2011年12月16日金曜日

プルトニウム が 遠くまで飛ばないと云われた理由

Artificial Radionuclides in the Environment 2005
環境における人工放射能の研究2005

Geochemical Research Department, Meteorological Research Institute,
JAPAN

December 2005

気象研究所 地球化学研究部




「環境における人工放射能の研究2005」について

 気象研究所地球化学研究部では、1954年以来、50年以上に亘り、環境放射能の研究を実施して参りました。その研究成果を、関係省庁の担当者の方々及び大学や試験研究機関の研究者の方々に広く知って頂くために、本論文集を発刊しています。本論文集では、最近の論文(英語論文)をテーマ毎に分類して、簡単な日本語の解説を加えて、一冊にまとめています。
 過去50年間に実施されてきた研究成果を、全体として理解していただくために、過去から現在までの成果をテーマ毎に記述しました。従って、テーマ名は文部科学省放射能調査研究費の実際の課題名とは一致しておりません。テーマ毎に新しい論文を紹介するように努めましたが、現在実施していないテーマについても、全体の理解の上で必要と考えるところは加えました。また放射能調査研究費の実際の課題名は、巻末に一覧表で示しました。
 本論文集が環境放射能研究や環境放射能影響評価の基礎資料として、皆様に活用していただければ幸いです。
 最後に、本研究を推進するに当り、御協力頂いた多くの気象官署の職員の皆様及び気象研究所の職員の皆様に深く感謝致します。なお、この研究は文部科学省放射能調査研究費で実施されています。

   平成1712
気象研究所地球化学研究部 廣瀬 勝己


気象研究所地球化学研究部では、1954年以来、環境放射能の観測・測定法の開発、放射能汚染の実態の把握、大気や海洋における物質輸送解明のトレーサーとしての利用を目的として環境放射能の研究を実施してきた。1957年以降、原子力及び放射能に関する行政は科学技術庁が所管することとなり、各省庁がそれぞれの所掌で実施してきた環境放射能調査研究関連業務は放射能調査研究費によって統一的に実施することとなった。気象研究所地球化学研究部では、環境中の人工放射性核種の分布とその挙動を50年以上にわたって観測・研究してきた。このような長期にわたる観測・研究の結果、環境放射能について世界的に他に類を見ない貴重な時系列データを内外に提供すると共に、様々な気象学・海洋学的発見をもたらしてきている。この間の研究成果は200編以上の論文として内外の雑誌で公表されている。
195431日に米国によりビキニ環礁で行われた水爆実験により、危険水域外で操業していた第五福竜丸乗組員が放射性物質を含む降灰(いわゆる死の灰)による被曝を受けた事件を契機にして、日本における環境放射能研究が本格的に始まった。当時の地球化学研究室は環境の放射能を分析・研究できる日本で有数の研究室であり、三宅康雄の指導のもと、海洋及び大気中の放射能汚染の調査・研究に精力的に取り組んだ。その結果、当時予想されていなかった海洋の放射能汚染、さらに大気を経由して日本への影響など放射能汚染の拡大の実態を明らかにすることができた。1958年から、放射能調査研究費による特定研究課題の一つである「放射化学分析(落下塵・降水・海水中の放射性物質の研究)」を開始し、札幌、仙台、東京、大阪、福岡の五つの管区気象台、秋田、稚内、釧路、石垣島の4地方気象台、輪島、米子の2測候所の全国11気象官署及び観測船で採取した海水中の人工放射性核種(90Sr, 137Cs, 3H及びプルトニウム同位体)の分析を実施してきた。
