燃料施設の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について
原子力安全委員会決定
昭和五八年五月二六日
核燃料施設の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について
当委員会は、昭和五八年四月二五日付けで核燃料安全基準専門部会から提出のあった、標記めやす線量に関する報告書について、その内容を検討した結果、別添のとおり「核燃料施設の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について」を定める。
〔別添〕
核燃料施設の立地評価上必要なプルトニウムに関するめやす線量について
1 諸言
本報告書は、核燃料施設の万一の事故に関連して、その立地条件の適否を判断するために用いるプルトニウムに関するめやす線量について検討した結果を述べたものである。
2 着目する必要のある各組織の「めやす線量」
2―1 着目する必要のある組織
「めやす線量」は、身体内におけるプルトニウムの分布および各組織の放射線感受性の観点から、(1)骨、(2)肺および(3)肝に着目して、それぞれ定める。
2―2 組織別の「めやす線量」
(1) 骨の「めやす線量」は、骨表面近くの細胞の線量として2.4Svとする。
(2) 肺の「めやす線量」は、3Svとする。
(3) 肝の「めやす線量」は、5Svとする。
解説
本「めやす線量」を設定するに際しての基本的考え方および「めやす線量」適用にあたっての留意事項等を以下に解説としてとりまとめた。
A 「めやす線量」を設定する際に採用した基本方針
1 核燃料施設の立地条件の適否の判断は、「核燃料施設安全審査基本指針」の「[Roman3 ]立地条件、指針3事故時条件」に示す「核燃料施設に最大想定事故が発生するとした場合、一般公衆に対し、過度の放射線被ばくを及ぼさないこと」による。
2 本報告書でいう「めやす線量」とは、上記の判断にあたり、プルトニウムを大量に取扱うプルトニウム燃料加工施設、再処理施設等の核燃料施設と公衆が居住する区域との間に適当な距離を設定するに際して、プルトニウムによる被ばくに係る適当な距離を判断する際のめやすとするものである。
3 「めやす線量」は、公衆の個々の構成員がその線量を被ばくしても、健康に対する有意な損失をもたらさないように設定する。
4 「めやす線量」の値をきめる際に、考慮する必要のある人体に対する放射線影響は発がんとする。
5 「めやす線量」は、公衆の個々の構成員の骨表面、肺および肝の組織線量当量で表わす。
6 α放射体が人体におよぼす発がんに関する知見について、すでに公表されている医学的情報を調査・検討して「めやす線量」を定める。
7 調査・検討の対象とする医学的情報は、原則として国連科学委員会報告、国際放射線防護委員会およびそれに準ずる機関の刊行物に掲載されているものとする。
B 核燃料施設における最大想定事故について
核燃料施設においてプルトニウムに関する「めやす線量」を設定する際に想定される事故の主なものとしては、火災・爆発事故および臨界事故が挙げられる。すなわち、核燃料施設において可燃性物質等を核燃料物質等と共存する状態で取扱う場合には火災・爆発事故の可能性を検討し、また最小臨界量以上の核燃料物質を取扱う場合には臨界事故の可能性を検討しなければならない。技術的にみて、これらの事故の発生が想定される場合には、おのおのの事故時における一般公衆の線量当量を評価し、その値が最大となる事故をもって最大想定事故とする。
事故の代表的な例としては、火災・爆発事故については、再処理施設の溶媒抽出工程における有機溶媒の火災等、プルトニウム燃料加工施設の焼結または還元工程における水素の爆発などが想定される。また臨界事故については、再処理施設の溶媒抽出工程、プルトニウム燃料加工施設の湿式回収工程など、溶液を取扱う工程における誤操作等による臨界事故が想定される。
このような最大想定事故時のプルトニウムによる線量当量の評価にあたっては、プルトニウムの物理化学的性状、酸類等の共存物質、事故の規模などを考慮しなければならない。
C プルトニウムの人体内挙動に影響を与える因子について
C―1 影響を与える因子の区分
核燃料施設から事故によって放出されるプルトニウムにより施設周辺の公衆が放射線を被ばくすることを想定し、対象となる公衆の構成員がプルトニウムによって被ばくする放射線の量を推定する場合には、プルトニウムの体内への摂取および摂取後の挙動に影響を及ぼす諸因子について考慮する必要がある。これらの因子は、
[cir1 ] プルトニウムの化学的および物理的性状
[cir2 ] 摂取経路
[cir3 ] 人体側の条件
の3つに大別できる。
C―2 プルトニウムの化学的および物理的性状
C―2―1 化学的形態
(1) プルトニウムの化学的形態の相違は、吸入摂取の場合の肺からのクリアランスの差、経口摂取の場合の消化管からの吸収率の差等に関連する。国際放射線防護委員会(ICRP)では、プルトニウム化合物の肺からのクリアランスの程度に注目して、キレート化合物はクラスD、酸化物はクラスY、硝酢酸を含むその他すべての化合物はクラスWに分類している。
(2) 核燃料施設内のプルトニウムは、酸化物、硝酢酸、シュウ酸塩等の塩類、水酸化物、炭化物、窒化物、炭窒化物、キレート化合物、金属、合金、あるいはナトリウム等との複合体などの化学形態で存在するが、そのほとんどは酸化プルトニウムおよび硝酸プルトニウムである。
「めやす線量」の適用対象となる核燃料施設の事故に際して、公衆の構成員の身体に摂取され、線量当量の評価上問題となるのは、多くの場合、酸化プルトニウムおよび硝酸プルトニウムである。したがって施設の立地条件の適否の判断にあたっては、プルトニウムのクラスYおよびクラスW化合物による被ばくについて評価することでその目的を達することができる。
(3) しかしながら、審査の対象となっている施設側の条件等によって、クラスYおよびクラスW化合物以外の化学形態のプルトニウムも線量当量評価上問題とする必要があると判断される場合は、特別の考慮を払うべきである。
C―2―2 物理的性状
(1) 核燃料施設の立地条件の適否の判断に際しては、問題となるプルトニウムは、エアロゾルの形で存在しているものと考える。
施設内のプルトニウムは、粉末、溶液、あるいは焼結体などの物理的性状で存在する。しかし、「めやす線量」の適用対象となる事故で問題となるのは、エアロゾル状のものである。
(2) 吸入されたプルトニウムエアロゾルは、その粒子径によって体内での挙動が異なる。「めやす線量」の適用に際しては、粒子径を考慮して評価する必要がある。第1表に0.1μmから10μmまでの粒子径(空気力学的放射能中央径:AMAD)に対する各組織の預託線量当量の違いを示す。これはICRP Pub.30(Pub.はPublicationの略、以下同様)に採用されているモデルに従って計算したものである。このモデルの適用範囲内において、粒子径が0.1μmのときに預託線量当量は最大となる。
C―3 摂取経路
(1) 「めやす線量」の適用対象となる核燃料施設の事故に際して公衆の構成員の身体内にプルトニウムが摂取される経路としては、吸入のみを考えればよい。
(2) 摂取経路としては、このほかに経口摂取および経皮吸収が考えられる。しかし、経口摂取については、事故によりプルトニウムで汚染された飲食物を公衆が摂取することがほとんど考えられないことや消化管からのとり込みが吸入によるとり込みに比べて十分小さいこと、また経皮吸収については、皮膚がプルトニウム化合物の侵入に対して有効な障壁となることから、これらによる摂取は考慮する必要はないと判断される。
