なります。
どういうものであるか、詳しく見てみましょう。


4. 放射性物質ってなに?

身の回りにあるふつうの物質は、原子核がチルしているため、放射能をもっていません(=放射線は出しません)。自然界では、鉛より重い元素はすべて放射能を持っていて、そこにあるだけで、放射線を出し続けます。なぜかと言うと、彼らは不安定な状態にあり、その不満を発散させて落ち着きたいからです。つまり、高いエネルギーを持った核が、着替え中の状態にあるのです。
放射性の同位体は、安定した状態になる(=放射能が消える)までは、素粒子を捨てたり奪ったりして、放射線を出し続けながら、ほかの物質に変化します。この自然のプロセスを「崩壊=ほうかい」と呼びます。つまり、放射性物質というのは、原子が崩壊しながら放射線を出す物質である、と言えます。崩壊と言っても、ミクロの世界では自爆のようなもので、その瞬間に激しいエネルギーをもった粒子を放出するのです。
放射能の寿命は、「半減期=はんげんき」という言葉で表現されていて、その物質が崩壊によって半分に減るまでの時間を表していますが、たった数秒のものから、何年、何千年、何億年のものもあります。あくまでも半減する時期ですから、その物質が完全に消える(ほかの物質になる)までには、何百倍もの期間がかかります。
<ウランの崩壊と核分裂の違い>
ウランは45億年の半減期を持っていて、最後には鉛になって落ち着きますが、その途中経過にある、ウランの「崩壊生成物」の放射性ラジウムとラドンなどが自然界で探知されます。また、地中には10億年以上前に産まれた放射性カリウムが微かに(自然のカリウムの0.012%)残っています。
ウランの核分裂は、崩壊に比べると何百倍もの強いエネルギーを放出しながら、「これまで地球に存在しなかった同位体」を沢山つくります。なぜなら、核分裂は自然に起きることは、ほぼありえないからです。

同じウランでも、核の「崩壊」と「分裂」では、生成物はまったく違います。
これはとっても重要な点で、繰り返すに値します。
さん、はい
同じウランでも、核の「崩壊」と「分裂」では、生成物はまったく違います。
よくできました。
「崩壊は自然に起きるので制御できないが、生成物が決まっている」のに対して、
「核分裂は人の手によって制御できるが、生成物が広範囲」であることも対照的です。
それでは、原子力発電や原子爆弾の燃料に使われるウラン235の核分裂と、
天然のウラン238の崩壊による生成物を、周期表で見比べてみてみましょう。






オレンジの元素が、ウランの崩壊の順路です。
黄色い元素が、核分裂によって放射性同位体が発生する元素です。

これでウランの崩壊に比べて、核分裂の「散りっぷり」が分かると思います(それがポイント)。 
ウランは常に二つに分裂するのですが、割れ方がランダムなために、いろいろな同位体を含めると百種類以上もの破片が産まれます。
生成物はすべてが放射性で、半減期や化学的性質もすべて違います。放射線だけを見れば、人工と自然の放射性物質を分けて考える根拠はありませんが、それらが環境の中でどのように動き回るかというのは、それぞれの元素の特徴によって大きく異なるのです。例として、放射線の測定に使われている代表的な「放射性同位体」の半減期と崩壊による放射線の種類を見てみましょう。
ウラン238 (45億年、アルファ線)
ウラン235 (7億年、アルファ線)
---> セシウム137 (30年、ベータ線)
---> ストロンチウム90 (28年、ベータ線)
---> イットリウム90 (64時間、ベータ線)
---> ヨウ素131 (8日、ベータ線)
(希ガス)
---> キセノン133 (5日、ベータ線)
---> クリプトン85 (10年、ベータ線)
---> アルゴン39 (270年)
プルトニウム239 (2万4千年、アルファ線)
それでは、ウランの核分裂を扱っている原子力発電所について、探ってみましょう。



5. 原子力発電ってなに?

原子力発電所は、「原発=げんぱつ」とも呼ばれます。
原子力発電と言ってもじっさいは、
「ウランの核分裂による熱でお湯を沸かして、その蒸気で発電機をまわしている」
だけです。
熱を蒸気に変えてタービンをまわす仕組みは、石炭や天然ガスなどの火力発電とまったく同じです。もっとも、核分裂の熱は一瞬で太陽の表面温度に近い何千度にもなりますから、熱をつくる効率に関しては他の燃料に比べて何百万倍も優れているのです。
小さなウランの燃料ペレット一つで、約800キロの石炭、約680リットルの石油に値するとも言います。原子力発電が考えられた頃、ウランは資源の節約になる、と未来の燃料として注目されたのです。しかし、これは原子炉の中だけの出来事で、その前後にはウランによる節約を上回る膨大なコストがあることが70年代後半には分かっていました。
<再処理工場と高速増殖炉>
通常の原子力発電所の使用済み燃料を、高レベル核廃棄物として貯蔵しておくより、燃え残ったウランをリサイクルしたり、プルトニウムを取り出して「高速増殖炉=こうそくぞうしょくろ」のための新しい燃料をつくることが、再処理工場の主な目的です。高速増殖炉は「プルサーマル」と呼ばれる原子力発電の進化系で、通常の原子炉の100倍以上の効率があると言われています。よって、再処理工場と高速増殖炉は、ワンセットで初めて本格的に機能します。
何が「高速」で「増殖」かというと、水の減速材を使わない「高速」の中性子を使った核分裂により、プルトニウムが「増殖」します。プルトニウムが核分裂をする際に、まわりのウラン238をプルトニウム239に変えてしまうので、本当に増えて行くのです。
再処理工場はアメリカの軍用施設の他は、イギリスとフランスで商業化されました。日本では茨城県の東海村のほかに、青森県の六ヶ所にある再処理工場が20年の建設期間を経て、2006年に運転を始めました。再処理をした燃料を使う高速増殖炉は、現在日本では稼働していませんが、佐賀県にある玄海発電所など、全国でプルサーマル計画が進められています。福井県にある高速増殖炉の「もんじゅ」は冷却剤のナトリウムが漏れた1995年の事故以来、運転が停止しています。
<核融合>
将来的には、水素を1億℃のプラズマにまで熱した「核融合」を利用した発電方法も研究されています。ITERという国際プロジェクトが、核融合の原子炉を開発しています。それだけの高熱状態に耐久しうる原子炉をつくることは難解なのですが、核融合には核分裂の連鎖反応もなく、放射性の生成物が発生しません。この技術が完成すれば、ウランを燃料にする必要がなくなります。もしかしたら、原子力のジレンマを解決する技術かもしれませんが、それだけの高エネルギーを管理するという点では、実用化させるには高いコストが付くことでしょう。
<原子力発電の疑問点>
原子力発電所に話を戻しましょう。
原子力発電は、火力発電と違って二酸化炭素を出さないこと、資源の供給源が安定しているという点がアピールされています。効率的に電力をつくるという意味では、立派に役割を果たしているのです。ところが、その工程で二酸化炭素よりも遥かに重大な副産物を残してしまいます。それはウランの精製が残すゴミと、原子力発電の原理である核分裂がつくる生成物です。
天然の鉱石にはウランが5%しか含まれないので、精製過程のすべての段階で、ウランの崩壊物だらけの粉末を廃棄の段階で大気に広めてしまう可能性が付きまといます。ウランを掘っている時点で環境に悪いということで、このことを原子力発電よりも問題視する研究者がいるほどです。そして、発電の際につくられる核分裂生成物は、強力で長期的な放射能を持っているため、「核廃棄物」とも呼ばれるゴミの処理は重大な責任です。
原子力発電所の性能や安全性がいかに良くなっても、核廃棄物の処理は、文字通り永遠の課題なのです。
おもな核分裂生成物は燃料の中に閉じ込められるように焼き固められ、その周りを何重もの管や壁で防護していると言います。それでも、蒸気をつくったり冷却をするためには水の循環を必要とするため、燃料から染み出た放射性物質は原子炉の外に運ばれます。また、燃料が出すエネルギーがまわりの分子と反応して、合計で数百種類もの放射性物質が産まれ、放射性の水素であるトリチウムも大量に発生します。原子力施設は、これらの核分裂生成物を、最新のテクノロジーで排気や排水から取り除いていると言います。
これまで多くの独立機関による調査と政府の統計が、世界中で原子力発電所のまわりの住民は重病の発症率が数割高くなっていることを示しています。これは、排気や排水に含まれる放射性物質が環境を通して人体に入って来ていることを意味します。通常運転がもたらす「いくらか」の汚染が本当はどれだけなのかが、疑問点です。
最近になって特に問題視されているのが、原子力発電所や再処理施設で保管される使用済みの燃料が、年々増えていることです。この高レベル廃棄物だけは、ごまかしようがありません。放射能を制御しようという工夫もされていますが、どんなに技術が進歩しても、うちわで冷ますようには行かないため、扱いがとても厄介なのです。
燃える前の燃料棒は手で触れることさえできますが、燃えた後の燃料は水の中に入っていないと近寄ることも許されません。このような使用済み燃料や原子炉を解体したときの廃棄物を、数百年、数千年単位で管理して行こうというのが、誰もが認める原子力発電の現実です。解決策として、廃棄物を固めてから梱包し、地底に埋めて石碑でも建てよう、という発想が精一杯なのです。
45億年も眠っていたウランを掘り起こした人間が、その何百万倍もの放射能を煮詰めたエキスにして地球にお返します、というのですから、環境的に見ればどうにも可笑しい話です。人間の寿命どころか、文明の寿命をも越す管理期間を「処理」と考えている時点で、ちょっぴり疑問点です。
再処理工場で使用済み燃料から新たな燃料をつくるという「核燃料サイクル」の試みも、燃料を強い酸で溶かす工程で、中に閉じ込められていた核分裂生成物を逃がしてしまいます。核廃棄物をリサイクルするどころか、放射性の排液や排気が増えることは確実なので、ぜったいにクリーンなサイクルではありません。この場合も、サイクル全体でどれだけ環境に放射性物質が出ていてるのかが、大きな疑問点です。
原子力施設からの放出量が定められた基準以下だとしても、まずその基準が適切であるかどうか、そして放出量が生態系にどのような影響を及ぼしてきているかが、最大の疑問点です。低レベル放射線による人体への影響など、ここ10年の研究だけでも新しく分かったことが出て来ているというのが現状です。常識的に考えれば、人工放射能はいかなる量も出していはいけない、と言えると思いますが、それが通用しないので、細かい数字の話や卓上の理論になってしまうのです。
<世界の原子力事情>
原子力を最初に開発したアメリカには、現在100基以上の原子炉があります。それでも70年代には、「2000年までには1000基までに増やす」と豪語していました。潜水艦のみならず、飛行機や車のエンジンにいれることも検討されたほどです。では現在はなぜそうなっていないのか、なぜ電力の数割を賄うところで止まっているでのしょうか。
それはこれまでに分かった安全面での疑問点と、コストの問題とがあります。原子炉にも必ず寿命があります。通常運転がもたらす高レベル放射線と水分だけで、パーツが激しく老朽化します。中性子線をはじめとする強力なエネルギーが、部品の分子構造までをも徐々に乱して行くからです。このため、数十年前後の原子力発電所の一生は建設費を始め、維持費、解体費、処理費が思っていたより何百倍も高くついてしまって、長い目で見れば経済的にリスクの高い発電方法に誰もが難色を示しています。アメリカでは1979年にピッツバーグ州で起きた「スリーマイル原発事故」以来、新しい原子力発電所の建設が止まっています。原子力抑制を求めた世論が大規模な運動を引き起こして、核燃料サイクルの実体が明かされた結果、州によって新しい原発の建設を法的に禁止したからです。
また、アメリカでは民間の再処理工場が許されていないため、使用済み燃料がそれぞれの原子力発電所にある貯蔵プールに貯めて来た結果、スペースが足りなくなって、キャスクという屋外の貯蔵方法で対処をしている始末です。永久埋蔵予定地のネバダ州のヤッカ山(奇しくも核実験が行われていた地域で、ショショニ族の土地)に関しても、未だに熱い議論が交わされていて、500億ドルの巨大計画が停滞しています。
現在、地球の環境問題をふまえて、原子力発電はきれいなエネルギーだという謳い文句で、原子力は復興時代を迎えようとしています。技術の進歩によって、「より安く、より安全」な原子炉が、日本、アメリカ、フランス、ソ連の企業によって競って開発されています。今後は経済成長を見据えて、中国やインドをはじめ、アメリカや日本でも新しい原子力発電所が合わせて何百基も建設されようとしています。それに伴い、日本では高速増殖炉と再処理の技術が見直されています。このように原子力とは、ふたたび急成長しようとしている巨大市場であることを、誰もが認識するべきでしょう。原子力発電を辞めている国も、様子を見ている最中なのです。

<地球温暖化と原子力>
近年、地球の温暖化が人類の滅亡につながるのではないか、と唱えている専門家が増えています。温室効果というのは、日光が地球から跳ね返って赤外線となった熱が、水蒸気につかまって大気を暖めることを指します。湿気の高い地域は夏場が暑いのと同じ原理で、その反面、砂漠などの湿気がない地域の夜は急激に冷えます。
温室効果を持つガスには、二酸化炭素が主にあげられます。二酸化炭素は大気中のたった0.04%ながら、温室効果ガスの半分で、残りの半分は大規模な牧畜業や他の工業が出すメタンガス、亜鉛化窒素、フロンガスが大きく貢献しています。本来は、人類は温室効果のおかげで地球に生息できているのですが、平均気温が1、2℃温かくなったため、世界中の氷河が大規模に溶け始めたり、海洋の表面温度が上昇し、ここ何年かの異常気象の原因になっています。いずれは海面が上昇して地形が変わってしまうことも危惧され始めています。産業革命のせいで、何万年と安定していた惑星の気象条件が大きく傾き始めてしまったのです。
そこで、二酸化炭素の排出量を削減することは言うまでもなく重要なのですが、それを原子力推進につなげる意見が目立つのは、ちょっと待てと思っている。まず、二酸化炭素の出力には、化石燃料の使用の他にも、他の製造業や、森林の人工的な燃焼が挙げられます。原子炉の中に限って二酸化炭素を出していないものの、ウランの採掘から廃棄物の埋蔵まで、運営にかかるすべての工程を足すと排出量を削減できるとは限りません。ウランも有限な資源であり、ごく一部をリサイクルできたとしても、廃棄物の管理は永久に続きます。原子力を推進する側は、環境のために良さそうな点だけを主張して、環境に悪い点を全く言わない。今、起きようとしていることは猛毒を持って毒を制す、だ。
原子力の是非を問う一方で、その代替案を実践しているムーブメントも何十年も前から存在します。「原子力が絶対に必要」とこだわる意見は、電力が「100%原子力によってしかまかなえないもの」であるならばまだ説得力があるのですが、決してそうではありません。原子力の抱えている問題は、いかに原子力を安全にするかだけではなく、選択の余地はもっと他にあるのです。石炭や天然ガスの改良に加えて、太陽熱、地熱、風力、海洋などなど、現実的な可能性は沢山あります。
「自然エネルギーだけでは無理」という定説は、中央集権化された電力システムでの話で、自家発電を含め、電力の生産をコミュニティで分担すれば、自然エネルギーで楽に賄えるのです。工業をサポートするには多くの電力が必要ですが、その電力がどのようにつくられていくかは、大きな転換期を迎えることは避けられません。控え目に言っても、私たちのエネルギー源の選択は、今世紀中に人類が生き残れる地球環境を守れるかどうかを大きく左右することになります。
人間の体がそうであるように、地球という生命体にも驚異的な免疫力があることを忘れてはなりません。温暖化が心配ならば、世界の森林を大規模な燃焼や伐採から保護して、急ピッチで進んでいる砂漠化を食い止めることも重要な課題です。そしてひたすら緑地化。すかさず植林。緑は二酸化炭素を吸って気温を冷やすのだから、原因が分かっていると同時に、答えも分かっているのです。
第二次世界大戦が明けて、原子力発電所が出来た頃には、多くの人は、石炭などによる火力発電所の煙がないため、空気にも自然にも良いとずっと信じていました。そして、核のゴミは大したことがない、と教わっていたのです。このことは、今でも多くの人が捨てたくない「夢」なのです。
日本はアメリカから原発を輸入して、人口密度が高く、地理的に小さな島国に50基以上の原発を運転するまでになりました。(同じ面積を持ち、日本の約三分の一の人口が住むカリフォルニア州にも、合計5基しかありません)資源を輸入に頼っている日本は、きれいなエネルギーをつくる方法を手にいれたのです。しかし、「そうは問屋が卸さなかった」とは、まさに宇宙スケールでこのことを指しています。



6. ひばくってなに?

