2011年11月13日日曜日

放射性物質を減らせ  ~福島・限界に挑む農家たち~

放射性物質を減らせ

 ~福島・限界に挑む農家たち~
福島県内の農家たちが、国や自治体に頼らず、自ら放射能汚染の測定と農地の除染に取り組み、農業再生を図ろうと立ち上がった。カリウムやゼオライト、ホタテ貝の粉末など「除染」に効果があるとされる五種類の試験資材を土に散布し、綿密にデータを取り続ける須賀川市の農業生産法人。研究者チームと組んで、土の成分の構成による汚染の実態を明らかにし、水の浄化や土壌改良で、安全な作物が作れる農地にしようとする二本松市の農家たち。国は、飯舘村など高濃度汚染地域で表土を削り取るなどの除染の研究を行っている。しかしこうした農家たちは、汚染元年である今、指示を待つのではなく、自分たちで自分たちの土地に適した「除染」法を見出さなければ手遅れになるのではないかという強い危機感を持っているのだ。何十年もかけて丹精こめて作り上げてきた土を手放さずに、いかに放射能の汚染を取り除き、安全な農作物を消費者に届けることができるのか。日本人は放射能汚染にどう立ち向かっていくべきなのか。動き出した農家たちの格闘を通して探る。

出演者

  • 野中 昌法さん(新潟大学農学部教授) 
  • 福島第一原発から60キロ。
    福島県を代表する米どころ須賀川市です。
    9月、コメに含まれる放射性物質が国の暫定基準値をはるかに下回り多くの農家は、ひとまず胸をなで下ろしていました。
    しかし、国の基準を満たすことだけに満足せず農作物が吸い上げる放射性物質を限りなくゼロに近づけようと挑む農家グループがあります。
    グループのリーダー伊藤俊彦さんです。
    土壌だけでなく玄米、稲わらなどに含まれる放射性物質のデータを集めて分析し作物に放射性物質が入り込まないようにする方策を編み出そうというのです。
    伊藤さんがこの取り組みを始めた理由は国の暫定基準よりさらに厳しいレベルで安全を追求しなければ原発事故以来離れていった消費者を呼び戻すことはできないと考えたからでした。
    伊藤さんは18年前安全で、うまいコメを作ろうを合言葉に仲間と共に農業生産法人を立ち上げました。
    土作りにこだわった有機農法が評判を呼び全国に4000人もの顧客を持つまでになりました。
    ところが、ことしは、その6割が購入を取りやめたのです。
    「本当に安心して、またあなたたちのものを食べたいと言ってもらえるようにいくのにはもう限りなくゼロを目指すしかないんですよ。
    誰かが、なんとかしてくれるまで待ってますって言ったらその人たち、俺、客だったら納得しないもんな。」
    国などの研究チームは放射性物質の量をより少なくするには農地の表土を剥ぎ取ることが最も効果的だとしています。
    しかし、巨額な費用がかかるうえ伊藤さんたち農家が懸念したのは何十年もかけて、丹精込めて作ってきた肥沃な土を剥ぎ取れば品質のいいコメが作れなくなってしまうのではないかということでした。
    表土を剥ぎ取る以外の道はないのか。
    伊藤さんがまず注目したのはゼオライトと呼ばれる天然の物質でした。
    福島第一原発で汚染水が海に広がるのを防ぐのに使われたというニュースを見たことがきっかけでした。
    ゼオライトには表面に細かい穴が無数にありそこに放射性セシウムが吸着しやすいという性質があります。
    伊藤さんはゼオライトだけでなく同じように細かい穴を持つ天然の物質が自分の身近にもあることを思いつき実験で最も効果の高いものを見極めようと考えました。
    「こういう細かい泥になっちゃう。」
    伊藤さんたちの実験です。
    土の成分が同じ水田を実験圃場として用意します。
    普通の水田に加えゼオライトをまく水田。
    別の1枚には表面に細かい無数の穴を持つホタテ貝を粉状にしたものをまきます。
    放射性セシウムの吸着剤として効果が見込まれる海の泥や海藻の粉末もまかれました。
    さらに、作物がセシウムを取り込むことを抑えるとされる液体カリウムもまきそれぞれ比較します。
    実際に作付けされている農地でこれだけ本格的な比較実験は国や自治体もまだ行っていません。
    「できるだけ多くの面積を作って様子眺めたほうがその先の可能性は広がるだろうと。
    自分たちが対策を具現化してくっていうためには実施ベースの試験を重ねていくしかないわけですね。」
    伊藤さんとは違うアプローチで作物に入り込む放射性物質を防ごうと模索する農家もあります。
    福島第一原発から50キロ。
    山あいに農地が広がる二本松市。
    代々農業を営む菅野正寿さんです。
    菅野さんの農地の汚染も国の基準値を下回り作物を栽培しても安全だとされています。
    しかし、須賀川の伊藤さん同様放射性物質を抑え込む農法を編み出す挑戦を始めました。
    きっかけは3月の原発事故の直後に何もしないよりはましといつも行う草刈りをし土を耕したところ土の表面の放射線量が半分に下がったことでした。
    放射性物質が付着した草を取り除き土を深くまで耕すことで土壌の表面のセシウムが減ったことが、その理由でした。
    専門家に相談すると地中深くに達したセシウムは粘土などの成分に吸着しそこに固定化して作物の根から吸収されにくくなる可能性があることが分かりました。
    菅野さんはこれを大規模にやればもっと効果が上がるのではないかと考え反転耕と呼ばれる方法を試してみることにしました。
    通常、反転耕は肥沃な土壌を作るために厚さ30センチほどの土壌を掘り起こして反転させ雑草などと共に土中深くにすき込みます。
    この深さなら、セシウムはさらに地中に固定化して作物に対する影響をより低く抑えられると考えたのです。
    さらに反転耕のあと菅野さんは、ある植物の種をまきました。
    菜の花の種。
    チェルノブイリ原発事故で被害を受けたウクライナやベラルーシなどで効果を発揮したといわれる植物です。
    さまざまな物質を農地にまき作物に取り込まれる放射性物質の比較実験を始めた伊藤さんたちの農場です。
    10月中旬実験圃場で刈り取ったコメにどの程度の放射性物質が入っているのか初めての測定が行われました。
    ゼオライトなどさまざまな物質をまいた実験圃場。
    「試験区のデータが1枚目、出てきました。」
    玄米に含まれていた放射性物質はいずれも測定器の検出限界以下だったためまだ正確なデータは得られていませんが独自に考案したホタテ貝や海藻などにも効果が期待できる結果だと伊藤さんは手応えを感じていました。
    「これは、ちょっと俺的には興味深い現象だな。」
    さらに精度の高い測定を行いそれぞれの物質の効果を分析し、より効果が高いものを来年の作付けに応用したいと考えています。
    「だんだん楽しみになってきたぞ。」