C―4 人体側の条件
(1) 人体側の条件として考慮を要するものとしては、年齢の違いによる差、個人差、性による差などがある。
(2) 年齢差については、G―1で述べる。
(3) 個人差は考慮する必要はない。線量評価に際しては、公衆の構成員の最大の線量を算出し、しかも、「めやす線量」には安全係数が考慮されているので、個人差を考慮しないことで、公衆の構成員の健康に対する損失を不当に過小評価することはない。
(4) 性による差も、同様の理由により、考慮する必要はない。
第1表 H50*(1μm)に対するH50*(AMAD)の比
(1) 239Pu(Class W)
(2) 239Pu(Class・Y)
* H50:組織の預託線量当量
**―は骨表面の預託線量当量の10%未満であることを示す。
C―5 施設内のプルトニウムの多様性
核燃料施設内に存在するプルトニウムの性状は多種多様である。また、それらの割合もさまざまである。しかし、立地条件の適否の判断の対象とされる最大想定事故における公衆の構成員の被ばく評価に際して問題とすべきプルトニウムの各種性状とそれらの割合は、施設内に存在する場合のそれと同じとは限らない。線量評価は、この点に配慮して行う必要がある。
D 着目する必要のある放射線影響
D―1 着目する放射線影響を決定する際に考慮する点
(1) 「めやす線量」を設定する際に、考慮する必要のある放射線影響としては、プルトニウムの摂取による身体的影響と遺伝的影響がある。
(2) 身体的影響には、摂取後早い時期に発生する早期影響と、長い期間を経て発生する晩発影響とがある。
(3) 早期影響の代表的なものの一つは、急性放射線症であり、全身または身体の比較的広い部分が被ばくした場合に発生する影響である。この影響の発生にはかなり高いしきい線量が存在する。プルトニウムの身体内分布はかなり不均等であり、急性放射線症の発生はあり得ないので考慮しなくてよい。
また、プルトニウムの摂取により各組織に早期影響(肺炎、骨炎、造血臓器機能障害等)が発生するためには、個々の組織が大量に被ばくすることを要するのでプルトニウムの摂取による早期影響は、「めやす線量」の設定に際しては考慮しなくてもよい。
(4) プルトニウムの摂取による晩発影響としては、プルトニウムの身体内沈着により被ばくする組織の退行性変形(骨えそ、肺線維症など)と発がんとがある。
放射線被ばくによる発がんは、放射線防護の観点からは、そのリスクにはしきい線量が存在しないと仮定されている。しかし、実際には、プルトニウムの摂取による人体の各組織のがん誘発事例に関する知見はない。
一方、放射線の人体に対する影響に関する過去の知見、すなわちヒトに関する放射線誘発がん事例についての文献を探索すると、各組織の放射線誘発がん事例のなかで最低の線量の事例をみつけることは可能である。各組織ごとの「めやす線量」は、この線量よりも十分に低いものでなければならない。
発がん以外の晩発影響には、しきい線量が存在し、それらのしきい線量は、ヒトにがんを誘発すると考えられる最小の線量に比べるとかなり高い。
したがって、発がんに着目して「めやす線量」を決めれば、その他すべての身体的影響の発生は防止できる。
(5) 遺伝的影響は、発がんと同じように、放射線防護上は、しきい線量のない影響と仮定されている。遺伝的影響は、生殖腺の被ばくに関係する。しかし、プルトニウム摂取による身体内分布を考慮すると、プルトニウムの摂取による遺伝的影響は考慮しなくてよい。
(6) プルトニウムの身体汚染に関連して、ヒトにがん、その他の放射線影響が誘発された事実は存在しない。
D―2 プルトニウムの「めやす線量」を設定する際に発がんに着目する理由について
放射線感受性の観点から、プルトニウム摂取によるもっとも低い線量の被ばくで発生する可能性があると考えられる影響はがんである。
したがって、「めやす線量」を決める際には、発がんに着目すればよい。被ばくによる有意ながんの発生が認められないように配慮することにより、その他のすべての放射線影響の発生は防止できる。すなわち、発がんに着目して設定された「めやす線量」が担保されていれば、公衆の個々の構成員には、健康に対する有意な損失はない。
D―3 プルトニウムの「めやす線量」を設定する際に遺伝的影響を考慮しなくてもよいと判断した理由について
(1) 遺伝的影響に関係する線量は、生殖腺が受けた線量である。
(2) プルトニウムから放出される放射線のなかで、生体組織の被ばくに有意な寄与をするのは、飛程の短いα線である。したがって、生殖腺の被ばくで問題となるのは、生殖腺内に沈着・存在するプルトニウムであり、生殖腺以外の組織に沈着したプルトニウムから放出される放射線による生殖腺の被ばくは、無視してさしつかえない。
(3) 身体内に存在するプルトニウムで、生殖腺に沈着する割合は極めて少なく、ICRP Pub.30によると、こう丸では3.5×10−4、卵巣では1.1×10−4とされている。
(4) 前2項で述べた理由から、プルトニウムの身体内汚染によって生殖腺が受ける線量は、実際上無視してさしつかえない。したがって、「めやす線量」を定めるに際しては、遺伝的影響を考慮しなくてもよいと判断される。
E 「めやす線量」を設定する際に着目したヒトの放射線影響に関する医学的知見
E―1 プルトニウムの被ばくに関する人類の経験
プルトニウムに対する人類の被ばくの経験については、プルトニウムの被ばくに由来すると確認された障害例はまだ経験されていないが、ICRP Pub.2で示された最大許容身体負荷量付近の、あるいはそれを超えるような被ばくをした人達のいくつかのグループがある。これらの人達のその後の経過は注意深く見守られている。過剰のプルトニウム被ばく例には次のようなものが代表的なものとしてあげられる。
[cir1 ] マンハッタンプロジェクト被ばく者集団
[cir2 ] ロッキーフラッツ火災事故被ばく者
[cir3 ] 末期がん患者プルトニウム投与例
[cir4 ] プルトニウム金属片皮膚浸入被ばく例
[cir5 ] 米国超ウラン元素被ばく者国家登録
以下おのおののグループの特色をプルトニウムの障害評価の観点から概説する。
(1) マンハッタンプロジェクト被ばく者集団
第2次大戦中、1944~1945年に米国ロスアラモスで原爆製造のマンハッタンプロジェクトでのプルトニウム精製作業中、硝酸プルトニウム蒸気の吸入により26名の若い男性の作業員(学徒水兵)が被ばくし、そのプルトニウムの体内沈着量は259~8510Bq(7~230nCi)で、うち11名の沈着量はICRP Pub.2で示された最大許容身体負荷量1,480Bq(40nCi)以上であった。被ばく後32年経過後の報告によれば、この26名のうち2名が、心臓病および自動車事故で死亡したが他は生存し、プルトニウムに由来すると考えられるガンの発生はなかった。また、37年経過後のVoeltzらの調査によってもプルトニウムに由来すると考えられる有害な健康影響は見られていない。これらの被ばくは硝酸塩のミストの吸入によるものであったが、吸入されたプルトニウムの肺への沈着はその後の経過の観察から酸化プルトニウムの粒子吸入と類似した行動をとっているとBairらは主張している。
(注) 原論文での単位を( )内に示す。
(2) ロッキーフラッツ火災事故被ばく者
