小型で安価な放射線測定器開発 信大理学部教授と学部生


小型で安価な放射線測定器開発 信大理学部教授と学部生

テーマ:希望・技術
2012年02月27日(月)
小型で安価な放射線測定器開発 信大理学部教授と学部生
02月24日(金)

信大理学部(松本市)物理科学科の竹下徹教授(57)=素粒子物理学=と同4年生の小倉隆義さん(25)が、従来より小型、安価で高性能という放射線測定器を開発した。すべて市販の部品を使っているため費用は約3千円で、ポケットに入る大きさ。放射線の持つエネルギーも測定できるため、セシウムやストロンチウムなど放射性物質の種類も分かる。

 今回開発した測定器のポイントは、放射線が当たると発光する「シンチレーター」という物質と「半導体光センサー」の組み合わせ。放射線がシンチレーターに入ると、中にある電子をはじき出し、それが光に変わる。その光をセンサーで捉え、放射線の数を数えて表示する。コンピューター・シミュレーションで検証した結果、感度は市販の5~10万円の測定器と同等という。この数を1時間当たりの放射線量に換算して表示することもできるようになる。

 開発のきっかけは東京電力福島第1原発事故。竹下教授は放射線の専門家として何かできないかと考え、素粒子物理学の実験などに開発・利用してきたシンチレーターや半導体光センサーを組み合わせ、測定器を開発することに決めた。同教授のアイデアを基に、小倉さんが卒業研究として開発に取り組んだ。

 現在の大きさは縦7センチ、横10センチ。5個あるICチップをまとめるなどすれば、より安価で小型化できるという。同教授は「部品はすべて市販品のため誰でも作れる。企業が製品化に取り組んでくれればうれしい」と話している。

shita's page  My name is Tohru Takeshita. I'm an

Experimental High Energy Physicist at Shinshu University.

私 竹下徹は信州大学理学部物理科学科の教員です。

This page shows my social and rather private activities. I will add more as I like.
ここでは研究教育活動の本筋からちょっとはずれたかもしれない情報も載せます。従って日本語だけです。 ( I aplogize writing in Japanese, because the subjects are so private) 

