ベラルーシにおける法的取り組み

 ベラルーシにおける法的取り組みと影響研究の概要
ウラジーミル・P・マツコ,今中哲二
ベラルーシ科学アカデミー・放射線生物学研究所(ベラルーシ),京都大学原子炉実験所
 


1 はじめに
 1986年4月26日にチェルノブイリ事故が発生してからこの10年余りの間,ベラルーシ共和国は大規模な放射能汚染にさらされ続けた.ベラルーシの歴史にとってその日は,“事故前”と“事故後”という2つの時代を分ける日となった.その規模からしてチェルノブイリ事故は,地球上で発生したもっとも大きい技術災害と言えるであろう.その放射能は北半球のほぼ全域を汚染し,戦争に匹敵するほど大量の避難民が環境汚染のために生まれた.
 もっとも甚大な被害をうけたのがベラルーシである.専門家たちは,どれだけの放射能が環境に放出されたかについていまだに議論を続けている.その量は,もっとも控えめな評価によっても,核爆弾20ヶ分に相当している.事故によってベラルーシがうけた損害は,事故前の国家財政の32年間分と見積もられている.事故直後の緊急対策にともなって24700人が避難した.今日までに,13万人が汚染地域から移住している.
 事故から10年以上が経過したものの,いまだ多くの問題が残されている.なかには,ますます悪化している問題もある.人々がうけた大量の被曝や,(もともと悪化しつつあった環境に加わった)放射能汚染の長期的影響を予測することの困難さが,そうした問題と関連している.
 ベラルーシは,事故の影響に単独で立ちむかわねばならず,いまだ深刻な状況におかれている.放射能汚染地域の3221の村や町では,17歳以下の子供483869人を含む184951人が暮らしている.なかには,年間5ミリシーベルトを越える被曝をうけている人もいる.社会的・精神的な圧迫はいまだに非常に大きく,病気の増加が続いている.とくに,子供たちの甲状腺ガンを含む,甲状腺疾患の増加に対し関心が寄せられている.
 地球規模の事故の大きさと人々への健康への脅威から,ベラルーシ最高会議は,ベラルーシ全域の“エコロジー災害”宣言を採択した.
2 チェルノブイリ事故に関するベラルーシの法制度
被災者救援のための法令
 ベラルーシの法律「チェルノブイリ原発事故被災者に対する社会的保護について」は,1991年2月22日に上程され,修正・追加のうえ19911211日に採択された.法の目的は,チェルノブイリ事故の処理作業に従事した人々(リクビダートル),汚染地域から避難・移住した人々,および汚染地域に居住している人々の権利と利益を守ることである.ベラルーシにおいて居住または労働し,チェルノブイリ事故により健康または財産の被害をうけた人々に対し国家が特典と補償を保証する,と法は定めている.
 法の基本になっているものは,「年間被曝量が1ミリシーベルト(0.1レム)を越えなければ,人々の生活および労働において何の制限措置も必要としない」という考え方である.汚染地域は,「チェルノブイリ原発事故による放射能汚染地域の法的扱いについて」法に基づいて,以下のようなゾーンに区分されている.
  • 強制避難ゾーン(無人ゾーン)
  • 第1次移住ゾーン
  • 第2次移住ゾーン
  • 移住権利ゾーン
  • 定期的放射能管理ゾーン
 この法はベラルーシ市民に対し,地域の土壌汚染,食品汚染,放射能対策に関する完全で,適切な情報を得る権利を保証している.法では,チェルノブイリ事故の事故処理作業に従事した人々(リクビダートル)も被災者に含まれている.また,軍事用か民生用かを問わず,他の核施設による被害者も救済の対象としている.
 法は,リクビダートルその他のチェルノブイリ事故被災者に対し,しかるべき特典を定めている(医者の処方に基づく薬の無料入手,家賃の50%割引,暖房,水道,ガス,電気代の50%割引,所得税の免除,休暇の割増など).また,被災者には,普通より早く年金生活に入る権利がある.
 199591日,ルカシェンコ大統領は大統領令を発表し,法によってチェルノブイリ被災者に与えられている特権の多くを廃止しようと試みた.しかし,当時の憲法裁判所が,その大統領令を取り消してしまった.
放射線被曝を規制する法令
 ソ連アカデミー会員でありソ連保健省・放射線防護委員会(NCRP)委員長であったL・A・イリイン,およびソ連国家衛生委員会総監であるA・I・コンドルセフの承認をうけて,19881122日国家衛生委員会次官A・I・ザイチェンコが,チェルノブイリ事故によって汚染されたロシア,ウクライナ,ベラルーシの各地域に住んでいる人々に対する“生涯の被曝量限度”を公布した.その文書は,1ページの本文と,生涯35レムという“安全生活”の概念に関する6ページの解説であった(NCRP書簡No.51-2-10/42121989725日).それをうけてベラルーシSSR(ソビエト社会主義共和国)では,ベラルーシ最高会議,ベラルーシ科学アカデミー,教育省,農業省,保健省などにおいて,その概念に関する議論が巻き起こった.19897月,ベラルーシ科学アカデミーは,その概念を支持するWHO専門家が同席していた科学アカデミー幹部会において,“安全生活概念”とそれを支持する外国専門家の意見に反対であることを決議した.ベラルーシの科学者たちは,“安全生活概念(生涯35レム)”には以下のような欠陥があると指摘した.
  • 個別の汚染地域の人々に対し,被曝を管理し,生活・労働の場においての安全を確保する手段が示されていない.
  • 70年間の)長期被曝の線量・効果関係に関するデータが示されていない.
  • 確率的影響の評価において現状が反映されていない.
  • さまざまな影響の複合的作用について考慮されていない.
  • 事故直後,ヨウ素予防措置を含めまったく対策がとられていなかった時期の人々の被曝データが考慮されていない(将来になって必ず影響が出てくる).
  • 安定ヨウ素の欠乏といった,各地域の風土や健康状態の特色が考慮されていない.
  • プルトニウムやストロンチウムを含むホットパーティクルの肺への蓄積,骨へのストロンチウムの蓄積などといったことが考慮されていない.これらは,健康上のもっとも大きな問題となるであろう.
  • “リスク・便益”に関する評価がない,などなど.
 上記の項目を含め,関連する問題が,ソ連科学アカデミー幹部会の一連の評議会(19895月や1989915日)で議論された.それらの会議には,ソ連保健省,放射線防護委員会,ウクライナ科学アカデミーなどの代表も出席した.主な結論はつぎのようなものであった.
  1. 一般的にうけ入れられている,しきい値のない線量・効果関係に基づくと,絶対的安全な被曝量というものは存在しない.このことを考えると,“安全生活概念”はしかるべき根拠の基に修正されるべきである.
  2. これまでのデータに基づくと,低レベルの慢性的被曝(一生の間に0100レム)の影響を正確に予測することは不可能である.
  3. “生涯35レム”は,それを越える被曝が到底容認できない限度とみなされるべきである.生涯線量が35レム以下の汚染地域では,“費用・効果”の最適化を含め,個別のケースについての総合的なアプローチによって問題が解決されるべきである.もしも,対策によって住民の安全を保証できなければ,移住が実施されるべきである.
  4. 住民に対しては,汚染地域で居住することの影響や政府の対策について十分な情報が提供され,汚染地域に住み続けるかどうか自ら判断する機会が与えられるべきである.
 こうした結論に基づいて,「チェルノブイリ原発事故被災地での住民の生活に関する概念」が立案された.この概念は以下のような内容を含んでいる.
  1. 容認できる被曝量限度とは,人々が生活・労働する環境において年間0.1レム(1ミリシーベルト)を越えない被曝である.この被曝限度を目標に,段階的に以下のような限度を設定する.1991年は年0.5レム(5ミリシーベルト),1993年に年0.3レム(3ミリシーベルト),1995年に年0.2レム(2ミリシーベルト),1998年に年0.1レム(1ミリシーベルト).
  2. 汚染密度に従って,汚染地域をつぎのようなゾーンに区分する.
  • 無人ゾーン1986年に住民が避難した,チェルノブイリ原発に隣接する地域.
  • 移住義務(第1次移住)ゾーン:セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウムによる土壌汚染密度が,それぞれ14801113.7kBq/m2以上(4030.1Ci/km2以上)の地域.
  • 移住(第2次移住)ゾーン:セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウムによる土壌汚染密度が,それぞれ5551480741111.853.7kBq/m21540230.050.1Ci/km2)の地域.年間の被曝量は0.5レム(5ミリシーベルト)を越える可能性がある.
  • 移住権利ゾーン:セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウムによる土壌汚染密度が,それぞれ18555518.5740.371.85kBq/m25150.520.010.05Ci/km2)の地域.年間の被曝量は0.1レム(1ミリシーベルト)を越える可能性がある.
  • 定期的放射能管理ゾーン:セシウム137による土壌汚染密度が37185kBq/m215Ci/km2)の地域.年間の被曝量は0.1レム(1ミリシーベルト)を越えない.
 移住や生活条件の改善に関する決定は,ベラルーシ閣僚会議が行なう.
 19901219日,ベラルーシ科学アカデミー幹部会が以上のような概念を採択し,前述の法律「チェルノブイリ原発事故被災者に対する社会的保護について」制定にむけての基礎となった.一方,法律「チェルノブイリ原発事故に放射能汚染地域の法的扱いについて」も,19911112日ベラルーシ最高会議で採択された.
 これらの法に定められた防護対策等を実施するため,1991年よりベラルーシ保健省では「セシウム137による1平方m当り37kBq以上のベラルーシ国内居住区の住民被曝量カタログ」の作成作業が始まった.


