(資料)チェルノブイリ原発事故から20年 -WHO放射線プログラムと緊急被ばく医療対策-


長崎大学大学院 医歯薬学総合研究科 原爆後障害医療研究施設
社会医学部門 健康リスク管理学研究分野

(略称:原研リスク


チェルノブイリ原発事故から20年 
-WHO放射線プログラムと緊急被ばく医療対策-
 1986年4月26日未明の大事故から今年で20年が経過しましたが、周辺の汚染地域では500万人を越す一般住民が今なお生活しています。この間放射線誘発と考えられる小児および若年者の甲状腺がんが5000例近くも発症しました。これは人類史上初めての経験です。さらに事故直後の現場における大量放射線被ばく者や数十万にも及ぶ除染作業者の健康影響も長期にわたり懸念されています。この渦中、唯一の被爆国日本の心と経験を生かすべく、チェルノブイリ被災者への救援や継続した医療支援活動が行われてきました。しかし、低線量慢性被ばくの実態解明や、その健康影響についての解析は遅々として進まず、長期にわたる注意深い経過観察が必要です。私が派遣されたWHOでも、長年にわたりチェルノブイリ原発事故関連プロジェクトに種々取り組んでいます (Yamashita S, Carr Z, Repacholi M. Long-term health implication on Chernobyl accident and relevant projects of the World Health Organization. Health Physics 93(5): 538-541, 2007 [PubMed])。
 放射線の安全防護問題は国際原子力委員会IAEAの守備範囲に属し、また国連科学委員会UNSCAREや国際放射線防護委員会ICRPの勧告に従い各国の安全基準の策定や対応がなされています。その為、WHOにおいては、原爆の健康影響問題や放射線災害その他を牽引する力が乏しかったことも事実です。一方日本では、放射線の健康影響が主として国内における原爆医療の諸問題に終始し、世界の放射線被ばく者対策や放射線医療全般に対する包括的な取り組みや国際貢献への足場づくりが医療面では乏しく、WHOとも協力関係が希薄であったようです。しかし、チェルノブイリ原発事故直後にWHOにも国境を越える事故や事件に対応する緊急被ばく医療プロジェクトが立ち上がりました (http://www.who.int/ionizing_radiation/en)。チェルノブイリ20年の教訓は何かという話題では、国連機関が共同でChernobyl Forumの最終調査報告書を本年4月に取り纏めました。その結論は、事故の影響を過小過大評価する事なく冷静に判断し、如何に現地の被災者に対する具体的な回復支援策をそれぞれの国(ベラル-シ、ロシア、ウクライナ)に勧告するかという視点が特徴です。WHOの放射線プログラムはIAEAとの連携が重要ですが、特に、医療面においてはWHOが主導性を発揮する使命を国連から与えられ、192の加盟国に影響を与えることができます。現在、自然環境放射線や人工放射線からの被ばく低減を主たる目標として活動しています。
 最初に、チェルノブイリ20周年の国連機関の取り纏め報告の中で、WHOが中心となった健康問題の要約を紹介します。まず異なる放射線被ばく集団についてそれぞれ分けて考える必要があります。事故直後急性放射線障害を示した134名の内、3ヶ月以内に28名が死亡し、短期間で平均100mSvの生涯被ばく線量を受けた除染作業者が24万人と言われています。さらに事故直後強制疎開されたプリピアチやチェルノブイリ市などの原発周辺住民が約12万人。これに加えて、現在も広範囲に放射能汚染された地域に居住する一般住民が、ロシア、ベラルーシ、ウクライナの国境周辺に約500万人います。
 これらの一般住民への健康影響を主として評価したのが、WHOから出された健康影響に関する専門家会議の取り纏め報告です。以下、目的と評価方法から順次個別の疾患について放射線被ばくとの関連性について要約し、晩発性放射線被ばく問題を異なる面から考えてみたいと思います。
  1. 目的と評価方法 チェルノブイリ原発事故後多くの論文が出されています。過去3回のWHO専門家では、国際的な査読を受けた論文を中心に、関係3カ国からのロシア語出版物や政府提出資料を基に専門家グループで大きく2つの評価を行いました。
    ① 放射線被ばくと直接関連する健康影響
    ② 事故そのものとの関連性が疑われるものの、放射線の直接影響とは考えられない疾患
    ③ 以上の健康影響評価に加えて、現在チェルノブイリで行われている健康プログラムの評価から今後の現地保健医療のあり方、推進すべき研究内容の勧告をまとめ、最終的には関係政府への提言をまとめています。協議事項としては、全体の方法論と解析方法の正当性の評価から始まり、甲状腺疾患、白血病、固形がん、がん以外の健康影響について各専門家グループで報告書がまとめられました。延べ100人を超す専門家が参加しています。