1965年10月15日、米国コロラド州ロッキーフラッツのプルトニウム製造工場のグロープボックス内で事故が起こった。金属プルトニウム取扱中の火災によって生じた酸化プルトニウムエアロゾルを吸入被ばくし、25名にICRP Pub.2の最大許容身体負荷量を超えるプルトニウムの肺沈着を生じた。最大のものはこの最大許容身体負荷量の17倍であった。1974年までは、全員について全く異常は報告されていない。被ばくからまだ時間がそれほどたっていないので、発ガンが見られないのは潜伏期のうちであると主張する人もある。本事故の被ばく者は酸化プルトニウムの吸入被ばくで、しかも粒子径も事故時に測定されているので、線量―効果関係を知るうえできわめて重要な情報を今後の追跡調査によってもたらすであろう。
(3) 末期がん患者プルトニウム投与例
1945~1946年に米国ロスアラモスでプルトニウムの身体負荷と尿中排泄との関連性を決めるため、末期がん患者18名にクエン酸239Puの形で11~222kBq(0.3~6μCi)を静脈注射し、1名には239Puと共に192kBq(5.2μCi)の239Puも注射した。これらの患者は尿中排泄を追跡調査されたが、大部分は短期に死亡した。しかし、21年間生存し、心臓病で死亡したものや何例かは追跡不能となり少なくとも1例は現在も生存している。これらの患者のデータから、プルトニウムの尿中排泄から身体負荷量を推定する計算式がLanghamらによって導き出され、現在も実用的に用いられている。
(4) プルトニウム金属片皮膚侵入被ばく例
1657年頃、プルトニウム金属の機械工作に従事していた作業者がプルトニウム金属を掌に刺傷する事故が8例あったと報告されている。そのうちの1例が手術後に0.078μg、約190 Bq(約5nCi)のプルトニウムが残り、約4年後に掌に結節を生じたが、その結節を摘出してオートグラフィおよび組織検査をしたところその部位に前がん症状に類似した変化があったと1962年にLushbaughが報告した。プルトニウムに由来すると考えられる障害の発現したと考えられる唯一のものであるが、その結節を放置すれば、本当にがんになったかどうかについては学者の中でも意見が一致していない。
(5) 米国超ウラン元素被ばく者国家登録
過剰被ばくとは言えないが、米国では1968年から超ウラン元素取扱いの作業者を登録する国家登録の制度を発足させ志願者の医学的・保健物理的記録をハンフォードのセンターに登録し、更にその志願者のうちで死後の解剖の承認を取りつけている。1982年の報告によれば解剖の生前承認をしたものが901名あり、すでに解剖の行われたものが154名いる。解剖者の組織は一定の基準に従ってプルトニウムの含有量を分析している。これらの分析データは詳細に報告されて公表されているが、これらの中には、まだプルトニウムに由来すると考えられる障害と認められる変化はないという。この追跡調査研究は50年以上続けられる計画であるという。
E―2 プルトニウム以外のα放射体による人体被ばくの経験
プルトニウムによって人体で障害を明確に実証した例はないので、同じα放射体でプルトニウム以外のものについて人体の障害例を検討した。これらの事例はいずれもα放射体ではあるが、その身体内分布も化学的形態も異なるので直接的な証拠とはならないが、間接的にはプルトニウムの人体での障害を類推する重要な基礎となっている。
現在のところプルトニウム以外のα放射体による人体の内部被ばくの経験で、対象の数がある程度まとまったものとされているものは次の4例である。
[cir1 ] ラジウムダイヤルペインターの骨肉腫
[cir2 ] ウラン鉱夫の肺がん
[cir3 ] トロトラスト投与患者の肝がん
[cir4 ] 224Ra投与患者の骨肉腫
これらの人体例はいずれも線量と効果について一応の関係が明らかにされているので、これらの成果はプルトニウムによる障害を評価するのに有用である。
(1) ラジウムダイヤルペインターの骨肉腫
1900年代の初めごろ、米国で夜光塗料を時計の文字盤に筆で塗布していた女性の作業者の集団があった。彼女達は、筆先をなめながら作業をしていたため夜光塗料に高濃度で含まれていた226Raを長い間に多量に体内へとりこんでしまう結果となった。これらの人達は2,800人以上と推定されているが、これらの人達の中に数年後から骨折、骨がん、そして白血病が多発していることがわかった。これらは、ラジウムやメソトリウムが骨へ沈着したために起きた障害であり、内部被ばくによる職業病の代表的なものである。これらの人達は、これ以外にラジウム化学工業で働いていた人達などと共にその後継続的に追跡調査され、226Ra沈着量と障害の関係が詳細に調べられている。1971年までに54例の骨肉腫と20例の頭ガイ洞腫瘍(226Raから生じた222Rnによるものと考えられている)が体内のラジウム量既知のアメリカのラジウム摂取者全体の中から見出され、また少数の脳腫瘍や白血病が出現し、それが多分放射線誘発のものと考えられている。
これらの研究の結果明らかになった事実のうち身体負荷量が3700Bq(0.1μCi)以下の226Raの摂取者には骨のがんなどの障害が認められなかったということがICRP Pub.2等において226Ra90Sr、239Puなどの骨に対する親和性を持つ放射性核種の最大許容量を決めるうえでの基本的な基準となっている。
(2) ウラン鉱夫の肺がん
ヨーロッパでもアメリカでも、地下で働く鉱夫の中に肺がんの発生が一般人と比較して非常に高いという事実が古くから認められてきたが、この原因がラジウムの崩壊から生じる天然の放射性元素であるラドン(222Rn)およびその放射性の娘核種の吸入に由来するものであることが近年広く認められるようになり、多くの調査研究がなされている。この調査によってウラン鉱夫の肺がんは通常人に比べて発生の頻度が著しく高く、なかでも喫煙者の場合の頻度が特に高いことが明らかにされた。
222Rn及びその娘核種の吸入被ばくによる障害はそのほとんどが沈着部位が気管であることから気管上皮から発生する肺がんであるが、プルトニウムの場合はこれと異なり肺深部沈着に最大の問題があると考えられることが障害評価上の問題点となっている。またもう一方ではラドンおよびその娘核種の吸入による線量当量の評価が難しく、また線量―効果関係はラドンおよびその娘核種の作業空間での空中濃度に関連するWLM(Working Level Month)注)という単位を用いて表現されているため、ラド又はレムへの直接変換がかなり困難なこともプルトニウムと関連しての評価を困難にしている。
注) “I Working Level”とは222Rnが210Pbに完全に崩壊するまでに合計1.3×105MeVのα線エネルギーを放出するような、1リットルの空気中に含まれる222Rnの短寿命娘核種の任意の組合せと定義している。
“I Working Level Month(WLM)”とは170時間の間1Working Levelに曝されたことを意味する。
(3) トロトラスト投与患者の肝がん
トロトラストは商品名であり、天然トリウムを用いて作られたコロイド状の酸化トリウムからなる血管造影剤で第2次大戦中にドイツで開発され世界的に広く用いられ、我国でも戦傷者の診断に用いられた。天然トリウムはα放射体であるが比放射能が非常に低いので、当時はその程度の放射能は無視しうるものと考えていた。このトロトラスト投与患者の中に高率に肝がんその他悪性腫瘍が多発していることが注目され、西ドイツ、ポルトガル、デンマークそして日本で追跡調査がなされている。現在までの検討結果によると、30年以上たった今日でも、投与患者の肝臓には大量のトロトラストが沈着しており、肝がん、白血病が有意に発生している。潜伏期は、20~30年以上に及ぶことも明らかになった。トリウムは、比放射能が低いため、これらの障害が放出されたα線だけによるものかあるいはトリウムの化学的毒性も加わっているかは現在もなお不明であり、またトリウムはトリウム系列と呼ばれる崩壊の連鎖をもっているため、組織の受ける線量の評価もその精度においてかなりの問題がある。しかし内部被ばくによる肝の障害は他に例をみないので、プルトニウムの予想される肝の障害の評価のためには有力な情報であると考えられている。