No
ゾーン名
土壌汚染密度, kBq/m2 (Ci/km2)
年間被曝量
 
セシウム
137
ストロンチウム
90
プルトニウム
mSv/年
 
1
避難(特別規制)
ゾーン
1480
ND
ND
ND
2
移住義務
ゾーン
555 以上
111 以上
3.7 以上
5 以上
(15 以上)
(3 以上)
(0.1 以上)
 
 
 
3
移住権利
ゾーン
185555
5.55111
0.373.7
1 以上
(515)
(0.153)
(0.010.1)
 
 
 
4
放射能管理強化
ゾーン
37185
(1
5)
0.745.55
 (0.02
0.15)
0.1850.37
(0.005
0.01)
0.5 以上





食品,飲料水,空気中の放射能レベルに関する規制
 旧ソ連時代,緊急措置として設定された被曝限度(事故の1年目10レム,19875レム,19883レム,19893レム,19900.5レム:うち外部被曝と内部被曝が50%ずつ)に基づいてソ連保健省は,1986年,1988年,1991年に食品と飲料水中のセシウム137に関する暫定許容濃度(TAL)を設定した.TAL-88は,その年にソ連保健省が採用した生涯35レムのいわゆる“安全生活概念”に基づくものであった.
 1990年ベラルーシでは,法律「チェルノブイリ原発事故被災者に対する社会的保護について」が立案され,ベラルーシ政府は,199081日から食品と飲料水の許容濃度に関する共和国管理レベル(RCL-90)を施行した.RCL-90は,19926月まで約2年間実施された.RCL-90の基本は,そのレベルの食品を日常的に摂取し続けても,もっとも被曝が大きいグループでも年間の内部被曝量が0.17レムを越えない,という考え方である.RCL-90ではストロンチウム90に関する規制が初めて盛り込まれた.一方,ソ連保健省は1991年の始め,セシウム137とストロンチウム90に関するTAL-91を設定した.TAL-86TAL-88TAL-91およびRCL-90の値を表1にまとめた.