人体や物体が放射線を浴びることを、「被曝=ひばく」と呼んでいます。
「被曝」の「曝」は、「曝す=さらす」のばくです。原子爆弾による「被爆」と読みが一緒ですが、意味合いは少し異なります。この微妙な違いから生じる誤解が、「被ばく」の認知度の誤差にもつながっていると思われます。
肌で放射線を直に受けることを「外部被ばく」と言います。
身近な例では、X線や宇宙線による軽い外部被ばくがありますが、強い放射線を大量に浴びると、造血器官、皮膚、神経、生殖器、内臓などがすべて打撃を受け、その結果、嘔吐、脱毛、倦怠感などの急性障害や、潰瘍、がんなどの晩発性障害が起きます。
このように重度の外部被ばくは、原子爆弾以外は、原子力施設の臨界事故、あるいは強い放射能源に触れてしまったケースなど、すべて「人為的な」原因によります。安全な距離を保つか、間に遮断するものがあれば、外部被ばくを避けることは可能です。よって、一般の人間が重度の外部被ばくを受ける可能性は、何かしらの事故にあわない限り、極めて少ないと言って良いでしょう。
そして、放射性物質が空気や水、食べ物を経由して体内に入ることを「内部被ばく」と言います。
これは、すべての人に大きな関係があることです。
内部被ばくは、肺から血液に入るのと、胃腸の粘膜から血液に入るのでは影響も違いますが、わずかな放射線量の場合、外部被ばくよりも内部被ばくの方がずっと深刻であることがきわめて重要な点です。内部被ばくは、ごく少量でも、体内で多大な影響を及ぼすことができるのです。
被ばくによる被害は、「距離」と「時間」の要素が決め手なります。核の崩壊が出す粒子状の放射線は、発信源から短い距離しか飛びませんし、外部被ばくはかんたんにブロックできます。しかし、放射性物質が体内に入ると、体の中は丸裸ですから、放射線が数ミリ飛ぶだけでも、まわりの細胞は放射線をモロに受けることになります。
内部被ばくは、放射性物質が「量=微量」でも、「距離=ゼロ(体内)」、「期間=長期間」の条件がそろえば、さまざまな病の原因になるということです。どのような病気かと言うと、がん(白血病、肺、すい臓、大腸)、糖尿病、心臓病、慢性疲労など、限りはありません。

<電離放射線>

水(HO)などの分子は、原子が電子を共有することによってくっついてます。この原子を結合する力は、1eV(電子ボルト)です。細胞が活動するエネルギーも10eVほどだと言います。このため、1~10eVを超える放射線は「電離放射線」と呼ばれます。原子や分子から電子をはじき飛ばす(イオン化する)力があるということです。 宇宙線が大気中の成分を電離させるのとまったく同じで、放射線と呼ばれるものは、すべて電離放射線でもあります。
すでにお分かりになるように、放射能は、純粋なエネルギーを出す力ですから、「良い」も「悪い」もありません。ただ、放射線のエネルギーは、人体が機能しているレベルに比べると何十万倍も強いので、放射線を受けた細胞は、無差別的にその影響を食らいます。
電離放射線のエネルギーと、人体を比べた表を見てみましょう。






「マイナスイオン」の流行語などで、イオンという言葉には勝手に良いイメージがありますが、体の中の細胞がイオン化され過ぎると、大変なことになるのです。外部被ばく、内部被ばくともに、電離放射線を受けた細胞に何が起きるか見てみましょう。
体内には200種類もの細胞がありますが、それぞれの機能はすべて細胞の核の中にある遺伝子(DNA)によって制御されています。細胞というのは生命の根本的な単位なので、ここで起きるさまざまな活動が、人体へ反映されます。
強いエネルギーを持ったガンマ線が細胞の中にある分子構造にぶつかると、電離した高エネルギーの電子がビリヤードのように玉突き事故を起こし、更に他の電離を引き起こします。つまり、ベータ線と似たような結果になります。
ベータ線は電子の粒子線なので、サイズは小さくても質量があるために、電離作用のほかにも、細胞の壁に穴を空けたりして傷つけてしまうことがあります。アルファ線とともに、細胞を外から物理的に壊していくことになります。
アルファ線は一番重くて遅いのですが、ガンマ線より更に百倍の電離効果があります。これはアルファ線のサイズが比較的大きく、プラスの極を持っているため、細胞の中の水分などの電子を奪ってしまうからです。ちなみに、私たちの体の8割を占める水分の半分以上は、細胞の中にある水です。
では、細胞の中の水が電離されると、何を意味するのでしょうか。電離効果は、「フリーラジカル」と呼ばれる、イオン化された酸素分子をたくさん発生させます。イオンは電極を帯びていて不安定なのですから、まわりの分子と連鎖反応を起こします。フリーラジカルが細胞の遺伝子と化学反応を起こすと、遺伝子の変異の原因となります。また、細胞はたんぱく質、炭水化物、脂肪などの有機化合物でつくられていますが、これらの分子構造が壊れると遺伝子の製造機能がおかしくなったりして、細胞分裂に異常を引き起こします。細胞が製造する酵素やホルモンの内容を変えてしまうこともあります。
フリーラジカルは、人体のエネルギーをつくる上で必要とされていますが、過剰に生産されてしまうと、このように必要以上に暴れてしまうのです。ひいては、老化の原因とも言われている、「活性酸素」と同じようなはたらきをします。
更に、電離放射線は体の中で表面積の多い神経系にも直接ダメージを与えることが可能になります。そのため、あらゆる神経系の病気の原因に貢献することが考えられます。
加えて重要なのが、細胞の中にあるミトコンドリアへのダメージです。ミトコンドリアは独自の遺伝子を持ち、酸素をエネルギーに変える働きがあります。つまり、人体に必要なエネルギーを製造する大事な役です。人体でいちばんミトコンドリアが多いのが、エネルギーをもっとも必要とする、心臓と脳の細胞です。ミトコンドリアは数多く存在するので、合わせた表面積は細胞核よりもずっと大きく、それだけ放射線を受ける可能性も強くなります。ミトコンドリアが正常に働かなくなると、細胞の機能が低下してしまい、あらゆる心臓と脳の病気の原因になります。参考までに、細胞の仕組みを簡略化した図で見てみましょう。




まとめると、強い電離放射線が細胞に入ると、砂鉄の中に磁石を投げ込んだように、あるいは高速道路で事故が起きたように、細胞の正常機能が混乱してしまいます。放射性物質というのはこれらの粒子を出し続ける訳ですから、原子レベルでの自爆テロ、と言っても過言ではないのです。
<遺伝子の修復機能>
ここまで放射線の威力について書きましたが、それでも人間は自然放射線と共に進化してきたのですから、破損を受けた箇所がきちんと蘇生するように、人体には適確な免疫力が備わっています。細胞の壁が傷ついたり、染色体があるレベルの損傷やショックを受けると、緊急電話が鳴って、遺伝子の「修復酵素」が出動します。しかし、現場のダメージが広がるスピードが速過ぎたり、損傷のスケールが大き過ぎると、情報が失われ過ぎて、修復不可能になってしまいます。
再生できなくなった遺伝子を持つ細胞は、これもミトコンドリアの働きによって潔く「自死」(つまり自殺)をします。しかし、細胞が複数の変異を持ったまま誤って複製されてしまうと、がん細胞になってしまいます。よって、人間の体内では60兆以上の細胞が常に入れ替わっているのですが、血や腸の内壁など、体の部位によってそのサイクルが早い場所ほど、がんになる可能性も高いのです。
電離放射線が及ぼす影響は、自然放射線にもあてはまります。宇宙線によって外部被ばくもすれば、放射性のカリウムやラドンなどで内部被ばくもすることから、強い紫外線や自然放射線によってがん細胞ができることも充分ありえます。
修復機能が活性化されるから健康に良い、とするのが「ホルミシス効果」ですが、日本でもラドン温泉などが有名で、アメリカにも似た効力を持つと信じられている鉱山の跡地があります。しかし、ラドンのガスは何百年も前からウラン鉱山で労働者の死因になっているとされていて、アメリカの環境保護庁もラドンはタバコに次いで肺がんになる第二の要因であると指定しています。ラドンは半減期が短いことや、希ガスであるため化学反応を起さないことから、すぐに体を壊すまでに至らないのかもしれませんが、その崩壊物のポロニウムも強い発がん性物質であるのです。
免疫力の上昇が体の反応としてありうるとしても、人工の電離放射線による内部被ばくとは大きく分けて考えた方が良いと思います。なぜなら、人類の細胞は自然の放射線と共に何億年もかけて進化してきた訳ですから、微量な放射能の対応には慣れているはずです。それが今まで自然に存在しなかった人工の放射性物質は、食物連鎖の中で濃縮されて行くものもあり、これまでありえなかった量と濃度が体に入ると、細かい対応がプログラムされていない可能性が多いにあります。
微量の放射能が当たり前の環境に住んでいれば、免疫力が変わって行くことは考えられますし、ある程度の揺らぎはあるとしても、新しいプログラムが遺伝子に組み込まれるまでには遥かに長い時間を要するのではないでしょうか。
ちなみに、人間の致死量の500倍の放射線を浴びても全然平気なバクテリアも存在します。これは、遺伝子の保護と修復機能がずば抜けて優れているためです。このような生物を研究して、放射能汚染の掃除や、がんの研究にも役立てようとしています。
<改めて、核の力>
電離放射線のエネルギーは、熱に換算すると人間の体温に比べれば微々たるものです。 このため、X線のように強い電磁波を受けても熱は感じません。放射線を人間が熱や痛みとして瞬時に感知するには、よっぽどの強さと量が必要です。 放射線のエネルギー自体は、人間の感覚ではすぐに探知できない。被ばくした後に、体に異変が起きることによって、初めて分かるのです。皮膚感覚で「熱い」と思わなくても、充分に「熱い」空間をつくってしまうのが、放射能の脅威です。
なぜ、人体にとってこんなに強いエネルギーが、そんなに小さい核の中に秘められているのか、もう一度考えてみましょう。銀河の誕生まで振り返れば、「核の中には、核を製造したときのエネルギーがそのまま封じ込められている」ことが分かります。言い換えれば、原子のお団子は、中が永遠にホットなままなのです。
「人間に強過ぎるもの」は自然界に沢山存在します。化学物質の中では、数ミリグラムで致死量になるものもありますが、放射線の威力は時間がかかるのこともあるで、うまく比べることはできません。ただ化学物質と違って、放射線を中和することはできません。ガンマ線に加えて、アルファ線とベータ線は一秒間に何百万個の素粒子を、その一生涯放射し続けます。原子は本当に小さいのですが、凄く限られた部位の損傷も、同時多発的かつ慢性的な事故はいずれ修復機能に勝ってしまいます。一滴の水にも百億X百億個の原子が含まれています。水道の蛇口を一瞬ひねっただけで、何個の原子が流れて行っているでしょう。空気中の超微粒子にも似たようなことが言えます。そうかんたんには想像がつかない世界なため、数字や単位を使った方法でシミュレーションする他ないのです。
<単位について>
このレポートではあえて詳しく触れていませんが、放射能の計算にはさまざまな国際単位が使われています。放出率のベクレル、放出量のキュリー、そして被ばく量のグレイ、シーベルト、アメリカではラド、レム、などさまざまな換算可能な単位があり、これらにミリやピコなどの「接頭辞」がつくと、初心者にはかなり分かり辛いと思います。
原子力産業は、そこを突いて、単位による説明にだけで一般の人を納得させようとしている節があります。一定の放出量が、広大な自然環境と食物連鎖を通過して、「人間の体には~ミリシーベルトの被ばく量がある」と計算していますが、これも住む場所や食べる物によって大きく変化してくるはずです。
「シーベルト」という被ばくの吸収量に係数をかけた単位ですが、放射性物質が体内に入ると、細胞レベルでは何が起きるかと言うと、放射線がミスした細胞は無傷のままで、ヒットした細胞が打撃を受ける。これは単純明快なことで、局部的な被ばくであっても放射線のダメージを体の平均値で考えることは、およその単位なのです。免疫力や遺伝的な個人差もありますし、ある値の以下が全員にまったく無害であるということではありません。当然のことながら数字や単位は不可欠なものですが、その数値が生物学的には何を意味するのか、それがどのように目に見える形で健康に反映されるのか、という観点から考え直す必要があると思います。
結論を言うと、どのタイプの放射線も、例外なく電離効果などによって人間の細胞に破損を与えるが、体内の修復機能が素早く対応する仕組みになっている。 しかし、放射線の量が圧倒的に多かったり、放射性物質が長期間に渡って局部に集中してしまうと、体の免疫力を上回ってしまうため、深刻な病気になる可能性が非常に強い、ということになります。
そして、放射線が人体にどのような影響を与えるかは、どの放射性物質をどのくらい、どのように受けたかによって、大きく、大きく変わってきます。決して浴びた放射線の合計量や年間量だけで総括的に判断できるものではありません。
ここまで来れば、自然の放射線による体外被ばくと、人工の放射線による体内被ばくを放射線の量で比べることや、「体内被ばくでも、少量であれば大丈夫」と言い切ることが、いかに間違っているか分かると思います。 
放射線というのは、根本的に何であろうと、人体には強過ぎるのですし、そもそも許容量というものは人間が勝手に予想したもので、自然には存在しません。このことは最近になって国際機関も認めるようになっています。低レベル放射線の場合、長い期間をかけて威力を発揮すること、遺伝的な影響は隔世することもあるため、因果関係を証明するのが難しく、論争の余地が産まれてしまっているのです。
低レベル放射線の影響を無視する人たちは、「低レベルの放射線によって発病する確率は、自然の放射線による発病率よりも可能性が低い」とさえ言います。人間は自然環境の中で生活しているのですから、低レベル放射線だけで発病する環境をつくることの方が不可能です。このような引き算の考え方はまったくもって非現実的で、むしろ、他の原因に加えて、発病の引き金になっていないかどうかを考えるべきなのです。症状だけで健康状態を診断するのであれば、「病気になるまでは健康」という考え方もできます。しかし、これは「病気になることは必然」と考えた上で定めている安全値です。西洋の治療医学と、東洋の予防医学の差かもしれません。現代の日本人の考え方はどちらに属しているのでしょうか。