(4) 224Ra投与患者の骨肉腫
1946~1951年西ドイツにおいて、青少年には結核の治療のため、成人には主として強直性脊椎症の治療の目的で短寿命のα放射体である224Ra(半減期3.62日)を反復注射する療法が行われた。Spiessらの調査によると、これらの患者には、歯の折損が16~20歳の青少年に多く起こったほか、非常に若い人に成長の遅れ、良性の外骨症、成人に骨肉腫の発生例が認められた。
224Raは短寿命のために骨に沈着してまだ骨表面に存在しているうちに減衰してしまうので226Raのように骨実質に均等照射を与えることなく、骨表面のみが照射されることになる。したがって239Puの骨表面照射と最も類似しているとして239Puの骨の障害評価には、224Raを基準とすべきであるとMaysらは主張している。
E―3 プルトニウムの「めやす線量」とヒトの放射線誘発がん事例との関係
(1) プルトニウムの「めやす線量」の設定に際しては、プルトニウム、あるいは、その他のα放射体の内部被ばくによる人体への影響に関する医学的知見を参考にするのが望ましいが、前述した通りプルトニウムの身体汚染により健康に対する有意な損失をもたらした事例は存在しない。したがって、プルトニウム以外のα放射体による身体汚染に関連した放射線誘発がん事例を着目すべき臓器ごとに検討して、「めやす線量」の値を設定する際に役立てることとした。
(2) 骨の放射線誘発がん事例について
骨の「めやす線量」を設定する際に注目されるのは、
[cir1 ] 3700Bq(0.1μCi)226Raを持つ者には、X線写真で中等度の骨変化はみられなかったこと
[cir2 ] 6180Bq(0.167μCi)226Raを持つ症例の顎骨に腫瘍が発生した事例があること
である。
226Raの骨残留量が6180Bqである事例の骨表面近くの細胞の線量(30年間の吸収線量)は、ICRP Pub.30で述べられている方法で求めると54Svとなる。
以上の点を考慮すると、プルトニウムによる骨の「めやす線量」を骨表面近くの細胞線量として2.4Svとすることは、安全係数が十分考慮されているものと考えることができる。
(3) 肺の放射線誘発がん事例について
肺の「めやす線量」を設定するに際しては、ウラン鉱山の作業者に発生した肺がんに関するデータが、有用と考えられる唯一のデータである。
しかし、ラドンおよびその娘核種による線量当量評価には、多くの困難が伴い、そのうえ個々の事例を対象とした線量評価は実際上は不可能である。
多くの不確定要因があるという認識の下で考察した場合でも、3Gy以下では、肺がんが発生する可能性は無視できると考えられる。
以上の点を考慮すると、プルトニウムにより肺の「めやす線量」を3Svという値とすることは、安全係数が十分考慮されているものと考えることができる。
(4) 肝の放射線誘発がん事例について
肝の「めやす線量」を設定するに際しては、トロトラスト投与患者に発生した肝がんに関するものである。
線量推定上、不確定要素のあることを十分認識したうえで判断すると、肝の吸収線量が3.5Gy以下では肝がんが発生する可能性は無視できると考えられる。
なお、ICRP報告(ICRP Pub.14)によると、肝は放射線誘発がんに対しては感受性の低いクラス(放射線感受性の程度を二つのクラスに分けている)に分類されている。
以上の諸点を考慮すると、プルトニウムによる肝のめやす線量を5Svとすることは、安全係数が十分考慮されているものと考えることができる。
F 着目する必要のある組織
F―1 着目する組織を決定する際に考慮する点
(1) 「めやす線量」を設定する際に着目すべき組織は、身体内におけるプルトニウムの分布および組織の発がんに対する放射線感受性の2点を考慮して決める必要がある。
(2) プルトニウムの身体内分布は、かなり不均等である。
吸入の場合のプルトニウムの肺からのクリアランスは、プルトニウム化合物によって異なるが、一般的に肺内残留は長い。また、血液中に取り込まれたプルトニウムは、主として肝および骨格に沈着し、ICRP Pub.30およびPub.48によると、各組織の沈着割合は、肝0.45、骨0.45である。
(3) これらの点を考慮すると、「めやす線量」設定に際して着目すべき組織は、骨、肺および肝の三つの組織である。
F―2 骨
骨で発がんに対する放射線感受性の高い細胞は、骨内膜面の内骨細胞および骨表面の上皮細胞である。
骨の「めやす線量」は、内骨細胞および骨上皮細胞にあてはめる。これらの細胞に対するプルトニウムによる平均預託線量は、骨内膜面および上皮でおおわれたすべての表面から10μmまでの深さの組織の層を対象として算出する。
預託線量の平均を算出すべき骨表面上の厚さ10μmの層の質量は120gとする。
第2表 プルトニウム(酸化プルトニウム―239)吸入の場合の骨表面の預託線量の年齢依存性*
* プルトニウムの生体内での移行、代謝については年齢依存性はないものとして求めた。
** 組織重量(骨格)は、20歳までは増加し続け、それ以降は一定であるものとした。
*** 成人を1.0とした場合の各年齢層の比で表わした。
F―3 肺
肺の「めやす線量」は、気管、気管支、呼吸領域(肺胞領域)および肺リンパ節をあわせたものを肺とし、これにあてはめる。
肺の預託線量は、肺全体の質量を1kgとし、その平均線量とする。
F―4 肝
肝の「めやす線量」は、肝臓全体の平均線量にあてはめる。肝の預託線量は、肝臓の質量を1.8kgとし、その全体の平均線量とする。
G 線量評価上影響を与える因子について
G―1 年齢
(1) プルトニウムの「めやす線量」の適用にあたっては、プルトニウム摂取時の年齢に注目し、プルトニウム摂取により、もっとも高い組織預託線量を受ける年齢の個人に対し、「めやす線量」を適用する必要がある。
(2) プルトニウム摂取による、年齢ごとの組織の預託線量は年齢に依存すると考えられるつぎの4点によって異なる。
[cir1 ] プルトニウムの摂取量(吸入摂取の場合は、プルトニウムの摂取量は、呼吸量に依存する。)
[cir2 ] 組織の重量
[cir3 ] プルトニウムの生体内での移行・代謝
[cir4 ] 被ばく期間(預託線量の預託期間)
(3) プルトニウム摂取時年齢層を成人(20歳)、小児(10歳)、乳児(1歳)、新生児の4つに区分し、上記(2)の4点に注目し、239Pu(酸化プルトニウム等クラスY化合物)吸入の場合の骨表面の預託線量の年齢による違いを第2表に示す。
プルトニウムの生体内移行・代謝が年齢に依存しないものと仮定して求めた預託線量は、小児、乳児、新生児に比べて成人がもっとも高い。
(4) プルトニウムの生体内代謝で年齢依存性が大きいとされているものは消化管吸収率(f1:ICRPPub.30)である。ICRPPub.30では消化管吸収率f1は10−5としているが、若年者では増大するとしている。ICRP Pub.48では、新生児の消化管吸収率についても論じ、従来の吸収率より高い平均吸収率を公衆に対して採るべきであるとし、化学形によらずf1=10−3を与えており、ICRP Pub.30の酸化物に対するf1=10−5より2桁増加している。かりに小児の消化管吸収率が1桁ないし2桁増加したとしても、プルトニウム(酸化プルトニウムAMAD=1μm)吸入の場合の預託線量は、1.001倍あるいは1.011倍になるだけである。