表1 食品中のセシウム137とストロンチウム90に関する暫定許容濃度(TAL)と共和国管理レベル(RCL)
食品名
TAL-86
 
TAL-88
 
TAL-91
 
RCL-90
 
Bq/kg,l
 
Bq/kg.l
 
Bq/kg,l
 
Bq/kg,l
 
セシウム137
1
飲料水
370
18.5
18.5
18.5
2
ミルク
370
370
370
185
3
酪農製品,生クリーム,凝乳
3700
370
370
185
4
粉ミルク
18500
1850
1850
740
5
バター,コンデンスミルク
7400
1100
1100
370
6
豚肉,羊肉,鶏肉,魚,卵とそれらの製品
3700
1850
740
592
7
牛肉と牛肉製品
3700
2960
740
592
8
植物油,動物脂肪,マーガリン
7400
370
185
185
9
ジャガイモ
3700
740
600
592
10
野菜,果物,イチゴ
3700
740
600
185
11
パンとパン製品,穀類,カラス麦,小麦粉,砂糖
-
370
370
370
12
(果物,野菜,ジュース,ハチ蜜)缶詰
-
740
600
185
13
幼児食品
-
1850
185
37
14
生のイチゴ
-
-
1480
185
15
生のキノコ
-
-
1480
370
16
乾燥した,果物,キノコ,イチゴ
-
11100
7400
3700
17
薬草,お茶
-
-
7400
1850
18
他の食品,および添加物
-
-
-
592
ストロンチウム90
1
飲料水
-
-
3.7
0.37
2
ミルクとミルク製品
-
-
37
3.7
3
粉ミルク
-
-
185
18.5
4
コンデンスミルク
-
-
111
3.7
5
凝乳,バター
-
-
-
3.7
6
肉,魚,卵,植物油,動物脂肪,マーガリン
-
-
-
18.5
7
ジャガイモ
-
-
37
-
8
(調理済みの)幼児用食品
-
-
3.7
1.85
9
パンとパン製品,穀類,カラス麦,小麦粉,砂糖
-
-
37
3.7


 現在ベラルーシにおいては,19921021日ベラルーシ国家衛生総監が承認した共和国許容レベル(RAL-92)が,食品と飲料水中のセシウム137とストロンチウム90の規制のために用いられている(表2).RAL-92の値は,そのレベルの放射能の取り込みにともなう内部被曝が年間1ミリシーベルトを越えないように設定されている.


表2 共和国許容レベル(RAL-92

食品名
Bq/lkg
a) 放射性セシウム
1
飲料水
18.5
2
ミルクとミルク製品
111
3
粉ミルク
740
4
肉と肉製品
600
5
ジャガイモと根菜
370
6
パンとパン製品
185
7
小麦粉,穀類,カラスムギ,砂糖,ハチ蜜
370
8
植物油,動物脂肪,マーガリン
185
9
野菜,果物,イチゴ,野生イチゴ
185
10
(野菜,果物,イチゴの)缶詰
185
11
乾燥キノコ
3700
12
(調理済みの)幼児用食品
37
13
(調理済みの)他の食品
370
b) 放射性ストロンチウム
1
飲料水
0.37
2
ミルクとミルク製品
3.7
3
パンとパン製品
3.7
4
ジャガイモ
3.7
5
(調理済みの)幼児用食品
1.85

 
 
3 チェルノブイリに関する政府レベルの活動
政府の基本的政策
 チェルノブイリ原発事故の影響を軽減するためにベラルーシ政府が行なってきた活動は,ソ連の崩壊前と後という2つの時期にまたがる5つの段階に分けることができよう.ソ連時代のベラルーシ政府は,事故の最初のショックから回復すると,ソ連共産党中央委員会とソ連政府が決定した政策を実行した.ソ連が崩壊し,旧ソ連諸国(主としてロシア)からの援助が期待できなくなると,ベラルーシ政府はチェルノブイリ問題について独自の政策を実行することになった.
 第1段階(1986年4~6月)では,さまざまな不整合はあったものの,共和国の社会的・経済的状況は,種々の施策を実施することが可能な状態であった.この段階でのもっとも大きな誤りは,放射能の危険について人々に知らせなかったことである.パニックが起きる,という意見は根拠のないものであった.事故の大きさに関する秘密主義のため,ゴメリ,モギリョフ,ブレスト,ミンスク各州の全住民にヨウ素剤の投与を実施する必要があったにもかかわらず,17万人しか行なわれなかった.ただ,初期の予防策と除染作業の問題については,移動式の装置,医療機器,衛生資材が不十分であったことを考慮すべきであろう.
 