7. ひばくの歴史

人工放射線による被ばくには、長い歴史があります。広島と長崎に落とされた原子爆弾が産んだ被ばく者は、 歴史の中では、ほんの一頁に過ぎなかったのです。
初期の原子力産業は、現在の遺伝子工学のように、長期的な影響を顧みずに放射性物質をどんどん商業化していきました。20世紀の前半は、放射線はアメリカで「万病の特効薬」として知れ渡っていたために、X線を多くの病に処方したり、飲料水にラジウムを混ぜるまで浸透していました。被ばくの影響というのは、これまでに、多くの科学者(レントゲン博士やキュリー夫人など)や労働者たちが白血病やがんで命を落として、だんだんと明らかになったことなのです。
<大気圏核実験>
若い世代は詳しく教わる機会も少ないのですが、1945年にアメリカで初めて原子爆弾がテストされ、広島と長崎で使われた翌年から、たくさんの核爆弾が実験のために地球に落とされました。改良された原子爆弾や水素爆弾の威力をテストするためです。ちなみに、水素爆弾はウランの核分裂の熱をつかって水素の核融合を起こすという、より強力な技術です。(1954年には「第五福竜丸」事件が起きて、全国が大騒ぎになりました。水爆実験を浴びて変異したとされる「ゴジラ」が誕生したのも同じ年です)
核開発は冷戦中に国家の存亡をかけた競争に発展したため、どんどんエスカレートしていきました。60年代半ばまではアメリカがマーシャル諸島で、ソ連がシベリアで、フランスがサハラ砂漠とポリネシアで、イギリスがオーストラリアの砂漠で、広島の原子爆弾の何万発分に値するウランを大気で燃やしたのです。太平洋で実験ができなくなったアメリカは、ネバダ州上空だけで約200発、地下実験も含めて900発の核爆弾を爆発させました。中国も核実験をウイグル自治区で90年代までに46回の核実験を行いました。
大気と大海はつながっているのですから、何十年にも渡って世界中に放射性物質がまき散らされ、日本にもアジア大陸からの放射性物質が到来しました。これが及ぼした影響は本当に大きなもので、放射性物質が土や水、草に入り込み、沢山の人が知らずに内部被ばくを起こしました。また、放射能によって汚染された乳製品や穀物などが緩和な規制の元に輸出入されました。この結果、多くの新生児の命が奪われ、あるいは健康を損なったまま成長し、その後遺症は一般市民に知らされてないまま続いているのです。これだけ人権の保護が唱えられている世の中で、これほどまでにタブーな事件もあるのです。核実験の時代は、新兵器の性能だけではなく、人体実験の役割を果たしたとも言えるでしょう。それを通して、私たちはいったい何を学んだのでしょうか。
大気圏核実験が去った現在でも、人工の放射線源が、さまざまな内部被ばくの原因になっていると言われています。核実験時代がもたらした生成物の半減期が切れるに従って、環境の人工放射線は減っているものの、原子力発電所はまったく同じ放射性物質を製造し続けています。また、最近の戦争でふんだんに使われるようになった「劣化ウラン弾」は、戦場のみならず、世界中の人口が内部被ばくをする原因になっています。このことについては、また次回にお話したいと思います。
<チェルノブイリ>
チェルノブイリとは、旧ソ連のウクライナ共和国にあった原子力発電所の名前で、1986年に原子炉が爆発するという、「メルトダウン」事故を起こしました。「チェルノブイリ事故が、今の日本の原子力発電と何の関係があるの?」と思うかもしれませんが、実は多いにあるのです。これは、安全対策のことではありません。チェルノブイリがもたらした放射能汚染の後遺症の調査というのは、今でも積極的に続いていて、原子力産業にとっては、命にかかわる一大事なのです。チェルノブイリは遥か遠い土地で起きた昔の出来事ではなく、今後、世界の核廃棄物が扱われる基準を定めるための焦点にもなっているのです。






2006年は、チェルノブイリから20年という節目を迎えて、政府機関、独立機関の双方の研究の集大成が発表されました。
ヨーロッパの新たな独立研究機関として1997年に発足したECRR (European Comittee on Radiation Risk)が発表した「Chernobyl: 20 Years On」 は、ロシアの科学者達が低レベル放射線が尚も生態系全般(人間、動物、植物)にもたらしている深刻な後遺症を記録した研究を、論文形式で発表しています。主に除染作業者や住民の健康のいちじるしい悪化と、自然界で起きている遺伝的変異を細かくレポートすると同時に、国際機関がいかにこの現状を過小評価し続けているかを、激しく訴えています。

国際放射線防護委員会(ICRP)、国際原子力機関(IAEA)、世界保険機関(WHO)、国際放射線影響科学委員会(UNSCEAR)など、国連をベースにする原子力組織、そして原子力を保有する各国政府は、揃ってチェルノブイリの後遺症を度外視しています。当然のことながら、日本の原子力委員会は国際機関の見解を全面的に支持する姿勢を保っています。チェルノブイリ10周年のときも似たような扱いであったし、ECRRの主張によると、過去10年に行われた実験や研究の成果も、なかなかロシア語から翻訳もされず、国際的権威からは無視されるまでになっています。
チェルノブイリの現場で働いた80万人の除染作業者のうち、すでに少なくとも3万人は放射能の影響で重病を患って、命を落としています。また、ECRRのレポートは「今後5億人の人口が百年に渡って低レベル放射線の影響を受け続けるだろう」とした上で、「チェルノブイリの放射能漏れによって、少なく見積もっても290人の直接的な死者と、欧州で100万人以上のがんによる死者を出した」との結論を発表しています。
一方で、IAEA代表のアベル・ゴンザレス氏は、2001年に行われたWHO主催のチェルノブイリ会議で、以下のような発言をしています。
「我々は何を発見したか、、、新しいことは何もない。チェルノブイリは31人の死者と、2000人の子供で小児がんを増加させただけである。その他に国際的に認知されているデータは存在しない」と。(2006年のレポートでは、今後9000人のがんによる死者がでる可能性がある、と訂正されました)
この認識の開きは一体何によるものでしょうか。人々を放射線の被害から守るべき国際組織が、このように消極的な態度をとっているのは何故でしょうか。その理由はいたってシンプルです。
現在の「国際的な」放射線許容量を元に分析すれば、チェルノブイリの除染作業者の多くが「影響を受けない程度のレベル」を被ばくしただけ、と分類されてしまいます。しかし、この許容量には「低レベル放射線による慢性的な内部被ばく」がちゃんと反映されていないのです。これまで多くの科学者に指摘され続けているのが、 ICRPを軸とする国際機関に認定されている、放射能に対する人間の「許容量」は、主に広島と長崎の原爆の生存者のデータを参考に設定されたもので、人体への低レベル放射線による慢性的な内部被ばくは、計算に入っていません。
いくら国際機関が「影響を受けないレベルだ」と断言しても、じっさいに多くの人が体を壊して亡くなって行っているのですから、「それはおかしい」「精神的な被害の方が強い」と首を傾げるのも下手な演技としか言いようがありません。紙の上の計算や環境の調査だけではなく、患者をちゃんと診れば、分かることなのです。逆に、「人工の放射線はいかなるレベルでも健康に害がある」という基準を受け入れてしまっては、原子力産業は営業を続けることが不可能になるのです。原子力産業は環境を汚染しているばかりでなく、情報までをも意図的に汚染しているのです。
もう一つ覚えておきたいのが、原子力発電所は、
安全運転を続けていても、時間をかければ、核実験や大事故以上の放出量を蓄積する運命にあります。
世界中の原子力発電所が通常の寿命である20年間稼働するだけでも、その廃棄物の0.01%が大気に放出されるだけで、合計でチェルノブイリ事故の数十倍に相当します。放射性物質によっては20年以上の半減期を持つ物は沢山ありますから、環境の人工放射能は増えて行くのです。チェルノブイリの事故に対する認識によって事の重大さもまったく変わってくる訳ですが、まさに放射能の塵も積もれば山となる、です。
けっきょくは、どの立場から実体を探るかで、答えは始めから決まっているようなものです。科学的には、被害の数を見積もることはできても、被害の程度を減らすことはできません。
原子力が出す人工放射線の「安全許容量」というのは生物学的には実質上ゼロであるため、じっさいに人が決めているのは、社会的な「許容量」である
例えば、日本では車の交通事故で毎年一万人以上の人が亡くなっているが、だからと言って、自動車産業が責められることはありません。車を運転する権利を得ている以上、社会が「許容量」として認めているのだから。そこで、世論というのが、判断を下す上でとても大事になる訳です。何故なら、世論を完全に敵に回してしまっては、それこそ産業や政府が成り立たなくなるからです。
原子力の存亡をめぐる対立は、今に始まったことではありません。物理学、生物学、疫学、統計学のプロたちが何十年もかけて、アメリカ当局を相手にバトルしてきたように、利権に縛られた政治家や業界人間のサークルではそう素直に受け入れられることはなかったのです。核実験の巨大なキノコ雲は誰が見ても明らかな環境汚染ですが、原子力発電所が出す煙は、いつの間にか安全だということになってしまったのです。いえ、むしろ安全だと思わせなければいけない、と努力した結果が今の原子力発電所なのでしょう。
それでも、原子力発電所の廃棄物に膨大な放射能があることや、低レベル放射線の影響も明らかになってきて、それを伝えようとする運動が広まっています。従来は、科学者たちが自主的にやっている研究は予算や資料の不足に苦しむか、一般人による草の根的な運動が成功した例以外は、大手メディアに紹介されることがありませんでした。いくら画期的な記事や論文を学会で「発表」しても、それが一般人の耳と心に届くかという事とは、別問題なのです。こうした傾向もインターネットの出現などが助けて改善されていると同時に、原子力機構も一生懸命、安全性をアピールしている訳です。
現在は、人工的にほぼすべての元素の放射性同位体をつくることが可能で、放射性のラジウムやコバルトなどは、がんや腫瘍の治療、その他の製造工程などにも使われています。原子力産業を含め、放射線を扱う仕事に就いている人たちは、被ばくを最小限に抑えるように細心の注意を払っています。また、放射性物質の不法投棄などの可能性を含め、世界中で厳しい基準と法律が設けられています。
医療用のX線(レントゲン)による副作用さえ、未だに広く論議されています。(ガンマ線が原子核から発せられるの対して、X線は電子が移動したときの軌道から発せられる電磁波です)今日では、妊婦にX線をかけることは極力避けられていますが、そこまで危なくないと言う医学者もいれば、原子力に深く関わって来た科学者の中にも、医療用のX線は胎児への影響のみならず、成人の心臓病や乳がんにも貢献していると断言する人もいるほどです。
放射線というものが人類にとってどのような利点があり、どのような害があるのかあやふやであるため、いまいちどはっきりさせることが必要です。それが、これまで知らずに命を奪われて来た人たちから託された、私たちの大事な役目ではないでしょうか。
専門家ではなくとも、だんだんと見えてくる縮図はあると思います。このようなことは世界中のあらゆる分野で、今も昔も続いています。世の中、楽しいことばかりではありませんが、世の中を楽しむためにも、私たちがしなければいけないことは残っています。まずは一般層が知識と知恵をアップデートして、かつ視野をできるだけ広く持つことを心がけることが、はじめの一歩ではないでしょうか。