最近のできごと、行った所ブログっていうべきか。
 27/March/2012 Osaka: 大阪行きましたページでは本来ないのだが、そう見えてしまう。 なにしろ写真の大半は大阪城。初めの2枚が学会のあった関学大、外観はミニ スタンフォード大でした。大阪城は中国人さんたちに占領されていました。秀吉は朝鮮に攻め入って唐辛子をおいて退散してきたと言うのに.石垣の高さはハンパじゃない。家康もきたない策略を巡らさざるを得ない訳である。
 17Feb/2012 Matsumoto: 血圧 アップデート アムロジンという血圧薬:実は血管の収縮をおさえるカルシウム拮抗薬らしい、をそろそろやめるかという議論のためのデータ。「冬は血圧が上がる」をい少なくとも自分の体で実証。 この冬は最低血圧も上がっている。 。
 30/Jan/2012-4/Feb/2012 Paris: パリ ILD-cal-integration meeting でパリ。前半の写真はエコールポリテクのグループが製造中のECAL-module. 後半は飛行機のパリ発が夜だったので、昼間にパリにいて明るいパリの名所。(たいていパリに行っても昼は会議、夜の食事時の写真なので、真っ暗なのだが、、、)、エッフェル塔の階段を上下した。残念ながら007の装備もなかったので、そこから飛び出す事はできなかった(金網が厳重なのでそんなことできない)。強風と寒さで凍りながらの高見の見物@凱旋門もあり。 。
 23-25/Dec/2011 Matsumoto: 松本夜景編  松本付近の夕方から夜にかけての冬の写真たち。始まりは有峰山、あずみの公園(松川)さらに、はしごして、あずみの公園(穂高)、最後は緑の松本城。どこも寒かったが、空気が澄んでいてきれいでした。 。
 14/Dec/2011 Fukushima: 東北大へ翌日は東北大へ移動して、ILCのセミナー。途中の福島駅からみる蔵王!存在感あり。で、東北大につくとA0大のポスターでお出迎え。会場も100人を超える学生がいて盛況でした。質問が少ないのは残念でした。信州大物理卒業生が2名も聞いていて後で話をしました。うれしいもんですね。もしATLAS/CMSの今あるexcessが本当のHiggsならILCにとっても最高の条件がそろいます。後はGO!がでるかです。2012年をターゲットにしてきたので、またとないチャンス到来です。嬉し忙しの2012年になる予感があります。 。
 13/Dec/2011 ICEPP`Tokyo : 東大ICEPP 今年のLHCのハイライトCERNセミナーにあわせてATLAS-Japanが記者会見を行った。全員集合がかかったので、東北大セミナー行きがけの駄賃で顔を出してみた。ATLASメンバーなので日々10通以上の関連メールを読んでいたが、これほど盛り上がるとは想像していなかった。すわHiggs発見か?という報道が有ったせいだけではなかった。実際2.6sigmaのexcessがある。しかし3sigma以下は我々の世界では頻繁に消える(統計と呼ばれる)ので来年のデータ待ちではあるが、ATLASもCMSにもほぼ同じ質量にそれらしきものが有るので、有望かもしれないが、自分としてはなんだかさめている。。。。とはいえ写真は、見た事がなかったCMSのスライドだらけとなってしまった。記者会見は午前1時に終了し、その後祝杯をあげて、4時まで飲んでいた。ちなみに写真の最後2枚の女性は我々ATLASのリーダー: サビオラです。白髪がロルフCERN所長です。ロルフとはDESY時代にサッカー一緒にやってましたね。かれはkeeperでした。
 2/Nov/2011 Daegu@Korea: デグ@韓国 韓国デグ市Kyungpook National Univ. キョンプク国立大 KNU訪問、会議1日、行きと帰りに各1日、計3日。近くて遠い。毎週ビデオ会議やっている、でも直接合って話す会議は重要。宿題は盛りだくさん。真っ赤なふぐも食べたし、Hiteが以外とうまい事にも気がついた。
 16/Oct/2011 Matsumoto@日本: 美ヶ原@松本市 松本市の美ヶ原に車で登った。午後2時出発で夕日をみた。地元にいながら5年に一回くらいか? 松本市側から美ヶ原に登る人はすくないー知られていない? 徒歩では王ガ頭経由で鐘のなる丘まで行けるのだが、有名ではないようだ。写真は王が鼻からの270度回転写真。富士山も、槍ヶ岳もシルエットに見える。
 24-30/Sep/2011 Granada@ スペイン: LCWS2011@Granada 世界のILC研究者が集うLCWS : Linear Colldier Work Shop。今回はグラナダ、25年前に一度訪れているはずなのだが、記憶が乏しい。唯一アランブラ宮殿(アルハンブラとは聞こえない)の渡り廊下から見おろすサクラモンテの丘に見覚えがあった。フラメンコのショーは迫力満点、床が打楽器になるって知らなかった。暗いのでブレているのはご容赦を。。。それにしても毎晩22時から始まるディナーはなんとかならないものか?連日だと、シエスタの必要性が自然になってくる。
 12-18/Sep/2011 Heidelberg@ ドイツ: CALICE meeting at Heidelberg 世界一のカロリメータ国際研究グループであるCALICEの年2回の会合に出席。ハイデルベルグ大は理系のキャンパスが大きい。それとも工学部も一緒なのかな?物理関係(生物物理も環境物理も入っているらしいが)の学生が1学年300人!。今年はドイツの徴兵制がなくなったのでさらに多いのだそうで450人。 30年来の旧知でハイデルベルグ大で今は脳物理をやっているカールハインツと夫人にあえて良かった。30年が凝縮されたディナーだった。
24/Aug/2011 血圧測定データアップデート:めでたく 一年間モニター 達成。ついでに 松本市の最低気温との相関 グラフ ほぼ朝起きぬけに手首血圧測定を行っ ている。その結果をrootでプロットしている。
 8-11/August/2011 長野県志賀高原  :  ILC 夏の合宿  全国のILC研究者(加速器、素粒子理論、素粒子実験)と学生がホテル志賀サンバレーに集結して、合宿。3泊4日の濃密な日々でした。LHC加速器で 近々新発見がありそうで、その先を見すえた次世代加速器ILCはどうあらねばならないのか。物理学の進歩に直結する粒子の測定はどうしなければならない か。準備も最終段階で来年には報告書を出して新発見の波に乗ろうとしています。
 17-18/July/2011 新潟県親不知と五竜 :   プティ夏休み 海と山の夏休み前取り。海は新潟の日本海へ、泳いで夕日をみて、食べて(飲んで)、山は登って涼しく、、、でした 
 4/July/2011 長野県山ノ内町 志賀高原 :  志賀高原 ILC夏の合宿下見に志賀高原へ行く。2000mは 涼しい!19C。緑もきれい!いつもは土日にテニス三昧なのだが、たまには違う景色もありかと再認 識。 
 June/2011 アメリカ シカゴ市 TIPP2011会議 :  TIPP2011 会議のためのシカゴ TIPP2011は日本から始まった測定器と技術を高エネルギー実験に使うための国際会議だ。この会議の運営委員を頼まれたので、事前に働いたし、議長役 も発表も2件あるので、シカゴ行きだ!ついた日は34C、次の日から17Cという大陸性気候の中だが、ホテルシェラトン内は冷房が効いて寒い。アメリカ 人はそこでもTシャツ半袖である。TOF-PETの話はみんなあんぐり口を開けていた。「なぜこんなに性能がいいのか分からん」といいつつ。TMCも良 い アイデアだね。とは言ってくれる。社交辞令でしょうが。でも人をほめてくれるので「うれしくなってしまう」。会議の中に日曜日があって、お休みだったの で、 シ カゴブルースフェスティバルに行って、日長ブルース漬けになって気持ちよかった。写真集にも一部あり。写真に日付けが入っているが、日本時間である。変更 し たくない。いつも到着したホテルのトイレの写真から始まるこのサイト、最近取った順とは違う並び方になる理由は不明。iphotoどうなっているの? 
 May/2011 スイス ジュネーブ州メラン CERN :  CALICE meeting 大震災で松本で開く予定の国際会議がスイスへシフト。こっちが行くしかなくなった。ジュネーブ市のトラム拡張もついにCERN前まで到着して、やっと空港 と の間が楽になった。とはいえあの駅の場所の中途半端さは何とかならんか状態。ディナーがGEXからコルデラファッシールへ登る途中のレストラン。そこまで の道すがらGEXの草原がこんなにきれいだったとは、、、写真はとれなかったああああ。 
 March/2011 オレゴン州ユージン :  アメリカン リニアコライダー  会議 ALCPG11 アメリカの大田舎のオレゴン州Eugeneのオレゴン大訪問5日間の会議、大震災の後なので、日本人参加者は劇的に少ない。日本からはよく来たな、、、ど う か?と聞かれっぱなし。。。テレビでもものすごい勢いで日本の震災被害(特に津波)と原発問題を取り上げていた(5日後はもう無かったが)。多くの国が日 本への渡航禁止令をだしているし、飛行機はいつものルート(成田後北上して仙台上空)ではなく、東によっている。帰りも同じくよけているようだ。気にし過 ぎで ある。。。。キャンパスの美しさは見習いたい物だ。 
 Feb/2011 松本 :   この4ヶ月の血圧測定値 最近まじめに血圧を一階のソファー(小五郎いすと呼ばれている)に座って測っています。そのデータをrootで読んでfitして見せてい ます。linear fitting によると上昇傾向が見えます。(横軸 day from 1/Sep/2010 、縦軸 mmHg for red 最高血圧、green 最低血圧)。。。次が最低気温との相関が次のグラフです。つまり寒くなると血圧があがる?という伝説を検証中で、春まで続きます。。。。 血圧測定: 横軸松本の最低気温vs赤最高血圧、緑最低血圧値相関ありとみるかどう か??? 
 Nov-Dec/2010 つくば市ー松本ー安曇野 :  安曇野国営公園の夜景 大下くんの結婚式でLUMIX壊れる、なんと花嫁入場中である。壊れたのはレンズ駆動モータかその周辺、修理費用1.7万円。別のカメラ CANON IXY 30S へ移行。 なんとF2.0である。夜景に挑戦したが、まだ設定値がtuning 不足を露呈、それでもまあ見てください。田舎でもLED一杯でがんばってます  