大気中の人工放射性核種の降下量は1961年から1962年に行われた大規模大気圏核実験の翌1963年に最大値を観測した。その後、「部分的核実験禁止条約」の締結により米ソの大気圏核実験が中止された結果、降下量はおよそ1年の半減滞留時間で減少した。この放射性核種の降下量の時間変化は成層圏に打ち上げられた物質の成層圏での滞留時間を反映している。その後、中国及びフランスにより大気圏核実験は続けられ、人工放射性核種の降下量は増減を繰り返した。1980年最後の中国大気圏核実験の後、放射性フォールアウトは成層圏の滞留時間で減少し、1985年には1957年の観測開始以降最も低いレベルになった。しかし、1986年旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故により、大気中の人工放射性核種濃度(特に揮発性の高い131I, 137Cs, 134Csなど)は日本でも1963年に近いレベルに達するほど著しく増加した。大部分の放射性核種は対流圏の滞留時間(25日)で減少したが一部137Csは成層圏にも輸送されていることが分かった。1988年以降は低いレベルで推移しているが、明瞭な減少の傾向は見られない。この原因は一度地上に降下した放射性核種の再浮遊に由来すると考えている。さらに、再浮遊がどこで起るかについて研究を進め、有力な候補として東アジアで発生する黄砂の可能性が高いことを明らかにした。黄砂の発生は大陸域の環境変化と関連しており、降下物中の人工放射性核種は大陸域の環境変化の指標となりうることが分かってきた。
気象研究所では大気フォールアウトの研究と共に、海洋における放射性核種の挙動についても研究を実施している。日本周辺海域に限らず、太平洋の広域に亘って海水試料の採取を実施し、放射能汚染の実態を明らかにしてきた。1960年代後半から1970年代の調査で、海洋表面水中の放射能が、北半球中緯度で高い緯度分布をしていることを明らかにし、フォールアウトの緯度分布に支配されていることが分かった。最近では、海洋表面水中の放射性核種は海洋の物質循環に支配されていることが明らかになった。さらに、海水中の人工放射性核種の分析法の高度化を実現し少試料量で分析可能にした。その結果、137Csの精密鉛直断面を描くことができ、核実験由来の137Cs の主な部分は北太平洋の亜熱帯中層に存在していることを明らかにした。1993年旧ソ連/ロシアによる放射性廃棄物の日本海等への海洋投棄の実態が明らかにされ、それに伴う日本海の放射能調査の実施に参加した。放射能廃棄物による影響は検出されなかったが、調査の結果を踏まえ、日本海固有水の生成過程及び生成場所(ウラジオスットク沖)についての知見を得ることができた。
日本における最近の環境放射能汚染として、1997年の動力炉核燃料開発事業団「アスファルト固化処理施設」の火災爆発事故や1999年のJCOウラン燃料工場における臨界事故があるが、いずれも環境中に放出された放射能汚染は極めて低いレベルで放射能による影響は殆どなかった。このように、環境の放射能汚染は過去の問題ではない。従って、今後とも、環境放射能調査・研究は重要であると考えられる。
現在、気象研究所では放射能調査研究費による特定研究課題として「大気圏の粒子状放射性核種の長期動態に関する研究」、「海洋環境における人工放射性核種の長期挙動に関する研究」及び「大気中の放射性気体の実態把握に関する研究」の3課題で環境放射能研究に取り組んでいる。また、近年諸外国や国内の研究機関との共同研究も進展しており、これらの共同研究の中で懸案であった大気中85Krの分析法も確立することができ、日本における10年近い大気中85Kr濃度の変動を明らかにすることができた。