 第2段階(1986年6~12月)においては,ベラルーシSSR閣僚会議とベラルーシ共産党中央委員会により25以上の政令や布告が制定された.その内容は主として,1480kBq/m2以上の汚染地域に住んでいる人々への経済的支援と特典に関するものであった.こうした活動は,ゴメリ州,ついでモギリョフ州の高レベル汚染地域から大量の人々が土地を離れ始めたことと関連していた.当時,“クリーン”な農産物の生産についての勧告は十分ではなかった.1986年の生産物は,30kmゾーンを除いて,すべて消費のためにまわされた.この段階では,本来は移住が必要だったにもかかわらず,経済的な支援策によって人々が土地を離れるのを防ぐという,間違った対策が実施された.
 第3段階(1987-1988年)を特徴づけることは,社会・経済的および政治的な不安定状態である.汚染地域では不必要な農産物が生産された.低線量被曝にともない疾病が増加した.ソ連中央政府と共和国の学者との間で“安全生活”に関する論争が表面化し,集会やデモが起き始めた.それでも共和国は,ソ連に対し肉や畑の産物をめいっぱいに供給し続けた.汚染対策はもっぱら,除染と農産物中の放射能レベルを下げる農業技術へむけられた.555kBq/m2以上の汚染地域で,ガス暖房のパイプ,学校,病院が建設された.後にそれらの地域は厳しい放射能管理下におかれ,すべての社会・経済活動が停止することになる.
 第4段階(1989年)になると,チェルノブイリ事故に関するさまざまな問題は,総合的で明確な計画なしには解決できないことが明らかになった.そのような計画が立案され採択されたものの,いろいろな意味で遅かった.計画の内容を実施するために必要な資材がなかった.5カ年計画という発想もすでに時代遅れであったし,問題を解決するのに5年もかかるというのでは人々の支持を得られなかった.
 第5段階(1990年以降)では,政令や布告による方法から,法律に基づく施策へと大きな方向転換があった.法律「チェルノブイリ原発事故被災者に対する社会的保護について」と法律「チェルノブイリ原発事故による放射能汚染地域の法的扱いについて」が立案・採択された.1991年,最高会議の決議に従い,チェルノブイリ原発事故問題国家委員会が創設された.その委員長は,閣僚会議の副首相が兼任する.1994年,チェルノブイリ原発事故問題国家委員会は組織替えになり,緊急事態・チェルノブイリ原発事故対策省となった.省の基本的な仕事は,チェルノブイリ事故の影響を軽減するための国家政策に沿って,住民の防護対策やその他の省庁によるものを含む種々の活動を統括・管理することである.政府の活動は,以下のように,事故影響低減に関連するすべての問題におよんでいる.
  • 最も汚染された地域からの住民の移住
  • 被災者への医療援助
  • 移住者用の住宅建設と職場の提供
  • 放射能管理システムの整備
  • 最汚染地域の隔離
  • 汚染地域の居住区でのエコロジー・衛生計画
  • 事故影響に関する科学的研究の組織化,等々である.
議会の活動
 198910月,ベラルーシ最高会議は「チェルノブイリ原発事故影響軽減のための1990-1995年国家計画」を採択した.その採択により,人々の放射線防護,クリーンな農産物の生産,放射能の除染および農業技術対策に関するすべての活動が,より総合的で体系的にものになった.ベラルーシの国家計画に盛り込まれた内容の一部は,ソ連最高会議が採択した「チェルノブイリ事故影響低減のための1990-1992年全ソ・共和国間緊急計画」に取り入れられた.この計画はさらに,1993-1995年と2000年までの長期計画へと引き継がれる予定であったが,ソ連の崩壊にともない消えてしまった.
 1990年,ベラルーシ最高会議は,チェルノブイリ事故が共和国にもたらした社会的,政治的,経済的深刻さに鑑み,共和国の“エコロジー災害”宣言を行なった.そして,対策の遅れを取り戻すため,一連の法律を短期間に成立させた.19912月に,法律「チェルノブイリ原発事故被災者に対する社会的保護について」,ならびに政令「チェルノブイリ原発事故による遺伝的影響予防のための特別総合国家計画」,「チェルノブイリ原発事故による影響から母子を保護するための1991-1995年ベラルーシ総合計画」が採択された.法律「チェルノブイリ原発事故に放射能汚染地域の法的扱いについて」は199111月に採択された.
 最高会議のチェルノブイリ原発事故問題常設委員会も,行政機関や地方による事故影響対策に関する活動を監督している.
4 科学アカデミーの活動
 チェルノブイリ原発事故によって,エコロジー,医学,農業,法律,人口統計学などさまざまな分野で多くの問題が生じた.共和国の科学者すべてがそれらの問題解決にあたってと言ってよいであろう.最初の段階では,A・A・ペトロフを長とする閣僚会議の作業グループが事故に対処するための仕事を統括した.事故の規模がはっきりすると,閣僚会議副首相V・G・エフトゥクを長とする政府委員会が設置された.また科学アカデミー幹部会においては,科学的な問題に対処するため,科学技術評議会とその作業グループが設置された.
 事故後の最初の段階における課題は,放射能汚染状況の評価と人々への影響低減のための緊急対策の立案であった.科学アカデミー,保健省,教育省,国家農業委員会および他の機関の専門家が問題解決の研究に参加した.研究の成果は,汚染地域とその周辺の汚染状況の解明,さらには共和国内の汚染地図の作成に役立った.得られたデータはまた,汚染地域からの住民の移住,新しい住居の建設,汚染地での産業活動に関する安全基準の設定といった問題を決定するための基礎となった.
 しかしながら,事故の影響をしっかりと克服するには,緊急的な対策だけでなく,科学的に根拠づけられた長期的な対策の必要なことが明らかとなった.この問題の対しては,過去に世界で起きた放射線事故の経験に基づいて対策を立てることは不可能であった.それゆえ,19867月,ベラルーシの行政当局と科学者は,ウクライナやモルダビアと共同で「チェルノブイリ事故影響克服のための総合計画」を立案し,1986-1990年にかけて実施した.この計画に含まれる研究,実験,技術的課題は,以下の4つの方向に分けられる.
  • 生態系中の放射能汚染による遺伝的,病理的,生化学的影響に関する研究
  • 放射能に汚染された農地での農生産技術の開発
  • 生体機能への放射線被曝の影響,人々の疾病の発現,放射線障害の診断・治療に関する研究
