2012年7月20日金曜日

ロシアにおける法的取り組みと影響研究の概要 イーゴリ・A・リャプツェフ,*今中哲二


ロシアにおける法的取り組みと影響研究の概要
イーゴリ・A・リャプツェフ,今中哲二
ロシア科学アカデミー・エコロジー進化問題研究所(ロシア),京都大学原子炉実験所
 


1.はじめに
 チェルノブイリ原発事故による影響を軽減するため,
最初の数週間・数カ月間のもっとも重要な課題の1つは,
外部放射線と飲食物の取り込みによる被曝から住民を防護
することであった.
まず,
事故直後に
チェルノブイリ原発周辺30kmゾーン住民の避難が実施された.
引き続いて,
原発周辺地域の生態系や農産物の放射能汚染状況を評価すること
基本的な問題の1つとなった.
 そのためには,以下のようなアプローチが必要であった.
  1. 放射能汚染の分布,組成,密度,および水系を含むさまざまな地形・生態系での空間ガンマ線量といった,地表の汚染状況に関する詳しい調査.
  2. もっとも危険と考えられる(長寿命の)放射能の,さまざまな地質環境での土壌中への移行と浸透,および溶解性や根からの吸収性に関する調査.
  3. 初めのフォールアウト(放射性降下物)による野生植物,農作物の表面汚染,ついで,毛根からの吸収による放射能の植物への蓄積に関する調査
  4. 牛乳や家畜の体内への放射能の蓄積
  5. 自然生態系,動物,人間への放射能汚染の直接的,また長期的(遺伝的)影響の評価.
 これらの課題の多くは,過去の核実験や核施設事故にともなう環境汚染を通して研究されてきた.
しかしながら,過去の放射能生態学的経験や放射線生物学的経験をそのままチェルノブイリ事故に適用することは,多くの点で誤りに至るであろう.チェルノブイリ事故の特殊性として以下のことが上げられる.
  1. 放射能汚染の組成が,原発からの距離や方向によって大幅に変化している.
  2. フォールアウトの物理化学的性質(飛散性,溶解性など)も大幅に変化している.
  3. 生態系中での放射能の移行や再分布に影響する自然条件や気象条件が多様である.
  4. 汚染面積が広大なことと,低レベル放射線の慢性的な被曝にさらされる人々の数が極めて多いこと.
 以上のような特殊性を考慮しながら,チェルノブイリ事故の放射能汚染による生態学的,放射線生物学的影響に関する体系的で大規模な研究が,事故の最初の週から着手されることとなった.




2.ロシアのチェルノブイリ関連法令


被曝量限度に関する規制
 19864月から5月にかけて,
ソ連政府事故対策委員会とソ連保健省は,
チェルノブイリ事故を終息させ人々を防護するために
さまざまな活動を行なった.


人々の放射線被曝を減らすための
最初の決定は,
空間放射線量が25ミリレントゲン/時を越えている地域
(チェルノブイリ原発周辺の半径ほぼ10km圏)の住民を
避難させることであった.


ついで,
半径30km5ミリレントゲン/時の地域からの避難が行なわれた.


 この時期のソ連政府の決定のうち,以下を記しておく.
  • 1986512日,ソ連放射線防護委員会(NCRP)は,住民の被曝限度を年間500ミリシーベルトに決定した.ただし,妊婦と14歳以下の子供は年間100ミリシーベルト.
  • 1986522日,被曝量限度は全住民に対し年間100ミリシーベルトに決定.
  • 1987年,NCRPは放射線安全規則(NRS-76/87)を採択.その規則によれば,放射線事故の際の住民の被曝量限度は,ソ連保健省が設定する.チェルノブイリ事故による1987年の限度は30ミリシーベルト,1988年と1989年に対しては25ミリシーベルトとされた.
 1990425日の
ソ連最高会議決議No.1452-1
チェルノブイリ原発事故の影響および関連する問題を
克服するための総合計画」,


ならびに
1990630日のソ連閣僚会議政令No.645によって,
チェルノブイリ事故による
放射能汚染地域での“生活概念”が策定された.


その目的は,
チェルノブイリ事故によってもたらされるであろう健康影響と
損害とに関連し,
その害的影響を最大限に軽減するための対策についての原則と
基準を定めることであった.


 その基本的な原則と基準は以下のようなものである.
  1. 放射能汚染地域に居住している住民,または一定期間以上かつて居住していた住民は,その損害に対する法的な補償と,社会的および医療の問題で保護される権利を有する.
  2. 防護対策の必要性,その内容と規模,また損害補償について決定する際の基本的な基準は,放射能汚染にともなう被曝量である.
  3. (自然放射線レベルを越える)年間の被曝量(実効線量当量)が1ミリシーベルト0.1レム)を越えなければ,その被曝は容認され,チェルノブイリ事故による放射能汚染に対し何らの防護対策もとる必要はない.
  4. 定められた基準値と社会経済的状況を考慮しながら,汚染地域の居住区から移住を実施することが必要である.
  5. 放射能に対する防護のほか,つぎのような対策が必要である.
  • 弱者に対する特別な配慮を含む医療サービスの改善,サナトリウムや保養地での療養.
  • 微量元素やビタミンを含む,十分な栄養補給
  • 社会的精神的な緊張を和らげる対策
  1. 汚染地域に居住している人々は,その土地に住み続けるか又は他の場所に移住するかについて,汚染状況,被曝量,起こりうる危険性についての客観的な情報を提供され,自ら判断する権利を有する.
 以上のような“概念”に基づいて,


ソ連の法律
「チェルノブイリ原発事故による被災者の社会的保護について」
が立案され,1991年5月採択された.


この法律により,
チェルノブイリ事故処理作業従事者(リクビダートル),
避難・移住した住民,
および汚染地域に居住している住民の権利が確立された.