    【スタジオ】放射性物質を減らせ 限界に挑む農家たち
    野中昌法さん(新潟大学教授)

    ●手探りの実験

    日本では、かつてのチェルノブイリのデータとか、核実験の頃のデータの蓄積はあったわけですけれども、やはりヨーロッパと比べると、土は違いますし、特に、稲はヨーロッパで作ってないわけですから、やはり今回のこの問題というのは、みんな手探り状態でした。
    春野菜の場合は、爆発直後の上から降下してきた核物質は沈着、吸収されたわけですけれども、それ以降の土壌に蓄積されたものが、夏野菜、秋野菜に関しては、ほとんど検出されなかったということですね。
    稲作の場合は、われわれの二本松の調べているデータを見てみますと、かなり高い地域でも、ほとんど検出されていないと。
    その場合、特に有機栽培農家なんかは、ほとんど検出されていないということが分かってますし、さらに土壌から栽培期間をとおして稲、稲わらに吸収されていくわけですけれども、その移行係数も考えていたよりも本当に低かったと、それからさらに玄米に対する移行係数も、最初のものと比べると、やっぱり10分の1程度、低かったということで、ほとんどの地域で玄米からも検出されていないと。
    稲わらからも若干検出されていますけれども、問題はない程度ということだと思います。
    やはり今の映像にありましたけれども、長年、土作りをしてきたということで、中には肥沃な土壌を作ってきたということが、放射性セシウムを固定して、それを作物に吸収させないということがあったのかというふうに思っています。

    ●肥沃な土がなぜセシウムを固定化できたのか

    これから研究課題なんですけれども、今、考えられますのは、やっぱり粘土質材とか有機物、腐植がたくさん入っていることによって、固定力を高めると同時に、作物の栄養状態をよくすると、そういうバランスのよい土作りをしてきたという結果だと私は推測しています。
    私自身も今回、いろいろ復興プログラムをお手伝いしているのは、やっぱりそういう思いを長年、土作りにしてきたと。
    やっぱり土を削るということは、もう身を削られるのと一緒ですので、やっぱり今ある土をいかに生かして、より肥沃な土にしてセシウムの吸収を抑えるかということを、やはりこれから私ども、考えていくことが大切かと思います。

