緊急時対応センター(ERC)、 SPEEDIによるシミュレーション計算を進めていた

EX-SKF-JPさんのブログより

【記録】 3月11日夜、保安院は詳細なSPEEDIシミュレーションデータを基に避難区域を設定する直前だった
そこへ、首相官邸からの「同心円」避難区域設定が出され、保安院はその非現実さを十分承知しながら官邸の指示の追認に回った、というのが、朝日新聞「プロメテウスの罠」から読み取れる結論です。

「プロメテウスの罠」の連載記事は、朝日新聞が著作権とやらを行使して記事をまとめたブログポストなどを取り下げさせているとのことですが、「第2弾-研究者の辞表」、まだお読みでない方、まとめてお読みになれます。

ここです。

中でも非常に興味深かったのは、浪江町赤宇木の高線量を文科省が実測以前に掴んでいたこと。SPEEDIによる単位放出シミュレーションで高線量の地点をすでに把握していた文科省が、3月15日に現地対策本部の省員に指示を出して実際に測定に行かせていたのです。しかし、330マイクロシーベルト時、というとんでもない線量が計測される中、人々はそのときも、その後も、何も知らされることなく、浪江町にはその後も人々が住み続けていました。

研究者の辞表(11)ピンポイントの指示

放射線衛生学の研究者、木村真三(44)らが福島に入った3月15日は、朝6時すぎに福島第一原発の2号機が破損、大量の放射性物質が放出されていた。

 3月28日でも屋外80μSv,浪江赤宇木集会所内20μSv
原発から5キロの場所には11日夜に国の現地対策本部ができていた。しかし14日夜には2号機の状態を懸念して撤退方針を決める。同日夜から撤退を始め、15日午後には原発から60キロ離れた福島県庁に退いた。

撤退組の一人、渡辺眞樹男(57)は福島県庁に移った後の15日夜に指示を受けた。「大変な事態になっている。測定に行ってくれ」

渡辺は文部科学省茨城原子力安全管理事務所から応援に来ていた。指示された場所は浪江町山間部の3カ所。ピンポイントだった。神奈川北原子力事務所の車 で現地に行き、午後9時ごろ放射線量を測る。数値を見て驚いた。3カ所とも高く、特に赤宇木(あこうぎ)は毎時330マイクロシーベルト

「いやもう、信じられなかった」と渡辺は振り返る。すぐ報告しようとしたが、携帯はつながらない。雨模様だったので衛星携帯も使えなかった。急いで川俣町の山木屋まで戻り、公衆電話から報告をした。戻る途中、点々と人家の明かりが見えた。まだ大勢の人が残っていた。

「とにかく住民の方々に被曝(ひばく)をしてほしくなかった。線量が高いと報告し、早くこの線量を発表してください、とお願いをしました」

実はこのとき渡辺は防護服を着ていなかった。県庁への撤退が慌ただしかったため、防護服の類は現地本部に放棄していたからだ。

「不思議と自分のことは考えていないですよね。こんな時だからこそやらなきゃいけない、と」

必死の思いで渡辺が伝えた数値は、しかし住民避難に使われはしなかった。文科省は16日にその数値を発表したが、地区名は伏せたまま。浪江町に知らせる こともなかった。町は危険を認識せず、一帯に残る住民に伝えることもなかった。なにより官房長官は「直ちに人体に影響を与えるような数値ではない」と会見 で述べていた。

それにしても、なぜ対策本部は高線量の場所をピンポイントで知っていたのか。渡辺は言う。「ポイントをどなたが決めて指示されたのか、私もいまだに分かりません」

元をたどると、指示は文科の本省だった。根拠に使われたのはSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)。同省は汚染の概要をつかんでいた。(依光隆明)

*2011.10.27朝日新聞朝刊

さらにもっと興味深いのは、文科省が単位放出のSPEEDIによるシミュレーション計算を持っていたのと同時に、経済産業省の原子力安全・保安院も、3月11日の時点で独自により詳細で正確なSPEEDIによるシミュレーション計算を依頼し、汚染の把握と避難区域の早急な設定を進めていた、という事実です。

避難区域の設定の勧告を出そうと全力を挙げている只中に、首相官邸が今や悪名高き同心円の避難区域を発表し、首相が言うんだから官僚としてはそれの追認しか行わない、といかにも官僚らしい反応で保安院は作業を中止したらしい、とのこと。

ど素人の官邸(管首相)の案に諾々と従う官僚をもった国の災難といえばそれまでですが、官僚を敵に回したど素人の首相を持った国の災難、とも言ってもいいでしょう。
研究者の辞表(12)いきなり同心円避難

3月15日、毎時330マイクロシーベルトの値が出る場所を、なぜピンポイントで指示できたのか。(=依光隆明朝日新聞記者)

東京・霞が関の文部科学省。時に身ぶり手ぶりを交えながら、科学技術・学術政策局次長の渡辺格(いたる)さん(53歳)説明する。「実は、単位放出のSPEEDIを使いました」。