 ソ連の崩壊により,
チェルノブイリ事故の影響に立ち向かう課題は,
ロシア連邦に引き継がれた.


ロシア連邦では,
事故被災者への放射能防護,社会的保護,
およびリハビリテーションに関する“概念”が立案され,
事故の影響に対する一連の具体的な対策が定められている.


汚染地域とは,
年間の被曝量が1ミリシーベルトを越える可能性のある地域である


その汚染地域は以下のようなゾーンに区分されている.
  • 無人ゾーン1986年と1987年に住民が避難した地域
  •       (ブリャンスク州の一部).
  • 移住ゾーン:住民の年間被曝量が5ミリシーベルトを越える可能性のある地域(セシウム137汚染が555kBq/m2以上).
  • 移住権利のある居住ゾーン:年間被曝量が1ミリシーベルト以上の地域(セシウム137汚染が185555kBq/m2).
  • 社会経済的な特典のある居住ゾーン:年間被曝量が1ミリシーベルトを越えない地域(セシウム137汚染が37185kBq/m2).
 上記の概念では,
短期的に50ミリシーベルトまたは
長期的に70ミリシーベルトを越える被曝をうけた人を
特別被曝者”,


またチェルノブイリ事故と病気との関連が証明されている病人を
特別被災者


と定義している.


これらの人々はすべて,国家被曝疫学登録に登録されている.


 すべての特別被曝者と特別被災者を対象に,
医療支援とリハビリテーションのプログラムが実施されている.


とりわけ,
特別被災者と特別被曝者のなかの弱者グループに注意が払われている.


医療支援とリハビリテーションには,
被曝をうけた人々のガンへの抵抗性を高めたり,
放射線以外の害的要因の影響を和らげる対策が含まれている.


また,
汚染地域に住んでいる人々に対し,
ストレスを緩和するための精神的な支援や
リハビリテーションの対策も含まれている.


被曝の影響に関する知識を普及させ,
放射能の状況に関する的確な情報を提供するといった,
汚染地域に精神的支援サービスを確立するための努力が払われている.


 ロシア連邦では,
上記の概念に沿って法律
チェルノブイリ原発事故による放射線被災者の社会的保護について
が採択され,
その後
1995612日に,
ロシア連邦・ドゥーマ(ロシア連邦議会)が修正を加えた.


食品,飲料水,空気の放射能レベルの規制
 チェルノブイリ事故が起きる以前においては,
食品,飲料水,空気に対する放射能の許容濃度は,
「放射線安全規則(NRS-76)」
ならびに
「放射性物質および放射線源に関わる作業衛生基準(PSR-72/80)」
に基づいていた.
これらの規則を遵守することは,
ソ連のすべての企業,機関,団体の義務であった.
しかしながら,チェルノブイリ事故が起きると,
広大な地域において規則を遵守することが不可能になった.


198653日,
ソ連放射線防護委員会(NCRP)は,
飲料水と食品中の放射性ヨウ素に対し,
3.7kBq/kg,lという暫定基準を設定した.


1986530日,
ソ連保健省はセシウム137とセシウム134に対する基準を追加した.


これらの基準値は,
事故後の最初の1年間の内部被曝量が50ミリシーベルトを
越えないように設定されたものであった.


 またソ連保健省は
198657日,
地面,車,衣服,皮フ等の表面汚染に関する暫定基準を設定し,
その後19861026日にその基準値は引き下げられた.


 内部被曝量を引き下げるため,
1988年に
食品と飲料水中のセシウム137に関する暫定許容濃度(TAL-88
が設定され,
1991年には
TAL-91に変更された.
1994年にはTAL-94が導入された(表1).
食品と飲料水中の許容レベルは徐々に引き下げられ,
TAL-94では多くのヨーロッパ諸国や米国と同等のレベルになっている.



表1 食品中のセシウムとストロンチウムに関する暫定許容レベル(TAL-94)



食品名



許容レベル (Bq/kg, l)



セシウム134, 137



ストロンチウム90



1. ミルクとミルク製品,パンとパン製品,穀類,小麦粉,砂糖,野菜,植物油,動物脂肪,マーガリン



370



37



2. すべての幼児食品(調理済みのもの)



185



3.7



3. 他の食品



600



100

一方,

1987年に
新しい
放射線安全規則(NRS-76/87)」と
「放射性物質および放射線源に関わる作業衛生基準(PSR-72/87)」
が決定された.

これらの規則では放射線被曝の人体影響について
より明確な基準が設定された.
チェルノブイリ事故影響に対処した経験を含め,
施設や環境での放射線管理や予防措置に関して
それまでの経験から得られた知識が新しい規則に反映された.

PSR-72/87
ソ連全体に適用され,
その崩壊後は,
最近までロシアにおいて適用された.
現在それらの規則の改訂作業が進められており,
近い将来ロシア全土に適用される新しい規則となるであろう.


 被曝量を制限し
汚染地域住民や種々の活動に携わっている人々に対する
放射能の取り込みを減らすため,
上述の法律や規則に加えて,
多くの規則,勧告,原則が制定されている.


たとえば,


「環境中への放射能放出をともなう事故時に
   人々を防護するための手引き」,
「チェルノブイリ原発周辺30kmにおける放射線安全手引き」,
「森林における放射能汚染と放射線安全に関する暫定規則」,
「放射能汚染地域における農業・産業活動に関する勧告」,
「放射能汚染地域における人々諸活動に関する勧告」


などなどである.