 Oct/2010 CERN研究所@ジュネーブ :  CERN の風景 IWLC というlinea colldier work shopに行ったのだが、開場が CICGという国連前のため、毎朝バスに揺られて帰りも同じというless interested な1週間であった。一つの収穫は、宇宙線ビデオ: CERN- Globe 1階のスパークチェンバー 赤のスパークがきれい、我々が購入したスパークチェンバーはヘリウムなので青. 信州大理学部のスパークチェンバー  
 Oct/2010 高遠北小学校 :   小学生にみせた「わたしとうちゅう」スライド 小学校で「わたしとうちゅう」という話をしました。それも1年生から6年生と父兄合計100人対象です。驚くべきは、1年生がほぼ私の話を理解し、ちゃん となぜ「銀河は回転しているか」とか、たくさんの質問をしてくれたことです。。。 私にとっても新鮮でうれしい経験でした。なんというか、くもりのないあたまにはわけのわからんこともちゃんと伝わるのではないか??ということです。ここ の5、6年生からはもっとシリアスで厳しい質問も来ました「他の宇宙はあるのか」、もう感激です。。おそらく、こんな話題を事前に聞いたのかもしれませ んが、話した本人は感激です。。。高遠北小のみなさんありがとう! 
 SEP/2010 Final EUDET meeting at DESY Hamburg   DESY と最後の2枚は松本に帰ってみた二重虹  EUDET最終会議、またもや Scientific advisory committee statement を喋らされるはめに。帰りはパリから550人も乗るので時間がかかるA380に乗る、当然 lower deck, ちゃんと遅れた、1時間も。. 
 SEP/2010 CALICE meeting @ Casablanca   カサブランカとマラケシュ  アフリカ大陸の端っこにきた、モロッコだ。王制の共和国なのに国旗は真っ赤。カサブランカはなにもない、食い物の量は異常に多い。フランスの田舎町にモス クを付け足したような街。マラケシュは一大 観光都市。写真をとってもお金をせがまれる。蛇もだ。地元民は観光客をかもとして待っている。でもラクダに 乗った。 
 Aug/2010 ILC夏の合宿@鎌先温泉   磐梯山と鎌先温泉  温泉宿3泊4日の合宿勉強会。加速器と物理の関係をもっと深めよう、、、であった。なぜか光センサーもも。帰りは日本海を通過する台風と当たり「お釜」見 れず。 
 Jul/2010 自然のからくり@信州大理学部   水砲と空気砲  理学部主催の「自然のからくり」出典。今年は「水砲と空気砲」、水砲の写真と ムービー を見てください。シーパラダイスの白イルカ程度にはなりました。来年の目標は上向きに泡ドーナッツをあがらせる事。空気砲は小学生が自分でつくって、ばん ばんばんとたたいて楽しんでくれました。 
 May/2010  1年生と松代 @ 松代+須坂  宇宙線観測所と松代   2010年度1年生と1泊旅行。松代の信大宇宙線観測所と須坂市の峰の原高原にある須坂青年の家。松代城後。は建物がない整備されたきれいすぎる城跡。信 玄の海津城から真田家の居城であったそうな。真田家はここに江戸末期まで250年いた。根子岳山頂2200mに近い青年の家は1550m寒いわけです。 
 May/2010  CALOR 2010 @ 北京   北京市 中国高能研究所 IHEP   またまた北京の1週間、写真はほとんどやっとたどり着いた『祈年殿』と2度目の万里の長城、あの丸い建物を名前を知らずにやっと探し当てた、紫禁城から南 にまっすぐ徒歩30分、音回廊も丸い! 天に通じるという丸の中心がある。。。中国の皇帝の偉さを少し感じる。万里の長城は、バーダーリンここは昔チンギ スハンが侵入した場所、つまり長城はここで破られた。。。。そこが今は見せ物となっている。徒歩40分で最高点へ到着、今回はそこから10分さらに降りた 別の場所まで行った。さすがにそんな変な人は少ない。。。。 
 March/2010  LCWS10 @ 北京   北京友好ホテル  LCWS2010で北京の1週間、とはいえ、写真はほとんど友好ホテルとその周辺、と天安門広場付近。 紫禁城2回めの訪問で、宝物殿が奥の右にあるのを 発見。ほとんどの貴重品は台北で見たのでたいしたものはないという評判であったが、どうしてどうして。中国はやはり大きい。。。。時間不足であった。また 5月に行くので、今度は全部みるぞ!その後天安門前広場を突っ切り(毛さんの墓には興味がないので:でも写真はある)超高級:ブティックの立ち並ぶ商店街 (名前?)を見たが面白くもない。しかしそのすぐ裏に「中国」を発見、豚が走って出てきそうだった、、、、やっぱりこれでなくちゃ 
 Feb/2010 松本ケーブルTVに載る @ 松本   松本ケーブルTVのインタビュー  信州大学テレビの紹介記事に研究していることを宣伝するページがある。これに取り上げてもらった。題して「教えて先生!」。 1時間くらいのインタビューから記者の百瀬さんが記事を書いてくれて、私がチェックした。記事のまとめが速い!いろいろ話した中から、ほうほうこれ(私が 宇宙に興味を持った事件とその後の紆余曲折などなど)を取り上げるのか、、、という印象。面白いですね。
 Feb/2010 SiPM会議 @ DESY  ハンブルグ    DESY/Hamburug 2010  ハンブルグ往復3泊5日の駆け足出張。そのうえ、議論すべき最後の日はルフトハンザのストライキに遭遇して、ハンブルグ>フランクフルト間が飛んでくれな いので、特急列車ICEに乗るはめに。。。せっかく行ったのにDESYの人と議論もできず。。。雪のハンブルグは残念の固まりだった。。。そのうえHVV (ハンブルグ市交通局のバス)もストで歩き、、もう踏んだりけったりであった。 
 Jan/2010 フランス+韓国と日本の共同実験会議 @ 信州大 日本    F+K+J @ Matumoto 10  日本 松本市  信州 大 での 電磁カロリメータ会議、  いよいよ本格的に 仏+アジア(日韓)連合で電磁カロリメータ研究することを合意。フランスから ジャンクロード、 バンサン、マーク、ダニエルの4名が来日、サトルも韓国から(尿道結石になりながらも)駆けつけて大同団結を歌い上げる。フランス人の口に豆腐料理はどう 写ったのだろうか?(最後の写真) 
 Nov/2009 韓国と日本の共同実験会議 その5 @ KNU Kyungpook大 韓国    K+J -5 @ Daegu 09  韓国 デグ市  Kyungpook 大 での 5回目の シンチレータカロリメータ会議。 韓国デグ市の大学の回りの繁華街に 焼き肉屋がない!びっくり。韓国人曰く、学生のような若者は古 い焼き肉より、イタリアンだよ!、、ざんねえええん。やっと一軒豚屋を見つけて、たらふく薄いビールを飲む。 
 Nov/2009 @LAL パリ南大 フランス    LCTW @ LAL 09  LAL オルセーでの Test Beam meetingで アジアの 加速器とテストビーム の話をした。 雨のパリであった。みんなで集まって大きなビームテストしようねという会議かと思ったら、、、、小さな要 求でまとまってしまった。。。がっかり。 
 Oct/2009 @CERNとジュネーブ大学 スイス    CLIC@CERN and EUDET at GEU 09  CERN でのCLIC (CERN Linear Collider 計画) meetingでシンチレータ カロリメータの話をして、次週はジュネーブ大学 GEU  で EUDET 会議に出席。CERNは LHC のその先に CLIC を考えているのか、見に行った。 人数すくなすぎ。 ついで EUDET, 科学評価委員長  Gigi が忙しくて 急遽 私がコメントせざるを得なかった。 なんとか乗り切る。 
 Sep/2009 @リヨン大学 フランス    CALICE@Lyon 09  食の都リヨン、パリの前のフランスの首都だそうな。そのせいか旧市街地はパリの雰囲気というか、パリがリヨンそっくりというべきか。ローマ時代の遺跡があ るのは、もっと古い証拠か。そこで食べたステーキはがっかり、なにせ魚の味だったのだ、いくら何でもやりすぎだよ。ワインも単なるコテデュローヌでした、 残念。路面電車TRAMの外見は必見。あれれ、CALICE meeting にノーコメントだよ。 
 July-29/2009  @信大理学部長谷川部屋 松本    水中わっか  水族館の白イルカもすなるという「水中わっか」をしてみんとてするなる。空気砲の水中版。とはいえこれは、でんじろう先生のまね。空気ぽんぷからなるべき 小さな泡を断続的に水中でだす。ここに強い水の流れを、ここではペットボトルから吐き出した水でつくる。この流れが空気の泡を通過するとき、あわの一部を 円周上にまきこんで、「水中わっか」となり、水槽のなかを進んでいく。 写真ではみえにくい!という声があったが、ともかく写真。次はビデオに挑戦予定。 始めのヘリコプターの写真は、最近病院のヘリポートが使われるとき、連日北からやってきて、我が家理学部A棟上空を超低空でものすごい音とともに通過して いく様子を撮ったもの。 
 July-22/2009  @信大理学部屋上 松本    (部分)日食  お天気がなんとかもって、部分日食に立ち会えました。カメラに写すのは難しい。みんなでわいわい騒いで日食を楽しんだ、という感じか。雲の間に時々、見え た。75%部分日食ではぜんぜん世界は暗くならない。やっぱ皆既じゃないと、威厳はでない。 
June/2009 信州大 @ 松本 長野県     PD09  Photon Detector conference 2009 at Matsumoto, 2年前の神戸の約束@PD07をやっと果たした。小寺さんおおかげで なんとか、動いた。国際会議の開催は、なかなかないが、周りの援助と合わせた、総合力であることを実感。知り合いも増えるが、なかなか主催者は、みんなと 話せない。 