8. スターングラス博士インタビュー

こで、スターングラス博士にお話をお聞きしたいと思います。彼は、原子力の本場アメリカで、60年代から、核実験や原子力発電による低レベル放射能の影響を訴えて続けて来た、数少ない科学者の一人です。2006年の二月には念願だった来日を果たし、青森県の六ヶ所村も訪ねています。
こんにちは、今日はよろしくお願いします。
S博士「まずはじめに、日本には55基もの原子炉が運転しているのを知ってるよね。」
、、、はい。
S博士「それに、ほとんどが海岸沿いの国土の2割程度の面積に人口が集中していて、原発も割と近くに配置されている。だから、日本政府が2003年度に発行した、過去100年の日本人の死因の推移を見たとき、あまり驚かなかった。」
と言いますと。
S博士「日本では、戦後の50年で、がんの死亡がずっと増え続けている。1900年台の前半は、がんはそこまで存在しなかった。日本に原爆が落とされて、アメリカ製の原子力発電所が導入されてから、一気に増え始めたのだ。今でも日本にある原発の八割がアメリカ製だ。」
はい。
S博士「そして、本場のアメリカで分かって来たことが、原子力発電所というのは、公に発表されているよりも、ずっと大量の放射性物質を放出しているということだ。大半は、細かい分子になった、核の分裂によって産まれる物質で、大気や海に放出されている。核分裂生成物というやつだ。」
はい。これが、自然放射線と混同されると、訳分からなくなりますね。
S博士「その通りだ、そもそも自然放射線というのは、海抜0メートル付近では、0.8 から1mSV(ミリシーベルト)が普通であって、それ以上はラドンなどごく特定の地域しか関係のないものや、0.15mSVほどのカリウムなどを大げさに数えている場合が多い。しかも、ほとんどの自然放射線が外部被ばくを起こすガンマ線で、体の中の特定な器官に蓄積して内部被ばくを起こすものじゃない。ストロンチウム90やヨウ素131などの放射性物質は、体の中に入り込むのと、それと同じ量を地面にばらまいたのでは、威力が全然違うのだ。」
分かります。
S博士「ヨウ素131は、ほとんどが一週間の半減期だが、これは首にある甲状腺に集中する。甲状腺というのは、体全体の新陳代謝をコントロールしていて、多くの器官が甲状腺のホルモンによって動いている。だから甲状腺が壊れると、大人だと、甲状腺に異常が生じたり、がんになることがある。また、ストロンチウム90は骨に集中する。これはカルシウムと似ているためで、カルシウムは、骨をつくったり、神経の伝達にも欠かせない。要するに、脳みその働き、考える力に貢献している。よって、ストロンチウム90が引き起こす問題というのは、あまり知られていないのが、カルシウムと同じように骨だけじゃなく、脳にも入り込んで、神経にダメージを与えるため、特に脳の発達に支障をきたすようになる。」
赤ちゃんですね。
S博士「赤ちゃんもそうだし、お母さんのお腹の中いる胎児のときからだ。それに、脳みそは10代まで発達し続ける。だからそこに問題が生じると、普通の読み書き、理解する力、計算する力、全体的に影響を受けてしまう訳だ。健康な脳みそをつくる過程でだよ。」
母親は知っておくべき情報ですね。
S博士「これは、本当に伝えなければいけないことだ。繰り返すが、ストロンチウム90やヨウ素131は自然には存在しないもので、ウランやプルトニウムが核分裂を起こしたときのみ、産まれるのだ。原子炉の中で起きていることは、原爆の核分裂が起こす環境破壊と同じなのだ。つまり、核実験などが広めた汚染を、原子力発電所がそのまま引き継いだに過ぎないのだ。」
なるほど。
S博士「これは数年前にJournal of American Medical Associationで発表されたばかりなんだが、妊婦が歯科医でX線を数回受けただけでも、散ったX線が、ヨウ素131のように甲状腺に影響を与えて、それが早産につながる確率が数割高くなることが分かった。こうした未熟児は、現在の医学ではほとんどを救うことができるのだが、X線のせいですでに脳の発達に影響が出てしまっている。それが思考力や、集中力の欠如に表れる。脳の発達に支障をもった未熟児は、自閉症になる可能性も出てくるのだ。」
このように器官に集中する放射性物質は、どのようにダメージを与えているんですか?
S博士「ヨウ素131の場合、ガンマ線というのは、X線と一緒で、とても強いエネルギーを持った光を出す。そして、ベータ線は電子なんだが、数ミリしか飛ばなくても、臓器に埋め込まれると周りの細胞を破壊する訳だ。変異を起こしたり、遺伝子を傷つけてしまう。そして、フリーラジカルが産まれる。フリーラジカルとは、マイナスの力を帯びた酸素分子で、寿命も一瞬なんだが、これがプラスを帯びた細胞の粘膜に引き寄せられて、穴を空けてしまうので、大変なことだ。これらのことは、60年代の後半から70年代にかけて分かったことで、原子力発電を始めたずっと後の話だよ。」
はい。
S博士「初めての原発が1942年のシカゴだったから、そのおよそ30年後に分かったことだよ。もう一つ興味深い発見だったのは、X線などの強くて短い刺激がつくる多くのフリーラジカルは、実はお互いとぶつかり合って、そこまでダメージを引き起こせないんだ。これを、私は『混んだナイトクラブ効果』と呼んでいる。分かるだろう、狭い空間に人が入りすぎて、身動きが取れないのだ。これで分かったことが、X線などが与える、自然放射線の一年分に値する1mSVほどの一度の衝撃は、思ったほど効果がなく、同じ量を一週間、一ヶ月の間に分けて微量を受けた方が、細胞あたりのフリーラジカルが少ないために、ずっと大きなダメージを与えるのだ。」
そうなんですか。
S博士「このことは、衝撃だった。つまり、X線や原子爆弾のように、集中された強い放射線よりも、永続的な低レベルの放射線の方が、ダメージは100倍から1000倍も大きいことが分かったのだよ。」
なるほど。
S博士「我々はヒロシマやナガサキで集めたデータを信じきってしまったのだ。原爆は、主にガンマ線と中性子線を一瞬で放出したから、本当に強くて大量のエネルギーを放出した。ましてや、その頃はフォールアウト(『死の灰』と訳される)のことも良く分かっていなかった。要するに、長期的な低レベル放射能の影響を、今日でも、完全に間違って計算しているのだ。2003年にイギリスのクリス・バズビー (Chris Busby) 氏らが、ヨーロッパのECRR機構(European Commission on Radiation Risk) に頼まれて、原子力発電所のリスクについて過去50年の様々な論文やケースを完全に洗い直したところ、同じ結論にたどり着いたのだ。我々は、低レベルの内部被ばくによる影響を、少なくとも100倍から1000倍、過小評価して見積もっているのだ。」
はい。
S博士「もう一つ言いたいのが、ストロンチウム90は骨に入って、強い電子を放出する。骨髄では赤血球と白血球もつくられているから、ここで異常が起きると、白血病を起こす。また、白血球というのは、体のありとあらゆる病源と戦っているから、白血球がちゃんとつくられないと、これは大都市で警察のストを起こすと犯罪率が一気に高くなるようなものだ。分かるね。ストロンチウム90が白血球を壊せば、体中にがんが起きても止めることができない。ストロンチウム89の半減期は50日で、ストロンチウム90の半減期は28年だから、体に蓄積されていくものだ。」
そうですか。
S博士「さきほどの低レベルの放射能の話に戻るが、人々が間違いを犯した原因のひとつに、放射線によるがんの治療による。これは動物実験で、一週間おきに集中した放射線をあてれば、健全な細胞は元に戻るということから、放射量を細かく分ければ、体には影響が少ないと信じられていたのだ。ところが、内部被ばくの場合は、少ない量でも常に体の中にある訳だから、慢性被ばくと言っても良い。これが何十年間と蓄積されると、ストロンチウム90のように白血球が壊されていけば、肺炎やさまざまな感染が起き易く、免疫力が激しく低下することに繋がるのだよ。」
では、質問を変えます。
原子力発電所は、すべての排出物をモニタして、環境もモニタして、すべては安全だと言います。何がいけないのでしょうか?
S博士「何回も言うが、0.1~0.2mSVほどのX線の影響と、核分裂生成物を比べて、影響を少なく見積もりすぎているから、誤った安全の基準を適用しているところが間違っている。2005年に発行されたUS Academyの論文には、『どんな微量の放射能でも、必ず何らかのダメージを与えている。無害ということなどない』と書かれているくらいだ。一時期、『微量なら健康に良い』と信じられていたのもまったくの間違いで、『一定値以下なら安全』と信じられていたことも、間違いだった。これはようやく最近、世界中で発表されている論文で認められてきたことだ。更に、1000倍もダメージを少なく見積もってものだから、0.1mSVだったものが、実質的には100mSVと同じダメージを加えているのだ。」
これらの核分裂生成物は、化学的にフィルタすることってできるんですか?
S博士「完全には無理だ。中空糸フィルタやイオン交換樹脂など、どんなにテクノロジーが進化しようと、完璧なフィルタなど存在しない。例えば、アルゴン、クリプトン、キセノン、ラドンなどの希ガスは、化学的にフィルタすることはできない。トリチウムなども水分と同じような性質なので、なかなかフィルタできない。モニタリングは、結局、役割を果たしていないのだ。自然界はストロンチウム90やヨウ素131をつくらないから、自然放射能と比べるのはおかしい。更に、X線などは刺激が短か過ぎる。だから、安全だと思っていた放出量が、実はそうではなかったということだ。」
それでも、核実験からの残量放射能が減って来ていて、今では食物に含まれている値も示していますが。
S博士「良いかい。基本的に原子力発電所が自ら検出して発表しているデータはそこまで信用しない方が良い。電力の生産があがるほど、放射性物質の排出はぜったいに免れられないのだ。それに、原子力発電所がどのくらい排出しているかを心配したり論議するよりも、人間にどのくらい入って来ているのかを検出する方がずっと早いのだ。私たちの90年代の研究で分かったことは、アメリカで原子力発電所の近くに住んでいる子供たちの乳歯から検出されたストロンチウム90は、かつての核実験の時代と同じくらい高くなってきているということだ。これは原子力発電所が放射性物質を出し続けている確固たる証拠だ。このプロジェクトもアメリカの政府がデータを公表しなくなったために、独自で始めたのだ。ストロンチウム90の値は、すでに胎内で蓄積されていることが分かることと、ストロンチウム以外の放射性物質も入って来ていることを裏付けるから大事な訳だ。これらはすべて、いわゆる通常の運転で起きていることだよ。」
それは日本にも言えることですか。
S博士「繰り返すが、日本の八割はアメリカ製の原子力発電所であるからして、まず間違いないだろう。原子力発電所の放射性ガスや放射性物質の粒子は、日本の美しい山脈に降り注ぎ、それがきれいな湧き水に混入して、田んぼや畑、飲み水に入って行ってしまうのだよ。風がどっちに吹いていようが関係なく、これがいちばん起こりうる被ばくの方法で、私はこれが日本でがんが急増している要因のひとつだと考えている。ちなみに、ロレン・モレーが日本で集めた乳歯のサンプルからもストロンチウム90が充分なレベル検出されている。これはどこで産まれたか、どこで育ったかによって大きく異なるし、もっと大規模な研究が必要だが、アメリカと同じような状況であると予想される。小児がんを主に、健康な発育が妨げられる確率が数割は高くなるということだ。もちろん、放射性物質による害は成人にもあてはまることだ。」
そうなんですか。
S博士「ついでに、もう一つ重大な話をしよう。ストロンチウム90から出来るのが、イットリウム90だ。これは骨じゃなくて、すい臓に集中する。すい臓というのは、糖尿をおさえるホルモン、インスリンを分泌しているから、ここに異常が出ると糖尿病になる。世界中で、糖尿病が急増しているのは知ってるね。日本は、すでに人口の割合から言えば、アメリカの二倍もいる。そのアメリカだって、イギリスより率が高いのだ。日本では、戦後から現在にかけて、すい臓がんが12倍にもふくれあがっている。50年代の終わりにドイツの動物実験で発見されたのが、ストロンチウム90が電子を放出してイットリウム90になると、骨から肺、心臓、生殖器などに移動するのだが、すい臓に最も高い集中見られたのだ。インスリンがうまく生産されないようになって、血糖値が上がってしまうのだ。今までは放射能が糖尿病と繋がっているなんてまったく認知されていないのだ。これで分かっただろう、国際放射線防護委員会(ICRP)は、当初、放射能の影響として、特定のがんと奇形児くらいしか認めなかったのだ。未熟児、乳児の死亡や、肺、心臓、すい臓、これらの部位への影響はすべて無視されてきたのだ。」
はい。
S博士「民間エネルギーの最初の原子力発電所は、ピッツバーグに57年に、私が15年間勤めたWestinghouse社によって建てられた。私たちは、汚い石炭の発電所よりも、安くて、きれいなエネルギーだと思っていた。微量の放射性物質が逃げても、大したことないと思っていたのだが、それは大間違いだった。これと同じ原子炉が、今でも日本でたくさん稼働している。70年代にカナダのエイブラム・ペトカウ (Abram Petkau) 博士が発見した、低レベル放射能によるフリーラジカルの影響を、未だに反映できていないのだ。フリーラジカルの性質を分かっていなかったのと、放射線量と人体への影響が比例的な関係だと勘違いしていたのだ。低レベルで起きる様々なことは、ヒロシマとナガサキの生存者を調べただけでは、まったく予期できなかったのは当然のことだ。」
はい。
S博士「だから、原爆の生存者や、X線のデータによって計算された国際的な許容量はまったく間違っている。これは、原子力発電所が大規模に建てられるようになって、何十年も後に分かったことだが、誰もその過ちを認めることが出来ずに、今日まで来てしまった。その理由の一つとして、すでにウラン鉱山に巨額の投資がされてしまっていたことがあるだろう。だから、ウランの利益を受けている人たちは、過ちを認めないどころか、それを絶対に隠したいのだ。ウランは核分裂以外には役割がないから、それがただの粉末のゴミになることを本気で危惧しているのだ。世界中の政府や企業、イギリスの皇室などが所有しているウランは、原子力発電所が他の燃料で動くようになったら困るのだ。」
日本企業もかなり先行投資していますよね。他の燃料と言いますと?
S博士「天然ガスだ。天然ガス発電に切り替えれば、なんと、設備投資の7~8割は無駄にならない。天然ガスはあと数十年は持つと言われているから、その間に自然エネルギーを開発すれば良いのだ。コロラド州のフォート・セイント・ブレイン (Fort St. Vrain) は、すでにこの成功例だ。原子炉だけを閉じて、天然ガス用のボイラーを横につくって、タービンの建物など、ほかのものはそっくりそのまま使えたのだ。そう、原子力はお湯を沸かしているだけだからね。原子炉の中の水も放射能を持っているために、配管が錆びて出てくる鉄、マンガン、コバルトなどにも中性子がぶつかって、普通の元素まで放射性になって大気に飛び出てしまうのだよ。これが体内にも必要な物質の場合、放射性の鉄分だって血液に入ってしまう訳だ。」
原子炉を解体しただけで、その付近は大丈夫なんですか?
S博士「そうだ。その証拠にコロラド州は、あらゆるがん、小児がんの率が全米でいちばん低いのだ。解体すれば、新しい核分裂や放射性ガスを止めれば、燃料自体は、まだ残っているが隔離することはできる。それが素晴らしい点だ。もちろん、完全に廃棄するにはたいへんなコストがかかるよ。これはもっと大変な問題だ。だから、原子力産業は、古くなった発電所を解体する巨額のコストを考えていなくて、将来のコストを少なく見積もりすぎているのが、大問題だ。でも、運転を止めることさえすれば、せめて新しい放射性ガスが発生することは抑えられるのだからね。」
環境的には、それがいちばん良い訳ですね。
S博士「とりあえずは、だ。その代わり、何万年、何億年と放射能を持つ核廃棄物をどうするのかを、まだ誰も解決できていない。何故かというと、長い時間が経つと、地下に埋めようが、山に埋めようが、放射線が缶から漏れ始めることが分かっているからだ。缶が空気中のバクテリアに侵されて行くからだ。そうすれば、今度は地下水が汚染される。」
はい。
S博士「環境的な問題はそれにとどまらない。日本のロッカショで起きようとしていることは、全国の55基分の廃棄物を集めるから、どうがんばっても大量の放射性物質を大気と海に捨てることになるだろう。そうすれば魚も死ぬし、近辺の入江に生息する貝や生物が放射性物質を吸い込んで、人間と同じように免疫力が低下して行って、死んでしまうのだ。60年代に核実験が盛んに行われていた時期も、北大西洋では、魚が激減して、核実験が終わったあと、一気に元に戻った。決して乱獲のせいなどではなかったのだ。このことは、今でも世界中の原子力発電所の近くで起きている。クジラやイルカも、川に流した放射性物質によって、みんな影響されているのだ。」
何度も言いますが、それでも原子力発電所は、海への放出をフィルタして、ちゃんとモニタしていると言いますが。
S博士「だから、そんなフィルタがあれば、固形の廃棄物の心配だけで済むから嬉しいよ。でも現実的には、一部の放射性物質しか取り除けないことは、実績で分かっているのだ。しかも、事故や人為的ミスの可能性も計算にいれてなくても、この状況だ。過去には放出しなくて済んだ放射性物質も、大量にあった訳だ。スリーマイル、チェルノブイリ、これらは、世界中に多大なるインパクトを与えたのだ。我々はチェルノブイリが起きた翌年のアメリカでも、統計データとEPAによるストロンチウム、ヨウ素、セシウムの測定量から、数万人規模で過剰な死者が出たと考えている。」
そうなんですか。
S博士「特に日本の場合は、地震国だということを忘れては行けない。日本の面積にあれだけの原子炉が集中していることと、ロッカショの再処理工場の最大の問題点は、さきほど言ったように全国の燃料棒を集めてプールにいれていることだ。これらは、本当に強い、本当に高レベルの廃棄物で、なんかの拍子に、このプールの冷却水にもしものことがあったら、大惨事では済まないことになるだろう。」
、、、質問を変えます。
なぜ、人間はそのような強い放射性物質を扱うことになったのでしょうか?
S博士「まず、自然の中で人間が経験してきた放射性物質は、カリウム40だけだ。これは体内に入っても、骨など、どこにも集中しないし、放射線量はストロンチウム90より多くても、体に蓄積もされないから、割とかんたんに体から抜けて行くのだ。地球ができたときに、ウランやたくさんの放射性物質ができたが、どれもストロンチウム90のようにカルシウムに化けて、核分裂生成物が体内に蓄積されるようなことはなかった。一部のアフリカの地下の鉱山の例外をのぞいて、核分裂の連鎖反応は自然ではぜったい起きないのだ。」
(註:20億年前に西アフリカにあるガボンのウラン鉱山で自然核分裂があったとされる)
はい。
S博士「例えば、普通の水の中にある水素は、宇宙線の影響でトリチウムになることがある。トリチウムも、特定の部位で濃縮されない。人間は、自然放射線の中で進化してきたが、これらも体に蓄積はされなかったし、フリーラジカルを長い期間にわたって体内に取り込むこともなかったのだ。海の中に微量に存在するウランも同じことだ。1938年に人間が核分裂を発見してから、すべてが変わってしまったのだ。」
分かりました。
では、日本は島国ですから、海の汚染についてもう少し詳しく教えてください。
S博士「海を守ることは、とても大事なトピックだ。我々が予測できなかったエピソードをもう一つ、教えてあげよう。昔、科学肥料が海に流れ込んで、藻が異常発生すると、魚貝類の酸素を奪ってしまうと疑われていた。その結果、酸欠になった魚や貝が死んでしまう訳だ。ミシシッピ川が流れ込むメキシコ湾で藻が大量発生したときは、窒素、つまり酸化窒素を含む化学肥料が原因だと思われていた。でも最近、新たに分かったことは、キセノンやクリプトンなどの放射性ガスのエネルギーが、大気の酸素と窒素を反応させて、酸化窒素をつくることが分かったのだ。雨が海に運んでくる土砂が化学肥料と同じ役割を果たして、間接的に魚の酸素を奪ってしまうのだよ。この容量で、原子力発電所は、酸化窒素だけでなく、酸素原子が三つくっついたオゾンもつくっている。つまり、原子力発電所が藻の激増に繋がっていることも、誰も予想できなかったことの一例だ。」
そうですね。
S博士「だから、発電所が出す液体廃棄物は、始めは誰もが海は広いし、とても深いので、人間社会にはまったく影響がないと計算していた。しかし、先ほどから言っているように、微量だから大丈夫ということは決して有り得ない。また、Busby氏らの発見が論文で細かく発表されたように、海に放出した放射性物質は、必ず波に乗って浜に返ってくる。イギリス、ウェールズ、スコットランドの原子力発電所付近の砂浜でも、このことが確認されたのだ。日本でもきっと同じことが起きているだろう。海水で薄まると期待していた放射性物質が、波に運ばれて返って来て、それが雨にも混ざって、また土の中にも入ってくるのだ。」
それでも、魚からは放射性物質が検出されてないと言われますが。
S博士「だから、まずそれは安全値がニ、三桁ずれたままだからだよ。もちろん遠洋の魚の方が、放射線を受ける量が少ないし、日本は遠洋漁業が多いから、まだ安全な方かもしれない。それでも、50年前の安全基準が残っていることが問題だ。たいていのガイガー・カウンターは分かり易いガンマ線を計っているだけで、アルファ線やベータ線のことは計れないので、これにはもっと複雑な機械が必要なのだ。」
そうなんですか。
S博士「ガイガー・カウンターは、砂浜にたまったガンマ線を読むことはできるが、魚のアルファ線やベータ線などの正確に計るには、魚の肉や骨をとって、化学的に調べる必要がある。これには大変な技術と計算力が必要になるのだよ。化学的に分離させた液体を、放射線検出用のシンチレーション計数管に通すのだから。つまり、骨にたまるストロンチウム90のように、いちばん強力で、いちばん厄介な放射性物質ほど、かんたんな計器では探知できないのだ。」
はあ。
S博士「分かったかい?原子力発電所ができてから30年後に、ペトカウ氏が発表して初めて分かったことがあったように、知らなかったことが多過ぎたのだ。ひとつの細胞が放射線を受けると、周りの細胞が影響を受ける『隣人効果 (Neighboring Effect) 』のことも知らなかったし、いろいろなことだよ。我々は、世界を壊してしまうような原子爆弾をつくってしまった償いとして、原子力発電を急ぎすぎたのだ。」
どういうことですか?
S博士「核分裂が発見されたとき、多くの物理学者は大学の研究室を出て、マンハッタン・プロジェクトに参加した。当時はヒットラーが世界的な脅威だったからだ。ドイツに原爆を渡してはいけない、と。同じことがイギリス、フランス、ロシアでも起きた。そのうちに、スターリンが出て来て、今度は冷戦が始まって、多くの物理学者は核戦争を避けるためにと、核爆弾の開発に一生を捧げたのだよ。と同時に、そんな軍事目的に利用されただけで死ぬのは良心が耐えられなかったのだろう、アイゼンハワー大統領が提唱した『平和な核利用』のアイディアに皆が飛びついたんだ。アイゼンハワーは、『クリーンな原子力』をつくる原子力発電所を世界中に売り込もうと躍起になって、物理学者はそれを喜んでその手助けをした。ヒロシマとナガサキで起きたことや、人類を滅亡させる核兵器をつくってしまったことへの罪悪感のためにね。」
とても興味深いです。
でも彼らは、放射能の影響を予知できなかったのですか?
S博士「そのときは、本当に経験とデータが少なかった。いろいろな不幸が重なって、今の状況をつくってしまったのだよ。多くの人は、核爆弾がないと不安でしょうがなかった。私の孫みたいに、お気に入りの布団がないと眠れないのと一緒でね。共産主義が世界を食い尽くしてまうのを止めるには、核爆弾が必要だと本気で思ってたのだ。これが核の軍拡の原因であり、それに乗っかって、アイゼンハワーがきれいなエネルギー政策と称して原子力を勧めたものだから、誰もが信じきってしまった。日本の場合は、国民がたいへん丁寧できれい好きだから、モクモクと汚い煙が出る発電所と違って原子力は魅力的だったに違いない。」
では、これだけの知識が今あって、それを知っている専門家も世界中にいると思うんですけど、根本的なところで変えて行けると思いますか?
S博士「これが実は難しいのだ。何故かと言うと、大学の研究室などのリサーチのほとんどは、政府の補助金で成り立っているからだ。その政府が、原子力発電はクリーンだと信じ切っていたものだから、今になって過ちを認めたくないのだ。例えば最近でも、コネチカット州の原子力発電所で問題があったのが分かっているにも関わらず、微量だから問題ない、と繰り返すだけだ。EPA(米環境庁)も、原子力産業を守ろうと、必死になっているのだ。石炭による発電が産むスモッグや水銀と違って、クリーンなエネルギーだと言う、昔の謳い文句そのままだ。でも水銀では、爆弾はつくれない。分かるかい。」
それは、今だと強く言われてますよね。二酸化炭素を排出しないから良いんだと。
S博士「それはいつの時代も言われてることだが、でも、本当は、ウラン鉱山の採掘、ウランの運搬、ウランの濃縮、多くのエネルギーを使って、石炭を使ってウランも濃縮すれば、世界のCO2排出量は、原子力発電所を増やすことで解決できないことは、誰の目にも明らかだ。その上に、今知られているウランの埋蔵量もたった数十年でなくなってしまうことを、誰も気にとめていないようだ。現在では、石炭が排出するガスを地中に送り返して岩に変えることによって、CO2の排出を防ぐ方法も出て来ているのだ。」
石炭が見直されてるのは聞いたことあります。
S博士「その他にも海洋エネルギーや、地熱エネルギー、風力、太陽、沢山方法はあるし、水素だけでもさまざまな活用法がある。これを原子力産業がひた隠しにしているのだ。ウランに莫大な投資している人たちが、新しい発電方法の浸透を防いでいるばかりか、健康への害も隠している。私が何十年も経験して来たことだが、体質的にモラルを忘れた産業だと言わざるを得ない。」
一般の人へのメッセージとして、自分の健康を守るには何をおすすめしますか?
S博士「アメリカでは記録を公表することも止めてしまったので忘れられてしまっているのだが、原子力発電所付近の農場がつくった牛乳は、まず飲まない方が良いだろう。また飲み水は、逆浸透装置を使えば、ほとんどの重い放射性物質はフィルタすることができる。本当は行政がやれば良いことなのだが、コストが高過ぎるのだ。」
それでは、今日はここまでにします。ありがとうございました!
S博士「ありがとう。ほかに質問があれば、何でもきいてくれ。」