3.チェルノブイリ事故に関する政府組織
 チェルノブイリ事故に関連する政府の活動は,
以下の2つの方向に分けられる.
  • 放射能汚染地域における除染と復旧に関する活動
  • 汚染地域からの住民の移住をはじめ,クリーンな食品の供給,医療サービスの提供といった被災者を救援するための活動
 事故が発生して以来,以下のような旧ソ連の組織,後にはロシア連邦の組織がチェルノブイリ事故対策のための主要な責任を負ってきた.
  • 19865月以降:ソ連政府事故対策特別委員会
  • 1989年以降:ソ連政府緊急事態省
  • 1990年以降:ロシア連邦チェルノブイリ原発事故対策国家委員会
  • 1994年以降:ロシア連邦民間防衛・緊急事態・自然災害対策省
 以上の他,ほとんどすべての全ソおよび共和国の省庁や機関が,
事故直後より事故対策と被災者救援に関わってきた.
現在,チェルノブイリ問題に関係している
ロシア連邦の主な省庁はつぎの通りである.
  • 保健省
  • 社会福祉省
  • 農業省
  • 森林省
  • 原子力産業省
  • 化学産業省
 保健省と緊急事態省は,
チェルノブイリ事故被災者に対する医療支援の責任を負っている.
チェルノブイリ事故の後,
いくつかの地域においては医療サービスの基盤が
物質的にも技術的にも大幅に改善された.
検査や治療のための科学的手法が進歩し,
必要な医療が提供された.
これらの活動により人々の健康が確保され,
1000もの命が救われたであろう.




4.科学アカデミーの活動
 チェルノブイリ事故が発生すると,
科学アカデミーや医学アカデミーの科学者たちは直ちに,
現地の調査と研究室での実験的研究に取りかかった.


 1986年,
ソ連科学アカデミー幹部会に
アカデミー会員A・P・アレクサンドロフを長として


「新たな技術災害の生態学的影響に関する科学的問題調整評議会」
が設置された.
その評議会のもとで
「チェルノブイリ原発事故影響を克服するための
1986-1990年全ソ科学技術プログラム」
が立案された.
そのプログラムの中心課題は以下の6つであった.
  1. 放射能汚染に関連する地理学的・物理学的課題
  2. 放射能汚染に関連する農産業的課題
  3. 放射能汚染にともなう生態学的課題
  4. 放射能汚染にともなう生物・医学的課題
  5. 放射能除染に関する基礎的課題
  6. 放射能管理のための方法と機器に関する課題
 ソ連の指導的科学者が調整評議会のメンバーとなり,
さまざまな省庁,機関,アカデミーの科学者たちが
このプログラムの実行に参加した.


 その後,
「チェルノブイリ原発事故影響克服のための
1990-1995年全ソ・共和国間計画」
が策定され,
事故影響を軽減するためのさまざまな活動の法的根拠となった.


 しかしながら,
1992-1995年にかけて計画で予定されていた
研究計画や社会・経済的計画はほとんど実施されなかった.
その理由は,
予定されていた資金のわずか16%しか提供されなかったためであった.
そうした不十分な資金のもとで,
わずかな活動が行なわれただけであり,
問題への総合的なアプローチは不可能であった.
かくして,計画の目標は達成されず,人々の生活も改善されなかった.


この時期のロシアでは,
社会・経済危機が深刻化し,
工業生産と農業生産が低下し,
失業と貧困が増大していた.
こうしたこと全体が,人々の健康に悪影響をおよぼし,
出生率も低下した.
その一方で死亡率は増加し,ロシア連邦の人口も減少を示し始めた.


 ここで,
チェルノブイリ事故以前の
ソ連における放射線生物学の状況について一言指摘しておく.


当時の放射線生物学は,
主として高レベルの放射線被曝にともなう,
細胞,組織,生体への影響が研究されていた.


チェルノブイリ事故が起きたのち,
多くの専門家が混乱に陥ってしまった.
放射線影響に関する従来の教科書に基づくと,
低レベル被曝にともなう人々への影響は
大したことはないはずであった.
それゆえ,事故後の状況を眼にして,当局の専門家は,
“放射能恐怖症”とか
“急性ストレス”
といった言葉で事態を説明しようと試みたのであった.


 そのような見解とは別に,
放射線被曝の生物への影響について,
低レベル被曝の“非直線的”効果が大きな影響をもたらすという,
非常に重要な研究が進められてきた.


E・B・ブルラコーワ教授
1960年代からこの問題に取り組んできた
(カナダの研究者A・ペトコも1970年代別個に行なっていた).


その考え方は,
従来広くうけ入れられてきた
“線量・効果関係”の理論に変更を求めるものであり,
放射線のみならず,
生体に影響をおよぼす他の物理的化学的要因
についても適用されるものである.
したがって,
チェルノブイリ事故の影響について楽天的な見解を述べる前に,
低レベル被曝の影響について詳細な研究を行ない,
総合的な観点から問題に取り組むべきであろう.


 1995
ウィーンで開かれた世界保健機構(WHO)の会議において,
チェルノブイリ事故による
放射能汚染が人々の健康にもたらした影響に関する研究結果が
報告された.その要点は以下のようなものである.
  1. 子供と青年における甲状腺ガンの発生率は,医学当局の予測値より数10倍大きいものであった.他のガンの発生率も最近明らかに増加を始めている.
  2. (“クリーン”な地域に住んでいる社会的経済的条件が同じような子供たちに比べ)汚染地域で生まれた子供たちの半分以上に(言語的その他の)精神発達上の遅延が認められる.
  3. 放射能汚染地域の住民およびリクビダートルにおいて免疫系の障害と細胞遺伝学的な異常が認められる.
  4. 被災者の間で,白内障,および循環器系,消化器系,呼吸器系,泌尿器系の疾患が増加している.


