2012年8月28日火曜日

木村真三 & 高辻俊宏 「被曝と遺伝:本当のことを話そう」 (週刊現代 9/17号)



木村真三 & 高辻俊宏

 「被曝と遺伝:本当のことを話そう」 (週刊現代 9/17号)


 「低線量被曝は体にいい」「内部被曝は怖くない」そんなまやかしの言葉

を吐く「識者」がはびこっている。業を煮やした科学者二人が緊急対談。

低線量被曝の遺伝子への影響を明らかにする。

DNAは確実に変化した

*突然変異は線量に比例する

*小児糖尿病や妊娠性貧血

*専門家たちが沈黙する「理由」

DNAは確実に変化した

木村:福島第一原発の事故によって大量の放射性物質が大気中にまき散

らされました。今日はその放射性物質による被曝がヒトの遺伝にどう関わっ

てくるのかを、放射線の生物への影響についての専門家である高辻先生と

議論させてもらおうと思います。

高辻:はじめに、この問題を福島の地域的な問題と捉えて考えると現実を

見誤るということを指摘させてください。福島第一原発から放出された放射

性物質は、薄くではありますが、日本全国にばらまかれてしまっています。

私が住む長崎にも、4月の段階で飛んできていることを確認しています。

正確には、日本だけでなく世界中にばらまかれてしまったわけですが。

ーーーーーーー

長崎大学准教授で、放射線の生物への影響を研究してきた

放射線生物物理学の専門家だ。


獨協医科大学准教授で、放射線衛生学の専門家として

原発事故後の福島で調査を続けている。

木村氏が採取した土壌や植物のサンプルを高辻氏が検査するなど、

研究分野を超えた専門家たちでチームを組み、

放射能汚染に立ち向かっている。

両氏とも、チェルノブイリでの実地調査を長年続けてきた

現場主義の研究者。その知見から想定される、

低線量被曝の遺伝子への影響とはー。
ーーーーーーー


木村:その放射性物質による低線量被曝は、

果たして人体にどの程度の影響を与えるものなんでしょうか。



高辻:放射線に被爆すると、細胞中のDNAに必ず変化が起こります。

しかし、その変化はほとんどの場合、

目に見える形では人体に何も起こしません。

 ただ、DNAは確実に変化していて、

その傷ついた遺伝子を盛った人たちの子孫が

何世代もかけて積み重なっていくと、ごくわずかですが、

生存にとって何がしか都合の悪いことが起こってくると考えられます。

 遺伝的影響というのはDNAの変化による突然変異ということです。

放射線を浴びたDNAの傷を修復する働きも細胞の中にはありますし、

またDNAの変化の仕方にも細胞の機能が複雑に絡んでいて、

どう変化するかは予想がつかないというのが実態です。



木村:遺伝的影響というと、

自分たちの子供や孫の世代に何か影響が出るのではないかと

一般的に思われていますが、

われわれ研究者が懸念しているのはもっと先の世代、

5代先、10代先ということですよね。

高辻:そうです。すでに日本人全体が放射性物質により多かれ少なか

DNAを傷つけられています。

そしてほとんどの場合、身体に影響が出ていませんが、

細胞は何らかの突然変異を起こしています。

そして、われわれの子孫は代を重ねるごとにそのDNAの傷を

蓄積していくわけです。



木村:その蓄積の結果、今は眼に見えていないような異常が、

何十世代か先の子孫のときにポンと目に見える形

 ー 例えば通常の遺伝性疾患でも頻度の高い遺伝性難聴や

色盲・色弱というような形で出てくるケースがあるということですね



高辻:それもありますが、

集団遺伝学者は目に見えないような形ーつまり運動機能の劣化とか

ほんの少しIQが低いとか、

そういう量的な変異として出てくるものが多いと指摘しています。

こうした遺伝的影響が出てきたとしても、周囲はもちろん、

本人さえも気づかないでしょうね。



突然変異は線量に比例する


木村:現実として、

福島県を中心に

放射能レベルがこれまでの10~20倍に上がったような地域、

あるいはそれ以上のところもあるわけですが、

そういうところに住まざるを得ない人たちもたくさんいます。

そういう人たちに対する遺伝的な影響は

実際にどう出てくるかという問題を、高辻先生はどう考えていますか。



高辻:突然変異は線量に比例して発生するということは、

ほとんどの突然変異に対して実験により見いだされています。

 自然状態で起こる突然変異率を2倍にするのに必要な線量

「倍加線量」

と言いますが、

その倍加線量がいくらになるかによって、

目立った突然変異が早く現れるかどうかが決まってくる

と考えられています。


 実験科学である放射線生物学の世界で、

低線量とは100ミリシーベルト以下を示すのですが、

普通、突然変異の実験に使われる

ショウジョウバエやマウスなどの倍加線量は

だいたい500ミリシーベルトとか1シーベルトといった、

比較的高い線量なんです。


 一方で、放射線に敏感なことで知られるムラサキツユクサは、

本来アオイ色の雄しべが、

20ミリシーベルトの被曝で突然変異が倍加しピンク色に変色します。

そういう類のものがヒトの遺伝子の中にもあるならば、

その程度の線量でもかなり影響が出てくるかも知れない。

それもやはり、数世代以降の発現ということになると思いますが。



小児性糖尿病や妊娠性貧血


木村:今回の事故で可哀想なのは、福島県に住む妊娠中の女性です。

報道では、

生まれてくる胎児に先天的異常があることを恐れて中絶したり、

子作りを控えたりする女性がいると言われています。

これは全くもって必要ないことです。

遺伝的な影響が出るとしても、

それは2~3代先で発現するようなものではありません。



高辻:そうですね。福島県内に限らず、

今回の放射性物質の拡散による遺伝的影響はすぐには出ないんです。



