崎山比早子:人間は放射線を浴びてはいけない生き物なのです
2011年8月31日 ビデオニュース・ドットコム
崎山比早子氏 |
この霞が関文学的な言葉を医学的に翻訳すると、現在の放射線のレベルでは急性障害は起きないかもしれないが、弱い放射線への被曝や放射性物質を体の中に取り込むことによる内部被曝によって、のちのちガンや白血病などの晩発性障害が発症するリスクは十分にある、ということになる。現在進行形で原発事故を抱える今日の日本で、われわれが抱える最大のリスクは、低線量被曝や内部被曝による晩発性障害なのだ。
放射線医学総合研究所に長年勤務し、現在は故高木仁三郎氏が創設した高木学校のメンバーでもある医師(医学博士)の崎山比早子氏は、事故発生当初から、こうした不誠実な情報発信のあり方に憤りを感じてきた。特に、科学者や医師たちのいい加減な発言、誤った情報に基づく誤った判断で、多くの市民が命を危険にさらしている状況は看過できない、と崎山氏は言う。
加えて崎山氏は言う。放射線被曝には「しきい値」、つまりここまでなら浴びても大丈夫という量は存在しない。どんなに少量の放射線でも、人間の細胞、とりわけ遺伝子を破壊する。がんの発症が放射線被曝の積算蓄積量に比例することは、国際的な放射線の防護基準を策定している国際放射線防護委員会(ICRP)も含め国際的に広く認められており、学問的にはもはや疑いの余地はほとんどない。
にもかかわらず、ある程度の放射線を浴びても「ただちに問題ない」といった発言が、十分な情報や専門的知識を持っているはずの政府関係者や科学者、マスメディアの解説委員等から次々と発せられるのはなぜか。崎山氏は、自分が所属する組織に対する従属や忠誠心を優先するあまり、本来は正しくないことを知りながら、そのような発言をしてしまっているのではないかとの見方を示す。
事故発生後、マスメディアで「ただちに発言」が横行し、政府や専門家に対する不信感が高まったことについて、崎山氏は日本で「市民科学者」が不在であることが問題だと言う。仮に、政府や電力会社から大きな助成金や寄付を受ける大学や研究機関に所属する科学者が政府寄りの発言を繰り返しても、そのカウンターパートとなる市民科学者が科学的な根拠に基づいて、それに対抗できる情報を発信すれば、市民は双方からの情報をもとに判断を下すことが可能になる。
医療の専門家として、国の専門機関である放医研(01年4月から独法)から高木学校に所属する市民科学者に転じた崎山氏と、放射線被曝の本当のリスク、それが政府からきちんと説明されない理由やその背後にある市民科学者不在の問題などを議論した。
■被曝線量に絶対安全な「しきい値」はない
神保: 震災から5ヵ月が過ぎました。振り返ると、原発事故直後から聞き慣れない言葉が飛び交い、シーベルトやベクレルという単位など、いまだに正確にはわからないことも数多くあります。同じような状態がずっと続くと慣れっこになってしまう。原発周辺はいまだに深刻な状態ですが、東京辺りでは危機が危機ではなくなっているような印象を受けます。
宮台: 他方で、いまになって線量計を購入している人もたくさんいます。神保さんや僕が持っている線量計は、γ線はもちろんβ線も計ることができるもの。日本ほどγ線、β線、α線の違いを知っている人の多い国は、ないのではないかと思います。
神保: 誰もが物理学者になってしまっているような状態ですね。放射線の基礎知識はある程度共有されて、次に知るべきなのは「内部被曝」の問題。食肉汚染もあり、情報は断片的に出てきていますが、僕自身はまだ聞きかじり程度の知識しか得られていない感じがしています。
そこで、この問題を整理するためにお呼びしたのが先週のゲスト、沢田昭二さん(名古屋大学名誉教授・原水爆禁止日本協議会代表理事)でした。沢田さんは、広島・長崎でも低線量被曝、内部被曝かなり広範囲で起きていたにもかかわらず、十分なデータが取られていなかったと指摘されていました。
宮台: アメリカのABCC(原爆傷害調査委員会)により、調査結果の報告が禁止されたという事情もありました。
神保: 低線量被曝について、僕らはもっと理解を深めた方がいい。そこで本日は、医学博士の崎山比早子さんに来ていただきました。崎山さんは事故が起こった直後から、低線量被曝の問題を指摘されていた数少ない専門家の一人。5月20日の衆議院特別科学技術特別委員会でも陳述なさっていて、かなり厳しく追及されていましたね。
崎山: 私の発言の前に、原子力安全委員会の委員で医師の久住静代さんが「年間被曝の許容量を20ミリシーベルトにしても、ガンの死亡率が0.55%増えるだけだ」とおっしゃったんです。医師である彼女から、そういう議論が出てきたのは許されがたいこと。特に子どもたちは放射線に対する感受性が高く、老人よりも早くガンになるかもしれないし、発ガン率も高くなるかもしれない。すべてを並列にして語るのは論外ですし、その後マスコミで大きく扱われなかったのも不思議に思います。