(5) したがって、プルトニウムの「めやす線量」は成人に適用するものとする。
G―2 プルトニウムの同位体の存在比
核燃料施設で取扱われるプルトニウムは、純粋の239Puではなく各種のプルトニウム同位体の混合物である。これらはそれぞれα線、β線、場合によってはγ線を放出する。これらの同位体のうちには、239Pu、246Puのようにα放射体であって239Puより比放射能が高いものや、241Puのようにそれ自身はβ放射体であるが、娘核種である241Amに変換されα線を放出するものがある。一般に核燃料施設で用いられるプルトニウムは、これらの239Pu以外の同位体がかなり混在するため、純粋の239Puにくらべて実効的な比放射能は数倍程度高いのが普通である。したがって線量の評価にあたっては同位体の存在比を考慮した実効的な比放射能を考えるか、それぞれ独立に同位体ごとに計算して集計することが安全上必要となる。
H 「めやす線量」としての線量の種類等について
H―1 組織の平均線量当量とすることについて
(1) 各組織ごとの「めやす線量」を適用する場合には、各組織の平均線量当量(骨については骨表面の平均線量当量)にあてはめることとする。
(2) ICRP Pub.26では、発がんに対して「一定量の放射線エネルギーの吸収は、これが均等に分布しているときよりも一連のホットスポットによるときの方が普通は効果が小さい」と述べている。
(3) プルトニウムの組織内分布は、不均等である。プルトニウム摂取および取り込みによる線量評価に際しては、プルトニウムが組織中に均等に分布していると仮定したほうが、不均等分布を仮定した場合よりも発がんのリスクを過大に評価することとなり、安全側の判断をすることとなる。したがって、「めやす線量」の適用にあたっては、組織内の均等分布を仮定して求めた組織の平均線量当量をあてはめることとする。
H―2 線量の種類と基準としてのめやす線量
(1) 人体の受ける放射線量を放射線防護の目的をもった基準とする場合、いかなる種類の線量を用いるかが、問題となる。選択の対象となる主な線量は、
[cir1 ] 組織線量当量(tissue dose equivalent)
[cir2 ] 実効線量当量(effective dose equivalent)
[cir3 ] 集団実効線量当量(collective effective dose equivalent)である。
(2) いずれを用いるのが妥当であるかは、どのような放射線影響を防護の対象とするかによって異なる。
[cir1 ] 組織線量当量を用いる場合には、組織ごとの非確率的影響の発生防止を目的とする場合と、組織ごとの確率的影響の発生を制限することを目的とする場合とがある。
[cir2 ] 実効線量当量は、被ばくによる確率的影響(発がんおよび遺伝的影響)の全リスクを求めるための線量である。したがって、実効線量当量を用いるのは、個人を対象とした確率的影響の制限を目的とする場合である。
[cir3 ] 集団実効線量当量を用いるのは、集団を対象とした確率的影響の制限を目的とする場合である。
(3) 基準の設定に際しては、放射線防護の対象に応じて、線量の種類を決める必要がある。防護の対象を限定できない場合、あるいは対象が複数である場合には、適用に際して、該当するそれぞれの線量について評価を行い、基準にてらしてもっともきびしい値となった線量を対象として判断するのが、原則としてもっとも妥当な手順である。この方法を採用するには、それぞれの線量について判断基準を定めることが必要となる。
(4) プルトニウムの「めやす線量」は組織線量当量とする。
プルトニウムの身体内分布は不均等で、プルトニウム身体汚染に伴いプルトニウムが有意に沈着する組織は、骨、肺、肝である。したがって、三つの組織の発がんに関する線量に着目して、個々の組織に有意ながん発生が認められないように「めやす線量」を設定することにより、公衆の個々の構成員の健康は守られる。
(5) 被ばくする公衆全体を対象として、確率的影響の防護を目的とした基準を決める場合は、原則として集団実効線量当量を用いるべきである。
H―3 組織ごとの「めやす線量」と実効線量当量との関係
(1) 実効線量当量は、全身が均等に照射されても不均等に照射されても、そのリスクは同じであるべきであるという放射線防護の原則にもとづいて、被ばくによる確率的影響をリスクを推定するために用いられる線量である。
実効線量当量(HE)は、照射を受ける個々の組織の線量当量(HT)を、それぞれの組織の荷重係数(WT)で重みづけしたものの合計で、次式であらわされる。
HE=ΣWTHT
(2) 本指針できめた組織ごとの「めやす線量」に相当するプルトニウム摂取があった場合の実効線量当量を239Pu(酸化プルトニウム等のクラスY化合物)の吸入の場合について検討したものを第3表に示す。
組織の線量当量を求める際のα線の線質係数は20とした。
各組織の「めやす線量」とその「めやす線量」に相当するプルトニウム摂取があった場合の実効線量当量は、
骨の「めやす線量」2.4Svの場合、0.234Sv
肺の「めやす線量」3Svの場合、0.75Sv
肝の「っやす線量」5Svの場合、2.667Sv
となる。
[cir3 ] 第3表から明らかのように、骨以外の組織の預託線量当量が、それぞれの「めやす線量」に達した場合には、骨の預託線量当量が、骨の「めやす線量」2.4Svを超えてしまう。
したがって、実効線量当量すなわち全身のリスクに注目した場合には、骨に対する「めやす線量」が、実際上のプルトニウムの吸入摂取を決める制限因子となる。
第3表 実効線量当量の試算
(単位Sv)
注:核種239Pu、クラスY、AMAD=1μm
I 内部線量当量の評価について
この指針に示された「めやす線量」と比較するために必要な線量当量の具体的な算定手順をI―3に記述するが、線量算定に必要な内部線量当量換算係数には、ICRP Pub.30の方法で求められるものを用いる。ICRP Pub.30(1979)の方法は従来用いられてきたICRP Pub.2(1959)の方法を改良したものであるので、まずその改良点についてI―1およびI―2で解説する。
I―1 基本的改良点
ICRP Pub.30(1979)の線量評価法が同Pub.2(1959)のそれと基本的に異なる点は下記の2点である。
(1) 摂取した放射能核種の代謝モデルとして、単一コンパートメントに代って複数コンパートメント(第1図)を用いる。
(2) 預託線量当量(H50)を求める場合は、標的組織と線源組織とを決め、線源組織を沈着した放射性核種により標的組織の受ける50年間の線量に算定する。
以下に、指針の線量評価と関係のある呼吸器系と骨に対する預託線量算定モデルについて、Pub.30に従って述べる。
第1図 放射性核種の体内挙動の記述に通常用いる数学的モデル
I―2 ICRP Pub.30の方法(預託線量算定モデル)
(1) 代謝モデル
線量算定に用いる代謝モデルをまとめて第2図に示す。なお、代謝データはICRP Pub.48の値を用いた。
[cir1 ] 呼吸器系
() 呼吸器系は鼻咽頭(N―P)、気管―気管支(T―B)および肺実質(P)の三つの領域に区分される。
() 吸入した放射性粒子が、上記の三つの領域に沈着する場合は、粒子の物理学的パラメータである空気力学的放射能中央径(AMAD)にのみ依存する。