200512
気象研究所 地球化学研究部




1.人工放射性降下物

気象研究所では、大気圏における人工放射性核種の濃度変動の実態とその変動要因を明らかにすべく、19544月に放射性降下物(いわゆるフォールアウト)の全βの観測を開始した。核種分析は1957年に始まり、以降現在に至るまで40数年間途切れることなく継続されている。特に気象研究所での観測値は、現在でも検出限界以下とすることなく必ず数値化されている。
対象は重要核種である
90Sr137CsおよびPu同位体である。
人工放射能は主として大気圏内核実験により全球に放出されたため、部分核実験停止条約の発効前に行われた米ソの大規模実験の影響を受けて1963年の6月に最大の降下量となり(90Sr 170Bq/㎡、137Cs 550 Bq/㎡)、その後徐々に低下した。しかし、1960年代中期から中国核実験による影響で降下量は度々増大し、1980年を最後に核実験が中止されたので漸くに低下した。1986年4月の旧ソ連チェルノブイリ原子力発電所の事故により、放射能の降下量は再び増大した。
しかしこの影響は長く続かず、1990年代になると、90Sr137CsPu同位体の降下量は大きく低下し、試料採取に4m2の大型水盤を用いている気象研究所以外では検出限界以下となって、降下量を容易に数値化できなくなった。このため、気象研究所での観測記録は我が国のみならず、世界で唯一最長の記録となった
1990年代での90Sr137Csの月間降下量はともに数~数10 Bq/㎡で推移して、「放射性降下物」とは呼べない状況に至った。チェルノブイリ事故由来の放射能の一部は下部成層圏にも輸送されたが、1994年以降の年間降下量は成層圏滞留時間から予想される量を大きく上回っている。
その原因として、再浮遊(一旦地表に沈着したものが、表土粒子と共に再び大気中に浮遊する現象)が主たる過程となっていると考えられる。従来、再浮遊は近傍の畑地などからの表土粒子が主体となっていると信じられてきた。しかしながら、降下物の137Cs/90Sr放射能比は、気象研究所近傍で採取した表土中の同比と一致せず、再浮遊には複数の起源があることがわかった。他の起源として想定できる現象としては、表土粒子が大規模に輸送される黄砂など風送塵がある。そこでこの仮説を検証するための取り組みを開始した。
最近の研究成果は以下のとおりである。
(1)引き続き、つくばにおいて月間降水・降下塵試料中の90Sr137Cs、超ウラン元素等を精密に定量している。その他全国11地点においても、監視を継続している。2000年代初期に黄砂現象に伴うと考えられる春季の137Cs降下量のわずかな増加の兆候(健康影響は無い)を認めたが、それ以外に特段の異常はない。
(2)1990年代の降下量(比放射能)の見かけの減少の時定数を求めた。90Srについては約10年、137Csについては約22年となった。これらの見かけの減少は、表層土中でのこれらの核種の減少と同一オーダーの時定数であり、再浮遊によって90Sr137Csがもたらされていることを確認する結果である。  
(3)再浮遊には長距離輸送成分(黄砂など風送塵による)と近傍成分があることを見いだしているが、単純な2成分系を想定すると、90Srについては約9割、137Csについては約7割が長距離輸送成分由来と評価できた。しかしさらに詳しく1990年代の時系列データにつき、
137Cs/90Sr放射能比の季節変動を調べたところ、この単純な評価を修正する必要性が明らかになってきた。これまで大陸砂漠由来と考えてきた長距離輸送成分にも、さらに別の成分があるらしいことがわかった。すなわち、ある程度の降水量があって耕作可能な領域で発生するものがあるらしいことを見出した。
(4)他の研究費において、全球化学輸送モデルによってダストの大規模輸送について検討した結果、中国の砂漠域以外からの日本への輸送が示唆されたため、IAEAモナコ研から入手したヨーロッパに沈着したサハラダスト試料中の90Sr137Csを分析し、137Cs/90Sr比を調べた。その結果、つくばの降下物で見出される137Cs/90Sr比の範囲とサハラダスト試料での比は一致せず、サハラからの輸送の有無は現時点では明確にできなかった。
この40数年間に亙る時系列データは、ハワイマウナロアにおける二酸化炭素の時系列データ同様、地球環境に人工的に汚染物質を付加した場合、汚染物質がどのような環境動態をとるのかを如実に反映しており、降下量として実に5桁に及ぶ水準変動が記録されている。これらの記録は、大規模風送塵に関する研究にも、近年の気候変動研究にも関連し、科学的新知見を与え得るものである。たとえば、人工放射能をトレーサーとして風送塵の研究に応用できる可能性が見えつつある。このように、環境研究においては時系列データを活用し、これに加えて異常事象などに関する研究を進めことが重要である。

〔掲載論文〕(Full texts are not available online, please contact the authors for reprints.)
Igarashi, Y., M. Aoyama, K. Hirose, T. Miyao, K. Nemoto, M. Tomita, T. Fujikawa, Resuspension: Decadal Monitoring Time Series of the Anthropogenic Radioactivity Deposition in Japan, Journal of Radiation Research, 44, 319-328, 2003

Igarashi, Y., M. Aoyama, K. Hirose, P.P. Povinec, S. Yabuki, What anthropogenic radionuclides (90Sr and 137Cs) in atmospheric deposition, surface soils and Aeolian dusts suggest for dust transport over JAPAN, Water, Air, and Soil Pollution: Focus, 5, 51-69, 2005


