2012年1月3日火曜日

民の力をいかそう お任せ体質さようなら

民の力をいかそう お任せ体質さようなら

 未曽有の原発事故は住民の意識を変えつつあります。他人任せの体質を反省し、自分たち草の根の力で世の中を動かす。そんな強い気概が伝わります。
 昨年五月、東京都江東区の石川あや子さん(34)の耳に空間放射線量が比較的高いホットスポットという言葉が聞こえてきました。娘三人を抱える母親です。
 不安を覚えて区役所に問い合わせても、担当者は「心配しすぎです」の一点張り。園庭を調べようと幼稚園長に頼んでも、教育委員会や理事会への体面からか応じてくれなかったといいます。

◆手作り民主主義の実践

 「子どもを守るべき立場の人たちが実は最大の敵でした」。そう気づいた石川さんは同じ不安を抱える母親たちに呼び掛け、子どもの被曝(ひばく)を防ごうと動きます。
 専門家を招いて勉強し、区内を調べて歩きました。都や区に放射能汚染の実態を示して対応を求め、記者会見で公表しました。すると、やり方に不満は残るけれども、区は学校や公園などの線量測定に重い腰を上げたのです。
 低線量被曝の問題には、行政や議会の危機意識はおしなべて低いようです。すべてを任せきってきた住民の無関心にも責任があると、石川さんは考えています。
 「国や自治体を突き上げるのではなく、自分たちで情報収集して公表し、みんなに判断してもらう。それが賢明でしょう」。お任せではなく、手作りの民主主義とでも呼べそうです。
 今や関心事は食品の放射能汚染です。給食と同じ献立の弁当を作って子どもに与える親もいますが、自治体や学校によって給食への対応はまちまち。弁当の持ち込みに加え、食材の産地公表や放射線検査に前向きなところと、冷ややかなところに割れています。

◆草の根の声に耳澄ませ

 背景には教育現場の画一主義が浮かびます。他の子と違うといじめに遭う。配膳も後片付けも平等に。食品の風評被害をあおる。トラブルを避けたくて教委や校長の腰が引けるのでしょうか。
 とはいえ国の規制は甘いし、検査態勢は不十分です。ならば住民自らが調べられるようにと、ボランティアが手掛ける食品の放射線測定所が誕生しています。先月には国分寺市にもできました。
 設置に尽力した豊島区の伊藤恵美子さん(48)は「産地や測定値は、住民が食品を選ぶよりどころとなる大切な情報です」と言います。風評被害よりも、子どもの被曝回避が優先されて当然です。
 江東区や豊島区は母親たちとの意見交換会をしています。低線量被曝の影響が曖昧だからこそ国や自治体は住民の声に謙虚に耳を傾けてほしい。「個人の判断を尊重し、行政コストは東京電力に請求するのが筋です」と法政大の杉田敦教授(政治理論)は言います。
 右往左往する母親たちの不安と焦燥を尻目に、野田佳彦首相は原発事故の「収束」を宣言しました。放射能の放出は続き、食品の安全確保も、環境の除染も、廃炉も先行き不透明なのにです。
 一方で定期検査中の原発の再稼働や、トルコやベトナムなど海外への輸出には前のめりです。「収束」宣言はそのための方便にすぎないでしょう。脱原発依存の方針は風前のともしびの様相です。
 もはや危なっかしい原発を止めるのか、動かすのか、住民一人ひとりが態度をはっきり示すべき時期が来ました。東京都と大阪市で署名集めが進められている住民投票の実現運動には賛成です。
 事故のすさまじさを見れば、今までのように原発の将来を国と電力会社、立地先の自治体のみに委ねるのは非人道的とさえ言えます。その過程にはみんなの意思が反映されて当たり前です。
 東京も大阪も、福島や新潟、福井に造られた原発のおかげで発展してきました。都市と地方の構造的な“リスク格差”を容認してきた責任があります。
 しかも、東京都は東京電力の、大阪市は関西電力の大株主です。利益ばかりを追い求め、巨大リスクを見張ってこなかったとの批判もあります。
 事故を風化させないためにも反省や批判を踏まえ、自治体としての立場を鮮明にしたい。国民投票の機運が高まればドイツやイタリアのように日本の立場を決める好機が芽生えるに違いありません。

◆“企業住民”の意思は

 カタログハウスや城南信用金庫、ソフトバンクのように脱原発を打ち出す企業もあります。
 カタログハウスの斎藤駿相談役は「企業も一つの人格です。社会的責任として脱原発か、要原発か、分からないのか、きちんと意思表示すべきです」と訴えます。
 敗戦直後のような転換期には企業も他人任せを返上すべきです。

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