    【VTR】新たな懸念 水が運ぶセシウム

    9月下旬、福島県二本松市で農家たちが予想もしなかった出来事が起こりました。
    山あいの水田で栽培された玄米から国の暫定基準値に匹敵する放射性物質が一時、検出されたのです。
    国の基準を下回っていたはずの水田の玄米からなぜ予想を上回る放射性物質が検出されたのか。
    農家の菅野さんには思い当たる原因がありました。
    この辺りでは山から湧き出る水を農業用水として利用しています。
    その水を取り込む取水口で放射線量が予想以上に高くなっていたのです。
    山から流れてくる水に一体何が起こっているのか。
    10月中旬汚染の原因と対策を探るため農家と研究者の共同調査チームが発足しました。
    「ミミズと、それから小さなヒメフナムシ…。」
    集まったのは、土壌や植物土の中の生物などに詳しい総勢20人の専門家です。
    早速山での調査が始まりました。
    この日、入ったのは汚染が最も深刻だと考えられる原発方向を向いた山の斜面です。
    調査チームが着目したのは山の表面にある腐植層でした。
    腐植層は地面から、深さ、およそ10センチほどの部分にあります。
    放射性物質が降り注いだ落ち葉などをため込んだこの腐植層に水の汚染の原因があると考えられました。
    「植物が分解してってまだ形、残ってますよね。
    黒い土になってないとこそこまでが腐植層ですね。」
    山に降った雨水は腐植層の落ち葉などに付着した放射性物質を洗い流し伏流水となって山を下っていきます。
    来年春を迎える頃には雪どけ水によってさらに多くの放射性物質が流れ出すことが予想されます。
    山の汚染は予想を上回るものでした。
    測定した10か所のポイントのほとんどで1万ベクレル以上という高い汚染が明らかになったのです。
    伏流水を通して山から農地へと移動してくる放射性物質。
    それは、須賀川市でも問題となりつつあります。
    「培地が悪いわけじゃないんだよな。」
    山の周辺で取れた玄米から国の暫定基準値は十分、下回っているもののほかの水田の玄米と比較して高い値が検出される傾向が見られたのです。
    伊藤さんたちの実験圃場で最も効果があった物質を取水口に重点的にまくなど今後、対策が必要となる可能性が出てきました。
    「これからも大雨が降れば山の沢水が集まってきてせっかく、こっち除染してもまた汚染された水が入ってくるという可能性はあるわけですよ。
    結局、これから長期戦になるわけですよ。
    それを何年続けなくちゃいけないのか何十年続けなくちゃいけないのかちょっと、われわれも想像がつかないんだけど。」

    【スタジオ】新たな懸念 水が運ぶセシウム

    ●移動するセシウム 今後の対策は

    私たちの調査でも、森林の水を使っている水田ですね、稲刈り前に調査したんですけれども、やっぱり水の取り入れ口で、非常に高い値を示しているということで、やっぱり田植え以降、水を通して入ってきた可能性があるということです。
    特に水田は1アール当たり3トンぐらいの水をたくわえるということですので、1ベクレル以下であっても、たくさん入ってきた場合に、やはり蓄積されやすいということで、やはり南ドイツ辺りでは、0.01ベクレルぐらいまで測る検査をやってたわけですね。
    ですから今後、そういう検査をする必要もあると思います。
    森林とその用水ですね、特にある特定の地域の上流のやっぱり森林、そして森林土壌というのをきちんと調べて、今後対策を打つ必要があると思います。
    今、考えられますのは今、ありましたように、水の取り入れ口にゼオライトを置いて、フィルターをつけるというようなこともありますし、いくつか方法は考えられると思います。

    ●現場の目線を大切にした復興計画を

    やはり爆発直後、一番実態を知っているのは地元の農家の方だと思います。
    したがって、農家の方たちの知恵、今もありましたけれど、いろいろな考え方も取り入れながら、やっぱり専門家も参加して、行政がそれをフォローすると、そして復興を行うということが大切で、やはり上からの視点ではなくて、下からですね、農家の方の意見を集約したような復興計画というのをこれからきちんと取る必要があると思います。
    循環型の有機農業とかをやってこられた方に関しては、非常に知恵もありますし、それから従来、土作りをしてきたということで、影響も少なかったということが考えられますんで、やっぱりそれを発展させるような農業、そしてそれを農家の方たちが取り入れた農業をやりながら、消費者に発信していくと。
    消費者の人にどんどん発信しながら安全な食べ物を作っているんだということを、福島から発信すべきだと思います。

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