2.大気浮遊塵
 
大気からのエアロゾルの除去過程の現象について大気浮遊塵中の人工放射能の観測結果から
直接得られた知見としては、チェルノブイリ由来のものについての研究があげられる。
アンダーセンサンプラーを用いて平均粒径分布(空気動力学的放射能中央径:AMADを求めた。
その結果、チェルノブイリ由来の放射性核種を含むエアロゾルの平均粒径
131I<137Cs,103Ru<<90Sr<239,240Pu
という順序で大きくなることが分かった。この内、
131I137Cs及び103Ruの平均粒径は
サブミクロンであった
また、
131I137Cs及び103Ru3核種の場合、
0.43μm以下に全体の放射能の50が存在し、
粒径の増加とともに急速に放射能が減少する分布を示した。
また、
1.1μm以下の画分には
131Iの場合83%、
137Csの場合90%及び
103Ruの場合94%の放射能が含まれていることがわかった。
事故発生から5月末までの観測によると、粒径分布は時間とともに変化し、
平均粒径は
137Csの場合0.4μmから0.70.8μmと増加し、
103Ruにおいても同様な傾向がみられた。
日本の大気・降水中で観測されたチェルノブイリ由来の放射性核種の核種組成を放出源の報告値と比較すると、
放出過程の組成の変化を考慮に入れても大きく異なっている核種があることが分かってきた。
134Cs/137Cs131I/137Cs放射能比は
観測期間中殆ど一定であった。ただし、放出源の放射能比を比較すると、
つくばの大気中の131I/137Cs比はやや高いことが分かった。つくばのエアロゾル中の103Ru/137Cs比は5月の上旬は当初の放出時の放射能比と同じであったが、下旬に増加の傾向を示した。
この変化は、放出過程による変動
(後半でより多くの103Ruが放出されている)
を反映しているものと考えられる。
一方、
90Srやプルトニウムについては、
少なからぬ量
90Srの放出量の場合137Cs22%
プルトニウムの場合、137Cs0.17%
の放出があったにもかかわらず、日本の大気・降水で観測された放射能はかなり低い値であった。
90Sr137Csに比べて約1/100しか日本には輸送されてこなかったことを意味する。言い換えれば、輸送中に放射性核種間で分別が起こったことを示唆している
つくばの大気・降水中のチェルノブイリ由来の放射能の結果によると、
全体の降下量に対するドライデポジション(乾性沈着)の寄与は
9(103Ru)12(137Cs)%であり、
大気中の放射能の大部分が降水によって除去されていることが分かった。
ドライデポジション(乾性沈着)によるチェルノブイリ由来の放射性核種の大気からの除去の様子を知るための指標として、各核種に付いてドライデポジションベロシティー(乾性沈着速度)を計算したところ、
131I<137Cs, 103Ru<<90Sr<239,240Pu
という順序で大きくなることが分かった。
即ち、
放射能を帯びたエアロゾルの長距離輸送の間で、ドライデポジションを主に支配している過程である重力沈降等により、チェルノブイリ由来の放射性核種の中ではプルトニウムが最も除去され易かったことを意味している。
計算されたドライデポジションベロシティーは
0.023cm s-1 から2.0cm s-1の範囲にあり、
時間変動と核種依存性が明瞭であった

降下する機構は核種の化学的性状に依存せず物理的な粒径のみに依存するという仮定のみで計算したにもかかわらず、1μm 以上の粒子では重力沈降の速度と同じオーダーと勾配を持つという結果が得られた。
1μm以下の粒径に対するドライデポジションベロシティーは、重力沈降によるものからは大きく異なっており、粒径1μm付近でドライデポジションベロシティーは極小となったのち、粒径が小さくなるにしたがって、ドライデポジションベロシティーが大きくなる傾向を示す。これには、Brown運動の効果の寄与が示唆される。

降水による大気中のエアロゾルの除去には様々な要素が関係しており極めて複雑である。
気象要素としては,降水の性質や降水強度が重要な因子となる。

降水による大気中のエアロゾルの除去を表わす指標としてwashout ratioが使われてきた。

つくばの個別降水で観測されたチェルノブイリ由来の放射能についてwashout ratioを計算したところ、
137Cs,103Ru <90Sr
の順序で大きくなることが分かった。
即ち、これらの核種の中では
平均粒径の大きい90Srが最も降水により除去され易いことを意味している。
131I137Cs及び103Ruの平均粒径はサブミクロンであり、ドライデポジションや降水によるエアロゾルの除去のされ易さの順序は平均粒径の順序と良く対応していることが分かる
この結果は従来研究されてきた降水やドライデポジションによるエアロゾルの除去がエアロゾルの粒径と密接に関連しているという機構と良く一致している。
即ち、ガス状で放出された放射性核種は、凝縮や付着等の過程によってサブミクロンのエアロゾルとなり、粒径が大きなエアロゾルに比較して大きな除去作用を受けなかったために、数10日の時間スケールで北半球の中緯度から北側に輸送され、北半球の広域を汚染した。
一方、
不揮発性の放射性核種は放出時に生成した1μm以上のエアロゾルに含まれていたために、輸送過程で優先的に大気中から除去されたと考えられる。

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