() 上記の三つの領域からの放射性粒子の生物学的除去(肺クリアランス)の速度は粒子の化学形によって決まる。化合物は肺実質(P)における生物学的半減期に応じて、D(<10日)、W(10~100日)およびY(>100日)の三つのクラスに分類される。
() 線量算定の対象となる肺は気管―気管支領域、肺胞領域および肺リンパ節から成る、質量1kgの一つの複合組織と考える。
[cir2 ] 骨
ICRP Pub.2に示された骨の線量計算においては、骨格全体の平均吸収線量を算定し、障害係数n(プルトニウムに対してはn=5)を乗じて線量当量を求めた。
その後、骨格の中で発がんのリスクを考えるべき細胞は
() 骨髄の造血幹細胞および
() 骨内膜面の造骨細胞ならびに骨表面に近いある種の上皮細胞
であることが明らかとなった(ICRP Pub.11)。
それゆえPub.30では骨に対する線量算定は上記の()と()について行っている。すなわち、骨髄内の造血細胞に対しては、梁骨の内腔を完全に満たしている組織(活性赤色骨髄)の受ける平均の線量当量を算定する。また、骨内膜面にあたる組織と骨表面上皮に対しては、問題としている骨表面から10μmまでの深さにある組織の受ける平均の線量当量を算定する。
従って、骨の場合には、標的組織は活性赤色骨髄と骨表面近くの細胞(厚さ10μmの組織)である。一方、線源組織は普通、γ放射体を除くすべての放射性核種について、皮質骨と梁骨である。
なお、Pub.30の線量算定方式では、Pub.2で用いた障害係数nは考慮していない。その理由は以下の通りである。
障害係数nは
() 放射性核種の骨における不均等分布、
() 放射性核種が沈着している骨の部分の放射線感受性がより大きいこと、
() 障害を受ける組織がより本質的であること、
を考慮してPub.2で導入されたものである。しかし、Pub.30ではプルトニウムについて骨格におけるその不均等分布(骨表面の無限に薄い層中に均等に分布)を考慮し、さらに先に述べたように、発がんのリスクの大きい骨の組織(活性赤色骨髄と骨表面下の厚さ10μmの層)を標的組織として採用している。そのため、障害係数を導入する必要はない。
(2) 吸収摂取による預託線量当量
量線評価上問題となるプルトニウム同位体(238Pu、239Pu、240Puおよび241Pu)および241Amをそれぞれ1Bq吸入摂取した場合の各組織における預託線量当量H50,Tを第4表に示す。この表の値は、肺からのクリアランスがプルトニウムの同位体についてはクラスY、241AmについてはクラスWに対するものであり、放射性エアロゾルのAMADを1μmとした場合のものである。
(3) 身体各組織における預託線量当量の比較
I―1およびI―2(1)に述べたことからわかるように、Pub.30の線量評価法およびPub.48の代謝データに伴うと、吸収(または径口)摂取による、身体の各組織の預託線量当量は一義的に決定される。プルトニウム等に対して与えた第4表について、各組織の預託線量当量H50,Tを比較すると、クラスYの化学形のプルトニウムに対しても骨表面が最大である。また、239Pu1Bq、1回吸入摂取後の時間の関数として計算した各組織の積分線量当量H(t)を与える第3図(クラスY、AMAD=1μm)からもわかるように、吸入摂取後約15年目からは骨表面の積分線量当量が肺のそれを上回る。
めやす線量は三つの組織、すなわち、骨、肺および肝臓に対してそれぞれ与えられているが、上に述べたことから骨に対するめやす線量がプルトニウムエアロゾルの吸入摂取量に対する制限因子となることがわかる。
第2図 ICRP Pub.30線量評価モデル
(Tbf1はICRP Pub.48)
第4表 1Bqの1回吸入摂取に対する預託線量当量H50,T
(単位 Sv)
注:AMAD=1μm
第3図 239Pu 1Bqの1回吸入摂取後の時刻tまでの各組織の積分線量当量
I―3 めやす線量と比較するための線量当量算定方法
プルトニウムの吸入により、着目する組織が受ける線量当量
(預託線量)は次式で計算することができる。
Dm=R(x/Q)Σ(DF)i,mQi
ここに
Dm:組織mの線量当量(Sv)
R:呼吸率(m3/h)
(x/Q):単位放出量のプルトニウムの被ばく地点における大気中濃度(相対濃度;h/m3)
(DF)i,m:1Bqのプルトニウムiを吸入したときの組織mの預託線量当量(ICRP Pub.30およびPub.48モデルによる線量当量換算係数;Sv/Bq)
Qi:プルトニウムiの放出量(Bq)
(1) 放出量(Qi)について
G―2で述べたとおり、プルトニウムの同位体組成比を考慮に入れた上でQiを算出する。
(2) 相対濃度((x/Q))について
濃度の計算には、「発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針」(以下気象指針という)を準用し、放出継続時間に応じて気象指針([Roman6 ]―2)~([Roman6 ]―5)式のいずれかを使用する。相対濃度の計算には、敷地外側の地表付近濃度が最大となる大気安定度、風向、風速を用いる。ただし本方法が不適の場合には、気象指針[Roman6 ]章の方法を用いる。
(3) 線量換算係数((DF)i,m)について
線量換算係数には、ICRP Pub.30の方法およびPub.48の代謝データによりI―2に紹介したモデルを用いて算出される値を使用する。線量換算係数は年齢、プルトニウムの粒径、化学形に依存するが、年齢についてはG―1、プルトニウムの粒径、化学形についてはG―3で述べた考え方に従い線量換算係数を算出する。
(4) 呼吸率(R)について
呼吸率には成人のものを使用する。(例えばICRP Pub.23に示されるreference manに対する値。)プルトニウムの放出が短時間の場合には、昼間活動時の呼吸率を用い、長時間放出の場合には、1日の平均呼吸率を用いる。
J プルトニウム以外の放射能物質に対する考慮について
核燃料施設の想定事故に際しては、プルトニウム以外の放射性核種も、一般公衆の被ばくに寄与する場合がある。しかし、本報告書でのめやす線量は、プルトニウムに関し決めた。
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「ICRP新消化管モデル専門研究会」報告書
http://www.jhps.or.jp/jhp/wp-content/uploads/2011/12/report2008-2.pdf
ICRP ICRP REIDAC e e e
内部被曝線量係数は、ICRP Publ.30,56,67,69,71,72に述べられた内部被曝線量評価モデルを使って計算されているようです。その実際を知る日本語の資料として、H17(2005)/10/01に日本原子力研究開発機構となった日本原子力研究所が2005/09に出した、『原子炉事故時放射線影響解析で用いるための内部被曝線量係数』という報告書があります。これは「様々な任意の預託期間における線量係数」を計算する必要性から「ICRPのモデルに基づく内部被曝線量係数を算出する内部被曝線量係数計算システムDSYS(Dose SYStem)を新たに開発」した報告書なので、計算の考え方はICRPのモデルに従っているものです。
末尾に目次等の概要を記しましたが、552page(558枚)と長いのは核種ごとの計算結果データがあるからで、考え方は1,2章の42pageでほぼ尽くされています。またp38-42の図でモデルの概要がわかるでしょう。この内部被曝線量係数計算は次のような考え方で行われます。