木村:それから、低線量被曝のメカニズムを考える場合、

外部被曝よりも、内部被曝の影響を心配しなければなりませんね。



高辻:従来は、なんの根拠もないまま、

外部被曝と内部被曝の危険性は同程度である

と考えられてきたわけですが、

最近になって「そうでないかも知れない」と言われ出してきました。



木村:僕はチェルノブイリへ何年も調査に通っています。

まだはっきりと証明できるところまでたどり着いていませんが、

内部被曝の影響が疑われる症状はたくさんあります。

高濃度汚染地域に住む子供たちも2~3代目に入ってきていますが、

目につくのはぜんそく小児糖尿病

それからはっきりとは目に見えない虚弱体質です。


 これはその地域の風土的ものなのかそうじゃないのか

分らなかったんですが、

過去30年の統計データを見ても確かに増えてきているんですよ。


 もしかしたら、本来は数世代から十数世代先に出てくるような障害が、

倍加線量を超える環境で生活することで、

2~3世代目で目に見える影響が出てきているのかもしれません。

というのも、

森と共存しているその地域の人々は

森から得られるベリーやきのこを主要な食材にしている。

これらは放射性セシウムを濃縮するという機構を持っているので、

ここから内部被曝をしている人が多いのです。

この内部被曝によって被爆線量が劇的に上昇している可能性があります。



高辻:可能性はありますね。



木村:一方、あちらでは周産期異常という問題も出てきています。

一番目立っているのは妊娠性貧血ですが、

流産の率も上昇してきているそうです。


  もともと母胎には、養分でも毒でも身体の中に蓄積したものを

赤ちゃんに吸われていく性質があります。

この機能によって身体の中にため込んだ不必要なものを

赤ちゃんに送ることで母体を守るという機構があるのです。

放射性物質でも同様の作用が起こると考えると、

これからわれわれは

内部被曝に対する対策を徹底する必要があるんです。


 だから食品汚染に対しての危機感というのが

非常に高くなってくるはずです。

なので、その危険性を研究者、

とりわけ衛生学者などがもっと声を大にして発言していかないといけない。


 ただしはっきり言っておかなければなりませんが、

僕は福島県内でホールボディカウンターを使って

80人くらいの方々の内部被曝を調査しています。

その結果で言うと、ほとんど身体に影響のないレベルなんです。

高くても0.25ミリシーベルトで、

この数値は現在身体の中に入ってしまった放射性セシウム

全部排出されるまでに受ける総被曝料線量を計算した数費です。

この程度なら今のところは心配する必要は全くありません。



高辻:

1974年に書かれた「遺伝学から見た人類の未来」

という本があります。


編者は集団遺伝学の巨人と呼ばれる木村資先生です。


その本の中で、著者の1人、田中克己先生がこんなことを書いています。


 「遺伝的影響は、現代人が受けた利益に対し、

子孫が遺伝病患者や虚弱者の多発という形で

支払わなくてはなりません。

人類集団にいったん発生した突然変異遺伝子は急には

消滅しないから、長く子孫を苦しめることになりかねません。

そうなったら

現代人は、人類始まって以来

最も愚かで利己的な世代だと言われても抗弁できないでしょう」と。


 まさに今回の原子力事故の影響というのはそういうことです。

40年近く前に、集団遺伝学の研究者たちは予言していたのです。




専門家たちが沈黙する「理由」


木村:放射線遺伝学については、

われわれより詳しい専門家がたくさんいるはずなんですよ。

本来なら、その専門家たちこそが、事故が起きた後、

直ちにその遺伝的影響について説明しなければならなかったわけですが、

誰も口を開かなかった。

しかも、その理由は「パニックになるから」だと言う。

それじゃあなんのための研究者なのか。

 この話はちゃんと説明すればパニックになるような話じゃない。

きちんと伝えて、

それこそ「直ちに影響はない」ということを理解してもらい、

さらに「直ち」じゃなく、

どれくらい先に危険性があるのかを説明しなければならない。

 政治家も東電も、そしてわれわれも認識しなければなりません。

ものすごく先の世代まで負の遺産を遺してしまうんだということを。


いったんDNAに刻まれた傷というのは

癒せるものではない。

それによる影響は、

われわれが死んだはるか後の世界に遺してしまうものなんです。



高辻:今できることは、

まずは自然放射線を超えるような過剰な被曝を

人間や動植物に何世代にもわたってさせないことです。

被害を最小限にするために、

線量の高いところに住んでいる方には

できるだけ移住してもらうことも重要です。


 十数世代、あるいは数十世代後には、

幾ばくかの人たちが遺伝的影響を受け、

生まれることが出来なかったり、若くして亡くなったり、

あるいは社会に適応できず、

子供を作ることができなかったりということになる。


 原発から出る高レベルの放射性廃棄物

地下に何万年もかけて貯蔵しなければなりません。

われわれは、そういう気の遠くなるような将来の子孫に対してツケを

回そうとしていましたが、今回の事故で、

遺伝的な負荷をも彼らにツケ回しすることになってしまったのです。


木村:われわれはチェルノブイリやスリーマイル、

地下核実験や大気中核実験を経験し、

そのたびに被曝のリスクは高まってきた。

今回の福島第一の事故は

そこにプラスアルファとして加わってくるわけですが、

間近で起きた放射線事故後の世界に生きる人間として、

われわれ人類は新たなフェーズに突入した。

今後はそのように考え方を改めていかなければならないんだと思いますね。

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