神保: 僕たちは統計的な数字を出されると、ごまかされてしまう部分もある。例えば「0.55%増えるだけ」というと、1000人のうち5人が余分にガンになるだけと考え、たいしたことがないと思ってしまいます。素人をごまかすには有効な言い方ですね。
崎山: ガンは腫瘍を見ただけでは、放射線が影響したのか、ほかの化学物質が影響したのかが判断できません。発症までには時間がかかるし、ガンの発症にはさまざまなファクターがあって因果関係がわかりにくい。だから、無責任な発言ができるのでしょう。
しかし、研究を積み重ねる中で、現在は発ガンについてかなりの部分が明らかになっています。遺伝子の変化で起こることもわかってきているし、どういうDNAの傷のつき方で起こるのかもわかってきている。そして、放射線の影響が出ることも、学問的にはあまり議論の余地がないほど明らかです。それなのに、まだ「1ミリシーベルトでガンになるのかどうか」と議論している。それは学問のレベルではなくて、社会的・経済的な理由があるのだと思います。
宮台: 崎山先生は「間違って複製されてしまったDNAの傷が累積した結果として起こるのがガンである」と繰り返し書いています。したがって、その累積に少しでも貢献すれば影響がないとはいい切れず、「しきい値」以下であれば影響がないという議論は科学的にありえないと。
子どもが放射線の影響を受けやすい理由
神保: 「しきい値は存在しない」という意見とともに、崎山先生が主張されているもう一つの重要なポイントが「子どもが放射線に対する感受性が高い」ということです。素人考えでは、子どもは成長期で身体が小さく、地面に近いところで呼吸をしているから……と感覚的に捉えてしまいますが、これにはどんな裏付けがあるのでしょうか?崎山: 第一に、子どもは細胞分裂が盛んです。細胞分裂が盛んであれば、当然ながら放射線によって傷ついたDNAが、間違った形で復元される可能性が高まります。また、子どもは将来が長いため、その後の人生でDNAを傷つけるほかのファクターも出てくるでしょうし、複合的な要因でガンになる可能性が上がってしまう。そしてもう一つ、あまり指摘されていない問題として、セシウムはその性質から、脳にも集まります。子どもは脳の発達も盛んなので、その影響を受けやすい、という事情もあるのです。
チェルノブイリ原発事故から11年後の1997年、ベラルーシで死亡した子どもと大人の解剖し、各臓器で重量あたりどれくらいのセシウムが溜まっているかを調べたデータがあります。多くの人が知らないと思いますが、飛びぬけてセシウム量が多い臓器は甲状腺。セシウム量は子どもが大人の約3倍にあたり、子どもの方が放射性物質の取り込みが早いことが明らかになっています。
宮台: 取り込む量が多くて、同じ量を取り込んだとしても感受性が高く、同じような被害を受けたとしてもその後の蓄積の可能性も子どもの方がずっと多い。三重苦ですね。
崎山: 8月13日から公開されているドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・ハート』(2003年の米アカデミー賞で短編ドキュメンタリー賞を受賞)では、チェルノブイリ原発事故の被害を検証するため、ベラルーシの病院などを回っています。いま子どもを産む人は、原発事故の当時子どもだった人たちであり、その影響から奇形や心臓病の子どもを産むケースが多いようです。
またこの映画の中で、高校生くらいの子が甲状腺ガンの手術をする場面が出てきます。ガイガーカウンターで調べてみると、事故から20数年も経っていますから、ヨウ素は出てこない。けれど、その子の甲状腺からセシウムが検出されます。調べていくと、その子が食べているジャム──森のベリー類を使ったものに、大量のセシウムが入っていることが分かりました。
神保: チェルノブイリはまだ、セシウムの半減期である30年が過ぎていない。放射性物質による被害はいまも続いているということですね。
崎山: 日本においても、汚染地域に住んでいる方たちの経済状態が悪く、外からものが買えないような状態にあれば、森のものや自家栽培のものを食べることが多くなります。また、地産地消が盛んで、県内産のものばかりを食べる習慣があっても、やはり危ない。
宮台: このチェルノブイリから5年後~10年後のデータで見みると、汚染レベルが高いところに住んでいれば、その分人体には確実に蓄積されているということがわかります。
神保: 一点確認させてください。崎山先生がおっしゃる「しきい値は存在しない」、「子どもは影響を受けやすい」などの話は、マイナーな議論を引っ張りだしてきたものではなく、科学の世界ではコンセンサスが取れている事実だと考えていいのでしょうか?