人体をコンパートメントと呼ばれる各部に分類し、摂取された放射性物質の各コンパートメントでの含有量の推移を求めることで、摂取してから所定期間中の被爆量を求めます。コンパートメントは具体的には例えば胃腸・血液・気道・肺・骨などで物質によっても分け方が違います。例えばヨウ素やテルルでは甲状腺だけをひとつのコンパートメントとして扱いますが、他の元素ではそうはしません。
摂取された物質は各コンパートメントを移動しながら体外に排出されたり、いずれかのコンパートメントに沈着したりします。各コンパートメントでは外界との出入り及び他のコンパートメントとの出入り、及び物理的半減期により、摂取してからの放射性物質量の時間変化が決まります。各時点において各コンパートメントは含まれている放射性物質量に応じて放射線源となり、その放射線量が自身や他のコンパートメントへの照射量を決めます。こうして全てのコンパートメントから照射される放射線の総量を総計して各コンパートメントの受ける放射線の総量が決まり、この総量をコンパートメントの質量で割れば、Gly(J/kg)単位での被爆量(吸収線量)が決まり、Gly(J/kg)単位の吸収線量は放射線加重係数をかけてSv単位の等価線量に換算できます。この各時点における各コンパートメントが被曝した等価線量を所定の期間だけ積分したものが各臓器ごとの預託等価線量であり、ヨウ素における甲状腺預託等価線量などがその例です。そして摂取された放射性物質の単位当たり(1Bq当たり)の預託等価線量を等価線量係数と呼びます。
この各コンパートメントの預託線量に組織加重係数(0~1の値)をかけると、このコンパートメント(組織)での将来の発癌率に比例する量である加重された等価線量*)になります。全身のどこかで発癌する確率に比例する量である実効線量は、全コンパートメントの加重された等価線量の和になり、2011/05/15の記事でも述べた以下の式で決まります。
E = Σ(wTHT)
E; 実効線量(Effective dose)
wT; 組織Tの組織加重係数
HT; 組織Tが被曝した等価線量
ここでひとつのコンパートメントT1以外の被爆量がゼロだったとすると、
E = wT1HT1
となり、全身の被曝する実効線量は組織T1だけの被曝等価線量にその組織加重係数をかけたものだけになります。
2011/05/15の記事でも述べたようにI-131の甲状腺線量係数は実効線量係数の1/20であり、甲状腺組織加重係数を掛けた値でしたが、これは甲状腺以外のコンパートメントにおける被爆量が無視できる値であったことを意味します。
一方I-133では1/19でわずかに違いがありましたが、これは甲状腺以外のコンパートメントの被爆量も無視できない量だったということです。想像するに、半減期が短い(I-131の8.0日に対して20.8時間)ために、摂取されてから甲状腺に入るまでの経路での被爆量の比率が無視できなかったのではないでしょうか。
さて2011/05/15の記事の私の推論の何が間違っていたのでしょうか? それは「均等分布」などという仮定がそもそも成立していないということでした。ICRPの内部被曝モデルでは最初からコンパートメントごとに被爆量を求めていたのでした。
さて上記に出てくる組織加重係数がどのように定められたのかは、この報告書には出てきません。それは ICRP Publ.60(国際放射線防護委員会の1990年勧告)で記載されていて、この資料は日本アイソトープ協会から入手できます。
日本語版ICRP文書一覧
英語版ICRP文書一覧
その詳細はまた次回にします。
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*) 実効線量という用語は全身についてのみ定義されているようである。加重された等価線量という言葉はICRP Publ.60(国際放射線防護委員会の1990年勧告)で使用されている。
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『原子炉事故時放射線影響解析で用いるための内部被曝線量係数』概要
目次
1.はじめに....................... 1
2.内部被曝線量評価モデル........、 4
3.計算コード...................... 43
4.線量係数データベース............ 53
5.おわりに........................ 57
謝辞。............................ 57
参考文献..........,............... 58
付録1代謝・体内動態モデルのデータ 61
付録2内部被曝線量係数データ・・・ 209
付録3内部被曝線量係数データの検証 379
主な図
図 計算モジュール全体図 p1(7/558)
p38(44/558))~p42(48/558)
図2-1, 代謝過程
図2-2, 呼吸気道におけるコントメントと移行経路
図2-3, 呼吸における核種の各領域における沈着過程
図2-4, 呼吸気道におけるクリアランス過程
図2-5, 胃腸管モデル
p49(55/558)~p52(58/558)
図3-1, 内部被曝線量計算システムの処理流れ p49(55/)
図3-2, 線量行列の例(Cs-137の経口摂取)
図3-3, Cs-137の吸入摂取(タイプF)の線量係数に対する計算値とICRPの比較
図3-4, Pu-238の吸入摂取(タイプF)の線量係数に対する計算値とICRPの比較
ヨウ素(I)とセシウム(Cs)のデータ
付録1_図47 ヨウ素(I)の体内動態図とデータ p126(133/)
付録1_図48 セシウム(Cs)の体内動態図とデータ p127(134/)
付録2_表83 10歳に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数 p299(305/)
付録2_表137 成人に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数 p353(359/)
付録2_表36 1歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数 p252(258/)
付録2_表90 10歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数 p306(312/)
付録2_表144 成人に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数 p360(366/)
付録3_表83 10歳に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p470(476/)
付録3_表137 成人に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p524(530/)
付録3_表36 1歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p423(429/)
付録3_表90 10歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p477(483/)
付録3_表144 成人に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p531(537/)
末尾に目次等の概要を記しましたが、552page(558枚)と長いのは核種ごとの計算結果データがあるからで、考え方は1,2章の42pageでほぼ尽くされています。またp38-42の図でモデルの概要がわかるでしょう。この内部被曝線量係数計算は次のような考え方で行われます。