  • 環境や施設の放射能汚染低減,放射能測定,被曝量評価に関する技術開発
 この計画を実施するため,共和国の各省や機関に新たな研究所や部局が設置された.たとえば,ベラルーシ科学アカデミー・放射線生物学研究所(ミンスク),放射線医学研究所(ミンスク)とそのビテプスク,ゴメリ,モギリョフ支所,農業放射能学研究所(ゴメリ)などである.関連する専門家や機材を有する,実質的にすべての研究所や高等教育機関が問題の解決に参加した.科学アカデミー・核エネルギー研究所(後の放射能エコロジー研究所の母体),ベラルーシ国立大学,ベラルーシ土壌科学・農業化学研究所,ベラルーシ血液学輸血学研究所,放射線医学腫瘍学研究所ほか多くの機関が参加した.専門家の大部分は,給料もうけ取らずに問題解決に励んだ.
 事故影響を克服するための総合的な研究計画のなかで,各課題の遂行にあたっては,各研究機関の役割を調整する努力が払われた.計画の調整のために,ベラルーシ,ウクライナ,モルダビア各共和国内の科学評議会と共和国間科学評議会が設置された.アカデミー会員E・F・コノプリャが,ベラルーシ科学評議会の議長となり,かつ共和国間科学評議会の共同議長を務めた.この計画には,ベラルーシ科学アカデミーの18の研究所と,保健省,国家農業委員会,教育省などの20以上の機関が参加した.
 ベラルーシでは,毎年この計画に関する実施計画が作成され,科学アカデミーと政府委員会によって承認された.研究経過とその成果は,共和国や共和国間の特別なセミナーや研究発表会で議論され,専門家による結論や勧告が政府に提出された.同時に,共和国内の放射能汚染モニタリングや将来予測に関する計画が立案・承認された.
 これらの研究計画を通じて,共和国内の状況に関する詳細な評価が行なわれた.たとえば,さまざまな環境中のおける放射能の存在形態や,その移行経路が明らかになった.生体機能や人々の疾病に対する事故影響の研究結果が得られ,医学的な予防措置が実施された.汚染地での農業生産に関する勧告が行なわれ,農地の合理的な利用方法が提唱された.環境中放射能の除染方法が提案され,ベラルーシ国土の放射能汚染の将来予測が行なわれた.
 これらの研究結果は,汚染地域からの移住,新しい居住区建設地の選択,食品・飲料水の基準強化,汚染地域での各種経済活動の規制といった行政当局による防護対策の基礎となった.
 1986-1989年に深刻な事故影響がベラルーシのかなりの地域で現れたことをうけて,1990-1995年に対する国家計画が立案されることになった.その国家計画は,19891026日,ベラルーシ最高会議の第12会期で採択された.その国家計画の中の研究活動に関しては,ベラルーシ科学アカデミー・放射線生物学研究所が指導的機関であると定められた.研究全体を調整するための統括評議会が設置され,19891213日ベラルーシ閣僚会議科学技術問題委員会によって承認された.国家計画の基での一連の研究課題と分担は,以下のようなものであった.
  • チェルノブイリ事故による医学的影響と人々の健康状態の予測,さまざまな被災者に対する疾病の診断,治療,予防法と確立(主な機関:ベラルーシ保健省・放射線医学研究所)
  • 汚染地域における農業生産,関連する防護措置の開発(主な機関:ベラルーシ農業食糧省・土壌科学農業化学研究所)
  • 生態系の変化,さまざまな生態系での生物への影響,放射能状況の長期的な予測(主な機関:ベラルーシ科学アカデミー・放射線生物学研究所)
  • 除染作業,放射性廃棄物の処理・保管(主な機関:ベラルーシ科学アカデミー・放射能エコロジー問題研究所)
  • 汚染地域での社会.経済活動(主な機関:ベラルーシ科学アカデミー・経済研究所)
  • 人々の社会的適応と社会的精神的支援(主な機関:ベラルーシ科学アカデミー・哲学法律研究所)
  • 新しい食品添加用化合物の研究試験とその生産技術の開発(主な機関:ベラルーシ保健省・衛生学研究所)
  • 放射能測定と被曝管理用機器の開発と生産(主な機関:ベラルーシ国立大学)
  • 低レベル放射線被曝の影響研究(主な機関:ベラルーシ科学アカデミー・放射線生物学研究所)
  • 放射線とそれ以外の害的要因の複合効果に関する研究(主な機関:ベラルーシ保健省・放射線医学研究所)
  • 汚染地域の復旧に関する研究(主な機関:ベラルーシ農業食糧省・農業放射能学研究所)
  • 国家計画の科学的問題に関する情報分析(主な機関:ベラルーシ科学アカデミー・放射線生物学研究所)
 ベラルーシ最高会議によって承認された,以下のような国家プログラムも,上述の国家計画の一部である.
  • チェルノブイリ事故による遺伝的影響の予防(主な機関:ベラルーシ保健省・先天性疾患研究所)
  • チェルノブイリ事故被災地での母子健康の防護(主な機関:ベラルーシ保健省・母子健康防護研究所)
 共和国での放射能測定と被曝管理に関する基盤整備のため,研究開発に関わる計画以外に,19901221日,共和国政府は放射能測定・被曝管理用機器の生産に関する科学技術プログラムを別に採択した.
 研究計画のすべての主要機関に専門家評議会が設置され,研究経過,年度計画,研究報告を審議し,その結果が統括評議会に報告された.統括評議会は,主要機関の計画,報告を審議し,国家計画について,緊急事態・チェルノブイリ省の科学局へ報告を行なう.
 国家計画で達成された研究成果に基づいて,チェルノブイリ事故による生態学的,医学的,経済的,社会的影響の評価が実施され,それらを低減するための対策に関する勧告が行なわれる.国家計画における研究課題とその分担は,現実の問題と関連して,たえず見直しが行なわれている.
5 チェルノブイリに関係している研究機関
放射能放出の物理的プロセス
事故シーケンス:チェルノブイリ事故の原因と事故シーケンスの研究は核エネルギー研究所(現在のベラルーシ科学アカデミー・エネルギー問題研究所)と科学センター“ベルラド(Belrad)”において実施されている.
放射能の大気中への放出プロセス:放射線生物学研究所(V・P・ミローノフ博士)とベラルーシ水理気象委員会の放射線管理・環境モニタリングセンターでは,事故の時の大気中への放射能放出を研究している.
大気中での放射能の拡散と地表沈着:大気中での放射能の拡散と地表への沈着は,放射線生物学研究所(V・P・ミローノフ博士),ベラルーシ国立大学(E・P・ペトリャーエフ教授),および上記の放射線管理・環境モニタリングセンターで研究されている.
 
