「原子力ムラ」と仲間うちの論理『図書新聞』3029号、2011年9月10日福島第一原子力発電所が事故を起こし、大量の放射性物質が飛散した。事故直後から、政府の放射性物質の拡散予測システムが働いており、風向きや地形により放射性物質が濃厚に飛散すると予測される地域では、避難させずに放置しておけば多くの人々が被曝し確率的に殺される(確率的殺害については後半で説明する)ことがわかっていた。しかし役人たちは、ひどい被曝が予想される地域の人々に何も知らせず隠蔽した。そのことによって、これから数年から数十年(子どもの場合は数年から十数年)の間に、避難していたならば病気にならずにすんだはずの人々が確率的に病気になり、寿命を短縮せずにすんだ人々の寿命が確率的に短縮することになった。日ごろから、もちつもたれつで生きていた役人たちの仲間うちの論理が、人の命よりも優先された。それは、いじめ研究にたずさわる者が繰り返し目にする、いじめ自殺に対する学校関係者たちのふるまいと同じである。すなわち、人の命が失われたことに対して、マス・メディアが大々的に報道し、広い社会がゆゆしき問題としているにもかかわらず、学校関係者たちは、それを驚くべき露骨なしかたで軽視し、隠蔽しようとする。外の社会がなんと非難しようと、自分たちは日ごろのの仲間うちの世界に埋め込まれ守られているという、強烈な感覚を、学校関係者たちは生きている(拙著『いじめの講造:なぜひとが怪物になるのか』講談社現代新書)。またそれは、非加熱血液製剤によって薬害エイズが広がり感染した患者が次々と死んでいくにもかかわらず、仲間うちの論理で、非加熱製剤を投与し続けた医師たちのケースと同じである。安全な加熱製剤「クリオ」を使うことを示唆した助教授に対して、教授は「クリオを推すと君の将来はないよ」と言ったと報じられた。今回の原発事故で多くの人々は、こういう「ムラの仲間たち」のおかげで被曝して癌になったり死んだりしなければならない。「原子力ムラ」とは、こういう仲間たちの代名詞である。それは、原子力発電の利益に直接関わる(狭い意味での)「原子力村」の中枢から離れていても、農林水産省の流通・消費・安全担当や、文部科学省の小中学校担当のようなところにも、広がっている。どこを切っても同じ顔があらわれる金太郎飴の絵柄のように、「ムラ」があらわれ、人の命よりも仲間うちの都合が優先される。こういう人たちは「組織の陰に隠れていれば何をやっても許される」という安心感があるかぎり、自分たちがやっていることが大きな社会問題になってもまったく動じることなく仲間うちの論理で動き続ける。彼らから隠れ場所を奪うことが重要だ。そうでなければ、いくら社会問題にして批判しても、彼らは同じ事を続ける。彼らから隠れ場所を奪うことで、人々を被曝による病や死から救うことができる。ルポライターの広瀬隆と明石昇二郎は、福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの山下俊一・長崎大大学院教授(現在、福島県立医大副学長)らを、「福島県内の児童の被曝安全説を触れ回ってきたことに関して、それを重大なる人道的犯罪と断定し、業務上過失致傷罪にあたるものとして刑事告発した」(『週刊朝日』2011年07月29日)。告発される前、山下俊一教授は記者から「発言が批判されているが」と質問され、「ご心配なく。大学が守ってくれますよ」と語った(『週刊文春』2011年6月2日)。その後、『東京新聞』に次のような記事が載った(2011年7月28日)。「原発事故に直撃された福島県で今月、脱原発団体が批判する学者や機関と県内の大学との連携の動きが相次いだ。福島大学は独立行政法人・日本原子力研究開発機構(原子力機構)と連携協定を締結。福島県立医大では『年間一〇〇ミリシーベルトの被ばくまで安全』と講演した山下俊一・長崎大教授が副学長に就任した。地元では『大学の権威で、被害の訴えが封じられるのでは』と、懸念する声も漏れている」(私は、この連携と人事は、これから自分たちが責任を問われかねない被曝被害の隠蔽と証拠隠滅のために、「原子力ムラ」が福島県の医学界を独占支配する布石ではないかと疑っている)。大学はみごとに山下教授を守っている。いっけん些末な地方大学の人事と思われがちだが、これを許すと、自分の利益と社会的地位のために人を確率的に殺す「原子力ムラ」のエリートたちにとっての「守られている」という安心感を、確固たる既成事実として確立してしまう。またこれを許さないことは、これから確率的殺害を行う「原子力ムラ」エリートたちの安心感を掘り崩すことによって、間接的に多くの人々の命を救う効果をもたらす。