5.チェルノブイリに関するNGO
 チェルノブイリ問題に関するNGO(非政府組織)の中では,
リクビダートルの団体である
「チェルノブイリ同盟」
が最も大きくかつ多数の支部を持っている組織である.
その経緯をまとめておく.
  1. 19888月:1986年にチェルノブイリ4号炉と3号炉の除染作業に従事した人々と,「ゾーン」においてまだ働いている人々が集まって「イニシアティブグループ」が結成された.
  2. 198812月:同盟規約の草稿が立案された.
  3. 198945-11日:同盟の母体となる最初の4つの組織が結成された.
  4. 1989412日:結成大会が開かれ,正式に同盟が発足した.
  5. 1989414日:チェルノブイリ同盟の組織,目的,課題が,全ソ・ラジオ放送「マヤック」から放送された.
  6. 1989513日:チェルノブイリ同盟第1回大会がウクライナ・キエフ州のゼリョーヌィ・ミスで開かれた.規約が採択され正式名称が決定された.評議会が選出され,すべてのリクビダートルと全ソ連の大衆組織や運動体へ向けての宣言が発表された.
 ソ連全域の州や市において,
“チェルノブイリ”の組織や連盟がつぎつぎと現れ始めた.


198910月に
キエフ市で開かれたチェルノブイリ同盟の大会には,
ソ連の11の共和国から344人の代表が参加した.


 チェルノブイリ同盟は大きな課題を背負っている.
まず


第1に,
同盟メンバーとその家族,
その他の被災者の利益を擁護することである.


第2に,
チェルノブイリ事故の真実を究明し,
いったい何が起きてこれまで何が続いているのかを
客観的に明らかにすることである.


第3に,
チェルノブイリで働いた経験に基づいて,
社会的愛国的な運動を組織することである.


 チェルノブイリ同盟の他,ロシアでは現在,
疾病障害者の組織など
チェルノブイリ被災者による数多くのNGOが活動している.
また,慈善基金(たとえばヤロシンスカヤ基金)も
チェルノブイリ被災者を救援する活動を行なっている.




6.チェルノブイリの研究機関
事故の物理的プロセスと放射能放出
 チェルノブイリ事故の物理的経過と放射能放出挙動については
以下のような機関が研究を行なっている.
  • ロシア国立科学センター・クルチャトフ研究所,モスクワ
  • 原子力発電科学研究所(VNIIAES),モスクワ
  • 発電技術科学設計研究所,モスクワ
  • ロシア科学アカデミー・原子力安全開発問題研究所,モスクワ
  • 科学企業体「フルーピン放射線研究所」,サンクトペテルブルグ
  • ロシア科学アカデミー・カルポフ物理化学研究所,モスクワ
  • (旧ソ連)国防省
放射能汚染と放射線モニタリング
  • 科学企業体・タイフーンの実験気象学部門,オブニンスク
  • ロシア連邦衛生疫学管理国家委員会,モスクワ
  • 農業放射能農業生態学全ロシア研究所,オブニンスク
  • 放射線衛生研究所,サンクトペテルブルグ
  • ロシア科学アカデミー・ベルナツキー地質化学分析化学研究所,モスクワ
  • 科学企業体・フルーピン放射線研究所,サンクトペテルブルグ
  • ロシア科学アカデミー・原子力安全開発問題研究所,モスクワ
  • 応用地質化学研究所,モスクワ
  • モスクワ国立大学,モスクワ
  • ロシア科学アカデミー・セベルツォフ生態学進化問題研究所,モスクワ
 総合データバンク(CBGD)
1991年以来,
原子力安全開発問題研究所において,
チェルノブイリ事故の放射能汚染に関する総合データバンク
CBGD, Central Bank of Generalized Data
の構築作業が進められている.
CBGDへの情報は,上記の研究機関を含め,
チェルノブイリ事故対策に従事している数10の機関から提供される.
現在の情報量は1ギガバイトを越えている.
CBGDには現在,以下のものを含め,20以上のサブバンクがある.
  • 各居住区の放射能状況に関するサブバンク(約150の指標に関するロシアの1万以上の居住区データ)
  • 農地と森林,および農産物の放射能汚染に関するサブバンク
  • 人口統計に関するサブバンク(ロシアの大部分の州の人口構成と死因別死亡率,1982年から現在まで)
  • 放射能汚染地域における人口移動のサブバンク
  • 大気,表層水,農地,農産物の化学的汚染に関するサブバンク
  • 人々の社会的・精神的状態に関するサブバンク
  • 放射線事故や災害への対策についての法令,通達文書,その他の情報に関するサブバンク
  • 放射能汚染地域に関する縮尺50万分の1の電子地図
  • チェルノブイリ事故と他の放射線災害による被災者登録に関するサブバンク
 CBGDのデータを解析するため,
総合的なコンピュータシステムが開発された.
そのシステムは,さまざまな目的の解析とともに,
放射線事故の際に当局者が事態に対し的確な判断を下すための
予測支援システムに利用できる.
「計算モデルバンク」もCBGDの一部であり,
以下のような計算モデル有している.
  • 放射能雲の大気中移行モデル
  • 土壌中および水系中の放射能移行モデル
  • 食物連鎖中の放射能移行モデル
  • 環境中放射能分布データの解析処理モデル
  • さまざまな形状の放射線源からの線量率と人体被曝量の計算モデル
  • 放射能の吸入,経口摂取,血液中注射にともなう人体25臓器の内部被曝量年齢別計算モデル
  • リスク評価モデル
 このシステムでは,
放射能の種類や形状について,
しばしば用いられる計算条件をあらかじめ想定しており,
容易に幅広い選択が可能になっている.
データバンクとモデルバンクの構築,
ならびにコンピュータ解析手法の開発によって,
必要な精度と確かさでもって
放射能汚染状況の総合的な予測が可能となっている.
その規模とコンピュータ技術において,
CBGDに匹敵するようなシステムは他にない.


 
被曝量評価


 甲状腺線量:チェルノブイリ事故が起きた最初の週から,
ソ連医学アカデミー・医学放射能科学センター
MRSC,オブニンスク)と
放射線衛生研究所(サンクトペテルブルグ)の研究者たちは,
ロシアの住民がうけた甲状腺への被曝量を
評価する作業に取り組んできた.
事故直後に彼らは,
甲状腺に蓄積されたヨウ素131を約31000人について測定した.
この直接測定データは,
各居住区の個人と平均の被曝量を過去に遡って推定するための
モデル作成に利用されている.