 June/2009 Fermilab @ ILL USA    CALICE TB meeting  2泊4日をねらったが、飛行機代が途方もなくなり、3泊5日、とはいえ1日追加でいいこといっぱい、ダニエル、エリカ、えなり、マルセル、アダムにもあえ た。 
 May/2009 GIPC 前 @ 長野  ころぶ  アスファルト道路で、車止めにけつまづいて転ぶ。右手甲となぜか鼻の下をきり、出血。 
April/2009 電波天文台と農学部農場 @ 野辺山 長野県    学生と一緒に野辺山行き  新入生さんたちと1泊2日のバス旅行、行き先は、電波天文台がみれる野辺山。行きのバス中は質問が、ガンダムだらけ。。。夜の meetingはドラえもんの道具であった。 
April/2009 長岡技術科学大学 @ 長岡市 新潟県    長岡 道中 写真  北信越情報処理センター系会議、つまり情報センター仕事。写真は長い車中でとった。お隣の県なのに、時間がかかる! JRローカル線の遅さと、連絡の悪さ と、便数の少なさが目立つ旅であった。お酒は、最高! 日本酒の産地だけの事はある。始めは松本市旭信州大学キャンパス内。 
April/2009 UTSC @ Heifei 合肥 と  Beijing CCAST     中国 合肥と北京  中国訪問その1: Wenbiao さんのおさそいで、中国科学技術大学を訪問、セミナー「ILC 一緒にやりませんか」という話してきました。感触はよかったのですが、肝心の教授不在でちょっと空振りか。研究室には、大勢の熱心な学生がいることがとて も新鮮だった。。。それに引き換え、、、うちは静かだ。しかし当大学院副学部長さんが旧知の BJ,Yeさんであった、、なんとなんと。みんな偉くなるもんだ。おかげでとてもお世話になった。 その2:その後、北京移動、カロリメータスクールでの講師。中国科学院という場所。中国の若い学生や研究員に初歩のシンチレータカロリメータの話をした。 ほとんどCALICE memeber が講師なので、新鮮味はない。それでも北朝鮮政府経営のレストランは面白かった。タクシーの運ちゃんは、はいはいといって出発するが、実は知らない。途中 でおろされた。北京で迷子。 
April/2009 EPOCAL@Tsukuba  TILC09 @つくば   なぜか ILC の頭に T つくばの Tだそうである。発音も難しい。とにかく Linear Collider を作りたいというワークショップ。 LOI (Letter of Intent)を書いて出したばかりで、一段落するのかと思った。が これをチェッくする組織 IDAG がなんか強そうであった。矢継ぎ早に質問が飛んでくる。 
March/2009 EPOCAL@Tsukuba  TIPP09 @つくば   今回が第1回の測定器関係のみの国際会議を日本から。LHC関係者の知り合いが少ないが、ILC関係者は知り合いばかりであった。ほとんどCALICE meetingで1ヶ月前にあった人々。なぜか、会議への登録がなされていないという失態。でもダニエルフルニエ先生とお友達になれてよかった。 
Feb/2009 EWHA Womans Univ @ Seul  ILD meeting 3 @ソウル 梨大学 えいわ女子大  カメラ忘れて、写真なし。それにしてもすんごい大学である。正門前までのソウル市の雑踏から、入ると別世界!お金ある!!!女子大だよ、ここは???建物 がすごい。学内レストランで英語通じる。ここの研究者が MPPC を設計し、韓国のメーカーが作ったそうである。一度試してみたい物だ。続いてCALICE meeting at Kyungpook National Univ. at Daegu, そう我らがドンヒーのデグへ移動してCALICEmeeting を開いた。今後も韓日共同を進めることを確認。そのうえ我らが魚住さんがこの大学の職につくので両者大喜びであった。 
Nov/2008 UIC@Chicago    LCWS08 @シカゴ イリノイ大学シカゴ校  イリノイ州立大学であるが、とてつもなくきれいで設備がすばらしい。。。どんなお金が流れ込んでいるのだろうか?食堂は7ドルで食べ放題。学生にはすばら しいことであろう。年寄りには、あまりメリットがない。徒歩20分ほどでシカゴのど真ん中、ループに到着。ジーンハックマンの世界だ。とんでもなくのろく 2階を走る(その下はカーチェイス??)電車、1分以内で次の駅。90度交差点の真上を曲がる。。。でも夜遅くバスでホテルへの帰りブルーシートを頭から 被って眠り続ける人は不気味であった。 
Oct/2008 NIKHEF@Amstrdam    EUDET 年会@アムステルダム NIKHEF研究所  アムステルダムに行った。中央駅から有名観光地まで歩いてもちょっと。観光客だらけだ。もっとも研究所は、少々田舎にあるので、普通の町だ。EUDETの 進展は、とにかくお金があるので進んでいる。次のプロジェクトFP7へのつなぎに今年は失敗したので、1年延長を申請。人を雇っているのだが,お金をどう するんだろうか?まあ人のことを言ってる場合じゃないが、、、この会議中にノーベル賞が、南部、小林、益川に決まった。組み合わせの不思議さに少々違和感 を覚えるも、日本人の素粒子物理学に対する寄与が大きく評価される。私は益川さんだけは見た事ない。いい仕事をしたときには直接評価されていないらし い。。。 
Sep/2008 CERN    LHC beam が回る  2008年9月10日(8−9−10というゴロあわせかも)という記念すべき日に加速器LHCに陽子ビームが入 り、回った。ATLAS実験はこれをとらえてすんごい絵を見せてくれた。この事象はまだ陽子陽子正面衝突では無いが、LHC内を回る陽子が真空パイプ中に 残ったガス分子の原子核と衝突して多数の粒子を作りだした結果が見えている。うううううむ、陽子衝突実験を初めて体験する私にとっても、「なんじゃこれ は」という言葉が出てしまった。電子陽電子衝突を長くやって来たので、こんなめちゃくちゃ(?)世界に思い及ばないのであった。この日,私は、電子陽電子 実験のためのカロリーメータ共同研究グループCALICEのmeetingでマンチェスターにいた。 ホテルでみたテレビのBBC放送は一番にLHCの ビーム投入を報じている。でもそこにはブラックホールはできなかったようだ、とか、地球滅亡はまぬがれたようだとか、少々非科学的な言葉が並ぶ。このエネ ルギーではブラックホール実験は宇宙線で十分に実験し尽くされている。地球滅亡は有りえない。 とはいえ,後で日本では全く報じられなかった事を聞き寂しく思った。 その後、マシンが故障。来年間でお休み。。。仕方なし。 
Sep/2008   イギリスで2つの会議 CALICE meeting and ILD WS CALICE meetingはマンチェスター大学、ILD WSはケンブリッジ大学、それぞれ市内にあり徒歩で町とつながっている。ただしまだ夏休み中で学生はまばら(ケンブリッジの大半の人々は観光客と聞い た)。Lyon のImadと semi-digital DHCALの研究を一緒にやることで一致。日仏出さねば。ケンブリッジでは、segmentation 5mmの要求が明らかになった。えええい、こうなったら、やったるでお。 
Aug-Sep/2008   フェルミ研究所で測定器のテスト  CALICE ビームテストの一貫として、自分たちのカロリーメータ(シンチレータとタングステン板からなる)を持ち込んだ。日本人8人、ドイツ人2名、イギリス人1名 のチームだ。写真集を準備したが、残念ながら多くの人が写っているので、一般公開はしない。10年前に同じビームラインに来てテストをした。ほとんど変化 してない。変わったのは、セグメンテーション。10年前は20cm四方、今は1cmx4.5cm。面積だけなら1/100 になっちゃった。。。さらにサンドイッチ型の全ての層を独立に全て読み出すので、総読み出しチャンネル数は今や2160。昔は200チャンネル。 
July /2008 緑が丘小学校 (長野市)     緑が丘小学校で霧箱実験  なんと小学生相手に霧箱実験(アルファー線が飛ぶのをみれます)。今まで最年少相手でダイジョウブかな?と思っていましたが、アニハカランや、問題なし。 小さい子も話を聞いてくれてちょっと危険なドライアイスでのけがもなく、放射線を見る事ができました(小さいのしか見えなかったグループがあった。冷え方 が底だけだったようだ。)でもすごい。その後で、小学生が喜びそうな、空気砲とブーメランと素粒子パチンコ。。。小学生の純真でマジな元気さに圧倒されま した。 
May /2008 CNRS @Paris (France)     FJPPL (France Japan Particle Physics (virtual) Lab. meeting にでた   実は主要な、仕事はパラに開いたILD-Calorimeter Integarated meetingで日本カロリーメータ組の代表としてヨーロッパ組(といっても牛耳ろうとしているのは、アンリだ、と測定器の概観について詰めを行う事。 やっぱドイツ人の発想が合います。合理的だと私が思う事と同じ事を言ってくれます。そんでもって、meeting後エッフェル塔の見えるカフェでワインを 飲んだのも(写ってませんが)ドイツ人でした。 
March /2008 Cosmic Ray Laboratory @ Ooty (インド) :MPPC布教活動@インド    南インド Ooty という所にある CRL で開かれたCMS hadron upgrade meeting に紛れ込んだ 風景400枚近い   CMS tile hadron の連中は今 HPD を使って実験開始なのだが、次を考えている。なにしろもう場所によっては磁場の計算がおかしくて動かない所があるのだ。そこでSilicon Photo-Multiplier型の半導体光センサーの出番となる。今彼らはロシア製CPTA, IRSTと日本製のMPPC 3mm角(なぜか持っている)を耐放射線性能という観点から比較している。インドはHadron Barrelの後ろのHadron Outerを担当し、磁場計算の間違いの影響を最も受けており早急な対策が必要らしい。。。  それはそうとして、インドはいつもながら、こんなサイエンスと市中のギャップの大きさに驚く国である。音が伝わらないのが、ほんと残念である。。。 