アーネスト・J・スターングラス博士 (Dr. Ernest J. Sternglass)
1923年、ベルリン産まれ。
14才の時に家族とアメリカへ移住。若き頃に、既に世界的権威だったアインシュタインと議論を交わし、科学の志を新たにする。1960年から1967年は、ウェスティングハウス社の研究室でアポロ月面科学ステーションプログラムの局長を務める傍ら、アメリカの大気圏核実験に反対するようになる。彼が国会で発表した研究の成果は、ケネディ大統領が'63年にまとめた部分的核実験条約(PTBT)の締結に大きく貢献した。(ケネディはその僅か三ヶ月後に暗殺されてしまう)70年代に入って、今度はそれまで安全だと信じていた原子力発電所の危険も公に問うようになる。'81年に出版した「Secret Fallout: Low-level Radiation from Hiroshima to Three Mile Island」 (邦題:赤ん坊を襲う放射能)は、低レベル放射線研究の代表的な本となった。1983年よりピッツバーグ医大、放射線医学名誉教授を務める。過去にスタンフォード大学、インディアナ大学、フランスのアンリ・ポアンカレ大学、ジョージ・ワシントン大学、コーネル大学で放射線医学と物理学の教壇に立つ。1995年より、Radiation and Public Health Project (放射能と公共健康プロジェクト)局長。 
(photo by Leuren Moret, Februray 2006, Japan)


9. スターングラス博士のまとめ

スターングラス博士のインタビューの内容を、まとめたいと思います。
まずは、
「自然放射線と、人工放射線は、人体への影響は違う」
ということです。
人工の放射線は、今までに地球に存在しない放射性同位体をつくります。
ウランの核分裂生成物の中には、食物や水、空気を通して体内に取り込まれると、ふつうの栄養素と勘違いされて、数%は骨や内臓などの局部に蓄えられて、そこで濃縮されながら長期的に放射線を出すものがあります。なぜ勘違いされるかというと、周期表で同じ縦の列に並んでいる元素は電子構造が似ているため、体内で似たような化学反応をしてしまうのです。
例をあげると、ストロンチウム90はカルシウムと間違えられて、骨や血、脳に送られます。セシウム137はカリウムと間違えられて、細胞内の電解質として取り入れられます。また、ヨウ素131は、甲状腺に蓄えられます。これらの元素が体に入ることよりも、それぞれ放射性の同位体であることが問題なのです。
更に大事なのが、
「短期間で高レベルの外部被ばくと、
長期間で低レベルの内部被ばくは、
放射線の被ばく量による人体への影響が、比例しない」
ということです。
これはどういう意味かと言うと、100の衝撃を一度に受けた人間が100のダメージを受けたとして、1の衝撃を100回に分けて受けた人間へのダメージが、合計で100以上になる可能性が強いということです。従来の教育では、「線量率効果」と言って、100のダメージを100回に分ければ、その間に体は回復するので総合的なダメージは100以下である、よって低レベルは無害である、と考えていたのです。
数字だけだと分かり難いので、人間に例えてみると、
「百人の人に一度に蹴られてボコボコにされる」のと、
「一人の人に百日間つきまとわれて、毎日一回蹴られる」のでは、
どっちがダメージを受けるでしょう?もちろん、どちらも嫌です。でも、一度のケガは治るかもしれないけど、何日間も蹴られる方がしんどい、と思う人も多いでしょう。これが放射線にも言えることなのです。
ネガティブな例だけもあれなので、ポジティブな例をあげると、
「同じ日に百人の異性とデートをして、豪遊する」のと、
「憧れの人につきそってもらって、百日間愛情をもらい続ける」のと、
どちらが良いですか?両方ってのは駄目です。たいていの人は、冷静に考えれば後者を選ぶでしょう。そうでもないか。
つぎに、S博士の研究の中でも、もっとも大事に扱っているテーマが、
「胎児や乳児が放射線によって受けるダメージは、
健康な成人が受けるダメージより更に何百倍、何千倍も拡大される」
ということです。これは、当たり前のことですが、胎児や乳児というのは、脳や心肺機能など、大事な器官の細胞がもの凄い勢いで成長しているため、正常な細胞の増殖を妨げる因子があると、発育や知能の障害など、その子の一生に渡って支障をきたしてしまう可能性があります。
赤ちゃんは妊婦さん共々、環境から来るマイナスのインパクトからもっとも守るべき存在です。健康な成人を許容量の対象にしていては、赤ちゃんにはとうてい迷惑なのです。つまり、産まれてくる赤ちゃんの健康状態というのは、その時代の環境のバロメータでもあるのです。これは、免疫力が下がっている成人や老人が受けるダメージにも同じことが言えるでしょう。
これらのことを踏まえて、あらゆる放射線は、現在の「安全値」では、思っているより100倍から1000倍のダメージを体に与えている、ということです。
博士は、原子力産業の歴史も説明してくれました。歴史というものは、本当に多くを物語っています。要約すると、
「民間の原子力発電は、軍需産業をサポートするために始められ、リスクを完全に把握する前に広められた未熟なテクノロジーであったため、これまで世界中で何度も事故を起こして来た」
ということを、この50年の実績が充分に証明しています。

今の原子力発電の技術は完成度も高く、特に日本は危機管理も厳しく、安全装置が何重にも設計されています。しかしながら、発電という目的を達成している以上、「微量」の放出を正当化しているのが原子力産業の真の姿ではないでしょうか。
(ちなみに、原子力発電所からどれくらいのストロンチウムやヨウ素の放出があるのかがどうしても気になったので、東京電力の人に詳しく聞こうとメールでやり取りしていたら、最後には「フィルタやホールドアップ装置など、原子力発電所における各種設備の設計上の性能や実際の性能については,当社の知的財産となっており,お教えすることができませんのでご了承願います」と言われました。「実際の」ってどういう意味でしょうか。)
失敗しながら学ぶのは人間の性です。これが他のテクノロジーであれば、これまでの大事故も、まだ大火災で済んだでしょうし、簡単な誤作動や停電で大きな心配をする必要もありません。原子力発電所のように、その確率が何%であろうが、天災を含め、大事故が起きれば何百万人規模、何百世代と後遺症を残すようなリスクは、有史上、類を見ぬスケールであることは否めません。被害を抑える作業のためだけで、何万人もの人間が命を切り捨てなければいけないのです。
ウランの核分裂が出すエネルギーは、化学反応による燃焼とは次元も桁も違います。通常の汚染とはっきり区別しなければいけないところは、やはりここに由来すると思います。原子力発電も、いつかは必ずなくなります。しかし、その時が先延ばしになればなる程、処理場に困った核廃棄物は増え続ける一方です。電力は一瞬で消費しますが、廃棄物は永遠に残ります。地球市民は、どちらを選ぶでべきしょうか。その話し合いの場を持って、核を捨てる選択をした国は沢山あります。そして日本は、核の道を選んでいるのです。



10. 日本人に何が起きているのか?

「火の無いところに、、」と昔から言いますが、これだけ全世界でモクモクと議題にのぼっているからには、本当に原子力が「非のない」ものであるか、日本でもみんなで考え直すべき時期に来ていることは、間違いありません。
スターングラス博士の言っていることが本当だとして、そして日本にある原子炉がほぼ米国製であるとしても、「それはアメリカの原子力産業の実体であって、日本の生活にどれだけ関係があるのか」と考える人もいると思います。また、「放射線のことは良く分かったけど、みんな元気に暮らしているんだから良いじゃないか」と思うかもしれません。果たしてそうでしょうか。それには、「原子力が産まれてから、これまで日本でどんなインパクトがあったのか」という、日本人の現状に目を向ける必要があるでしょう。最終的には、それがいちばん分かり易いのです。
厚生労働省が発行する「人口動態統計」の中から興味深いと思ったデータをいくつか紹介したいと思います。(データは著作権法第三十二条二項に基づいて転載していますが、厚生労働省の刊行物とホームページでも調べることができます)





統計学に関して素人なりに言いたいことは、統計をまとめることによって隠れてしまう側面は、沢山あると思います。すべてを数値化したり平均をとったところで、それぞれのケースに何があったかなど、その経過を無視してしまって、結果論だけで終わってしまいます。
しかしながら、正確な統計をとってそれを適切に分析することによってのみ、浮き彫りになってくる事実もあります。統計学では、全体の流行というのは、天文学的な確率以外には否定できない数値に表れてくるのです。統計を見ることによって、年代ごとの比較を行ったり、「私たちはこれまでどのような道を歩んで来て、これからどこに行くのか」を視覚的に確認すれば、生活レベルのミクロな物事も、マクロスターングラス博士をはじめ、アメリカで低レベル放射線の影響を訴えて来た科学者たちも、統計こそが動かせざる証拠であり、彼らの決定的な武器だったのです。 これは原子力の安全性を訴える側も、同じように考えて広報活動をしているのです。

<日本人のがん>
それでは、被ばくが引き起こすとされる「がん」は、どれくらい起きているのかを検証してみたいと思います。
ひらがなの「がん」は、癌、悪性腫瘍、肉腫などの総称です。博士のインタビューにもあったような流れで客観的に捉えることもできるでしょう。