崎山: そうです。ICRPやECRR(欧州放射線リスク委員会)も認めている事実をお話しています。放射線のリスクがわかったのは最近のことで、実は、ICRPはもともとずっと規制値を高く設定していました。放射線のリスクがわかったのは最近のことであり、レントゲンが始めて放射線を発見したときは誰も放射線が身体に害を与えるなど知らなかったわけです。さまざまな検証を行い、放射線のリスクが明らかになっていく中で、ICRPは規制値をどんどん下げていきました。その結果として、年間1ミリシーベルトという数字が出てきたんです。規制値を再び高く設定しようとしている日本は、時代に逆行しているといえます。
出演者プロフィール
崎山 比早子(さきやま・ひさこ) 高木学校メンバー・医学博士1939年東京生まれ。66年千葉大学医学部卒業。69年マサチューセッツ工科大学研究員。74年千葉大学大学院医学研究科修了。医学博士。75年放射線医学総合研究所主任研究員。99年より現職。共著に『受ける?受けない?エックス線CT検査』、『これでいいのか 福島原発事故報道』、『脱原発社会を創る30人の提言』など。
宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授、社会学者
1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『民主主義が一度もなかった国・日本』、『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『制服少女たちの選択』など。
神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表
1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。著書に『民主党が約束する99の政策で日本はどう変わるか?』、『ビデオジャーナリズム─カメラを持って世界に飛び出そう』、『ツバル-温暖化に沈む国』、『地雷リポート』など。
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
福島原発事故による被曝について
(沢田昭二・名古屋大学名誉教授 物理学)
(沢田昭二・名古屋大学名誉教授 物理学)
マスコミ報道の「直ちに問題にはならない」という「しきい値論」
「しきい値」とは5~10%の人が発症する被曝線量のこと
「しきい値」とは5~10%の人が発症する被曝線量のこと
内部被曝や外部被曝を含めて、現在の報道は「しきい値論」に基づいて、「何ミリシーベルトだから安全だ」とか、「直ちに問題にはならない」と言っています。
放射線影響は1、2週間後に急性症状が現れ、晩発性障害は何年も経て発症します。また、放射線影響は急性症状も晩発性障害も放射線影響は個人差と年齢差が大きいことを踏まえるべきだと思います。
放射線の感受性は個人差が大きいので「この線量以下なので大丈夫」という官房長官、保安院、マスコミの報道は正しくありません。たとえば、脱毛では0.04シーベルト(40ミリシーベルト)で0.03%の人が発症し、0.4シーベルト(400ミリシーベルト)で0.15%の人(10万人被曝すると150人)が発症します。1シーベルトで約1.3%、1.5シーベルトで5.7%の人が発症します。最近では発症率5~10%の人が発症する線量を「しきい値」と呼んでいます。
かつては「しきい値線量」という表現でこの線量以下では症状が一切発症しないという考え方がありましたが、これは正しくなく、現在では5%ないし10%の人が発症する被曝線量を「しきい値」と言っています。
こうしたことを周知させてもらい、被曝することを避けるように訴えて欲しいと思います。専門家の意見を聞いて250ミリシーベルトでは白血球減少症状がでないから作業員の作業被曝線量を引き上げたとのことですが、「しきい値論」に立っての判断が続いています。作業員に被曝影響が出ても「しきい値以下」だから放射線影響ではないと切り捨てることになると心配です。
昨日、愛知の原発問題住民運動センターとして中部電力に申し入れをし、震源域の真上にある浜岡原発はもっと危険なので運転を即時停止してほしいと申し入れました。その時中部電力からも社員が福島原発に数人規模で派遣されており、上記のような注意を伝えるように申し入れをしました。