  2. 甲状腺疾患 過去20年間で小児甲状腺がんがチェルノブイリ周辺地域で激増しました。特に事故当時の年齢が15歳未満の児童に集中し、この20年間でこのグループの手術症例が5000例近くにのぼり、現在では20歳以降の青年層にそのピークが移行しつつあります。これら小児甲状腺がんの増加は、事故直後の短半減期放射性ヨウ素の体内摂取による甲状腺への過剰被ばくが要因であり、当時の慢性的なヨウ素欠乏が被害を増大させた可能性があります。さらに小児甲状腺がんの発生頻度と甲状腺内部被ばく線量との間に正の相関を認めています。但し、検診効果による微小潜伏がんの発見も同時に増加しています。現在遺伝子レベルにおける放射線誘発がんの検証が進展中であり、幸いにも病理組織の悪性度に比べ手術後の予後は良好で99%の生存率を示しています。しかし、長期予後や再発その他の合併症は課題であり、今後の長期追跡調査と適切な治療が不可欠と結論されます。
  3. 白血病 過去の放射線被ばくと白血病発症の関連報告からは、3ないし10年の潜伏期が考えられますが、現場では小児ならびに成人の一般住民には白血病の増加傾向はありません。但し、事故直後から除染作業に従事した労働者の中でも150mSv以上の被ばく集団には今後とも白血病の発症リスクがあり、注意深いフォローが必要です。事故から20年、現在なお低い汚染地域に居住する多くの一般住民には今後とも白血病が発症するリスクはないと言えます。
  4. 死亡者数の問題 チェルノブイリの事故で何名の人が亡くなったのかという質問が、一番日本のマスコミ報道関係を賑わした20周年のトピックスだったようです。これは全くWHOの不本意とするところですが、又一方では種々の教訓を残しています。ここでは事故後何名すでに死亡したかという視点と、今後事故の為に何名のがん死亡者が予想されるのかに分けて紹介したいと思います。急性放射線障害と診断された大量被ばくの患者134名の中から、直後に28名が死亡し、1987から2004年の間に19名が種々の原因で死亡しています。約5000例の小児・青年期甲状腺がん術後患者の中では9名の死亡が報告されています。一方ロシア連邦における緊急事態作業者登録リストの追跡調査では、116名が固形がんで、さらに110名が心血管障害で死亡していますが、放射線被ばくとの因果関係は不明です。急性白血病での死亡が24例報告され、その平均被ばく線量が115mSvで因果関係の証明は困難です。ウクライナの除染作業者の追跡調査では、18例の急性白血病患者の死亡が報告され、その被ばく線量は120から500mSvの範囲となっています。
     では、今後事故の為に何名のがん死亡者が予想されるのでしょうか。これらの算出根拠はすべて広島、長崎の原爆被爆者のデータが基礎になり、閾値なしの直線関係という概念が使われています。まず算出に使われた対象集団ですが、除染作業者約24万人、避難住民約12万人、高汚染避難勧告地域に住む人々約27万人の合計60万人の比較的線量の高い集団からは生涯にわたり約4000例の固形がんの発症されると一般に予想されます。一方約500万人の低線量汚染地域に在住する一般住民からは最大5000名程度の被ばくの影響による固形がんの発症を予測しています。しかし、結局これらの増加は高いがんの一般死亡率の中から被ばくによると断定可能な個別ながん患者を検出同定することは極めて困難です。がんの成因は種々多彩であり、誰も個別のがんの発生を放射線を起因性として断定することは不可能であり、本当の数は誰も正確に予測できないのです。この予測困難な理由は多くの不確実な要因によります。例えば、現代科学の粋をもっても100mSv以下のがん発生の予測は困難であり、閾値なしの直線関係というモデルは放射線防護の面からは有用でも、真の放射線被ばくのリスクを表しているか否かは議論の多いところです。また、がん死亡予測数は平均寿命が75歳で算出されていますが、旧ソ連全体での平均寿命は60歳前後であり、多くはがん以外の死因が占めているのです。もっと根源的なことは、これらがん死亡予測は、原爆被爆者の疫学調査を基にしています。その為、単回外部大量被ばくと、低線量慢性被ばくの形態のちがいなど解明されていない部分が多いのです。
     以上から、チェルノブイリ原発事故で生涯にわたり何名の死亡、すなわち晩発性障害でがん死するのかという質問に対しては、対象集団の大きさ、被ばく線量のレベル、平均寿命などを考慮して判断する必要が在ります。誰も正確な予測数を言えないというのが結論ですが、いかに科学がこの不確実さに対応してリスク評価とリスク管理に役立つかも問われているのでしょう。
  5. 精神的影響 ソ連時代の情報統制下での人類史上最悪の原発事故は、直接的な放射線被ばくによる健康影響以上に大きな社会的不安、精神的なダメージを与えたことは容易の想像されます。特に、直後に大量避難と強制疎開により移住を余儀なくされた多くの住民は社会的、経済的な不安定さに加えて、現在の健康に関する恐怖と将来の世代に及ぼす長期的な健康影響への不安の増大が問題となっています。社会、経済的な補償問題や心理的な不安定性は、単にチェルノブイリ原発事故のストレス以外に、ソ連解体に伴う種々のストレスも加わり、両者を区別することは困難な状況にあります。これら高度の不安と医学的に説明困難な体調不良が継続していることは、チェルノブイリ事故のよるストレスそのものだとも言えますが、明確な調査研究は乏しいのが実態です。そこで専門家委員会では科学的に信頼できる論文、報告からストレスに起因する不安、体調不良の持続を指摘しています。但し明確な健康障害と規定できないものが多く、主として臨床的に異常と判断されないSubclinical(臨床上問題ない)レベルの異常であると言及し、今後の解決が必要だとしています。