SPEEDI(スピーディ)とは、放射能の影響を予測するシステムのことだ。放出された放射性物質がどう広がるのか。風向きや風速、地形を計算し、飛ぶ範囲を予測する。

放射性物質は同心円状には広がらず、汚染エリアは複数の突起を形成する。そのエリアをSPEEDIで予測し、迅速に住民を避難させなければならない。それが原子力防災の基本中の基本とされている。

予測の基(もと)になるのは、原発からの放出源情報だ。ところが今回の事故ではそれが入手できなかった。

しかし、そういう事態でも仮の値を入力することで予測ができる。それが、1時間に1ベクレル放出したと仮定する「単位放出」で計算するやり方。渡辺さんはその手法で正確に高汚染地域を把握していた。

渡辺さんが特殊な手法を用いたわけではない。原子力安全委員会が定めた指針では、事故発生直後は放出量を正確に把握することが難しいため、単位放出または事前に設定した値で計算するとある。そうして計算した予測図形をもとに、監視を強化する方位や場所を割り出していく。

単位放出で情報を流す、という点ではマニュアル通りでした。放出量が分からないときに単位放出を各関係者に配るというのがマニュアルになっていましたから」。

マ ニュアルによると、配る先は一部の省庁と原子力安全委員会、福島県、そして現地対策本部。「実際に避難範囲を決める場合、SPEEDIを使ったのかどうか は文部科学省では分かりません。避難範囲を決めたのは文科省では無く、原子力対策本部ですから。今回は本来の使い方はされず、いきなり同心円状で避難の指 示がなされた」。

マニュアルでは文科省は情報を出すだけで、それを使って避難指示を出すのは原子力災害対策本部、つまり官邸だ。

しかし、首相の管直人も、経済産業大臣の海江田万里も、官房長官の枝野幸男もSPEEDIを知らなかったと主張する。特に海江田と枝野は20日過ぎまで知らなかったと国会答弁している。いったいどうなっていたのか。

研究者の辞表(13)送られなかった167枚

SPEEDIの予測データはどう流れたのだろうか。(=上地兼太郎朝日新聞記者)

震災から約4時間後の3月11日午後7時3分、国は原子力緊急事態宣言を出す。首相官邸に原子力災害対策本部ができた。

経済産業省の原子力安全・保安院は、対策本部の事務局を担う一方、同省別館3階に緊急時対応センター(ERC)を立ち上げた。他省庁からも人がかき集められた。

SPEEDIの予測は本来、文部科学省が原子力安全技術センターを使って1時間ごとに行う。出来た予測図は保安院にも送られるが、保安院は独自の予測も出そうとした。それに向け、同日夜には同センターのオペレーターをERCに入れた。

保安院が独自で行った1回目のSPEEDI予測は午後9時12分に出た。翌12日午前3時半に福島第一原発2号機でベント(排気)をした場合、放射性物質はどう拡散するかという予測だ。放射性物質は南東の太平洋へ飛ぶ結果が出た。

12日午前1時12分に2回目の予測。今度は同時刻に1号機のベントを仮定した。これも海へ拡散していた。保安院は16日までに45回173枚の独自予測をはじき出した

保安院の予測の特徴は、様々な情報を集めて放射性物質の放出量を推測したことだ。放出量を1ベクレルと仮定した文部科学省に比べ、予測の精度は高かった。

官邸の地下には、各省実働部隊が詰めるオペレーションルームがある。保安院は課長補佐以下の職員数人をそこに出していた。保安院から予測図を受け取る専用端末も備(そな)えられていた。

官邸5階には首相の管直人ら災害対策本部の中枢が陣取っている。避難区域を決めたのはこの中枢であり、その決定にはSPEEDIの情報を参考にすることになっている。ということは、予測図は専用端末を経て5階まで運ばれていなければならなかった。しかし・・・。

オペレーションルームの専用端末に送られたのは1,2回目の予測図だけ。保安院が独自で行ったSPEEDI予測のうち、43回167枚はERC内で止まっていた。

しかもプリントアウトして内閣官房の職員に渡したのは2回目の分だけだった。2回目の予測図はA4判で計3枚だが、そのうち何枚を渡したか、渡した後どうなったかも保安院は確認を取っていない。何故(なぜ)こんなことになったのか。

研究者の辞表(14)二つの<やらねば>

商業用原子炉の規制、監督をつかさどるのは原子力安全・保安院だ。今回の事故でも、保安院の動きは最大の焦点だった。(=上地兼太郎朝日新聞記者)

事故当時を知る幹部や現場職員に話を聴きたいと何度も依頼した。もちろん保安院には出向いて話を聞いた。関係者の自宅にも何度か手紙を出し、ときには玄関まで足を運んだ。

保安院の広報は「職員個人への取材はご遠慮いただきたい」と言ったが、当事者から聞かねば分からない事もある。保安院は「担当課から答えさせる」と強調しながら、その答えは常に要領を得なかった。