放射線がまだ強くない初期段階で、1号から3号だけでなく4号から6号機まで含めて海水を注入するなどしておれば現在の深刻な事態は避けられたと思います。
原爆症認定集団訴訟で明らかになった内部被曝をマスコミも触れるようになりましたが、その深刻さはまだ十分に理解していないようです。とりわけ放射線感受性には大きな個人差があることはほとんど無視されています。敏感な人は10分の1でも100分の1の線量でも人数は少ないのですが影響が表れる人がでてきます。
名大救急医療センター医師の質問に答えて
名古屋大学救急医療センターの医師がこれから地震・津波・原発事故の災害避難地域に行くので、反核医師の会において原爆症認定訴訟で明らかになった内部被曝無視の国や放射線影響研究所の問題について私が報告していたので内部被曝の問題などを質問したいと依頼され、それに答えた内容を以下に再録します。
おっしゃる通り内部被曝の軽視の発表と報道に憂慮しています。身体を洗って表面に付着した放射性物質を洗い流せば良いと言わんばかりの説明ですが、身体の表面に付着しておれば呼吸をしていますから当然内部被曝をしています。激しい運動をすればそれだけ沢山取込みますから、湿ったマスクをするなどの工夫をして早く風上に立ち去ることが必要です。
放射性ヨードやセシウムが検出されていますので、これらを早く排出させるためのヨード剤を飲むなどの処置が求められます。
飲食を通じて下痢が起こることが考えられます.広島原爆の場合はその日の夕刻から下痢が始まりました。
しかし、放射線防護の専門家の大部分は、放射線による下痢は大量被曝でなければ起こらないと外部被曝による発想から抜け出していません。JCO事故に関わった放射線防護の鈴木元氏や明石氏は原爆症認定裁判や長崎の訴訟で主張を続けています。内部被曝をしていることを前提に、現在症状が現れていなくても内部被曝の場合は遅れて発症するので長期間観察する必要があります。発表では体外に付着したものを認める一方、現在は症状がないとそれで終わりという姿勢は危険だと思います。
放射線影響は急性症状の場合も個人差がきわめて大きく、広島の原爆被爆者を調べた結果、内部被曝による下痢の発症は期待値(半発症線量)が約2グレイ、標準偏差約0.6グレイの正規分布をしていますので(外部被曝の場合の下痢発症は期待値(半発症線量)が約4グレイ、標準偏差約0.9グレイの正規分布)低線量でも発症しますので、内部被曝の最初の兆候を見ることになります。脱毛や紫斑はかなり遅れて発症するので検出は難しいと思います。放射線被害について慎重に考えて下さる医師の方の協力はきわめて重要です。しかし、まだ燃料棒が露出している段階で今後の見通しがない状況ですし、ベントといって爆発を避けるため放射性の気体の放出をおこなっているので被曝の増加が心配です。双葉町の住民がすでに160人被曝をしています、スリーマイル島規模の被曝が起こっています。気をつけて下さい。(3月13日記)
▽以下はより詳しい説明です。
急性放射線障害と晩発性障害、確定的影響と確率的影響
急性放射線障害と晩発性障害は、障害の発症時期による表現であり、一般的に急性症状は被曝して1、2週間後程度から数カ月以内に発症するもので、さらにやや遅れて発症する亜急性などもあります。晩発性障害は数年以後に発症するものです。また、一定線量の被曝をすれば誰でも必ず発症する症状を「確定的」と言う一方、被曝しても必ずしも発症しないが、発症率が被曝線量とともに増加するという場合に「確率的」といいます。一般的に急性症状は確定的に発症し、癌などの晩発性障害は確率的に発症しますが、白内障のように、どちらに属するかを議論している障害もあります。
確定的影響も、放射線感受性には大きな個人差があります。動物実験でも確かめられ、ゼロに近い極低線量被曝では修正が必要ですが、個人差は体重や身長の分布のように正規分布によって表されます。放射線影響が専門の研究者でも理解がまだ不十分な人が多い現状です。私が裁判の意見書で正規分布を使うと、確定的影響を確率的影響と誤解していると反論の意見書を提出し、今回の原発事故でテレビなどに出てくる著名な研究者が意見書の共著者として名を連ねていることは驚きです。