放射能汚染とモニタリング
事故直後の放射能汚染状況:事故直後の放射線量率に関するデータは,放射線管理・環境モニタリングセンターと,民間防衛隊国家委員会に保管されている.事故後の全期間にわたる,セシウム,ストロンチウム,プルトニウムによる土壌汚染に関するデータは,放射線管理・環境モニタリングセンターの共和国データバンクに保管されている.土壌科学農業化学研究所および放射線生物学研究所もこの課題に従事している.食品汚染に関するデータは,農業食糧省,科学センター“ベルラド”,および各居住区の衛生保健所にまとめられている.
最近の汚染データ:最近の汚染データはベラルーシ水理気象委員会の放射線管理・環境モニタリングセンターに保管されている.
 
被曝量評価
 甲状腺被曝量の評価は,V・F・ミネンコ博士(放射線医学研究所・放射線被曝評価研究室長)のグループが行なっている.その研究のリーダーは,放射線医学研究所副所長のYaEh・ケーニグスベルグ博士である.彼らのグループは,事故直後の外部被曝と内部被曝の評価,ならびに将来の被曝評価も実施している.被曝量の将来予測とそのリスクに関する研究は放射線生物学研究所・放射線モニタリング研究室(室長V・A・クナティコ博士)も行なっている.小児甲状腺ガンの増加と甲状腺被曝量との関連に関する研究は,ミンスク医科大学の中央研究室(室長E・D・チェルツボイ教授)と甲状腺腫瘍病理グループ(E・P・デミチク教授)が行なっている.
 
 
被災者に対する医療
 ベラルーシ保健省,より正確には保健省のチェルノブイリ事故影響医学防護・緊急事態局(局長V・A・ステシコ)が事故被災者に対する医療措置を統括している.放射線衛生局(局長V・V・グリン)と経済活動放射線安全部(部長A・F・カルダシ)もこれに関係している.実際の医療は,州,地区,町の病院,総合診療所,研究機関で実施され,保健省の放射線医学に関連する病院や保健所がその中心施設になっている.
 
疫学的調査研究
 リクビダートル,避難住民,汚染地住民の登録が,チェルノブイリ原発事故被災者のベラルーシ国家登録(1993年5月5日の閣僚会議政令No.283)に基づいて実施されている.ベラルーシ医学技術センター(所長A・E・オケアーノフ教授)が国家登録の実施機関である.センターのデータ管理分析研究室(室長S・I・アンチポワ)が医療データの収集作業を行ない,被災者登録自動化部(部長S・M・ポリャコフ)がそのソフトウェアを開発している.被災者の健康状態の調査は,放射線医学研究所の放射線影響疫学研究室(室長K・V・モシチク)やベラルーシ医学技術センターの疫学・住民健康予測研究室においても実施されている.
6 主要研究所の概略
ベラルーシ科学アカデミー・放射線生物学研究所
創立の経緯と目的:1987年,政令に基づき,チェルノブイリ事故に関する問題を解決するための共和国の中心的な研究所として設立された.
組織とスタッフ:10研究室,2部局,1グループ.研究者85人.
基本的研究分野:
  • 環境中の土壌,水,大気,植物における放射能の挙動
  • 放射線被曝の生体機能(内分泌系,免疫系,循環系,生殖機能など)への影響
  • 放射能汚染状況と外部被曝に関する将来予測
  • 低レベル放射線被曝の影響
  • 人工および天然の放射線防護薬剤に関する研究
 
ベラルーシ保健省・放射線医学研究所
創立の経緯と目的:チェルノブイリ事故の医学的影響とその低減方法の研究のため,政令に基づいて1987年に設立された.
組織とスタッフ:14研究室.研究者89人.ゴメリ,モギリョフ,ビテプスクに支部を有する.
基本的研究分野:
  • 被曝量評価,被曝量将来予測,内部被曝に寄与する食品の調査
  • 甲状腺障害を含む内分泌系疾患の研究
  • 免疫学,細胞遺伝学,疫学に関連する研究
  • 放射線と他の害的要因との複合効果に関する研究
  • サナトリウムや保養地での療養効果に関する研究
 
ベラルーシ医療技術情報センター
創立の経緯と目的:ベラルーシ国民の健康状態の現状と将来動向に関する調査,ならびにチェルノブイリ事故被災者の健康状態に関するデータバンク作成のため,1992年政令に基づいて設立された.
組織とスタッフ:チェルノブイリ問題に従事しているのは2つの研究室(研究者15人).
基本的研究分野:
  • チェルノブイリ事故の前と後のガンに関する疫学
  • 国家登録に含まれるチェルノブイリ事故被災者各グループ(リクビダートル,避難住民,汚染地域居住者およびその子供たち)の健康状態に関する研究
 
ベラルーシ科学アカデミー・放射能エコロジー問題研究所
設立の経緯と目的:放射能汚染地域の除染,有効活用および放射性廃棄物の埋設処理の問題に関連し,科学アカデミー・旧核エネルギー研究所の解体にともなって1991年に設立された.
組織とスタッフ:8研究室と48人の研究者.
基本的研究分野:
  • 放射能除染に関する技術開発と放射性廃棄物の埋設に関する研究
  • 放射線防護の方法とその有効性に関する研究
 
ベラルーシ保健省・遺伝先天性疾患研究所
設立の経緯と目的:チェルノブイリ事故による遺伝的先天的疾患の診断と予防方法の研究を目的として,ソ連医学アカデミー・医学遺伝学研究所支部を母体として1988年に設立された.
組織とスタッフ:チェルノブイリ問題に従事しているのは,2研究室,1部局,2グループ(研究者20人).
基本的な研究分野:
  • 放射線被曝による遺伝的影響の指標に関する研究
  • 遺伝的疾患のモニタリングと遺伝医学的カウンセリング
  • 胎児の遺伝・先天性疾患に関する診断と予防
 
ベラルーシ科学アカデミー・遺伝学細胞遺伝学研究所
設立の経緯と目的:1965年,ベラルーシの植物,微生物,動物の遺伝学的研究を目的として設立された.チェルノブイリ事故後,環境中の放射能汚染がもたらす遺伝的影響を研究するため,研究所の部分的な方向転換が行なわれた.
組織とスタッフ:2研究室,3グループ,1部局(研究者34人)がチェルノブイリの問題に従事している.
基本的な研究分野:
  • 汚染飼料を用いた動物実験による分子レベルでの突然変異の研究
  • 動物および人々へのチェルノブイリ事故の晩発的な遺伝影響の評価と予測
  • 汚染地域に居住している子供たちの遺伝学的調査
  • 汚染地域での遺伝的なガン発生に関する研究
  • 環境汚染に対する高感度な生物学的指標と放射線防護薬剤に関する研究
 