「悪性新生物=あくせいしんせいぶつ」と言うのが、がんです。なぜ、「悪性新生物」と言われるのでしょうか?これはNeoplasm=ネオプラズムの直訳で、「生物」というよりも、「成長する腫瘍」を意味します。
戦前と戦後では、医療が発達して抗生物質やその他の治療法ができたため、バクテリア(細菌)の感染による死因が驚異的に消えたことがポイントです。その代わり、がん、心臓病、脳疾患が一気に増加しています。その中でもがんが、群を抜いてトップを走っているばかりか、今でも急上昇中です。今日の日本人は、二人に一人は生涯にがんにかかると言います。
(上記の表は「がんの死因別による死亡率」を示しているだけであって、ほかの死因と併発していた場合は統計に示されません。また、甲状腺のがんなど、治療を受ければ死に至らないがんも沢山あります。)
日本では、がんは「正常な遺伝子が、活性酸素やタバコなどの発がん性物質により傷つけられ、突然変異を起こしてがん遺伝子になる」と言われています。いわゆる「生活習慣病」のカテゴリです。これが何を示唆しているかというと、「がんにかかる人が悪い」ということです。統計を見れば決定的なのですが、色々調べて行く上で、自分はそう思わなくなった。
がんは、「生活習慣」が引き起こすような生易しいもんではない。
ここまで来れば、先進国の環境汚染による「風土病」と呼んだ方が相応しい。
肥満などが引き起こす心臓病や脳疾患などと比べれば、がんとは何年もの潜伏期間を要する、遺伝子の突然変異の積み重ねによるものです。先に書いたように、同じ細胞で複数の変異が起きて、はじめてがん細胞になるのです。人体はがん細胞を常に抱えているようなものですが、がん細胞の抑制遺伝子も破壊されて、ようやく悪性腫瘍にまで発展します。
遺伝子の変異は自然にも起きることで、それが生命体の進化の助けになっていることは分かっています。しかし、戦前にあったがんのレベルが、自然放射能やウィルスなどのせいと考えれば、この50年で上昇を続けているがんの余剰な死亡率は、人の手による環境の変化によることは明らかです。
いくら「突然変異」の原因が食生活だと仮定しても、食事に遺伝子を変異させるほどの強力な因子が含まれているはずです。それは、一体なんだろう。従来の説では、食べものに含まれている多くの化学物質が人体の免疫力の過労を起こしていると言います。その上、タバコの煙は、数千種類の化学薬品で肺のフィルタをわざわざ詰まらせるもんだから、がんの発症率が上がるのも当たり前なのです。(ついでですが、タバコには栽培過程で微量ながら放射性のポロニウム210が入っていると言います)
がんにもいろいろな種類があり、環境、食生活、遺伝による因子が重なっており、決して電離放射線とウィルスの挟み撃ちのせいだけにすることはできません。ヘビースモーカーでも肺がんにかからない人もいれば、遺伝的な不幸で産まれながら白血病になる子供もいる。それでも、環境的な要因はいずれ人口に平均的に表れてくる。例えば、女性の喫煙率は全体的に下がっている(若い層では上がっているとされている)のに、女性の肺がんの死亡率は上昇を続けている。これは、空気がそれだけ汚れている証拠だろう。若い女性の間で増加している乳がんに加えて、深く注意したい点です。以下の図は、男女の部位別のがんによる死亡率を示したものです。







がんの原因は無数にあるが、環境的な要因が最も大きく、強い免疫力があれば、遺伝子の異変が起きてもがんを未然に防ぐことができる、と考えることは大事だと思います。それが、健康な体で毎日のように起きていることなのです。
補足として、博士のインタビューにもあった(すい臓の機能低下が引き起こす)糖尿病について。日本でも10人に1人と急増している糖尿病は、「世界ではこの20年で3000万人から2億3000万人に増えた」と言います(Medical News Today)。日本人は欧米人と比べてすい臓も弱く、元からインスリンの分泌量も少ないそうです。これも食生活を注意すれば改善できることは間違いありませんが、がんと同じく、自然環境の変化がもらたらした病であることは、ほぼ間違いないでしょう。
いずれ、きちんとした独立機関が日本中で医学的なデータを集めて、統計をまとめる必要があるでしょう。今まで諸外国でもそうであったように、これが世論を大きく左右することになるのではないでしょうか。


<日本人の寿命>
これだけ主要な器官の重病が急増していながら、日本人の平均寿命はこの50年でずっと伸びて来ている。少子化&高齢化は深刻な社会問題になってきていますが、日本は世界有数の長寿国としても知られています。表を見て見ましょう。

平均寿命というのは、誤解を招く部分もあります。昔は幼くして亡くなるケースが今よりずっと多かったので、平均値を下げてしまいますが、50年前でも成人すれば60才まで生きることは珍しくなかったし、80才を超える人もいました。それにしても、今の日本人は長く生きている分、健康な人生を送っていると言えるのでしょうか。
「80才くらいまで生きれたら、がんになって死んでも良い」と思ってしまえば、元も子もありません。いくらそれが当たり前の世界になっていても、正しい情報さえあれば、あきらめる必要はないのです。
最近は遺伝子の研究が進むにつれて、特定のがんに効く薬などが開発されています。しかし、重病を患って病院の世話になる前に、体の免疫力と治癒力を尊重して病気を防ぐ方が、健康的にも経済的にも、ずっと賢い選択だと言えるでしょう。統計を見れば分かる通り、今後は医療費も負担もあがる一方ですから、すべての人に公平に与えられるサービスではないかもしれません。それが歪んだサイクルであり、そのシステムに入れなかった人々はどうすれば良いのでしょう。
他にも、興味深い統計は沢山あります。例えば、50年前は自宅で息を引き取る人が85%だった。それが現在では85%が病院で亡くなっている。出産にも同じ傾向が見られる。私たちは、どうやって産まれて、どうやって死んで行くかも劇的に変わってしまった時代に生きているのだ。時代の流れとして当然のことですが、習慣となってしまったことを人が疑わなくなるのは、不思議なことです。
余談ですが、日本人は伝統的に健康な食生活と合わせて、お風呂に肩まで入る風習があるから、より長生きするのだと思う。一日の環境からの刺激による疲れをとったり、血行や新陳代謝を促進させることは本当に大切な行為なのだと思います。
<日本の赤ちゃん>
それでは、赤ちゃんの方を見てみましょう。なぜ、胎児や乳児の健康を気にかけることが大事なのでしょうか。それは前章でも触れたように、遺伝子が世代交代する際には、妊娠中の親の健康状態を通して、自然環境が赤ちゃんの健康を形成するからです。いくら成人が環境の変化に対応できていても、最も敏感な胎児にはどんな微量な負荷でも届くことになります。
欧米では、核実験や原子力施設の事故がある度に、必ず「乳児死亡率」という統計に反映されてきました。その点、日本は戦後から乳児の死亡率がずっと下がり続けています。これは、日本の医療技術のめざましい進歩と衛生基準のたまものであると思われます。(60年代の核実験のピークには下降が緩やかになった)日本では原子力発電所がこれだけ稼働し続けているにも関わらず、現在はほとんどゼロです。
それでは、ここ数十年は健康な赤ちゃんが産まれて来ているのか?ということは、少しばかり、別の話であると思います。
放射線の影響の一つと指摘されている、未熟児の数を見てみましょう。未熟児とは、1kg未満の赤ちゃんのことを言う。平均体重は、男女ともにおよそ3kgです。50年前と比べると、全体の出生数は実に半分となっていますが、出生率と比べると、実に60倍もの未熟児が産まれて来ています。赤ちゃんの平均体重こそ劇的には落ちていないものの、明らかにヘビー級の体重が消えて、そのまま未熟児クラスに変わってしまったのです。 


また、男性の精子の数も急減し、女性も生殖機能が落ちて来ていると言います。それは、なぜでしょうか?何かの反動で必然的に起きていることなのでしょうか?
このようなことも、がんのデータと同じく、放射線とだけ結びつけて話を進めようとは思っていません。ただ、私たちの社会が向かっている方向を明確に示しているものだと思うから、知るに値するものだと感じて紹介しています。これから親になる人たちは、赤ちゃんの健康を大切に守ってあげてください。

*   *   *
ここまで読んで、「できる範囲で健康を守るためには一体何ができるんだ?」と思う人もいるでしょう。原因を消すことができなくても、結果を予防することはできるでしょうか。どこから始めて良いのか分からない場合は、まず原因をきちんと認識することによって、初めて対応が見えてくると思います。
どんな人間も、健康に産まれ、健康な生活を送って、(変な言い方ですが)健康に死んで行く権利があると思う。このレポートの主旨も、一行に要約するとしたら、それだけです。
日々の健康について、考える余地は誰にでもあると思います。それは、ただ長生きするための健康ではありません。人間がまともな生活を送るため、の健康です。
リアルな話、自分の好きなことをして、自分の選択で体を壊すことは、避けられない。
それが、仕事をするということの、本当の定義なのかもしれない。健康とは、自由に生きるための土台、産まれ持った唯一の資本です。

人が年をとって、老化して、死んで行くことは極めて自然なことですし、後がつかえているのだから、皆が長生きしすぎたら社会がパンクしてしまいます。自然に起きることは、選べることではない。しかし、人がやっていることは選べる。
例えば自然放射線が老化を促進しているとして、それが良いとか悪いとか言える筋はないだろう。人工放射線によって健康を損なっているのは、人口の数%かもしれないし、数割かもしれない。でもそれが乳児や老人に拡大されることとすれば、いずれは全員に言えることです。社会がひとつの生命体と考えたら、体のいちばん弱い部分が壊れ始めたときに、行動力のある白血球がそれに対応しなかったら、いずれは全体が冒されてしまうのは時間の問題です。歴史というものは、新しい命の循環なのだから、いちばん繊細なリンクを守らなければいけないのです。
人体は45億年かけて地球が育んだ最も繊細な生き物ですから、自然から離れるほど健康が崩れてしまうのは当然です。知らず知らずに起きている環境破壊は、きっと健康が崩れて行くのと、平行した道を辿って行るだろう。それでも、大気汚染、水道水の質、食べ物の質など、神経質になってもきりがないし、病気の心配ばかりする必要はないと思います。なぜなら、人間の体は気にしているよりもずっと精巧につくられていますし、見てないところで一生懸命働いてくれています。自然な生活を心がけることこそが、一番の健康法なのです。現実的には、ビタミンや抗酸化物質をとるなど、免疫力アップのためにできることもいろいろありますから、時間をかけて勉強する価値のあるトピックだと思っています。そして、人間の健康は、精神状態と密に繋がっていますから、心をタフにすることも、体を丈夫に保つことに大きく貢献しているのではないかと思います。

まとめ

このレポートを書くにあたって、何について、どこからどこまで語ればよいのか、とても迷った。集中して、離れて、という作業を繰り返して、少しずつ考えをまとめていった。今でもかなり考え中です。

自分が疑問に思っていることを、ひとつずつ辿って行くと、芋づる式に新たな疑問がどんどん沸いてくる。まさに情報の臨界点で、その規模は、一生をかけても一人で網羅できるものではありません。それでも、できる限り情報を整理することは、物事をいろいろな側面から考えるために大切だと感じます。
レポートを進める上で、色々な人の話を聞いて強く感じたのは、原子力の汚染を、仮定としてでも認めなければ、どのような証拠を見せられても理解に苦しむことでしょう。逆に、その壁をクリアできれば、いろいろなことが見えて来て、新しい情報も自分なりに吸収して繋げて行けると思います。一マス目を踏めるかどうかによって、日々の情報の解釈が、がらりと変わってくると思います。
とにかく、どのような人であろうが、
一個人が全てを理解した上で「賛成」か「反対」の総合的な判断をしろ、と言うのは無理な注文だ。
そんなことは始めから頼まれてないし、だからこそ、ほとんどの人は興味を持つ余裕もないでしょう。

私たちが問いかける必要があるのは、「原子力発電所は良いか、悪いか」ではない。その問いは50年前にされるべきでした。原子力は確かに存在するのだし、消すこともできない。これから長らく付き合っていく必要のあるものです。いちばん現実的なのは、「これ以上増やすのか、それとも減らして行くのか」という具体的な方向性だと思います。
国民の意識にそのベクトルを植え付けることができれば、日本の未来が劇的に変わることは間違いないでしょう。今はそのような重大な決断がお任せコースになっているのが問題ではないでしょうか。原子力はいつかは完全に制御できるかもしれませんが、現時点では語られるべき問題点が山積みになったまま、廃棄物が増え続けているのは誰の目にも明らかです。と同時に、原子力産業だけを非難して他のことを忘れるようでは、本物の変革は期待できないでしょう。そこを限定して見てしまうと、現実と折り合いを付けることが難しくなると思います。
自分も含め、多くの人は原子力産業に関わっていませんし、詳しく知る機会もありません。原子力産業は、当たり前のことですが、必要性のアピールしかしないですし、一般の人は小さな事故が起きる度に、より大きな事故に繋がるのでは、と同じ論争が繰り返されます。双方が理想ばかりを主張して、あげ足を取り合っているうちは埒があきません。自分たちの住む世界で何が起きているのか、現実を見て、目を覚ますことが必要です。完璧な答えが見つからなくとも、ちょっとずつでも行動に移して積み重ねていけば、先の景色は雲泥の差になります。こればかりは科学の力に頼ることはできない。人の力が大事になります。
むろん、健康を守ることや環境保護だけを目的とすれば、どのような産業も成り立たなくなるでしょう。社会的には、「環境や健康に少々悪くても、便利な生活のためなら良い」とあきらめていることや、むしろ奨励されていることも多々あります。コンピュータひとつをとっても、電化製品は、製造、消費、廃棄のレベルにおいて、環境に多くの負荷をかけているものだ。それは、極論を言えば、一人の人間にも当てはまることだと思います。
今の水や空気は、50年前、100年前よりも、ずっと、ずっと、ずっと汚れてしまっている。自然が浄化してくれる以上に、人がきれいにしようと努力する以上に、それを汚し続けている。まずこれを肝に命じなければ、何を言われても流してしまうでしょう。
数十年前まで飲み水にしていた水源が、そのままでは使えないところが多いのです。
将来は、燃料資源より先に、大規模な水の危機が来るのではないかと心配している学者も多いくらいです。すでに世界では水や食料危機が訪れている場所も沢山あります。また、環境破壊によって、何億年も存在してきた多くの動植物が、地球から消えて行っています。あと30年で生物の20%が、今世紀中には50%が絶滅する危機に立たされています。地球にこれだけの変化があって、人類だけが平気でいられると思いますか。