Nov /2007 高エネルギー加速器研究機構 @ つくば市 (日本) : 富士実験室内に作られた電子ビーム取り出し装置を使ったテスト実験を企画、実行した    KEK Fuji Test Beam Line (FTBL) とそこでの実験風景    ビームラインができて3週間目の実験。電子数がすくない!15個/s が5cmx10cmの大きな領域にしか来ない。それでも無いよりましなので何とかビームタイム延長して、シンチレータのテストを行う。同様の実験は宇宙線 ミュー粒子でも行うことができるが、、、やはり加速器実験の精度にはかなわない(はず)。それと実験チームが一同に会して昼夜(24時間態勢)励むので、 良い訓練や動機づけとなる。しかし研究員達の技術が優れているので、学生が置いてきぼりになることしばしば。。。。 
Nov /2007 高能物理学研究所 @ 北京 (中国) : 中国科学アカデミーの研究所で CCAST というILCを宣伝するセミナーに出席    中国北京の電子陽電子衝突型加速器 BEPCとCAST 研究所   まだまだワイルドな研究所周辺の景色。信号は全く役立ってない。しかし人々の迫力は、恐らく日本の40年前ぐらいだろう。今の日本の若者の静かさが気にな る。 北京ダックの脳みそは フォラグラの味がした。 
Oct /2007 エコール ポリテクニーク @  Paris (パリ) : パリ郊外パレイゾウ  Paraiseu  にある エコールポリテクニークで EUDET の年会のアドバイザリーとして出席    エコールポリテクニーク と オルセー美術館 Musee d'Orsay   たった3時間の  オルセー美術館はあっという間、いそいでシャルルドゴール空港に、でも30分遅れてついて、窓側の席しかなかったので、空の写真があるというわけ。 
Sep/2007 CERN @ Geneva (ジュネーブ) CERN でのお仕事風景   ATLALS muon system 最終段階写真 が 主  光ケーブルでつながる inteligent なシステムの相互の通信の制御に手間取る。何とか Forward C-side テスト完了  
Sep/2007 CALICE meeting @ Prague (Praha) CALICE meeting 今年2回目(神戸の次)がプラハで開かれる 。写真集は、ほんとに会議にでてたのかといわれそうな   プラハ市内の写真 ほんの2時間程度の散歩  後半は観光客だらけの 場所にもいった、大聖堂に上らなかったので、Credit Card 盗まれなかった(ちなみに知人2名が同じ場所、前の週に盗難にあった) 
Aug/2007 木島平パノラマランド @ 飯山市 原子核三者 若手夏の学校が木島平にて開かれた。  木島平スキー場の写真 ここでアンケート要望の多かった ILC の 話をした。合計6時間もあったので、若い学生さん ほとんどM1,M2もしょうしょう、に高エネルギー実験の最終章としてのILCとその実験が開く新世界 を紹介した。 その時のスライド 約100枚  
June/2007 DESY @ Hamburg市 LCWS07 Linear Collider WorkShop はDESY/HH (Hanza Stat Hamburg)にて開かれた。   ほとんどDESYの写真  平行して 次世代線形加速器のための測定 器のレビューも開催、今回のターゲットはカロリメータ、審査委員の役はごめんだし、被レビュー側の役。CALICEの一員として振る舞う
April/2007 KEK@ つくば市 筑波行エキスプレスの開通とともに筑波山バスがなくなって一段と交通不便で陸の孤島化進行中のKEK、富士実験室のさらに追いやられつつあるカ ロリーメータ場所。  いつも乗り遅れて 悔しい電車の時刻表付き (あくまで2007年4月です) 
March/2007 DESY @ Hamburg HH (Hanza stat Hamburg) の GLD-CAL and CALICE beam test  我々とHPKが開発したMPPCを468個使って作ったカロリーメータを電子ビームにてテストした、  その道程 の写真集 
March/2007 広島大学:REFER07 at Hiroshima に参加、 恩師である遠藤一太先生の退官記念を兼ねた会議。   広島大学まわりフォト 
Feb/2007 北京高能研:ACFA 9 at Beijinに参加、 Calorimeter Convener でした。おかげで北京の中華料理3年分食べた。   観光フォト 
Dec/2006 浜松南高等学校:原子力振興財団の霧箱実験など、2週間おいてまた浜松、生徒は骨のあるいい生徒がいた!楽しみだ。このまま夢を追いかけてくれ!
Dec/2006 KEK, 学術創成「ILC測定器」の発足1年目の年回、「新しい道具は別の世界をもたらす」と意気込んでいる。ガリレオの望遠鏡や、小柴先生の光電子増倍管を MPPCでもたらしたい!
Dec/2006 浜松、 今年の光センサーワークショップは浜松市で開催。前半は MPPC(浜松ホトニクス社(HPK)と我々が共同開発)のオンパレード。もちろん10月の項に あるように、プレスリリースが出たばかりなので当然である。 HPKの半導体のトップであり、我々との開発で浜松側のリーダーの山本さんも忙しい合間を(現在ほぼ社長、代表権者)ぬって来てくれた。夜の懇 親会もしっかり、また開発の山村さん、里さん、営業の犬塚さんらともいろいろ話ができてよかった!今後もまだまだ生まれたばかりの赤ちゃんであるMPPC を育ててゆく努力が必要であることで一致。ただ作る側の方向とユーザーの一部(我々)の要求はどうもすれちがっているようだ。。。。。MPPCの開発が 「新しい道具が新しい知見をもたらす」例となってくれるといいのだが、、、
Nov/2006 信州大学物理学科、 「物理学最前線」という名の全員出動自己物理紹介講義。ここではいつも私は「宇宙の始まりと素粒子」という話をする。ここで使う宇宙の遠くを見る事は宇宙 をさかのぼる始まりを見ることであり、これはそのもの素粒子物理が加速器をつかって迫っている世界そのものであり、両者の一致した理解が得られる。という 話。ビックリしたことに先日の小柴先生もこの話を使っていた。 トークのスライド。(Flash版) 研究室紹介をメインにする先生もいる、学生の期待もそうかもしれない。質問に研究室の人数などを聞く学生がいた。私の伝えたいことは、大きな気持ちで世界 を見てほしい。知らない話を驚いてほしいのですが、、、
Nov/2006 Valencia(スペイン)、 線形加速器会議ECFA@Valenciaだ、、なんと雨が降っていた!雨のバレンシアは滅多にないのでラッキーだねと言われても承伏できないよ。その後 はばっちり、地中海まで行ってしまいました。 写真 はValencia旧市街地各所。 徒歩20分で旧市街地は踏破可能。世界遺産のロンハ!も行ってしまった。ネットは最悪だったせいもある。シエスタは今も脈々と受け継がれている、午後3時 か4時にならないと 店が開かない!!従っておみあげ買えず、例によってスーパーへ。
Oct/2006 日本、 ついに、浜松ホトニクス社がMPPCを発売!寝耳に水なれど「うれしい」。なにしろこのMPPC開発にこの3年携わってきたから。 そもそも同社の固体事業部長(当時)山本さんとの電話のやりとりから始まった事なのですから、、、
Oct/2006
oct/2006="">、 ノーベル物理学賞者の小柴先生を呼んで大学で物理の学生を主に相手にして話をしてもらった。学生さんに一つのインパクトを与えたいと思っていて、やっと 実現した。先生は最近とくに足が悪るそうと聞いていたので心配だったが、杖は必要だが大丈夫だった。秘書の方からコーヒーとケーキと聞いていたのに、うっ かり出せなかった。駅に送っていってソフトクリームを二人で食べた、、、、 証拠写真by信大広報情報室  ビデオはこちら>> 当日の講演ビデオー再生
Sep/2006 CERN  /ジュネーブ市郊外(スイス・ジュネーブ州)、 CERN研究所で2.5週間リハビリ仕事、アトラス実験はいよいよ準 備の大詰め、なんとか仕事をして 来年、再来年のアトラス実験本番に備えなければ、15年間準備して来た意味がない。 写 真 はCERN研究所Bat 180での準備作業の様子などなど。 土曜日は朝6時から(日本の午後の)video会議に出て、気晴らしに 2時間は Geneve市内にいた証拠 CALICE meeting に参加、 信州大と神戸大の CALICE 参加が承認された:そのプレゼンでECALは彼らが期待していたことだったが、HCALについても言及し、議論を巻き起こした。Hadron modelが山のようにあって、どれが実験を良く再現できるかさえ明らかでないので、ここで一発決めて起きたいという私の思いはなかなか理解してもらえな い、、、ようだ。。。
Aug/2006 韓国デグ市、 Kyungpook National 大学 訪問、  電磁カロリーメータを一緒に作るmeeting 写真 は韓国、デグ市とブサン市。 マジで一緒に測定装置を作る厳しい話をした。ちなみにこれ以降デジカメが Leica C-LUX-1に変わった。それまではOlympus CAMEDIA C2020-Z
July/2006 骨 折再び、 それも前回骨折および打撲と至近距離(左が危ない)、左助骨、今度は裏(背中)側、 X- ray写真。テニスのプ レー中にロブ ボールを追いかけて後方の生け垣に背中から激突したつもり、だった。が、生け垣が残念ながらうすく、人体はこれを 突き抜けてしまった。悪いことに生け垣の向こうに鉄パイプが地面近くにあり、ここで背中を強打。足が生け垣にのこり、体は生け垣の向こう側にあった。結果 は、痛くて眠れない、、、2年前の再来。またまた医者では、骨折付近を押しながら「いたいか?いたいか?」と聞かれるが、痛くないので、もっと痛い腰下を 説明しても無視されてしまう。。。。。医者とはこんなものなり。。。