 外部被曝量:ロシア連邦国立科学センター・生物物理研究所は,
リクビダートルのベータ線とガンマ線による外部被曝量を再構成して
評価する作業を行なっている.
この評価が重要なのは,事故後の数カ月間,
個人用の放射線測定器が不足し,
多くの兵士やリクビダートルが
測定器をもたずに作業に従事したためである.
ガンマ線被曝について利用できる情報を有効に解析するため,
すべてのリクビダートルは,
発電所職員,
「石棺」建設労働者,
兵士といった10のグループに分類されている.


すべてのグループについて,
ガンマ線による外部被曝量の分布が,
平均被曝量や最大値といった統計パラメータとともに求められている.


生物物理研究所のスタッフは,
彼らが開発した多層式線量計を用いて
19867月から
リクビダートルの測定を始め,
(ベータ線)/(ガンマ線)比を用いて事
故後数カ月間のベータ線による皮フと水晶体の被曝量を推定している.


医学放射能科学センター(MRSC)は,
EPR手法(歯のエナメルを用いた線量推定方法)
を用いてチェルノブイリ事故による
ロシア中央部住民の被曝量評価を行なっている.


歯科で抜歯されたサンプルを収集し,
これまでに2000サンプル以上の測定を実施している.


 内部被曝量:内部被曝量を推定するための方法が,
生物物理研究所とクルチャトフ研究所において開発された.
その方法はリクビダートルの
体内放射能量の測定データに基づいている.
放射線衛生研究所(サンクトペテルブルグ,支部ノボジプコフ市)は,
セシウム137550kBq/m2以上の汚染地域において
9万人以上の住民のセシウム137体内蓄積量を測定している.
そうしたデータを有効に利用する目的で,
内部被曝量評価のためのデータバンク構築作業が研究所で
進められている.
そのデータバンクには,
人々の体内放射能データ,汚染状況データ,
被曝と関連する社会状況データなどが,
データを処理するためのソフトウェアとともに含まれている.


 これまで述べた以外に,
バビロフ一般遺伝学研究所(モスクワ)では,
FISH法(特殊試薬による染色体の蛍光染色方法)
を用いた染色体異常検査に基づいて被曝量の推定が行なわれている.
この方法により得られた被曝量推定値が,
当局の推定値とは必ずしも一致していないことを指摘しておく.


 原子力安全開発問題研究所は被曝量を長期的に予測する研究を行なっている.
 
チェルノブイリに関する他の研究所
 チェルノブイリ事故に関し,以下のような研究所もチェルノブイリ問題を解決するための研究を行なっている.
  • ロシア医学アカデミー・血液学科学センター
  • ロシア医学アカデミー・内分泌学科学センター
  • ロシア医学アカデミー・医学遺伝学科学センター
  • ロシア医学アカデミー・腫瘍学科学センター
  • モスクワ・ゲルツェン腫瘍学研究所
  • ロシア医学アカデミー・神経学研究所
  • 社会法律精神医学・セルプツゥキー国立科学センター
  • ロシア科学アカデミー・心理学研究所
  • モスクワ精神医学研究所
  • 国立モスクワ大学心理学部
  • 全ロシアエコロジー医学センター
  • 実験家畜学研究所
  • 科学企業体・家畜放射能研究ラボ
  • ロシア科学アカデミーウラル支部・コミ科学センター生物学部門
  • 木材化学生産全ロシア研究所
  • 国立淡水魚研究所
  • 国際エンジニアリングアカデミー・エコロジー研究所
  • ロシア科学アカデミー・化学物理研究所
  • 科学企業体「ラドン」
  • VNIINMボチバル国立科学センター
  • カルーガ州社会学研究所
  • ロシア科学アカデミー・経済学研究所
  • ロシア科学アカデミー・物理化学研究所
  • ロシア科学アカデミー・寄生虫学研究所
  • ロシア科学アカデミー・森林科学ラボ
  • 保健省・疫学研究所
 このリストはまだまだ続く.
7.主要研究所の概要
医学放射能科学センター(MRSC, Medical Radiological Scientific Center)は,1962年医学放射能研究所を母体にして設立された.現在,医学アカデミー会員でロシア放射線防護委員会の委員長を務めているA・F・ツィプがその所長である.
 MRSCは,放射線生物学,実験放射能学,放射能薬学,放射能診断学,放射線疫学,放射線腫瘍学の基礎および臨床に関する研究機関であり,32研究室を含む10部門と11の独立部門から構成されている.センター病院のベッド数は400である.センターのスタッフ数は1900人を越え,うち350人が研究者である(教授25人,博士51人,博士候補174人).
 チェルノブイリ事故の最初から,MRSCのスタッフは事故がもたらすであろう医学的影響の評価や人々への影響を軽減するための対策の立案に取り組んできた.現在MRSCでは,低レベル被曝の生物への影響,細胞遺伝学やEPRスペクトルを用いた被曝量の推定,ロシアの人々の疫学調査などを行なっている.カルーガ,ブリャンスクその他の州において定期的な調査を実施している.チェルノブイリ事故被災者を対象とする国家登録はMRSCにおいて維持管理されている.
 チェルノブイリ事故の医学的問題と関連してMRSCは,WHOIAEAEC委員会などの組織をはじめ,日本,ドイツ,米国,英国,フィンランド,フランスその他の国々の科学者と国際共同研究を実施し大きな成果をあげている.
 