確定的影響では、特定の個人をとってみて、被曝線量が増加して、ある線量に達すると必ず症状が現れますが、発症する線量に個人差があります。確定的影響にはかつて「しきい値線量」があり、この線量以下では確定的症状は発症しないと考えられていました。しかし、この「しきい値線量」が分布していることがわかり、症状の発症率が5%あるいは10%となる線量を「しきい値線量」とすることもあります。ところが、私の意見書に反論した原発事故でテレビなどに出てくる研究者は、この線量以下では健康影響は全くないと述べていますが、放射線感受性が分布しているために、わずかではあるが発症する人がいることを理解しようとしていません。
脱毛発症率と被曝線量の関係
典型的な急性症状である脱毛の発症の被曝線量との関係を、広島と長崎にトルーマン大統領の指示で設立された原爆傷害調査委員会(Atomic Bomb Casualty Commission,ABCC)が1950年頃に数万人規模の被爆者を調査して脱毛発症率を調べた結果に基づいて求めると以下のようになります。半致死線量の4シーベルト以上の被爆者は1950年まで生き残った人が少ないので、ABCCの調査結果には高線量の領域で問題があるので、3シーベルト以下の発症率から正規分布を求めました。正規分布の期待値、すなわち50%の人が発症する被曝線量は2.75シーベルト、発症する線量のばらつきを表す標準偏差は0.79シーベルトとなりました。この正規分布をN(2.75 Sv, 0.79 Sv)と表します。
この正規分布では、低線量の1シーベルトで脱毛を発症する人は1.37%、2シーベルトで17.2%、3シーベルトで62.3%、5シーベルトで99.8%の発症と100%発症に近づきます。この正規分布では0シーベルトで発症率は厳密に0にならないので、0に近い極低線量では修正を要します。被爆者の調査からも、一般的にも極低線量被曝の影響を引出すことは難しいので、正規分布にもっともらしい修正を行って推定すると、0.3シーベルト、すなわち、300ミリシーベルトでは0.03%~0.07%、すなわち1万人が被曝して3人ないし7人の人が発症することになります。しかし、これほどのまれな発症は発見が難しくなると考えられますので、福島原発事故による被曝影響の検出は、白血球減少症のように発症の検出をしやすいもので早期発見に努めるべきだと思います。
外部被曝と内部被曝
もう一つの問題は、外部被曝と内部被曝とでは症状発症に至る機序がまったく異なることを無視した説明です。野菜に付着したり、水に含まれた放射性物質を体内に摂取した場合の内部被曝の影響を、CTやX線を浴びた被曝と比較する説明が行われていますが、体内に摂取した放射性物質が主に影響を与えるベータ線とX線とはまったく異なる影響を与えることを無視した乱暴な説明です。X線やガンマ線は透過力が強く、エネルギーにもよりますが、人体を通り抜けるくらいの透過力です。ところがベータ線は体内では数センチメートルでエネルギーを失ってストップします。この違いは、放射線が伝搬する時に通過物質の分子や原子の電子にエネルギーを与え、その電子が原子や分子から飛び出す「電離作用」を疎らに行うか、密に行うかの電離密度の違いによります。
於保源作(おほ・げんさく)医師の広島被爆者の急性症状発症率調査では、原爆の初期放射線による外部被曝が主要な影響を与えた近距離では、下痢発症率は、脱毛や紫斑に比べてかなり小さいのに対し、初期放射線が到達しないで放射性降下物による内部被曝が主要な被曝を与える遠距離被爆者の間では脱毛や紫斑の数倍の発症率となっています。この下痢の発症率は、初期放射線による下痢発症率は脱毛に比べて高線量の被曝領域で大きくなる半発症線量の大きい正規分布N(3.03 Sv, 0.87 Sv)を用い、放射性降下物による被曝の下痢の発症の場合は脱毛に比べて小さい被曝線量から発症率が大きくなる半発症線量の小さい正規分布N(1.98 Sv, 0.57 Sv)を用いると、脱毛、紫斑、下痢という異なる急性症状の発症率を共通した初期放射線と放射性降下物による被曝線量によって説明できます。このことは外部被曝と内部被曝による下痢の発症の機序の違いによって説明できます。