June/2006 Chicago/US : シカゴ市内で開催されたCALOR06に参加、場所はシカゴ・ダウンタウンNorthWestan大学のKellog school, Gold cost近くの最高の場所でした。ホテルもJohn Hancock towerの隣(でも高かった!)。今回からセッションの中にILC (international Linear Collider)のカロリメータが設けられたので、これは行って話さないては無い、状態でした。でもアメリカ行きは、体に悪い。まともに寝れない。おか げでセッションで眠い。心配なのは、 Volkerだ。パーティーの途中でホテルへ(体調不良)帰ると言ったのでタクシーで送り返した。最後の夜には Geneの家の呼んでもらって、おっさん3人のディナーであった。シ カゴ写真集
MPPC (Multi Pixel Photon Counter)の開発記
March/2006 : インドのBanngalore (バンガローア)市のIIS (Indian Institue of Science)で開かれたLCWS06 (Linear Collider Work Shop 06)に参加、MPPCの開発状況をおはなしする方がた、たくさんの人とコミュニケーションした。
 インドの街頭の喧騒をお伝えできないのが、残念でならないが、写真集はここです。
 いろいろおもしろい事件があり ました。3輪タクシーのおっちゃんにパレスに誘われ断るとおろされました。毎回 MG road (マハトマ・ガンジー)までの運賃が違ってます。ちなみにタクシー メーターは着いているが、ほとんど使われていない。
Feb/2006  : DESYにてEUDET (ヨーロッパでの線形加速 ILCのために測定器の開発のためのインフラ整備をする組織的取り組み)の会合に参加。このお金 21億円(内EUから7億 円)は開発そのものではなく、それを助長するもの、という制限のあるものなので、野心的な新しい取り組みよりは地道な取り組みが目立った。CALは実物モ ジュールを作ると言っています。 DESY 写真AHCALに少しの進展
Dec/2005 : 高校生と彼らの先生たちに「物理100年」版の光速の卓上測定と相対性理論の卓上検証の2つのデモを行った。今回来てくれた高校生は3年生が多く反応がよ かった。(最近いろいろな高校に行っているけど、2年生相手なので物理をまだ学校でやってないのでいまいち反応が鈍いのだ。
Nov/2005 : 東海村   J− PARKを訪問、建設中の陽 子シンクロトロンおよびその前段加速器RSCとLineac 見学、海の隣の水(海水?)の吹き出す軟弱な地盤が気になる。
Nov/2005 : ウイーン(英語でVienna, ドイツ語で Wien : ヴィーン)で開かれたECFA(European Conference on Future Accelerator )の会議(次世代線形加速器の測定器)に出席。  会場はParkHotelでSchoenbrunn 宮殿広場(めちゃ広)の 隣、おかげでたくさんのアジア 観光客が同ホテルにも泊まっていた。もちろん日本人も!でも驚きは、韓国人と中国人さんたちであった。シェーンブルン宮殿とその周りも「だらけ」。。。。 会議では浜松製MPPCの宣伝に終始して、もっともexcitingな図!と賞される図を出して物議をかもしたかも。。。また仕事が増えた。
Oct/2005 : 松本市市民体育祭テニスB(初心者ではないがプロでもないカテゴリー)に出ました。34ティーム中ベスト4でした。ペアの大岩さんのおかげなのです。相手 はほとんど信州大学テニス同好会(アプリコットとたんぽぽ)の若者たちで、「ばしばし」打ってwatchすることを知らない人たちでした。小学校以来の運 動での賞状をもらいました。なにやらうれしいものです。
Sep/2005 : DESY (Deutsches Electron SYnchrotoron 研究所)訪問、Tile-CAL グループメンバーと情報交換。彼らは8000枚のタイルの生産中で、 「手間がかかる!!!」と悲鳴を上げていた。この時点で5枚目の 生産中。SiPMに問 題があるとも言っていた。
Aug/2005 : ALCPG アメリカンリニアコライダーのワークショップに2週間も参加した。場所はコロラド州アスペン近郊のスノーマスというところ。日本にたとえると長野県白馬村 である。スキー場と一体化した町というか、ホテルあるいはキッチン付きのコンドミニアムの集合。 モールの中に数件のレストランと KARAOKE もあった。そこでの 米韓日会談(左から)。 標高2500mもあるのに木がいっぱい???乗鞍のてっぺ んに木はないのに???コロラドは亜熱帯より暑い!まわりが砂漠のせいだろう???。例よって 観光写真満載。
July/2005 : ACFA8 @Daegu - に参加、 写真はDaegu 付近観光もしたときのもの。韓国語の表記にだんだん慣れてきている。金 さんはフIのしたに○、リーさんは乙Iなのだ。。。
March/2005 : LCWS05 @Stanford大学 に参加、 写真はサンフランシスコ観光もしたときのもの。 途中にApple 本社?の前まで行きました。ガラスばりの変哲のないというか、アップルマークの無い建物がそれ。中にはカードが無いので入れてもらえなかった。隣の apple storeにて  T-Shirt購入。 "I visited the Mothership" と印刷ありここでしか買えないらしい。 住所が笑っちゃう。1 Inifinit loop  だってさ。高速道路の専用出口をでるとすぐ!という立地はさすが。。。Steve Jobsにはもちろんあえず。信州大学でも総合情報処理センターに来年から225台のMac入れるんですがねえ。
March/2005 : 東 大駒場キャンパス 情報基盤センター訪問(iMacとVIDを見に)。 一番印象的だったのは、iMacのMAC-OSXの上でwindowsが走る仕掛 け(Remote Desktop)である。この世のものとは思えません。それとこれらのiMac導入の名物先生:安東さん(首からipod shuffleをぶら下げている赤いジャンパー)、やはりおもろい。
Dec/2004 : 東京??大 計算機センターにて apple-netboot体験 、そこの助手さんいわく、アップルはサポートが良くない! 信州大の今後が危惧される。
December/2004 :韓国 大邸市のKyungpook大学(慶北大学)を訪問。 主にKyungpook 大学 の写真集 .   韓国の国立大学で高エネルギー分野では最大かも。CHEP (Center for High Energy Physics)というセンターを持ち、これからも大々的に素粒子の実験をやるというので、一緒にやる物理の相談にいった。建物一戸全部 物理学科だもん ね。 うちの2−3倍でかいよ。テニスコートが老人(近所の?)に朝から占領されている?のおかしかったし、良かった。
November/2004 : 台湾 台北市 台湾国立大学 で行われた ACFA7 Physics and Detector workshopに参加。 主 に 台湾国立 大学の 写真集 .   台北市の迫力には(恐らく)30年ぐらい前の日本の高度成長期の活力を見る思いであった。町は人とバイクであふれかえり、ごちゃごちゃとしかし、夜遅く (10時以後もきっと)活気をもった日常生活があった。台湾大学はとても広いキャンパスを持つが、市中にあり、日本の占領時代1928年(?)に旧帝国大 学として作られたと聞いた。もっとも当時は日本人が入る学校だったようだ。 
September/2004 : 北部イングランドの田舎町 Durham (私の耳には「ダーラム」と聞こえる) で行われた ECFA Physics and Detector workshopに参加。 主 に Durham 大学の Grey College の写真集 .   田舎町にどうしてというくらいの 物理学科があった。 うちの倍いや3倍かな??  ネットセキュリティーは厳しかった。proxy経由以外通してもらえないし、sshしか通らないのであった。でもLinux 英語版のMozillaで日本語サイトがちゃんと読めたのは、進歩でした。ここのCollegeは寄宿舎の単位のようだった。
April/2004 @ Paris : Paris での LCWS(Linear  Collider Work  Shop)  に参加 、自分たちの 仕事を 話し、さらにカロリーメーターセッションのサ マリーを やっ た。周りの参加者からおほめにあづかり、喜ぶも、街を見て回る暇がないのが辛かった。特に前回パリで改装中で観ることの出来なかったた オルセー美術館の近くにいたのだが、、、、行けず。。。。。。
April/2004: 信州大学綜合情報処理センター長になった。えらいこっちゃ。大学は独立大学法人というまだ訳のわからない物になったが、その内容はいまだとんと実現されて いるのかそうでないのかもわからない。。。おいおいでてくるのであろう。
March/2004 :  JLC-CAL T545 ビームテスト: 写真集 
March/2004:  熊谷西高等学校で霧箱実験  : 写真
Jan/2004  SLAC American Linear Colliderにでた:もちろん JLC-CAL の最近のactivitiesを話した
アメリカは盛り上がりつつある。。。。。日本はズウウウと長い間低調である,どうしてだろう。
Dec/2003 ATLAS -Japan   総会@松本主催 
Oct/2003  CERN Bat 188. ATLAS-TGC M1 cabling 作業 実に4日という短期間のあっという間のしごと出あった: 写真集
Sep/2003   DESY 3週間  訪問 だけじゃなく、 ビームテスト 写真集 、Hamburgの夏が暑かった!僕らが1982年に移り住んだ時のようだった。当時住んでいた アパートはまだそこに壁を化粧直ししてそのままあった!。
July/2003  Cornell 大学 で の
 American Linear Colliderにでた ; 
01/May/2003 帰宅中 バイク転倒 しこたま昨年折った骨付近を打撲:骨折より長い時間痛い事を痛感、特に後になって痛くなるのが打撲。