これらの由々しき事態を地球規模で表すとしたら、エネルギーの「偏り」が色々な所で起きてしまっていることが分かります。その時代によってチャレンジがあるのは当たり前かもしれませんが、未来のエネルギー分布が少しでも正常であるように努力することが、それぞれの持ち場で出来ることではないでしょうか。
<宇宙の中の、社会という生命体>
もう一度言うと、私たちの住んでいる宇宙には「エネルギーの保存の法則」というものがあります。エネルギーは、無から産まれたり、消えて無になることは絶対にない、という意味です。
私たちの生活を支えている経済のサイクルでは、人のエネルギーの「保存の法則」が働いています。そのためにある共通の単位として、お金が機能しています。労働力がお金に換算され、富の集中をつくる資本主義のシステムの中で、人のエネルギーが統率されていく。しかし、このお金というシステムは限られた循環を表しているだけです。お金は、「人と人の間でやり取りされるエネルギーの対価」として支払われるのであって、人の労働力とアイディアを売買しているに過ぎません。地球からは請求書が来ないので、「人と自然の間で起きるエネルギーのやり取り」を換算することはできません。
人間はお金をもらってももらわなくても、エネルギーを使って、エネルギーを発散しています。無数の原子や分子を、右から左に運んだり、伝導したり、加工したり、壊したり、消化したり、捨てたり、たくさんのエネルギーを動かしています。それに加えて、言葉を交したり、いろいろな周波数に乗っけて、精神的、霊的なエネルギーも発信しています。人間の出力が、それを受けた人々の行動によって、また物理的エネルギーに変換されるのです。こうして、人は社会の総エネルギーに確かに貢献しています。私たちのあらゆる言動は、明らかに宇宙を変えていて、未来をつくっていく力を持っているのです。
エネエネ何が言いたいかと言うと、経済的な活動を優先させてばかりいると、その閉じたシステムの外で起きている膨大なエネルギーの移動、集中、分散に関心が薄くなっていきます。社会にとって効率の良いものを求める体制が目立つようになります。そして、生活水準も高まることによって過半数の生活が苦しくなるほど、その価値観に従わざるを得なくなるサイクルが出来上がってしまうのです。すべてのエネルギーを辿っていけば、どこからか来ているように、お金も辿って行けば、それはどこかから出ていて、何者かの意志が反映されている訳です。それがどうした、と思えばそれまでですが、全体の集合意識はどのように操作されて、何処に向かっているのかを見極めることは肝心だと思います。
先進国に生きる私たちは、「経済に悪いことが起きれば、自分たちの生活も危うくなる」 という恐れが、幼い頃からメディアによって擦り込まれています。それに従っていては、いつまで経っても、経済が発展するほど環境が悪くなっていくと言う悪循環は終わりません。これからは、システムが需要をつくり上げ、その需要のためにつくられるシステムではなく、人々の意志をちゃんと反映させた社会づくりが必要であり、それは小さなコミュティのレベルから可能だと思います。良い意味でのリスク、良い副産物を期待できる有機的なステップを踏み出すほかありません。
また、このレポートでさんざん科学的な話をした上でなんなんですが、僕は科学的根拠がすべてとは思わない。科学はどんなに進歩しようが、それは実験によって確かめられる物理現象を分析しているだけであって、宇宙の真理の半分を解明しようとしているに過ぎない。「科学」は宇宙の歯車を細部まで説明出来ても、「なぜ、そこにあるのか」という領域までは入って行く権限がありません。現代文明は、自分たちが造った物に過信して、目に見えるものばかり追い求めて、そこで返ってくる答えで満足しようとしている。目が見えることは既に奇跡的なメカニズムだと思うけど、それでも目に見える世界はほんの僅かだ。自分たちの行いが自然から跳ね返って来て、たくさんの信号が届いているとしたら、私たちにはそれが見えているでしょうか?
原子力は無限に小さい世界ですが、人間には五感で分かる範囲で正しい判断をする能力が備わっています。歴史から学び、今を生きながら、未来を変える、と言う力が、ひとりひとりの「核」に委ねられています。今、すべてを変えるのは難しい。それでも、正しい判断の基準となる知識を広めていけば、有機的な運動をつくっていけるだろう。どんな職業をしていようが、度合いこそ違えど、誰もが科学者であり、数学者であり、政治家であり、哲学者であるし、普段の生活でそれを発揮しているのだ。人間にはそれだけの「能力」があるゆえ、もう少し賢くあれるはずです。21世紀は、領土や資源を奪う争いだけでなく、環境と情報の汚染による「見えない戦争」が主になって来ています。
世論を動かす大衆と、その架け橋になる共通のメディアと、一丸となればどんなに重いものだってかんたんに動かせる。日本だけでも一億以上の人間がいるのです。まとまった方向に向かえば、それこそ巨大な力です。50年後の世界はどうなっているか分かりませんが、今産まれてくる赤ちゃんたちが動かす世界であるから、若ければ若いほど、生き残るための知恵を教えてあげることが大切です。だから自分たちがどこに意識を向けるかを、ちょっと気を付けるだけでも、革命的なことになる。革命とは、物事を根本から疑うことによって価値観を修正するという、精神的行為から始まるのです。
人々の力で行政を変えるチャンスが限りなくゼロに近かったとしても、このようなレポートを書く意義はあるのか?それは、ガッデムもちろんです。一般のレベルでできることは、何も団結して大企業や政府に立ち向かうことだけではありません。規模にかんけいなく、知恵を交換してお互いを守ることはできる。大切に思う人たちの間で実践できる、かんたんな助け合いの精神ではないでしょうか。なるようになれ、ではこのままひどくなっていく一方です。一人の力では、何も変わらないからと信じ込んで何もしないでいるのは、この先、何も変わらないことより、何もしなかったことの方が大問題になるだろう。
人間の一生は、長くもあり、短くもある。
死を恐れていたら、生きることも恐れてしまうだろう。
「立つ鳥、跡を濁さず」
と言うことわざがあるが、それを心がけたいものです。
(これ、原子力産業の標語にして、額に入れて飾ってもらいましょう。)

この世界は、人間社会よりずっと広い。いつの時代も、約束されていることは何もない。それでもこの世代が動けば、より住みたいと思える未来をつくることができるかもしれない。この世代というのは、いま生きているひとたち全員だ。この星は、まだまだ美しい。全世界が抱えている原子力問題の解決の糸口を、日本から発信していけると僕は強く信じています。日本やアメリカでは、自由に発言する権利がまだある有り難さを、ひしひしとかみしめて。



次回は、地質学者と科学者であり、環境活動家のロレン・モレーさんに、お話をお聞きしたいと思います。
モ女史「次回が楽しみだわ」
クレジット:
shing02によって書か
COOK(BASHERS)によってメインロゴ
都市人口のイラストおよびレイアウト
本木山口:アシスタントエディターの
ウェブコンサルタント:アントニオ神谷の
化学コンサルタント:ヤス平尾
圭Sugaoka:原子力コンサルタント
彼女の指導、tutorの職と勇気のためにLeurenモレに特別な感謝。
深数十年にわたる彼の仕事のための博士アーネストスターングラスに感謝、。

第七書簡のが大好き。
人への電源。

感想质问info@e22.com

参考资料:
要素
ジョンEmsley 
(オックスフォード大学出版、1990)
ISBN 0-19-855238-6

要素Braving
ハリーB.グレー
ジョンD.サイモン
ウィリアムC. Trogler
(大学サイエンスブックス、1995)

天と地からエネルギー
エドワードテラー
(WHフリーマンアンドカンパニー1989年)
ISBN 0-167-1063-3

内の敵
ジェイM.グールド
(四方の壁エイトウィンドウズ、1996)
ISBN 1-56858-066-5

ビッグバンの前に"宇宙の起源と物質の性質"
アーネストJ ·スターングラス
(四方の壁エイトウィンドウズ、2001)
ISBN 1-56858-189-0

代替エネルギー"代替再生可能エネルギー源への入門"
マークE.ハーゼン(プロンプト出版、1996)
ISBN 0-7906-1079-5

細胞の分子生物学
ブルースアルバート、ら。(ガーランド出版、1994)
ISBN 0-8153-1619-4

宇宙の創造(DVD)
(1985年、PBSホームビデオ)

エレガントな宇宙(DVD)
(2003、NOVA / PBS)

オンライン:
放射線と公共健康プロジェクト http://www.radiation.org
核的責任のための委員会http://www.ratical.org/radiation/CNR/
Einstienオンライン http://www.einstein-online.info
質量

"それはアクションではなく、重要なアクションの果物、です。あなたは正しいことを行う必要がある。それはどんな果物があることに注意、あなたの時間に記載されていない、あなたの力になる場合があります。しかし、それdoesnの' tはあなたが正しいことを行うことをやめるわけには結果があなたの行動から来るものを決して知らないかもしれませんが、何もしなければ、何も結果が生じない"。。。
-マハトマガンジーを



マハトマガンジー













日本政府、学会:
「ICRPの基準値以下は、被害はまったくないので安全」
ICRP:
「リスクは基準値以下でもあるが、合理的に達成出来る限り被曝量を最小限に抑える」
ALARA = As Low As Reasonably Achievable
ECRR:
「ICRPは内部被曝による長期間の影響を反映させておらず、リスクモデルのエラーがある」
= ICRPが無視しているリスク
= 日本政府、学会が無視しているリスク
放射線量は核種の内容が分からなければ、シーベルトによる基準だけでは不十分である。
更に、リスクモデルは個人の年齢、性別、遺伝、免疫、時期にも大きく左右されるので、
基準値はあくまでも平均的な「目安」でしかない。
ICRP = International Commission on Radiological Protection 国際放射線防護委員会
 http://www.icrp.org
ECRR= European Committee on Radiation Risk 欧州放射線リスク委員会
 http://www.euradcom.org/publications/chernobylebook.pdf












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放射能の汚染、体内被ばくを過小評価するためには「データを希釈」するのが一番楽な方法。放射性物質は地理的なホットスポット、濃度の高い埃や塵などのホットな分子を多く作り上げるが、計測はこれらを避けてすれば良いことになる。それが意図的でなくても、結果的に平均値を求めることによっていちばんダメージの多かった土地・人口・個人・臓器が無視されたまま評価が進んで行くことになります。

反対に、汚染や被ばくを注意している人は、デ-タの希釈に対してデータあるいは「イメージの濃縮」をしてしまう可能性が強い。自然なことかもしれないが、汚染や被ばくと聞いただけで、がんをイメージして恐れてしまいます。現にストレスは体に良くないし、細胞や遺伝子レベルで破損を修復する機能が何重にも備わっているのも事実。ただ、それは確率的な問題であるが上に、影響が明確でないまま正当化されるのは繊細な人口にとって大きな問題になります。

お互いに議論に有効なデータを人為的に汲み取るのではなく、不都合な材料でもバランス良く取り入れた上で学んで行けば、より健全な意見に辿り着けるのではないでしょうか。


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備考:

体内吸収率は主に水溶性の高さと、化学的性質により体内に取り込まれ易いものが代表的な核種とされているが、
吸引した場合や消化器で吸収されにくい核種の影響も考慮しなければいけない。

半減期、生物学的半減期については
ひばく5W1H を参照

核分裂生成物はさまざまな半減期で放射線を出さない核種になるまで崩壊していく。(ウランの場合、平均で3~4回)
ナノ分子として、あるいは気体の核種に崩壊した時に遠くまで飛散し、そこで個体に崩壊して体内被ばくを起こすなど、
簡単に予測できない経路も多い。 

半減期が1秒以下(すぐに他の核種に崩壊する)ものもあるので、収率表の合計が100%になることもある。
生成物は互いに反応し、原子炉内で空気や水、金属とも反応すると数百種を越える。

よって、放射線の反応があれば瞬時に内容を特定するのは簡単ではなく、
同時に検査でひとつの核種が探知されたら他のものが存在している可能性も高い。

因みに、核分裂については世界各国の研究により何十年も前から完璧なまでにデータ化されていることは覚えておくべきだろう。
原子力機構は被ばくデータは信用できない反面、原子力に関するデータを参照するためには非常に有効なソースである。
収率データ参考:IAEA 崩壊物データ参考:NNDC





一般的に響きの良い言葉ではないが、リスクを冒してこそ人生。
生活している以上すべてには何らかのリスクがあり、石橋を叩く生き方よりは多少リスキーでなくては面白味も欠けてしまうだろう。

その反面、リスクを考えることは「まだ起きていないことをあれこれ心配する」と言う受け身な行為だけではない。
社会において、リスクマネジメントとは「可能性を検証し、危機管理を行う」と言う、とても具体的で能動的な行為だ。

リスクと言う言葉は経済学、生物学、心理学、などで専門用語としても色々な定義があり、意味合いを明確にしない限り、誤解が産まれ易い。例えば、経済的なリスクと生物学的なリスクの主張がぶつかった場合、お互いにとって間違った価値観に映ってしまうし、同じ学問の中でも話し合いが必要だろう。

いま世界中で放射能による健康リスクが話題になっているし、常に何十年先までリスク管理を行っていかなければいけない。地域やメディアによってはリスクが取り上げられてないこと、明確に伝えられてないことが悩みになっている人も多い。

不透明な先行きを解決するためにも、まずはリスクを把握することが先決。そのために政府などが「正しいリスク教育」を広めようとしているが、情報ソースや研究の年代によってもデータに大きな開きがあるし、影響の誤差や個人差もあるので一概に言えない影響も多い筈だ。それらの不確定な部分も含めて、リスクを分かり易く共有することが大切だ。

以下は、さまざまな分野での「リスク管理」の体系と対訳をまとめたインフォグラフです。

PDF (959KB) /JPG (1.7MB)



リスクと言う言葉は良く使われるが、リスク管理という一連の作業は、段階に分かれた「学際的」な仕組みである。どのステップも責任重大な役割であり、それぞれの管理者の質と判断力が問われる。

「リスク管理の安全性」を高め、市民の理解に繋げるためには、正確なコミュニケーションが前提となる

リスク管理に関わる者は、自分のステップと前後のコミュニケーションにおいて、以下の価値観を共有し、守ることが重要だ。

1. 透明性 (Transparency):判断基準、材料を開示すること。いつでも誰でも見れるようにしなければいけない。

2. 明晰性 (Clarity):分かり易さ。要点を筋道立てて説明すること。専門的知識も、視覚的にまとめることが課題。

3. 一貫性 (Consistency):法に準じていること、またこれまでの管理方法にも沿って行われていること。

4. 信憑性 (Reasonability):科学的データなど、最新の技術を取り入れながら適切な判断をすること。


リスクの管理人は「リスクを分かり易く、明確に伝えること」が最大の義務です。それが達成できていなければ「伝える側の責任」であり、リスクを知る権利のある大衆、「受け取る側のせい」ではありません。国民の危機管理能力を批判する人は、まずシステムを見直して改めるべきです。

政府や企業がいつでも環境と健康を尊重する、と信用できるに越したことはないのですが、現実的には利益を求める企業と投資家、それを規制する法律との熾烈なせめぎ合いがあり、企業を助ける抜け道や膨大な予算を使ったロビー活動(広報班)などはごく当然のことです。

よって、リスク管理の概念がさまざまな分野で体系化されたのもこの数十年の出来事で、査定と評価が別れて公正に行われるように、利害関係のチェック機能も必要です。

産業による自己申告が政府の甘い規制で通ってしまった場合など、「誰が監視役を監視するのか?(Who will watch the watchmen?)」と言うフレーズが浮かびます。(ユウェナリス、古代ローマの詩人)

日頃から安全を管理・監視することも大切なことですが、非常時に危機管理能力の真価が問われるのと一緒で、リスク管理のシステム自体が負荷テスト (stress test) に耐える力がなければいけません。安全性を保つ上では、システムが正常性を保ち、崩壊しない免疫力が絶対条件なのです。

仮にリスクの程度が大きかったり、システムに人為的な操作やミスが発生・混入した場合、リスク管理は正常に機能し、一般に伝達されるでしょうか?そして、リスクを許容する場合も、誰がどのような価値基準により判断し、どこで線を引き、そのこともちゃんと伝えられるでしょうか?共有されるリスクについて、どのような対策がされているのでしょうか?