ロシア国立科学センター・クルチャトフ研究所は,クルチャトフ原子力研究所を母体として199111月に設立された.前身のクルチャトフ研究所は,第2次大戦中に軍事目的で設立された.最初の課題を速やかに達成した後,クルチャトフ研究所は,軍事面のみならず非軍事面においても,基礎と応用の両面で幅広い研究活動を行なうようになった.研究所の活動範囲は次第に拡大し,自然科学のほとんどすべての分野におよぶほどになった.
 現在,研究所の主要な活動は,安全でクリーンな原子力開発(原子炉と核燃料サイクル),プラズマ核融合開発,低エネルギーと中間エネルギーでの核物理研究,固体物理や超伝導研究などである.
 研究所のスタッフは8500人で,うち研究者3048人,技術要員2562人,労働者2198人,他の専門家692人である.ロシア科学アカデミー会員13人,博士と博士候補900人がおり,アカデミー会員E・P・ベリホフがその所長である.
 
生物物理研究所(Institute of Biophysics)は,放射線の生体への影響と核産業労働者を放射線から防護する方法を研究するため1946年に設立された.設立当初はソ連医学アカデミーに所属していたが,その後ソ連保健省の所属となった.1995年に,ロシア連邦国立科学センター・生物物理研究所となった.
 研究所の主な活動分野は,動物や人間に関する放射線生物学,放射線障害の治療,さまざまな放射線源からの被曝防護に関する研究である.人々を放射線から防護するため,放射線測定器やその他の機器,放射線防護薬が研究所で開発された.
 研究所には,アカデミー会員5人と準アカデミー会員1人,博士64人と博士候補215人がいる.1968年以降,L・A・イリインが研究所の所長を務めている.
8.チェルノブイリに関連する国際協力
  1. CECとCIS3カ国の4者国際協力
  2.  チェルノブイリ事故影響に関する研究を推進するため,1992623日,ヨーロッパ委員会(CEC),ベラルーシ,ロシア,ウクライナの間で4者協定が調印された.その協定により,EC諸国の放射能生態学や放射線医学に関する中心的研究機関と,1986年のチェルノブイリ事故直後からその影響の問題について積極的に取り組んできた旧ソ連の研究機関とが共同研究を実施することになった.
     CEC-CIS協定に基づいて,1992年に最初の7つの実験研究プロジェクトの立ち上げが行なわれた.プロジェクトの数は1994年に16に増やされた.ロシアでは現在,30の研究機関の専門家がこれらのプロジェクトに参加し,EC諸国の側からも主要な研究所のほとんどが関係している.
     プロジェクトは,人道的援助としてではなく,4者が対等なパートナーとして進められている.協定に基づいて,EC側から機器,研究者交流,地域支援に関する費用が提供されている.1992年から1995年にかけてCECから約200万エキュ(ECU)が支出された.この額は計画の遂行にとってかなりの大きさであり,また最新式の機器を購入する上でロシアの研究者を助けることにもなった.共同研究中に機器の購入にあてられた額は50万米ドル以上に達した.
     1993年,計画の諮問評議会は,共同研究を調整し実際的な問題を処理するため参加のCIS各国に統括責任者をおくことにした.諮問評議会のメンバーに,ロシア・緊急事態省,ベラルーシ緊急事態省,ウクライナチェルノブイリ省,およびEC第ⅩⅡ部からの高官が入ったことが注目に値する.1994年には計画全体の組織が固まり,実行責任グループが新たに設置された.実行責任グループは,諮問評議会の方針に沿って各プロジェクトの実行を監督し,その結果について諮問評議会に報告する.
     ロシアの研究者たちは,西側研究所の代表とだけではなく,この計画を通して,ウクライナやベラルーシの研究者とも密接なコンタクトをもつことができた.この計画を通じて得られた経験は,CIS諸国の間のすべてのレベルでパートナーシップを確立するのに大いに役立った.
     この計画のミンスク会議(1996318-22日)は,国際共同研究の成功を示す場となった.そのプロシーディングスは,20世紀最大の核事故を克服するという課題に向けての総合的な国際協力の記録として残るであろう.
     
  3. TASISプログラムによるCECとの協力
  4.  TASIS計画の枠内で行なわれた,CECとロシア緊急事態省との国際協力は,残念ながら成功したとは言い難い.その原因は,プロジェクトを計画・実行するための基盤がロシア側になかったことであり,ロシア側からは,主として汚染地域からの専門家が参加したが,問題に習熟していなかった.
     1995年,TASIS計画の基で,甲状腺治療の専門家に対するトレーニングプロジェクトが40万エキュの費用をかけて始まる予定である.TASIS計画では,チェルノブイリ問題に関連し3~4つのプロジェクトが期待されている.
     
  5. 国際放射能生態学者同盟との国際協力
  6.  1995年暮れ,ロシア・緊急事態省と国際放射能生態学者同盟(International Union of Radioecologists)は,「避難ゾーンの現状と生態学的安全性の評価およびその周辺地域への影響に関する研究」と題する国際専門家研究プロジェクトの覚書に調印した.
     このプロジェクト(90万エキュ)は,ウクライナチェルノブイリ省のイニシアティブのもとに,ベラルーシとロシアの緊急事態省が参加して実施される.ロシアの緊急事態省は,ウクライナやベラルーシの研究者と協力しながらプロジェクトの実行を手助けする.
     