Access to Matumoto(松本地図)

Access to Shinshu-U(信州大学へ)

>> Mail to : tohru@shinshu-u.ac.jp



I'm able to talk about HEP anywhere on the earth. You can call me without any cost. The accelerator should be called the TIME-MACHINE to go up to the beginning of the univearse.

「高校生のための素粒子物理学」としてまとめました。 


「物が見える」という事はなぜだか考えてみましょう?
まず「目」はなくてはなりません、光も必要です。それと見るべき物体と。

この三つで「物が見える」という現実が構成されているはずですね。(1) どこからか光が来るとして、(2) 物体に当たって光は跳ね返ります。(3) その光が目に入ります。(1) - (3) の繰り返しが行われます。こうして多数の光が物体のまわりのいろいろの部分で反射(跳ね返り)されて反射光の一部が目にはいり物体の外形を認識させてくれ ます(ここで光が目でどのように受光され、脳に伝わり認識されるのかの過程にはふれません)。この「物を見る」過程には、「放射線」が現れています。広い 意味で光は放射線です。ところでこの光そのものを見ることはできますか?我々は物体がそこに在る事を見るために光が必要であると述べましたが、この事情を 仲介をする光も当然物体であるべきですね。ではその光はどうやって物体としてその存在を認められのでしょうか?あるいは見えない物があるとしたときその存 在はいかにして人々に認められるのでしょうか?物体をみるという作業は、光を使って衝突実験をしていると、研究者は考えています。これを光の代わりに粒子 を用いても同様の事ができると、当然考えます。これが「衝突実験」です。
こうして図の"?"の中になにがあるかを探る事ができます。たとえそれが直接見えない物であったとしても。すなわち、(1)では全ての粒子はまっす ぐ進み素通りしますから、「なにもない」事がわかります。次に(2)では中の赤い粒子のみが跳ね返されてくるので、壁のような物で、大きさは青や紫との距 離より小さいと考えます。(3)では中にある物体は、大きさは(2)と同程度ですが、形が壁と言うより丸か三角に近いと考えられます。 この様にして衝突実験により大きさや形を推定する事ができます。現代の加速器を用いた高エネルギー物理学のやり方はこれを使っています。 例えば、原子核の存在は「光を当てて見る」という作業では確認ず、アルファー粒子という粒子を原子の衝突により実証されました。
自然はなにでできているか?物質を構成する根源物質はなにか?という問に対してより小さな基本構成粒子を追い求めて来た人類の探求は、古来はデモク リトスの原子論から、19世紀終わり頃にメンデレーフの原子の周期律表の完成に至りました。
100種類以上も確認された性質の異なる原子が質量や電荷について周期性を持つことを、(現代的解釈では)原子内の基本構成粒子として2種類(質量 のほぼ等しい電荷のみ異なる陽子と中性子)で説明する可能性を示しました。またすでに放射線の分類 から目には見えないが、電荷やエネルギーも持った存在が確かめられていました。これらは陽子や中性子とは異なるもので電子やg線(あるいはX線とも呼ばれ る電磁波)でした。人の大きさ(1m=100m)から細胞の大きさ(10^-5m: 10のマイナス5乗メートルつまり10万分の1メートル、以後この上向き矢印でベキ乗を示します)を経て原子の大きさ(10^-10m: 10のマイナス10乗メートルつまり100億分の1メートル)を見ることができるようになったと いっても過言ではないでしょう。(中性子の発見は、歴史上では原子核の発見より後ですが、ここでは現在の知識を統合した解釈として上の原子の基本構成粒子 としています。)
この人の目に直接は見えない原子の世界で、さらにその中身はどうなっているのかという疑問はラザフォードらの実験により解明されました。すなわち原 子の中を「見る」作業が光を用いるのではなく、
原子核そのものを用いる事により達成されました。すなわち、図に示すようにa線(実は2価の正の電荷を持ったヘリウムの原子核で自然放射能のなかに 存在する事が知られていました)を見たい原子にぶっつけたのです。ここで想像してほしいこ とは、例えば自転車がダンプに衝突するとおそらく自転車に乗っていた人は後ろにとばされるであろうということです。これとよく似たことがこの場合も起きま す。つまりa線は原子の中にあるa線より圧倒的に質量も電荷も大きい何者かによって後ろへ跳ね飛ばされる事がわかりました。逆にもし原子内には陽子や中性 子というa線より質量も電荷も小さな物体がうようよしているならば、自転車が小石をはねとばすように(自転車は前にすすみ続けますね)、 a線は進行方向をほとんど変えることは無いでしょう。実験結果は質量及び電荷の大小関係についてa線より大きな中心が在ることを示していました。この原子 内で質量と正の電荷の全てを背負った一つのかたまりを原子核と呼んでいます。原子核の大きさは、これらの実験から10^-14m程度と推定されました。原 子の大きさ(10^-10m )と比較すると、原子核の大きさは1万分の1で、いかに原子の中はすかすかであるか実感できると思います。原子核という小さな所に陽子と中性子が非常に大 きな密度でかたまっているのです。この実験と考察は、以後どんな物質が中に詰まっていて、どの様に分布しているかを確かめるのために、外から勢いのある物 体をぶつけて問題となる物体を衝突によりたたいたりバラバラに壊したりするという荒々しい方法をあみ出したという意味で画期的でした。
次に自然な成り行きとして、はたして陽子や中性子を構成する物質は存在するか?という疑問がわき起こりますね。原子核の存在実験と同様に考えるなら 再び陽子は中性子になにかをぶつける実験をすればよいと考えられます。問題は、原子の中の更にその奥の原子核の中に入り込み、陽子や中性子と衝突するに は、大きなエネルギーを持った粒子をぶつけなければならないことです(原子核の周りにある電子や原子核の中での影響を受けることなく陽子や中性子までつっ こんで行ける「勢い」みたいな荒々しさです)。自然界に存在する放射線ではエネルギーが不足していたため、粒子加速器が用いられました。この結果、現在で は陽子や中性子の中にやはりこれらを構成する更に小さい物体が存在すると信じられています。これをクォークと呼んでいます。 ここで信じるなどというあやふやな表現をしたのは、未だにクォークを単体で取り出した実験はないからです(原子核に荒々しい衝突を起こさせると中からその 構成粒子である陽子や中性子が飛び出してくるので、 原子核の中に陽子や中性子が入っていることがすぐにわかりますが、クォークは飛び出してきません。現 在までどんなに大きなエネルギーでたたいてもクォークが飛び出してきたことはありません)。そのため、クォークは陽子や中性子から単体で絶対外にでてこな いという説があります。
例えば、クォークは「ひも」の端の断面であると考えてください。「ひも」とは粒子の事です。この「ひも」が一本でできていれば、必ず両端があるの で、クォーク2つ(正確にはクォークと反クォークの組)の粒子ができあがります。陽子や中性子のような粒子は、3つのクォークでできています。これは、図 のような形をしているでしょう。どこかをの「ひも」を切ると、必ずその断面にクォークと反クォーク対が現れ断面一個だけで存在する事ができないのです。こ れは一つの説明例です。
クォークのアイディアと平行して粒子加速器が次々と作られ、次々と今まで知られていなかった寿命の短い粒子が発見されました。この意味でこれらの新 粒子を統一的に説明する手段がクォークです。つまり100種類以上もの新粒子の時代をたった6種のクォークの組み合わせで説明できるのです。
  基本構成粒子の問題
クォークの存在とその謎を探求することが現在の物理学の中心の一つです。陽子や中性子はそれぞれ3個のクォークでできていると考えています。すると 単純にクォークの電荷は陽子の三分の一ということになります。いままで誰も(ミリカンの実験では電荷と質量の比を測定しましたが)陽子や電子の電荷の分数 倍の電荷を発見した人はいません。クォークが外にでてこないなら発見したことがないのもうなずけます。物質を構成する原子からその中に原子核が存在しその 構成粒子にちょっと奇妙な性質を持つクォークのアイディアに至りました。
ところで原子核の周りにある電子はクォークとは全く別物に見えます。しかしそもそも電子と陽子の電荷が反対で絶対値が正確に等しいのはなぜでしょ う?電子と陽子あるいはクォークは質量も全く異なり、違う物体に見えますが、電荷に関してこのように強い関係があります。現在の認識では両者は別物です が、実は基本的には同じ存在が別の見え方をしていると考えている人たちもいます。この意味で、いま世界を構成する基本粒子は、クォークと電子などの一族の 総称であるレプトンだと考えています。
さらに実はクォークは自然界に6種類あることがすでに粒子加速器を用いた実験から解っています(最近のニュースで、6番目のクォークである「トップ クォーク」が見つかったことが報じられたのを覚えている人もいるでしょう。 クォークの電荷が電子の2/3倍や-1/3倍になっているのはいかにも人間の作り出した、不自然とも取れます。 せっかく100種類以上もの原子をたった2つの陽子と中性子で説明する事ができたのに、また基本粒 子の数は増えてしまい、我々の目指すより単純な構成物によるこの世の説明から現在は少し遠ざかっているかもしれません。ただし我々の生活する世界において 我々に関係するクォークは2種類(uクォークとdクォーク)だけです。他の4種類は粒子加速器により人工的に作られ、短い時間だけこの世に存在しうる粒子 です。発見されたクォークとレプトンの質量をグラフにしてみると図のようになります。基本構成粒子であるクォークはu,d,c,s,t,bという名前がつ けられています。uはアップ、dはダウン、cはチャーム、sは ストレンジ、tはトップ、bはボトムの略です。一方のレプトンはe,mu,tau(eは電子、muはミュー粒子、tauはタウ粒子)です。レプトンは クォークと同じように対をなしており、ニュートリノがそれぞれ存在します。電子の対は電子ニュートリノで、ミュー粒子の対はミューニュートリノで、タウ粒 子の対はタウニュートリノと呼ばれています。
ですから100種以上の原子の構成に関してはやはり2種のクォーク(uクォークとdクォーク)で説明できます。またこのように構成物質の組み合わせ 問題を考えている限り基本構成粒子の数が増えてしまいますが、エネルギーの高い衝突現象による種々の粒子の生成消滅現象というダイナミックな世界では、粒 子同士の相互作用を記述するために基本粒子の数そのものより自分自身も含めたお互いの相互作用が一般化(簡単に記述)されていることの方が重要です。
さらに我々に身近にある2種のクォークはどうもほかの4種(2種を2回)とは質量のみ異なり基本的に同じ性質をもっていることが解ってきました。つ まりこの世界が、基本クォークおよびレプトン(2種)とそのコピーを2回(これを世代と呼んでいます)繰り返してでできているようなのです。合計6種類以 上ではないことも実験的に解っています。この3回の自然の繰り返しは何を意味する物なのでしょうか?
クォークやレプトンの大きさに関してはは、現在の所10^-17m以下であると言うことしか解っていません。
力の問題
電磁力すなわち電荷が正の粒子と負の粒子が引き合う(お互い同士に引力が働く、あるいは電荷の正の粒子と正の粒子は反発する:お互い同士に斥力が働 く)ことはなじみ深く知っていることでしょう。原子核の中に陽子(電気的に正の粒子)と中性子(電気的に中性の粒子)が小さな所に集中している事実は明ら かに電磁力では説明できませんね。電磁気力よりはるかに強い力が存在し原子核のような小さな世界に陽子や中性子を結びつけていると考えられます。この力を 「強い力」と呼びます。また中性子がベータ崩壊するという事実も知っていると思いますが(自然界の放射線の源の一つですね)、粒子がバラバラびなって見た こともない粒子がその過程で現れる訳ですから、当然ある力が働いたことになります。この力を「弱い力」と呼んでいます。 ベータ崩壊は非常にまれにしか起こらないため、力の大きさは弱いと考えたためです。そのほかに我々がもっとも身近に感じる力は、重力ですね。この根源は、 質量があること、そして質量があれば引き合うすなわち万有引力であることも知っているでしょう。いまあげただけでも力として4種類の異なる存在があること が知られています。
ではいったい力とはなんでしょう?私たちに身近な力は、接触によって伝わります。物を押したり引いたりする事です。ところが微少な粒子の間に働く力 は、そのような接触をする時間などとうてい考えられませんから、全く別の見方をする必要があります。また重力のように明らかに力は真空中も伝わります。現 在では、力とは粒子のキャッチボールのような事だと考えています。すなわち一方の粒子が力を伝える粒子を放出します。そして他の粒子がこれを受け取ると放 出粒子分の運動量を受け取る事になります。運動量の変化はすなわちこれ力積(力x時間)ですから、力が伝わった事となります。 例えば陽子の中ではクォークとクォークの間に力を伝える粒子(グルーオン)がいつもやりとり(行き 来)されておりクォークとクォークは離ればなれになるこ とは無く陽子として存在し続けます。また原子の中では原子核と周りにある電子の間で電磁力を伝える粒子(光子)がやりとりされ原子を安定にすることができ ます。このように粒子のやりとりに応じて力が伝わっていると考えておます。そしてこれらはやはり物質粒子であり、我々の宇宙を構成するクォークとレプトン 以外の第3の粒子族を形成します。