保安院はすでに民間人となった幹部OBへの取材も規制した。「事故当時のことはすべて担当課が答える」という理屈だった。

そんな中、事実の断片を積み上げながらSPEEDIをめぐる経緯を知ろうとした。匿名(とくめい)を条件に明かしてもらったこともある。

以下、今の時点で最も事実に近いと思われる経過はこうだ。

3月11日午後7時過ぎ。官邸に原子力災害対策本部ができた時、原発から5キロの場所に現地対策本部が作られた。原子力防災マニュアルでは現地本部が対策の中心だ。SPEEDIを使って住民の避難区域案を作るのもここの役割だった。

しかし現地本部は地震の揺れで通信回線が途絶していた。要員の集まりも悪い。とうてい、避難区域を検討できる状態ではなかった。

現地本部が機能しない場合、避難区域を考えるのはどこか。意図しないまま、保安院と官邸で重大な勘違いが生じていた。

東京・霞が関。経済産業省別館3階にある保安院の緊急時対応センター(ERC)は、避難区域の案を作るのは自分たちしかいないと確信していた。官邸に置かれた対策本部の事務局は保安院であり、その中核がERCだからだ。

放射線班が避難区域案作りを担当し、原子力安全技術センターに注文してSPEEDIの予測図をはじきだそうとした。住民の避難には放射性物質の拡散予測が欠かせない。班員らは必死だった。

一方、官邸5階に陣取る対策本部の中枢は違う考えを持っていた。現地が機能しなくなった以上、自分たちが避難区域を決めるほかない。官邸中枢はERCの存在を認識できないほどあせり、混乱していた。

時刻は11日の夜9時前後。ERCと官邸で、別々に避難案づくりが進んでいた。(=続く)

研究者の辞表(15)官邸独断 室内は騒然

事実に近いと思われることをさらに続ける。(=上地兼太郎朝日新聞記者)

3月11日午後9時12分、経済産業省別館にある原子力安全・保安院のERC(緊急時対応センター)は、独自に注文した1回目のSPEEDI(スピーディ)予測図を受け取った。

SPEEDIは放射性物質の拡散を最大79時間先まで予測できる。その能力をフルに使って将来の拡散範囲を予想し、危険地域にいる住民を避難させなければならない。

放出された放射性物質は風に流されるため同心円状には広がらないのが常識だ。何時間後、何処(どこ)に汚染が広がるか。ERCはSPEEDIの予測を続けて汚染区域を見極めようとした。ところが・・・。

その矢先の午後9時23分。原子力災害対策本部長の管直人は同心円状の避難指示を発する。原発から3キロ圏内の住民は避難、10キロ圏内の住民に屋内退避、という内容だった。

対策本部の事務局は保安院が担当し、その中核はERCだ。そこには全く連絡が無いまま、いきなり結論だけが下(お)りてきた。官邸中枢が独自の判断で決めたのだ。

避難区域の案を作っている最中に、一体どうしたことか。ERCは驚き、室内は騒然とした。官邸中枢が避難区域を決めてしまった以上、自分たちに役割はない。そう即断し、この段階でERCは避難区域案づくりをやめてしまう。

官邸中枢が発した避難指示は12日午前5時44分に原発から10キロ、同日午後6時25分に20キロと広がっていった。いずれも同心円状だった。

ERCは16日までに45回もSPEEDIの計算を繰り返すが、それは避難区域を決めるためではなく、官邸中枢が決めた避難区域について検証するためだった。

同心円状に広がらないのは原子力防災の常識なのに、同心円状に避難指示が出る。そのおかしさを感じながらERCはそれを追認した。発せられた避難指示を否定する根拠がない以上、追認が妥当と考えた。

その後、政府はこう強調した。放出された放射能量が不明だったのでSPEEDI予測はそもそも役に立たなかったのだ、と。ERCがSPEEDIを使って避難区域案を作ろうとしていたことは伏せられた。

同心円状の避難指示で最も矛盾が生じたのは、20キロ圏外にある放射線量の高い地域だった。SPEEDIの予測図では20キロ圏をはるかに超え、北西方向に高線量地域が伸びていた。
このほかにももう一つ、3月11日から東電が独自に出していたシミュレーションもありました。このシミュレーションは経済産業大臣、福島県知事と、大熊町、双葉町の町長にファックスされていました。
英語の使い古した言い回し(Cliche)では、

... and the rest is history...

とでも言うのでしょうが、まったく残念な歴史となりました。管首相は嘘をついたんですね。SPEEDIに関して。罪のない嘘、White Lieでは済まないでしょうね、これは。

日本の皆さん、もう起きてしまったことはしょうがない、などとはゆめゆめお考えにならず、ここは何としてでも責任を追及してください。また同じことが、別の事故でも必ず起こります。

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