  7. UNESCOとの国際協力
 チェルノブイリ問題に関するUNESCOとソ連との国際協力は19906月に始まった.「UNESCO・チェルノブイリ」プログラムの基,ロシア内の3カ所の社会心理学リハビリテーションセンター(ツーラ州ウズロバヤ,ブリャンスク州ニコルスカヤスロボダ,オリョール州ボルホフ)建設とその機材,および専門家のトレーニングのため235000米ドルが提供された.さらに,ブリャンスク州ノボジプコフの少年スポーツ施設の機材のため12000米ドルが支払われた.
 「UNESCO・チェルノブイリ」プログラムの最初の段階では,チェルノブイリ事故影響を克服するための対策として,ロシア,ウクライナ,ベラルーシの汚染地域で合計70のプロジェクトが予定されていた.そのうち,優先度を考慮して30のプロジェクトが実施に至った.ロシアでのプロジェクトは9つである.それらの実行を監督するため,ベラルーシ,ウクライナ,ロシアとUNESCOの代表によって諮問評議会が作られた.以下のようなプロジェクトは現在も順調に進められている.
  • プロジェクトNo.1.「言語支援」は1992年から実施され現在も続いている.
  • プロジェクトNo.18.「補助学校」は,放射能汚染地域で居住する際の防護措置に関する知識を子供たちに教えている.
  • プロジェクトNo.32-33.「社会経済発展ゾーン」は,ロシア・スモレンスク州ガガーリンに設置されている.
  • プロジェクトNo.42-45.「文化」は1993年から活動している.美術展や音楽家の交流が行なわれ,1994年には国際セミナー「チェルノブイリの子供たち」がフランスで開かれた.
  • プロジェクトNo.79.「スポーツ施設」はロシア・ブリャンスク州ノボジプコフに設置されている
 
  1. WHOとの国際協力
  2.  WHOによるIPHECAInternational Program on the Health Effects of the Chernobyl Accident)プログラムの基で,1991年から1994年にかけて6つのプロジェクトが進行した.それらは,「事故による医学的影響」,「甲状腺」,「血液学」,「疫学登録」,「物理的・生物学的被曝量評価」および「胎児期脳障害」に関するプロジェクトである.ロシアでは,もっとも大きな汚染をうけたブリャンスク州とカルーガ州が調査の対象となった.
     WHOから被災3カ国に提供された資金2000万米ドルの大部分は,日本政府から拠出された.このプログラムを通じてロシアは,貴重な診断機器や測定装置など約650万米ドル分の資材をうけ取った.これらの機器の利用はWHOの監督下におかれている.
     IPHECAの予算によって51人のロシア人専門家が外国のセンターで研修をうけた.16人のロシアの医療専門家は1992-1994年に日本(広島と長崎)を訪問し,WHOの費用によって1カ月の医療機器研修をうけた.
     IPHECAプログラムでは,病気の診断技術とその病気と放射線被曝との関係の分析に重点がおかれた.病気になった人々に対する医療支援は,残念ながらプログラムに入っていなかった.
     1994年にIPHECAの予算が尽きてしまった.プログラムの成果は,「チェルノブイリ事故による医学的影響:IPHECAおよび各国計画の報告」として1995年末WHOから出版された.パイロットプロジェクト「甲状腺」はWHOの恒久的なプロジェクトとなり,「被曝量評価」プロジェクトもその予定である.さらに,新たなプロジェクトとして「リクビダートル」が立案され承認されている.
     
  3. ロシア・ドイツ被曝量評価プログラム
  4.  ロシアの汚染地域において,環境と人々に対する放射能負荷の評価方法を開発するため,ロシア・ドイツ被曝量評価プログラムが,1991-1993年に実施され成功裡に終わった.ドイツ側は,全身計測装置を備えた4台の移動式ラボ,環境サンプル用放射能測定装置,2台のキャンピングワゴンを提供した.提供された資材の額は125万独マルクであった.このプログラムを通じてロシアの汚染地域に住む約2万人の住民が検査をうけた.
     
  5. 米国との国際協力
  6.  ロシア連邦政府と米国政府との条約に基づいて,放射能汚染が環境と人々にもたらす影響を軽減するため,放射線影響研究に関する共同研究協定が締結された.予定された予算は100万米ドルであった.このプロジェクトの主な課題は,南ウラルの核企業体「マヤック」によってもたらされた放射能影響を調査することであった.共同研究の将来の課題に,チェルノブイリ原発事故やセミパラチンスク核実験場の問題が入っている.
     
  7. フランスとの国際協力
  8.  フランスの公共組織「ロータリークラブ」は,人道的援助として,162000フラン相当の免疫学・薬学ラボを全ロシア放射能エコロジー医学センター(サンクトペテルブルグ)に寄贈した.さらに,その維持管理に対する技術的な支援を2年間提供した.
     1993623日,ロシア政府の承認のもとで,フランス原子力安全医学委員会との間に,放射線事故影響に関する共同研究と事故時状況の管理に関する情報交流の協定が結ばれた.現在,この協定に従った活動が行なわれている.
     