ベラルーシ保健省・血液学輸血学研究所
設立の経緯と目的:1932年,血液学と血液サービス業務に関する共和国の指導的組織として設立された.1986年,チェルノブイリ事故に関連して研究所の部分的な方向転換が行なわれた.
組織とスタッフ:5研究室(研究者25人)がチェルノブイリの問題に従事している.
基本的な研究分野:
  • 主としてチェルノブイリ被災者を対象とした,放射線被曝に対する造血細胞および免疫細胞の応答に関する研究
  • リクビダートルの免疫細胞における表現型および免疫機能の障害に関する研究
  • チェルノブイリ事故と関連する共和国における血液病発生に関する研究
  • 白血病,貧血,止血障害患者の臨床的特徴,低レベル放射線被曝に起因する疾患治療の特殊性に関する研究
6 ベラルーシで開催されたチェルノブイリ事故に関する主な科学会議リスト
1. Republican Science-Practical Conference on Radiobiology and Radioecology, December 22-23, 1988, Minsk.
2. 1st Science-Practical Conference, December 26-27, 1989, Minsk.
3. Republican Science-Practical Conference on Radiobiology and Radioecology, December 20-21, 1990, Minsk.
4. 2nd Science-Practical Conference “Science-Practical Aspects of Preservation of Health of People Exposed to Radiation Action as a Result of Chernobyl APS Catastrophe”, March 12-14, 1991, Minsk.
5. Belarus Republican Science-Practical Conference “Psychological Consequences of Chernobyl APS Accident”, June 26, 1991, Minsk.
6. International Symposium (with the participation of an international working group on Chernobyl problems) “Man, Ecology, Symmetry”, October 9-11,1991, Minsk.
7. All-Union Conference “Radiobiological Consequences of the Chernobyl APS Accident”, October 30 - November 1, 1991, Minsk.
8. 3rd Science-Practical Conference, April 15-17, 1992, Gomel.
9. International Practical Seminar “Agrotechnical Methods of Improvement on Soils Polluted with Radionuclides”, September 1992, Minsk.
10. International Symposium “Effect of Radiation on Thyroid”, October 27-30, 1992, Minsk.
11. Belarus Republican Science-Production Conference “Principal Directions of Obtaining Ecologically Clean Plant Production”, 1992, Gorki.
12. Science-Practical Conference on Problems of Social and Psychological Rehabilitation and Social-Legal Protection of Children and Adolescents Affected by the Chernobyl APS Accident, April 23-24, 1992, Gomel.
13. 2nd Belarus-German Symposium on Problems of Infant Oncohaematology, April 24-27, 1992, Minsk.
14. International Symposium “Consequences of Nuclear Catastrophes: Chernobyl, Hiroshima, Nagasaki”, June 29 - July 1, 1992, Minsk.
15. Science-Practical Conference on Problems of Safe Living in the Zone, Wastes Management, Ecological Control, 1992, Gomel.
16. Belarus Republican Science-Practical Conference “Natural and Economical Complexes of Belarus Palesse in Extreme Conditions”, May 14-15, 1992, Gomel.
17. Belarus Republican Science-Practical Conference “Psychological Consequences of the Chernobyl APS Accident”, June 26, 1992, Minsk.
18. International Symposium “Chernobyl and Health of Children”, June 1-5, 1992, Mogilev.
19. International Conference “Science and Medicine for Chernobyl”, November 10-13, 1993, Minsk.
20. Conference “Defense of Maternity and Childhood in Conditions of the Chernobyl APS Catastrophe Consequences”, January 10-12, 1994, Minsk.
21. 4th Science-Practical Conference “Science-Practical Aspects of Preservation of Health of People Exposed to Radiation Action as a Result of the Chernobyl APS Accident”, April 11-13, 1994, Mogilev.
22. 2nd International Congress “World After Chernobyl”, April 18-22, 1994, Minsk.
23. Republican Seminar “State and Perspectives of Development of Medico-Genetic Service in Post-Chernobyl Period”, June 7-8, 1994, Minsk.
24. Belarus-Japan Symposium “Acute and Late Consequences of Nuclear Catastrophes: Hiroshima-Nagasaki and Chernobyl”, October 3-5, 1994, Minsk.
25. International Task-Force Meeting “Ecological Status of Territories Polluted with Radionuclides”, April 19-20, 1995, Minsk.
26. Science Conference “Ten Years after the Chernobyl Catastrophe (Scientific Aspects of Problem)”, February 28-29, 1996, Minsk.
27. 1st International Conference “Radiological Consequences of Chernobyl Catastrophe”, March 18-22, 1996, Minsk.
28. International Conference "Chernobyl-Wilsede", 15-17 May 1996, Gomel.
29. International Conference "10 Years after The Chernobyl Catastrophe", 7-12 October 1996, Minsk.
30. International Science-Practical Conference "Human Ecology in Post-Chernobyl Period", 15-17 April 1997, Minsk.
31. International Symposium "Actual Problems of Dosimetry", 16-17 October 1997, Minsk.
32. International Science Conference "Fundamental and Applied Problems of Radiobiology: Biological Effects of Low Doses and Radioactive Pollution of Environment", 15-18 April 1998, Minsk.
 