  6. 遺伝ならびに胎児への影響 遺伝性疾患や胎児異常の増加は無く、妊娠・出生率の異常もありません。しかし、汚染地域での出生率は低下しています。その理由となる背景には、事故後数千というレベルの人工中絶が増加したことによりますが、出産に対する高度の不安や産児制限目的の医学的堕胎も増加しています。
  7. 産科的影響と児童保健への影響 小児がんの増加以外に他の甲状腺疾患や、児童への放射線被ばくによる明確な健康影響はありません。しかし、増大する事故後の不安や調査の拡大などにより、放射線以外に起因する小児疾患の増加や、脆弱なヘルスケアへの問題意識が顕著に現れる特徴があります。現在まで、両親の被ばく歴が子供の健康に負の影響を与えたり、世代を越える影響を支持するデータはありません。
  8. 妊婦への影響と母子保健 妊婦が低線量の体内被ばくを受けた場合でも、乳幼児の奇形発生頻度の増加はなく、又胎児被ばくの子供たちの精神発達遅延も無い、あるいは考えられないと言えます。さらに胎児被ばくの影響で将来がんの発生を示唆するデータは現在のところ皆無です。乳幼児死亡率も汚染、非汚染地域の両者で差はありません。
  9. 白内障 除染作業者に見られる白内障の発生頻度から、従来の放射線被ばくの閾値より、より低いレベル(250mSvから)の発症が疑われています。最近の原爆被爆者のデータやCT医療被曝、さらに宇宙飛行士などの調査解析結果から判断すると、チェルノブイリにおける白内障の発症増加は従来より低い閾値の存在が示唆されます。この為、本分野の研究促進が特に必要と提言されています。その他、心血管系への影響や、免疫系への影響なども協議されましたが、現在明確な被ばくとの因果関係を示唆するものはなく、他の交絡因子の解析や長期にわたる正確な調査と検討が不可欠です。
 以上がチェルノブイリ原発事故20周年の機会にWHOを中心とした健康影響の報告書の骨子です。さらにこれらの現状報告に加えて、問題点や知識のギャップを指摘しその改善策を提言しています。最終的には被災3カ国に対してロシア語でも報告書を提出し、それぞれの国が原発事故という負の遺産を乗り越えて、前向きに生きることを奨励しています。『覆水盆に帰らず』という言葉のように、一度大惨事を引き起こした原発事故の放射能汚染による健康問題は、初期対応のまずさもあり人災としての被害を拡大しています。そこで、事故対応の重要性が再認識されIAEA (http://www-ns.iaea.org/tech-areas/emergency/incident-emergency-centre.htm) はじめWHOでも緊急被ばく問題に積極的に取り組んでいるところです。WHOではREMPAN(Radiation Emergency Medical Preparedness and Assistance Network)というネットワーク組織が稼動しています (http://www.who.int/ionizing_radiation/a_e/en)。しかし、大量被ばくという稀な事象に対する牽引力や、低線量被ばくの不確実な領域での規制やガイドラインの策定は、その便益や効果も判定困難なこともあり、WHO内部での緊急性や重要度は低い現状にあります。その流れの中で、原子力発電や核廃棄物などの総合的な危機管理問題と合わせて、21世紀のエネルギ-問題という括りの中で環境リスク、健康リスク評価や管理という範疇に放射線健康影響問題も一括され、また同時に、他の緊急事態、すなわちテロなども含めて、Biological, Chemical, Nuclear, RadiologicalというBCNRの緊急事態対応での保健医療体制の中に組み込まれる傾向にあります。
 本邦ではすでにWHO-REMPAN協力センターとして放射線影響研究所、長崎大学、放射線医学総合研究所の3施設が指定され、独自の活動を展開しながらREMPAN国際会議に招聘されると共に、緊急被ばく医療の情報交換、教育基盤の整備や国際協力への貢献が計られています。今後広島大学などの正式参加とともに国内の連携が強化され、国際対応、特にアジアにおける緊急被ばく医療ネットワークの確立に向けた努力が益々重要になると考えられます。さらに普段の生活や日常診療における被ばく医療と緊急被ばく医療の架け橋として、日本放射線技師会が主催するWHO指定国際放射線技師研修センターも大きな役割を担うものと期待されます。

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