人体をコンパートメントと呼ばれる各部に分類し、摂取された放射性物質の各コンパートメントでの含有量の推移を求めることで、摂取してから所定期間中の被爆量を求めます。コンパートメントは具体的には例えば胃腸・血液・気道・肺・骨などで物質によっても分け方が違います。例えばヨウ素やテルルでは甲状腺だけをひとつのコンパートメントとして扱いますが、他の元素ではそうはしません。
摂取された物質は各コンパートメントを移動しながら体外に排出されたり、いずれかのコンパートメントに沈着したりします。各コンパートメントでは外界との出入り及び他のコンパートメントとの出入り、及び物理的半減期により、摂取してからの放射性物質量の時間変化が決まります。各時点において各コンパートメントは含まれている放射性物質量に応じて放射線源となり、その放射線量が自身や他のコンパートメントへの照射量を決めます。こうして全てのコンパートメントから照射される放射線の総量を総計して各コンパートメントの受ける放射線の総量が決まり、この総量をコンパートメントの質量で割れば、Gly(J/kg)単位での被爆量(吸収線量)が決まり、Gly(J/kg)単位の吸収線量は放射線加重係数をかけてSv単位の等価線量に換算できます。この各時点における各コンパートメントが被曝した等価線量を所定の期間だけ積分したものが各臓器ごとの預託等価線量であり、ヨウ素における甲状腺預託等価線量などがその例です。そして摂取された放射性物質の単位当たり(1Bq当たり)の預託等価線量を等価線量係数と呼びます。
この各コンパートメントの預託線量に組織加重係数(0~1の値)をかけると、このコンパートメント(組織)での将来の発癌率に比例する量である加重された等価線量*)になります。全身のどこかで発癌する確率に比例する量である実効線量は、全コンパートメントの加重された等価線量の和になり、2011/05/15の記事でも述べた以下の式で決まります。
E = Σ(wTHT)
E; 実効線量(Effective dose)
wT; 組織Tの組織加重係数
HT; 組織Tが被曝した等価線量
ここでひとつのコンパートメントT1以外の被爆量がゼロだったとすると、
E = wT1HT1
となり、全身の被曝する実効線量は組織T1だけの被曝等価線量にその組織加重係数をかけたものだけになります。
2011/05/15の記事でも述べたようにI-131の甲状腺線量係数は実効線量係数の1/20であり、甲状腺組織加重係数を掛けた値でしたが、これは甲状腺以外のコンパートメントにおける被爆量が無視できる値であったことを意味します。
一方I-133では1/19でわずかに違いがありましたが、これは甲状腺以外のコンパートメントの被爆量も無視できない量だったということです。想像するに、半減期が短い(I-131の8.0日に対して20.8時間)ために、摂取されてから甲状腺に入るまでの経路での被爆量の比率が無視できなかったのではないでしょうか。
さて2011/05/15の記事の私の推論の何が間違っていたのでしょうか? それは「均等分布」などという仮定がそもそも成立していないということでした。ICRPの内部被曝モデルでは最初からコンパートメントごとに被爆量を求めていたのでした。
さて上記に出てくる組織加重係数がどのように定められたのかは、この報告書には出てきません。それは ICRP Publ.60(国際放射線防護委員会の1990年勧告)で記載されていて、この資料は日本アイソトープ協会から入手できます。
日本語版ICRP文書一覧
英語版ICRP文書一覧
その詳細はまた次回にします。
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*) 実効線量という用語は全身についてのみ定義されているようである。加重された等価線量という言葉はICRP Publ.60(国際放射線防護委員会の1990年勧告)で使用されている。
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『原子炉事故時放射線影響解析で用いるための内部被曝線量係数』概要
目次
1.はじめに....................... 1
2.内部被曝線量評価モデル........、 4
3.計算コード...................... 43
4.線量係数データベース............ 53
5.おわりに........................ 57
謝辞。............................ 57
参考文献..........,............... 58
付録1代謝・体内動態モデルのデータ 61
付録2内部被曝線量係数データ・・・ 209
付録3内部被曝線量係数データの検証 379
主な図
図 計算モジュール全体図 p1(7/558)
p38(44/558))~p42(48/558)
図2-1, 代謝過程
図2-2, 呼吸気道におけるコントメントと移行経路
図2-3, 呼吸における核種の各領域における沈着過程
図2-4, 呼吸気道におけるクリアランス過程
図2-5, 胃腸管モデル
p49(55/558)~p52(58/558)
図3-1, 内部被曝線量計算システムの処理流れ p49(55/)
図3-2, 線量行列の例(Cs-137の経口摂取)
図3-3, Cs-137の吸入摂取(タイプF)の線量係数に対する計算値とICRPの比較
図3-4, Pu-238の吸入摂取(タイプF)の線量係数に対する計算値とICRPの比較
ヨウ素(I)とセシウム(Cs)のデータ
付録1_図47 ヨウ素(I)の体内動態図とデータ p126(133/)
付録1_図48 セシウム(Cs)の体内動態図とデータ p127(134/)
付録2_表83 10歳に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数 p299(305/)
付録2_表137 成人に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数 p353(359/)
付録2_表36 1歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数 p252(258/)
付録2_表90 10歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数 p306(312/)
付録2_表144 成人に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数 p360(366/)
付録3_表83 10歳に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p470(476/)
付録3_表137 成人に対するI-131の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p524(530/)
付録3_表36 1歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p423(429/)
付録3_表90 10歳に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p477(483/)
付録3_表144 成人に対するCs-137の吸入及び経口摂取の線量係数とICRPの比較 p531(537/)
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