7 ベラルーシの研究者によるチェルノブイリ事故に関する主な論文
1. Avramenko T. A., Drozdovich V. V., Minenko V. F., Tretiakevich S. S. Radiation, “Dose Catalogue of Inhabitants in Settlements on the Republic of Belarus”, Minsk, 1992 (in Russian).
2. Astakhova L.N., Polyanskaya O. N., Drozd V. M. et al., “Functional State of Pituitary-Thyroid System in Children and Adolescents”, Zdravookhranenie Belarusi. 1993, No.2, pp.4-7 (in Russian).
3. Beskorovajnyj V. P., Kotovich V. V., Molodykh V. G. et al., “Radioactive Pollution on the Belarus Territory by Collapse of the Building Structure of the 4th Block of APS”, Vestsi ANB. Seryya fizika-tehkhnichnykh navuk. 1995, No.1. pp.93-97 (in Russian).
4. Bondar Yu. I., Shmanaj G. S., Matsko V. P. et al., “Radioactive Pollution on the Territory of the Polesski State Radioecological Reserve”, Vestsi AN BSSR. Seryya fizika-ehnergetychnykh navuk. 1991, No.4, pp.58-64 (in Russian).
5. Buglova E. E., “Formation of Internal Radiation Dose Dependent on Peculiarities of Cesium Radionuclide Transfer along Food Chain and Efficiency of Protective Measures”, Abstracts of Intern. Conf. “Science and Medicine For Chernobyl”. Minsk, 10-13 Nov. 1993, pp.3-4 (in Russian).
6. Eliseeva K. G., Trusova V. D., Vojtovich A. M., Sokolik G. A., “Role of Proliferation Activity of Cells and Level of Radionuclide Accumulation in Injury of Genetic Structure of Animals from the Pollution Zone around Chernobyl APS”, Doklady ANSB. 1994, Vol.38, No.4, pp.80-83 (in Russian).
7. Ilin V. P., Gudak S. P., “Characterization of Radionuclide Migration in the Aeration Zone of South-East of BSSR”, Vodnye resursy. 1990, No.6, pp.56-60 (in Russian).
8. Kagan L. M., Kadatskij V. B., “Gamma-Field Transformation on the Belarus Territory and Assessment of External Radiation Dose as a Result of the Chernobyl APS Accident”, Atomnaya ehnergiya. 1994, Vol.77, No.3, pp.211-214 (in Russian).
9. Kenigsberg Ya. Eh., Minenko V. F., Buglova E. E., “Collective Dose of Belarus Population after the Chernobyl APS Accident and Prognosis of Stochastic Effects”, Devyat’ let Chernobylyu. Meditsinskie posledstviya: Proceedings. Rel.2. Minsk, 1995, pp.61-69 (in Russian).
10. Kenigsberg Ya. Eh., Minenko V. F., Moshchik K. V., “Radiological Situation in Belarus after the Chernobyl APS Accident, Biomedical Consequences and Scientific Justification of Activities on Radiation Protection of Population”, Minsk, 1991, p.30 (in Russian).
11. Knatko V. A., Sivakov I. V., “Calculation of Dynamics of Exposure Dose of Cs-134 and Cs-137 Gamma-Radiation with Migration in Soil”, Vestsi ANB. Seryya fizika-matehmatychnykh navuk. 1995, No.2, pp.93-96 (in Russian).
12. Kuznetsov V. A., Kol’nenkov V. P., Shagalova Eh. D. et al., “Plutonium-238, 239, 240 in River Deposits on the Territory of the North-East Trace of the Chernobyl Radioactive Pollution”, Doklady ANB. 1993, Vol.37, No.6, pp.104-107 (in Russian).
13. Lazyuk G. I., Nikolaev D. L., Ilina E. G., “Monitoring of Congenital Malformation in New-Born Children of Southern Areas of Gomel and Mogilev Regions”, Zdravookhranenie Belarusi. 1990, No.6, pp.55-57 (in Russian).
14. Mazur V. A., Ustinovich A. K., Zubovich V. K. et al., “Health State of Pregnant, Bearing Women and New-Born Children in BSSR Regions Exposed to Radioactive Pollution in 1981-1989”, Vestnik Akademii Meditsinskikh Nauk SSSR. 1991, No.11, pp.22-24 (in Russian).
15. Minenko V. F., Ulanovskij A. V., “Radiometric Control of Irradiation of BSSR Population”, Zdravookhranenie Belarusi. 1990, No.6, pp.60-61 (in Russian).
16. Mironov V. P., Drugachenok M. A., Kudryashov V. P., “Dynamics of Radioactive Pollution of the Atmosphere of BSSR Towns”, Vestsi AN BSSR. Seryya fizika-ehnergetychnykh navuk. 1991, No.4, pp73-77 (in Russian).
17. Okeanov A. E., Antipova S. I., Karpovich V. A. et al., “Analysis of Morbidity of Population Affected by the Chernobyl APS Catastrophe in 1993”, Minsk, 1994 (in Russian).
18. Petryaev E. P., Lejnova S. L., Sokolik G. A. et al., “Composition and Properties of Radioactive Particles Discovered in the Southern Areas of Belarus”, Geokhimiya. 1993, No.7, pp.930-939 (in Russian).
19. Ustinovich A. K., Zubovich V. K., Dombrovskij V. Yu. et al., “Cesium-137, Strontium-90 and Microelements Content in Mother's Milk from Radiocontaminated Areas of Belarus”, Zdravookhranenie Belarusi. 1994, No.12, pp.30-33 (in Russian).
20. Khotyleva L. V., Dylenok L. A., Yatsevich A. P. et al., “Effect of Increased Radiation Background on Chromosomal Aberration Frequency in Norway Spruce (Picea Abies (L) Karst.)”, Doklady ANB. 1992, Vol.36, No.9-10. p.842. (in Russian)
21. Konoplya E.F., Popoff E.H., Sechko L.K., Nikolaevich L.N., Mechanisms of neuroendocrine regulation under low doses irradiation and post-Chernobyl radiation situation// One Decade After Chernobyl: Environmental Impact and Prospects for the Future. Ch.3. Consequences of Contamination on Florae and Faunae in the Exclusion Zone. Vienna, Austria, April 14-19, 1996. p.3.1-3.16.
22. Sechko L.K., Sex system after the irradiation//Atomnaya Ehntsiklopediya. Moscow, 1996. Part 1 Section 7. p.41-45 (in Russian).
23. Kravchenko V.A., Matsko V.P., Gaponenko, V.I., Assessment of absorbed doses for dominating species of ecosystems of Palesse State Radioecological Reserve// Radiatsionnaya Biologiya. Radioehkologiya. 1996, v. 36, Issue 2. p.163-167 (in Russian).
24. Tsukanov A.N., Peculiarities of clinical manifestations of transient disturbances of brain blood circulation in patients before and after the ChAPS accident// Medico-Biological Aspects of Chernobyl APS Accident, 1996, No.3, p.8-11 (in Russian).
25. Kopytov A.V., Avin A.I., Vojtik L.A., Clinical peculiarities of neuro-psychical disturbances in the liquidators of Chernobyl APS catastrophe//Ibidem, 1997, No.2, p.11-17 (in Russian).
26. Kenigsberg Ya.Eh., Minenko V.F.,. Buglova. E.E., Radiation effects on the population of Belarus after the Chernobyl accident and the prediction of stochastic effects//World Health Statist. Quart. 1996, V.49, No.1. p.58-61.

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