上記の「TCCR」ガイドラインを提唱している米環境庁も「社会的なリスクは科学的な根拠のみでは計れないので、注意を払う必要がある」と明記しています。

ただ、皮肉にも米環境保護庁は「リスクを予防する」より「リスクを査定して許容する」と言うスタンスが多いので、農薬や遺伝子組み換え、放射性物質に慎重な国に比べれば、アメリカは巨大産業天国になってしまっている。ものによっては、自ら掲げている公約を破っていることになるだろう。その中でも、ひとつ重要な例を紹介したい。



CCD (Colony Collapse Disorder=コロニー・コラプス・ディスオーダー) と言うフレーズを聞いたことがあるだろうか。訳して蜂群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん)は、ミツバチの働き蜂が女王を置いて集団失踪すると言う、原因不明の現象である。
何故これが重大な問題かと言うと、果物、豆、ナッツ、野菜類の農作物1がミツバチのポリネーター(送粉者=そうふんしゃ)に受粉を頼っているからです。ミツバチが消えてしまったら、満足に作物が収穫できなくなるのです。




90年代から欧米で話題になっていたものの、2006年の暮れからアメリカでCCDの報告が相次ぎ、三割以上の農作物が大打撃を受けました。原因の諸説はウィルス、過労、長距離移動、電磁波、農薬など、共通点は何らかの外的要因、つまりミツバチに対する「ストレス」です。

ミツバチチームは数千にのぼる巣箱が大型トラックで全国を移動しているのですが、蜂は習性として巣の位置情報や花粉の選択を常時交信しているので「情報の混乱」は大きなストレスになります。

しかしながら5キロ以上もの距離を飛ぶミツバチの行動範囲からはストレスの原因を特定するのが難しいだけではなく、複合的な影響があることも多いに考えられます。食物の偏りなどで免疫が低下した結果、寿命が短くなっているとも考えられますが、死骸が見当たらないので失踪と言われているのです。


アメリカではCCDになった巣をガンマ線で照射してウィルスのDNAを破壊して一掃すれば、新しい蜂を入れると巣が復活することから(それで良いのか)、残った蜂のRNA (リボ核酸) を比較してウィルスの存在が左右していると言う結論に辿り着きました。

<農薬説>

有力視されている説のひとつ、農薬のネオニコチノイド(その一種、クロチアニジン)は、浸透移行性 (しんとういこうせい、systemic pesticide)であるため、散布された殺虫剤が植物体に吸収されます。残留性もあり、花粉や蜜にも残ることからミツバチへの影響も懸念されるようになりました。

農薬は害虫駆除が目的であるからして、効用の一つとして害虫の「免疫を攻撃し、方向感覚を喪失させる」のですが、それが米環境保護庁が「ミツバチには影響がある可能性がある」と認めた上で「少量なら問題ない」と言っても、影響がある可能性は拭えないのです。

90年代にフランスで問題になった時、ドイツのBayer製薬会社が行った自主調査では、ミツバチへの影響を50ppm (100万分の50の濃度)まで計りましたが、仏政府による再調査では3~6ppmと言う更に低濃度でも影響が確認されました。このことから、ネオニコチノイドはフランス、ドイツ、イタリアなどで既に使用禁止されているのですが、アメリカでは使用が許されていると言う矛盾が産まれています。


リスクの定義の違いはどこに産まれているのでしょうか?

<予防と許容の違い>

フランスやドイツの法廷や政府が違法にしたものを、なぜアメリカの環境保護庁 (EPA)は「ミツバチには影響がある可能性がある」と認めた上で「少量なら問題ない」と許すのでしょうか?

極端は話をすれば大規模な農業こそ不自然だと言えるし、農薬や養蜂の是非はともかく、何をすべきかは科学的な「知識」を知らなくても、自然から「知恵」として教わることができる。知識は応用することによってのみ、知恵として残り、簡単に伝えて実践できる。

蜂と人間を置き換えて考えてみたら、どうでしょうか。リスク管理は査定から評価に至るまで、さまざまな人の判断が反映されます。査定の第一段階で、評価の対象が限定された環境なのか、もっと大きなスケールなのかにも評価の内容は大きく違って来ます。

不確定要素に晩生的、後天的な被害が含まれている場合は、リスク評価に何年、何十年も待てない場合が多いのも事実です。その中でリスクとベネフィット(危機と利益)をバランス良く保って行くのが健全な社会だ。

政府や企業は多大な影響力を持っていますが、組織の利益に振り回されず、長い目で社会を守る責任があります。利益を求めるか、安全を求めるか、それをどちらかのバイアス(偏見)と呼べばそれまでだが、モラル(道徳)でもあります。それはジャーナリストや市民がリスクを伝える場合も、責任が問われるレベルはさまざまであるにせよ、同じことが言えます。

これまでの歴史から学べば、行政がすることは間違いも多い。そこで被害者は正当な補償を待っていても、その期間は被害の受け損になってしまうことは必至です。そのトラブルを避け、身を守るためにも共同体の本来のあり方を考え直すことが大事です。

自然環境、国際社会、国、県、市町村、会社、友人、家族、そして個人、体内と、さまざまなマクロとミクロの情報の輪があります。その中で回る情報、リスクは場によって違うからこそ、透明性の高い組織がリスク管理を行い、その上でリスクコミュニケーションをとることが肝心ではないでしょうか。
1豆類、ナッツ系、菜種、果物(柑橘系、林檎、キーウィ、チェリー、ベリー類、イチゴ、メロン)、野菜(ブロッコリ、アボカド、アスパラガス、セロリ、キュウリ)など






リスク管理グラフの結果、リスクを理解したとして、生活の範囲内で何を意味するのかをもう一回考えてみよう。
「危機や損失が起きる可能性」と定義すれば



と、まずリスクが起きる可能性=確率で考えることが第一に浮かぶ。(方程式ではなく、定義として)

次に、何のリスクかによって確率が高くても許容できるものや、低くてもリスクがあるだけで問題と感じることもある。
言い換えると、



となる。一般的にはリスクの「大きさ」とも言うが、敢えて「深刻度」と名付けよう。
確率が低いからと言って深刻度が高ければ、その分だけ高いリスクにもなる。

天災や病気のようにすぐに起きる可能性が少ないと分かっていても、起きた時の深刻度は変わりません。知らなければ心配しなくて良いことも、被害が大きければ高いリスクと呼べる訳です。逆に少ない可能性も明確に分かっている程、避けた方が良いと思うのも人間の本能ではないでしょうか。だからどこに目を向けるか、その余裕があるのか、どれだけ対応できるがカギになってくる訳です。

しかし冒頭で述べたように、世の中リスクだけを考えていたら生活も仕事もままならない。そこで、



と考える。つまり、リスクを知った結果、どう受け取るかはその人の価値観とタイミング、気分次第で、大したことないと思えばその通り。立場が変われば望ましいと思うさえあるだろう。それが健康を損なうリスクだったとしても、問題だと思わなければいくらでも許容できてしまうと言うことです。価値観もそう簡単に変わるものではないので、その人がそう思わなければ説得するのも難しいものです。

健康を車に例えると、メンテナンスを定期的にしている人と、車は動けば良いと思っている人との違い。
愛車を長持ちさせようと大事に乗っている人は「ちょっとならぶつけられても良い」と思わないだろうし、オンボロを運転している人は、新しいキズを見つけて激怒する割合は少ないでしょう。車に例えるついでに、胎児や乳幼児の健康に関しては、車の「組み立て中」にダメージがあってはいけないと言うことです。成人の場合は免疫も含めて自己修復、修理が可能なパーツもありますが、それもどこまで免疫に対するストレスを許容するか、嗜好品と違って選択権はあるのか、どこからが修復不可能なダメージになるのかを見極める必要があります。

そして、 いくら個人の価値基準でリスクを感じても、社会の一員としてはそう優先できるものではない。



とした場合、家族や仕事など色々な義務や制約があるのが人間ですから、いかに危険な状況であろうとリスクを顧みず行動する人が沢山います。普段の仕事でも多くのリスクを伴う職業があるし、個人の経験やスキルに合わせてストレスへの適応能力も違います。ただ、その際に「リスクを選択」するためには先に「リスクを理解」することが前提です。だから、リスク管理する者が正しい情報を分かり易く伝えることがもっと大前提にになるのです。そのことが出来ているかどうか、色々あてはめてみてはどうでしょうか。


リスクを理解し、確率を予測し、深刻度を理解し、価値観を問い正し、優先順位を考える。
このプロセスからどの要素も軽視することはできない。

組織の価値観を優先したり、家族や生活の事情があったり、それも人の数だけ存在し、天気のように変わっていくのが社会の姿。リスク管理とは、単に科学的な検証や事務的な作業ではなく、全員が関係する社会問題である。
リスクにフォーカスすることも、全体が見えなくなるリスクがある。どんなに有害なものも無害に見せれる反面、どんな無害なものも有害に見せることも簡単である。大袈裟なリスク計算に見えたら、では自分にとっては「どこまで行けば」、どんな状況になったら正当なリスク評価になるかを問い正してみると良い。

あらゆる公害、日常生活の消費や道具など、リスクを上げ出したらキリがないが、かと言って論議を避けて通る訳にはいかない。どんなに話し合っても、安全も事故も既成事実としてのみ、あらゆるコストが試算された上で、リスク計算や保険・保健に組み込まれる。ましてや、さまざまなリスクが相乗効果的に、あるいは相殺し混在する世の中で、なんでも酒・タバコ・交通事故と比べて済ませれるような安易な話ではない。そのようなずれた論点で話し合っても有益なことは産まれない。要は自分で判断して、周りと意見を共有しながら言動に繋げて行けば良いのである。

ことに放射能や電離放射線による人体への影響に関しては、最新の研究結果も含めて、膨大な情報を吟味するのには時間を要する。リスク管理グラフでも分かる通り、これまでの疫病学のデータだけでなく、細胞や遺伝子の話をしなければ科学的な根拠に欠ける。周期表や細胞、遺伝子の図を見せて放射能のリスクを解説しているニュースやサイトがどれだけあるだろうか。いちばん大切な部分であるにも関わらず、殆ど無いと言って良いだろう。

内部被ばく、がん、免疫能力の仕組みなど、細胞の中の宇宙で起きていることは、1+1=2というシンプルな話ではない。何百、何千と言う情報伝達が関わっている膨大で複雑なメカニズムだ。たったひとつの栄養素がどのような経路で細胞に取り込まれ、それが欠乏した場合はどうなるかなど、誠に精密なシステムで原子レベルではまだ謎も多い。それだけ人体は繊細であり、すべて自然で無意識に起きていて、素晴らしく丈夫でもある。

「僕と核2011」 レポートでは分かっていること、分かっていないこと、論点になっている所を含め、そこに焦点を当てなければ意味はないと思っているので、 引き続きお付き合い願いたい。

最後に、市民として、いかなるリスクに対しても安全を守る権利の正当性を忘れてはなるまい。聞き入れられるかはともかく、それが人権と言う、戦後の日本に産まれた民主主義の礎(いしずえ)になっているからだ。

あらゆる公害、日常生活の消費や道具など、リスクを上げ出したらキリがないが、かと言って論議を避けて通る訳にはいかない。どんなに話し合っても、安全も事故も既成事実としてのみ、あらゆるコストが試算された上で、リスク計算や保険・保健に組み込まれる。ましてや、さまざまなリスクが相乗効果的に、あるいは相殺し混在する世の中で、なんでも酒・タバコ・交通事故と比べて済ませれるような安易な話ではない。そのようなずれた論点で話し合っても有益なことは産まれない。要は自分で判断して、周りと意見を共有しながら言動に繋げて行けば良いのである。

ことに放射能や電離放射線による人体への影響に関しては、最新の研究結果も含めて、膨大な情報を吟味するのには時間を要する。リスク管理グラフでも分かる通り、これまでの疫病学のデータだけでなく、細胞や遺伝子の話をしなければ科学的な根拠に欠ける。周期表や細胞、遺伝子の図を見せて放射能のリスクを解説しているニュースやサイトがどれだけあるだろうか。いちばん大切な部分であるにも関わらず、殆ど無いと言って良いだろう。


内部被ばく、がん、免疫能力の仕組みなど、細胞の中の宇宙で起きていることは、1+1=2というシンプルな話ではない。何百、何千と言う情報伝達が関わっている膨大で複雑なメカニズムだ。たったひとつの栄養素がどのような経路で細胞に取り込まれ、それが欠乏した場合はどうなるかなど、誠に精密なシステムで原子レベルではまだ謎も多い。それだけ人体は繊細であり、すべて自然で無意識に起きていて、素晴らしく丈夫でもある。

「僕と核2011」 レポートでは分かっていること、分かっていないこと、論点になっている所を含め、そこに焦点を当てなければ意味はないと思っているので、 引き続きお付き合い願いたい。

最後に、市民として、いかなるリスクに対しても安全を守る権利の正当性を忘れてはなるまい。聞き入れられるかはともかく、それが人権と言う、戦後の日本に産まれた民主主義の礎(いしずえ)になっているからだ。

EPA Risk Characterization Handbook
http://www.epa.gov/spc/pdfs/rchandbk.pdf

Special Thanks:
ナベショーのシニアライフ(養蜂)
http://nabe-sho.cocolog-tnc.com/fujieda_/cat5621566/index.html

<CCD LINKS>
scientific american
http://www.scientificamerican.com/article.cfm?id=bees-ccd-virus&page=2
the environmental blog
http://www.theenvironmentalblog.org/2007/03/clothianidin-a-neonicotinoid-pesticide-highly-toxic-to-honeybees-and-other-pollinators/

documentary links:
http://www.queenofthesun.com/
http://www.vanishingbees.com/

<ネオニコチノイド>
クロチアニジンの創製と開発 住友化学
http://www.sumitomo-chem.co.jp/rd/report/theses/docs/20060202_h6t.pdf
EPA 
http://www.epa.gov/opprd001/factsheets/clothianidin.pdf
http://ddr.nal.usda.gov/bitstream/10113/1587/1/IND43769968.pdf

農薬と放射能の安全について 内田又左衛門(正常運転時でも問題ありですが、関連性が興味深い)
http://www.foocom.net/column/ps/2977/






コンセプトとは、概念。

何がどうなって、どうなると言う仕組みを学ぶことである。

データとは、情報。

それは言葉、記号、値、それらを受けた人々の反応だったりする。


1+1=2 の足し算を理解するためには、「数字と数字を足すと別の数字になる」と言うコンセプトを学ぶことが肝心である。そうでなければ、「1+1=2」と言うひとつのデータとしてしか暗記してない脳は、1+2の答えが分からない。

子供に始めから電卓を与えた場合、いくつになっても自分の力で足し算をすることはできないだろうし、その必要性も感じないだろう。

それと一緒で、人間は「コンセプト」と「データ」が一致して初めて自分で物事を考えられるようになる。


コンセプトを教わらずにデータだけを記憶しても応用できず、コンセプトだけ教わってデータがなければ適用できない。


両方とも非現実的なものと見なされてしまう。


つまり、
「コンセプト抜きにしてデータは意味を持たず、データを抜きにしてコンセプトは信用できない」


あるいは 「概念抜きにして情報は意味を持たず、情報抜きにして概念は信用できない」


と言うことになる。




昨今のメディアやニュースにおいては、データだけが溢れてコンセプトが全く浸透していない場合や、隠されていることすらある。

メディアにそのような傾向があると言う概念すら無い人には、報道を信じて疑わない傾向が続くだろう。

同時に、コンセプトは立派で注意を惹くものでも、データが乏しければ説得力に欠けると言うことになる。
だから一般的には権威のある発言を社会的に信用してしまうのも当然なのだ。



はるか昔、天動説と地動説と言う意見の対立があったのはご存知だろう。と言ってもたった四百年前の話だ。



「地球を中心に天体が回っている」と言う保守派と、「地球は太陽の周りを公転している」と言った革新派に別れたのだ。天動説は千年以上の歴史があり、カトリック教会も公認していたため、権力を持つ保守派が圧倒的多数だった。地動説の「コンセプト」は保守派にとって都合が悪かったのでバッシングが続き、望遠鏡が登場しても「非科学的な道具だ」と新しいデータは無視され続けた。しかし異端だったコンセプトも、それを裏付けるデータが世の中にどんどん出回ることによって、権力も敗北を認められざるを得なくなったのである。

天動説と地動説ほど大袈裟な違いはそうないかもしれないが、所詮、人間の知恵はこのようなことを繰り返してきたのである。明らかな間違いを指摘された権威がそれを認めることは稀である。それは自己否定に繋がるからだ。地動説を唱えて裁判で有罪にされたガリレイも、他の説では勘違いを認めないと言う点でまったく同じであった。

新しいコンセプト=概念は、すぐに受け入れられることはないが、データが出て来ることによって徐々に変わって行く。同時に、データによって立証できないものは淘汰されて行く。これは科学的な根拠だけではなく、社会的な人気・不人気が商品を選んで行く「流行」にも同じことが言える。

コンセプトとデータ、概念と情報、どちらにも偏り過ぎずに学び、自分にとって必要なものは何かを見極めることが基本だ。


「真実を知らないのは無知なだけだ。だが、真実を知っていてそれを嘘と呼ぶのは犯罪である」ガリレオ・ガリレイ 






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