「原子力ムラ」の生命を維持する根本栄養素は人事である。原発事故による被曝の主要経路は、初期の短期的な外部被曝から、水や食物を介した内部被曝へと変わる。チェルノブイリの時も、多くの子どもたちを殺したのは、飲食物を介した内部被曝であった。食品に含まれる放射生物質は、長期低線量内部被曝によって自然の摂理を逆転させ、これから長く生きるはずだった若い命ほど死にやすく、老いているほど死ににくい、生存曲線の地獄を生み出す。この生存曲線の地獄をこれから日本で生み出す主役は、危険な安全基準値を設定し、汚染されたものを流通させる許可を与えて、人々の口に毒を入れる、厚生労働省や農林水産省の役人たちだ。ある意味で、東電はすでに人を被曝させて数年後から数十年後(子どもの場合は数年後から十数年後)に大量の人々を確率的に殺してしまったが、これから人を殺すのは厚生労働省と農林水産省だ。この前半は絶望であるが後半には希望がある。厚生労働省と農林水産省の確率的殺害ははじまったばかりであり、まだ完了していないからだ。厚生労働省と農林水産省を監視し、告発し、人命を軽視する政策を阻止することによって、多くの人の命を救うことができる。今のところ、日本の国土の半分は汚染されていない。農林水産省は放射性物質に汚染されて処理に困った汚泥を肥料にして流通させる許可を出し、さらに放射性物質に汚染された肥料、土壌改良材、培土、家畜飼料、養殖魚用飼料の使用を許可した。また、環境省は放射性物質で汚染されたがれきを日本中にばらまく許可を与えようとしている。これにより、まだ汚染されていない国土の半分も汚染されてしまう。しかし、これを阻止することによって、国土の半分を汚染から守ることができる。日本社会は、原子力発電をめぐる政界・財界・官界・学会(御用学者)・マスメディア界のエリートたちの利益と脅しのネットワークに支配されてしまっている。私たちはそれを「原子力ムラ」と呼んできたが、原子力に反対する良心的な学者や地方自治体首長などを、脅迫したり尾行したり罠にはめたり仕事を奪ったりする方法を考えれば、原子力マフィアと呼んだ方が正しい。彼ら政・財・官・学・報のエリートたちは、日本人を確率的に殺す敵になってしまった。日本人が殺されるか、原子力マフィアにのみこまれたエリートたちをその責任ある地位から放逐するか、この国の運命は二者択一になった。ここには決定的な不平等がある。彼らは地位を追われるだけであるが、私たち日本人は命を奪われる。エリートたちの社会的地位のようなくだらないもののために、私たち(特に子どもたち)は命を奪われるのだ。ここでは、確率的殺害という概念を以下のような意味で用いている。すなわち、これをすると、たとえば1万人のうち1人死ぬところが、1万人のうち100人死ぬことになるとわかっていて、あるいは利害関係のない第三者の専門家であれば納得のいく論理によってそれを指摘されながら、生命を守るため以外の理由でその行為を行ったり、この意志決定に関与したりした者は、確率的殺害を行ったといえる。実際に大量死の結果に至った場合、彼らは思い刑事責任を課されなければならない。「組織の陰に隠れていれば、名前を隠しながら、仲間うちの都合で何しても許されるということは決してない。『このわたし』の実名のもとに責任の所在があからさまになる」、という現実をつくりあげることによって、日本中枢のエリートたちから人々の命を守ることができる。今回の放射能汚染は日本人だけではなく、人類に対して地球規模で甚大な被害をもたらすものである。原子力マフィアに乗っ取られた日本政府はすでに対処能力を失っているので、日本は原子力関連の部分においてだけ人類に対して主権を放棄し、放射能汚染対策に特化した部分的暫定世界政府に統治された方がよい。実際的にも、福島原発事故は日本一国の能力で対処できるレベルを越えている。また世界各国に対する損害賠償も払いきれない額になるだろう。主権を放棄した方が日本の国益にもかなっている。原子力マフィアのエリートたちは、人類の名において、人道に対する罪の咎で、ニュルンベルク裁判でナチスが裁かれたように裁かれる必要がある。彼らをきちんと裁いたうえで、原子力発電についての事実を知らされてこなかった日本の大多数の非エリートの人々は、世界から許してもらう。
2011年11月21日月曜日
「原子力ムラ」と仲間うちの論理 ある意味で、東電はすでに人を被曝させて数年後から数十年後(子どもの場合は数年後から十数年後)に大量の人々を確率的に殺してしまったが、これから人を殺すのは厚生労働省と農林水産省だ。
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