放射線による下痢の発症は薄い腸壁の損傷によります。外部被曝の場合には透過力の強いガンマ線だけが腸壁に到達できます。しかし、到達したガンマ線は薄い腸壁にまばらな電離作用を行って通過するので、かなりの高線量のガンマ線でなければ腸壁は傷害を受けないので下痢は始まらない。これに対し、放射性物質を飲食で取込むと、腸壁に放射性微粒子が付着して、主にベータ線によって腸壁に密度の高い電離作用をおこなって腸壁に傷害を与えて下痢を発症させます。このように外部被曝と内部被曝では、下痢だけでなく、発症の機序は一般的に異なるので安易な比較は許されない。
晩発的障害
癌あるいは悪性新生物などの晩発性障害の大部分は確率的影響です。しかし、一般に晩発性障害の原因には、放射線被曝以外にも様々な原因があるので、障害の起因性を急性症状のように放射線被曝であると特定することは困難で、全く放射線被曝をしていない人々の集団の発症率と比較して被曝影響を求めることになります。特定個人の晩発性障害の放射線起因性を推定しようとすれば、その個人の被曝する前後の健康状態の変化を含め、過去からのさまざまな健康状態や他の疾病の経緯を総合して判定することになります。
被曝線量と晩発性障害の発症との関係を、具体的に広島大学原爆放射線医科学研究所の広島県居住の被爆者の悪性新生物による死亡率を広島県民と比較した論文「昭和43~47年における広島県内居住被爆者の死因別死亡統計」(広大原医研年報22号;235-255,1981)から、直爆被爆者の悪性新生物による1年間死亡率を用いて求めます。この論文の、直爆1km以内、1km~1.5km、1.5km~2km、2km~6kmの各区分と被曝していない広島県民の悪性新生物による1年間の死亡率は、それぞれ0.504%、0.454%、0.347%、0.374%、0.186%となっています。これらの死亡率と非被曝の広島県民の死亡率0.186%との差、すなわち、1年間で悪性新生物による死亡率の増加と、初めに述べたABCCの脱毛発症率から求めた初期放射線と放射性降下物による合計被曝線量の3.88Sv、2.24Sv、1.56Sv、0.85Sv、0Svが、比例関係にあるとすると、1Svの放射線被曝によって0.82%~0.22%の増加、間を取って約0.15%増加することがわかります。
低線量被曝の部分についての悪性新生物による死亡率の増加と被曝線量との関係も、比例関係が維持されると仮定すると、0.1Svの被曝では0.015%の死亡増になり、10mSv=0.01Svの被曝では0.0015%の死亡増、すなわち100万人が10mSv被曝すると悪性新生物によって死亡する人が約15人増えることになります。
以上が典型的な確率的影響の悪性新生物の増加と被曝線量の関係です。晩発性障害に対しても個人差が大きく分布していると考えられますが、こうした分布も含めた結果として、発症率や死亡率の増加が被曝線量に比例することになっています。
※最後に菅政権へ助言する危険な御用学者の存在について
日本の原子力政策がアメリカの Atoms for Peace という核兵器産業の保持のために植民地的で、そのため現在の対策も原発は安全だと言いふらしてきた御用学者が結局は東電まかせで独立した判断が出来ない状態です。
官房長官が小佐古(こさこ)敏荘東京大学教授を内閣官房参与に任命して助言を受けることにしましたが、彼は原爆症認定訴訟の大阪地裁の国側の証人を務めましたが、電力会社の宣伝マンとして原発は安全だという講演をして廻るだけで、毎年何百万円も厚労省から原爆放射線の研究の代表者として科学研究費補助金を受け取りながら、そのテーマに関する研究は一切していないこと、研究費を配分した共同研究者からは研究成果の報告を一切受取っていないことが弁護団の追及であきらかになり、同じ日の午前中に私が行った証言と矛盾するので裁判官から質問を受けることになってもまともな証言ができないという無責任な学者であることが明らかになった人物です。
沢田昭二さん略歴 1931年広島市に生まれる 1945年爆心地から1400mの自宅で被爆 現在名古屋大学名誉教授 原水爆禁止日本協議会代表理事 主な著書:「共同研究広島・長崎原爆 被害の実相」「核兵器はいらない」「素粒子の複合模型」「物理数学」など
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