粒子加速器
物質の基本構成物質を探してより小さな存在を追い求めてきた人類の探求は、今まで述べてきた所が最先端です。より小さな世界を探るためには、より大 きなエネルギーが必要である事はすでに述べました。まるで禅問答か人を矛盾に陥れるわなの様にも聞こえますが、自然の探求はこの仕組みに支えられてここま で進歩してきました。自然界に存在する放射線の理解とこれを用いて原子の構成を探求し原子核の存在を突き止めました。これ以上細かな存在を「みる」ために は、より大きなエネルギーを一個の粒子に与えなければなりません。このためテレビ受像器のブラウン管と同じ原理つまり電場(2枚の電極の間に電圧をかけて その)間に置かれた電荷を持った粒子は電場により引っ張られて加速されエネルギーを得ます。加速器を円形にして一つの粒子が加速される場所を何万回も通過 できるようにすれば目指す高エネルギーの状態に粒子を加速できます。水平面内を円形に回るために電磁石により鉛直方向に磁場がかけられています。これが円 形加速器の基本的な原理です。
現在世界最大の粒子加速器は、アメリカとスイスにあります。アメリカの加速器はテバトロン(TEVATRON)という名で、陽子とその反粒子である 反陽子をそれぞれ反対方向回転させ正面衝突させる型です。またスイスにある加速器は、レップ(LEP)と言う名で電子と電子の反粒子である陽電子をやはり 正面衝突させる型のものです。
粒子同士を反対方向に走らせ(回転させて)正面衝突を起こさせる事により、止まっている標的粒子(例えば原子核を見つける実験になぞらえれば、原子 が標的粒子に対応し、α粒子が加速される粒子に対応します)に加速された粒子をぶつけるよりも圧倒的に多くのエネルギー利用する事ができます。これは止 まっているいる車とこれに衝突する車の事件より、双方が走っていて正面衝突する場合の被害が圧倒的に大きい事からも想像できるでしょう。そのうえ自動車同 士程度では問題になりませんが、粒子のように光速に近い速度の場合は相対性理論の効果が大きくこのことを一層際だたせます。
テバトロンの場合直径が約2kmの装置で円周6kmにわたって約50 k G (キロガウス)の磁場をかけて円形軌道を保っています。今の超伝導技術をもってしてもこのような大磁場は発生させることのできる限界に近いものです。約 10年後に完成される予定の(おそらく人類最後の)超大粒子加速器は円周27kmで約100KGの磁場を必要とします。(円周27kmとは、山の手線一周 に相当します)
またレップの場合、電子や陽電子を円形加速器の中で回すために、陽子とは大きく異なった事態に陥ります。それは電子自身の質量が小さいためにちょっ と加速度を受けると自分の周りのうようよしている光子を振り落としてしい、エネルギーを失ってしまうことです(これはシンクロトロン輻射として知られてい ます)。この結果電子は加速部の電場により加速されますが、円形加速器の中を一周回っている途中で自分のまわりの光子がおちてしまいエネルギーを減少させ て加速部へかえって来ます、このため何度回ってもちっとも電子自身は加速されない事態が生じます。このためレップは直径9km(円周27km)のでなるべ くなら曲がらないように(曲がると加速度がかかるためですね)大きく作られています。実は陽子の次期加速器はレップのトンネル内に設置されるため、両者は 同じ大きさです。地下100 mのトンネル内に作られたレップお全体図を示します。
こうして人類の得られる限り高いエネルギーの粒子を作りだし両者を衝突させて(後で述べる)ミニ・ビッグバンのような火の玉を人工的に作り出し物質 の根源の探求に迫ろうとしています。
放射線についての現代理解をお話ししてきました。まだまだ分からないことがたくさんあります。この先も同じように努力しさえすれば世界の理解は進む ものでしょうか。それともどこかに大きな壁のようなものでもあってこれより先一歩も進めない事態が出現するのでしょうか。哲学的な問いかけに聞こえるかも しれません。例えば自然界の物質の構造の階層的繰り返しは実は無限に続くものであり我々はその最初の数回分を見ただけであるという説を現状では否定する事 ができません。これに対して自然科学はあくまで実証を基本とする態度で問題に挑んでいます。
一つはもちろん今までの研究の延長線上としてよりエネルギーの高い粒子加速器を建設して物質の内部構造を探るやり方です。しかしすでに述べたように 次期加速器の巨大さを考慮すると、限界がきているとも考える事もできます。そこで、
別のやり方でこの問題に当たって見ましょう。すなわち現在理解された事実を総動員して超高エネルギーの世界を理論的に考察することができます。この アプローチは我々の宇宙(世界)ができた時まで宇宙の歴史をさかのぼる作業にほかなりません。我々の住むこの宇宙は、約150億年前にある種の火の玉とし て誕生したと考えられています。この火の玉は今我々が探究したい超高エネルギー状態です。この状態は宇宙の進化すなわち宇宙の年齢と共に変化して現在に 至っています。そして宇宙のより遠くを見るという作業は宇宙の過去を探ることでもありますから(光の速度は有限な一定値ですから)、この宇宙の観測が宇宙 の始まりについての深い理解をもたらし、ひいては物質の究極の構造に関して決定的な情報を与えると期待しています。すなわち宇宙の始まりの研究と素粒子の 究極構造の研究は互いに強い関係を持っています。このように自然を理解す ることを目標とする物理学は極小を目指す素粒子物理学と極大の宇宙を探る宇宙物理学へ分化していますが、最終的に到達するべき点が再び同じになろうとして います。一見奇妙な結び付きで極小と極大の世界を相互理解できる期待が広がっています。
宇宙の始まりを時刻ゼロとして話を始めて見ましょう。とにもかくにも火の玉として我々の宇宙が生まれたとしましょう。この開びゃく説は、我々の見上 げる夜空がこうこうと輝いていないのはなぜか(オルバースのパラドクス)?にも答えることのできますね(現在の宇宙が無限に広く星があまねく存在している ならば暗い夜空はありえません)。宇宙に始まりがあり始まった瞬間から光が存在し始めたわけであり、我々の見る宇宙は開びゃく以前を見てはいないので見て いる星の数は有限ですから夜空に暗い(星のない)部分が存在します。さて生まれた直後での宇宙の大きさは、10^-36m位でした。さて生まれたばかりの 我々の宇宙には、なにもありません。エネルギーだけが満ちていたでしょう。その後すぐ(10^-44秒)で大きさは10^30倍、といっても10^-6m になります。これをインフレーションと言います。この膨張の速さはちょっと異常です。なぜなら光速より速い。しかしこの速さは物質が移動する速度ではな く、空間そのものの拡大のスピードであり、相対性理論と矛盾する事ではありません。さてこの時刻(10^- 44秒)には万有引力が生まれています。このおかげで我々の宇宙は空間3次元時間1次元になりました。このころエネルギーの一部は電子や陽電子と入れ替 わったり、光子になったり、クォークと反クォークに化けたりその反対になったりしています。これ以降の宇宙の進化をビックバンと呼びます。10^- 36秒で宇宙の大きさは10^-2mです。統一されていたはずの力のうち強い力が独立します。このころ厳密にクォークと反クォークあるいは電子と陽電子の 数は一致していたはずですが、ほんの少し反物質より物質粒子が多いという不一致が生じます。これが我々の宇宙が物質でできている原因です。この後比較的 ゆっくりとした膨張期に入ります。10^-11秒で大きさが10^9m、つまり地球と太陽の距離程度まで大きくなります。このあたりが現在の最高エネル ギー粒子加速器で探ることのできる世界に対応し、弱い力が分化したときでもあります。次に10^- 4秒で10^14mとだいたい太陽系サイズになりクォークが陽子や中性の中からでてこれなくなります。原子核のでき始めです。10^3秒で大きさ 10^20mのころヘリウム原子核ができます、現在のヘリウムの大半もこのころできた産物です。あとは水素原子の誕生を待つばかりです。10^12秒で大 きさ10^23mのころついに宇宙のなかを漂っていた粒子の大半である陽子と電子が安定状態(水素原子)を作るようになるため、急速に宇宙の遠くが見える ようになります、このためこれを「宇宙の晴れ上がり」と呼びます。そしてこのごろ宇宙を飛び回っていた光子はくっつく相手(電子)がいなくなるため、取り 残されてしまいます。これが現在宇宙の3K輻射と呼ばれる宇宙に満ち満ちている電磁波のもとです。水素原子ができてから急速に宇宙のガスが万有引力により 集まり銀河が生まれます。さらに10^17秒(100億年)で太陽や惑星が生まれます。人類の出現は宇宙の150億年の進化の歴史では最後のほんの一瞬で す。この意味で現代の粒子加速器は宇宙開びゃく以来10^-11秒程度のところを見ていることに対応しています。
宇宙の進化を探ることから物質の究極の構造・組成とその間の力の関係が宇宙の進化あるいは時刻と共に変化して行くことが少しは想像してもらえたで しょうか。特に宇宙の進化と共にエネルギー密度(これを温度とも言います:宇宙の大きさの逆数)がどんどん下がって行き、それに連れて宇宙の様子も様変り します。このシナリオでは、実は粒子の最終構成物質は、現在我々が行き着いている最終物質であるクォークとレプトンでした。すなわちこの宇宙の進化のシナ リオが正しいとするならクォークとレプトンはもうこれ以上分解することができない究極の構成物質ということになります。これはもはや高いエネルギーの粒子 加速器を作る必要はなくなったことを示すものではありません。それどころかこの理論の詰めのためにぜひ確かめたいことがあります。宇宙の進化のシナリオに 従えばすごそこで手の届きそうなエネルギーのところにあるというのです。今はなんとエキサイティングな状況でしょうか。
さてこの先宇宙はどうなっていくのでしょうか?ちょっとのぞいて見ましょう。現在は開びゃく以来約10^10年です。この未来は宇宙が「閉じている」 のか「開いている」のかによって大いに異なってきます。
まずは我々の宇宙が「閉じている」場合:10^11年で宇宙は収縮に転じます。こうして今まで見てきた宇宙の姿は全く逆回しにしたビデオのようにどん どん縮んでゆき、それに連れて温度が上がって行きます。そしてビッグバンまで逆に戻って行きます。
次に我々の宇宙が「開いている」場合:基本的に宇宙は無限に膨張を続けます。10^14年:宇宙の光を放つ星はその核融合のための燃焼物質を燃やし尽 くし光を出さなくなります(この結果は質量数の大きな光を出さない原子が残ります)。つまり宇宙は真っ暗になります。10^20年:光らない物質だけで万有 引力により引き合い1ヶ所に集まり、巨大ブラックホールを作ります。10^34年:陽子も寿命がつきて電子などに崩壊し始めます。こうしてブラックホールは 電子と陽電子と光子だけで満たされるようになります。10^64年:ついにブラックホールも安定でいられず蒸発を始めます。10^116年:残されたのは電 子・陽電子対から作られた光子だけが宇宙の構成物質となります。ということで、我々の宇宙は「閉じている」のか「開いている」のかによって未来に大きな違 いが予想されます。
では「閉じている」か「開いている」かは現在の知識では解らないのでしょうか?これは宇宙の曲率のことで、「閉じている」とは、宇宙は球の表面上み たいな事だ、ということができるでしょう。これは実際の宇宙空間が3次元なのですが、これを2次元にしてみたらというお話です。つまり球の表面ではある点 を出発するとまた一周して戻ってくることができます。これが「閉じている」という意味です。また「開いている」とは、再び2次元で考えるなら、平面あるい は馬の鞍の上に我々がいるということでしょうか。どこかへ出発しますが元へ戻ることはありませんね。このような宇宙を「開いている」と呼びます。図に宇宙 の進化の時間と大きさの関係を模式的に示します。現時点の宇宙の観測からは、我々の宇宙は「開いている」とも、「閉じている」ともいえません。
私たちに最も身近な放射線の話を最後にしましょう。今まで述べてきたように広い意味の放射線すなわち粒子や素粒子で我々の体や宇宙が作られおり、周 りにもいっぱい存在します。最も身近なものが光子ですね。物を見るのに無くてはならない存在であることは前に述べたとおりです。これらの光子は電灯などに より簡単に作り出されています(電流などで物体を高温にすると中の電子の振動が光子を振り落としますね)。あまり身近すぎて放射線の一種であることすら忘 れ去られています。常に空から降り注ぐ放射線があります。そ れは宇宙線と呼ばれ、地球の外から降り注ぐ粒子が大気分子原子との衝突によって生成された素粒子たちです(ここでわざわざ素粒子と呼んでいるのは、これら の粒子が基本粒子で電子の仲間であるレプトンであるからです)。なぜなら大気の高い所でできたいろいろの粒子たちはすべて安定な基本素粒子に崩壊してし まって、我々の周りに降ってくるためです(今もみなさんのからだを通過していってます)。みなさんがこれを見たり感じたりする事が無いのはひとえに、宇宙 線粒子が相互作用をほとんどしないし、たとえ相互作用したとしてもその影響は大変小さく感じることができないためです。例えば GM計数管などのような敏 感な粒子検出器があればこれを観測することができます。
次に身の回りを飛び交う放射線には自然放射能と呼ばれる放射性物質の崩壊過程から放出されるα線(陽子2個と中性子2個からなるヘリウム原子核)や β線(電子や陽電子)やγ線(光子あるいは電磁波)があります。 
Mail to : tohru@shinshu-u.ac.jp 

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