  9. 日本との国際協力
 公的なレベルでの日本との国際協力は,1990年に日本政府とソ連政府との間で結ばれた協定に基づいている.この協定による国際協力には,放射線影響研究所,放射線医学総合研究所,広島大学,長崎大学その他の研究者が関係している.広島・長崎の原爆による後影響を扱ってきた日本側の経験は,チェルノブイリ事故影響に対処せねばならないソ連側,後にCIS側の研究者に貴重な情報をもたらした.
 公的なレベル以外においては,笹川記念保健財団が1991年「チェルノブイリ笹川プロジェクト」を開始し,5年間に50億円の医療支援を実施した.このプロジェクトを通じて,ロシア,ベラルーシ,ウクライナの汚染地域に5カ所の診療所が建設され,13万人の子供たちが検査をうけた.その他,数多くの日本のNGOがチェルノブイリ被災者を救済するための活動を行なっている.
10.ロシアの研究者によるチェルノブイリに関する主要な論文リスト
  1. "Information to IAEA about the Chernobyl NPP Accident", Atomnaya Energiya, 61(5), 301-320, 1986 (in Russian).
  2. "Ecological Consequences in the Natural Environment in the Area Contaminated by the Chernobyl Accident", UNESCO Report to XIV Session, Nairobi, June 1987.
  3. Asmolov V.G., Borovoi A.A., Demin V.F., Kalugin A.K. et.al., "The Chernobyl Accident: One Year After", Atomnaya Energiya, 64(1), 3-23, 1987 (in Russian).
  4. "Problems of Ecological Monitoring", Scientific-practical Conference, Bryansk, 1991 (in Russian).
  5. Krisheva I.I. ed., "Radioecological Consequences of the Chernobyl Accident", USSR Nuclear Society, 1991 (in Russian).
  6. "Radioecological, Medical and Social-Economical Consequences of the Chernobyl Accident: Rehabilitation of Territories and Inhabitants", All-Russian Conference, 1995 (in Russian).
  7. Burlakova E.B. ed., "Consequences of the Chernobyl Catastrophe: Human Health", Center for Russian Environmental Policy, Moscow, 1996.
  8. Zakharov V.M. and Krysanov E.Yu. ed., "Consequences of the Chernobyl Catastrophe: Environmental Health", Center for Russian Environmental Policy, Moscow, 1996.
  9. Adamov E.O., Ionov A.I., Podlatsoz L.N. et.al., "Extended Analysis of the First Phase during the Accident Process at the 4th Reactor of ChNPP", First International Working Group for Severe Accident and Their Consequences, Nauka, Moscow, 1990, pp. 33-38 (in Russian).
  10. Adamov E.O., Vazinger V.V. et.al., "Qualitative Evaluation of the Effects of Possible Disturbances at the Time of the Chernobyl Accident", ibid., pp. 48-68 (in Russian).
  11. Izrael Yu.A. et.al., "Radioactive Contamination in the Environment in the Zone of the Chernobyl NPP Accident", Meteorologiya i gidrologiya, 1987, No. 2 pp. 5-18 (in Russian).
  12. Izrael Yu.A., "Chernobyl: Contamination in the Environment", Gidrometeoizdat, Leningrad, 1990 (in Russian).
  13. Izrael Yu.A. et.al., "Radioactive Contamination by Caesium-137 in the European Part of CIS Territory in 1992 as the Result of the Chernobyl NPP Accident", Metodika i Nekotory Rezultatwi Aviatsionnoy Gamma-semki Radioaktivnogo Zagryazneniya Territorii Evropeiskoy Chast Rossii, Gidrometoizdat, St.Petersburg, 1994, pp. 16-51 (in Russian).
  14. Popova O.N., Taskaev A.I. et.al., "Genetic Stability and Variability of Seeds of Grass Population in the Zone of the Chernobyl NPP Accident", Nauka, St.Petersburg, 1992 (in Russian).
  15. Kozubok G.M., Taskaev A.I., et.al., "Radiation Effects on Coniferous Forest in the Zone of the Chernobyl NPP Accident", Syktyvkar, 1990 (in Russian).
  16. "Effects of Radioactive Contamination on the Ecosystem on the Ground in the Zone of the Chernobyl NPP Accident (1986-1996)", Trudwi Komi Nauch. Tsentra Uralskoy Otdeleniya RAN, No. 145, Syktyvkar, 1996 (in Russian).
  17. Merwin S.E. and Balnov M.I. ed., "The Chernobyl Papers", Vol.I, Research Enterprises, Washington, 1993.
  18. Yaroshinskaya A.A., "Chernobyl: Top Secret", Drugie-Berega, Moscow, 1992 (in Russian).
  19. Yaroshinskaya A.A. ed., "Nuclear Encyclopedia", Blagstvoritelny Fond Yaroshinskoy, Moscow, 1996 (in Russian).
  20. Sokolov V.E., Ryabov I.N., Ryabtsev I.A. et.al., "Effect of Radioactive Contamination on the Flora and Fauna in the Vicinity of Chernobyl Nuclear Power Plant", Soviet Scientific Reviews, Section F, Harwood Academic Publishers. 1994.
  21. "Medical Aspects of the Chernobyl Accident", IPHECA report, WHO/EHG 95.19, 1995 (in Russian).
  22. "Transfer of Radionuclides to Animals, Their Comparative Importance under Different Agricultural Ecosystems and Appropriate Countermeasures", EC-Experimental Collaboration Project No. 9, Final Report, ECSC-EC-EAEC, Brussels, 1996.
  23. "Radiation Dose to Liquidators", Byulleten Natsionalnogo Radiatsionno-Epidemiologicheskogo Registra, 2, Obninsk, 1995 (in Russian).
  24. Tsyb A.F., "Development of the All-Union Register for the Sufferers from Radiation of the Chernobyl Accident", Meditsinskaya Radilogiya, 1989, No. 7, pp. 3-6 (in Russian).
  25. Ivanov V.K., Tsyb A.F. et.al., "Radiation-Epidemiological Analysis of RSMDR Data about Participants in the Liquidation of the Chernobyl NPP Accident", Atomnaya Energiya, 78(2), 121-127, 1995 (in Russian).
  26. Nikiforov A.M., Shantyr I.I. et.al., "Radiation Dose to the Participants in the Liquidation of the Chernobyl Accident", International Conf. One Decade after Chernobyl: Summing up the Consequences of the Accident, Vienna., April 8-12, 1996. pp. 192-194 (in Russian).
  27. Karpov V.B., Yakovleva N.G. et.al., "Some Characteristics of Health Status of Liquidators of the Chernobyl Accident, Inhabitants in the Contaminated Territories and Participants of Nuclear Weapon Experiments", ibid., p. 338 (in Russian).
  28. Ivanov E.V., Balonov M.I. et.al., "Concentration for Radiation, Medical and Social Protection of Inhabitants Suffering from Radiation Accident", ibid., pp. 342-343 (in Russian).


 

チェルノブイリ被災地の復興
«健康的な母性»COREプログラムのプロジェクトは2004年8月に発売されました。それは4つの村とストーリン、ブレスト地域の町の地区をカバーしています。プロジェクトの主な目的は、放射線の妊婦の曝露と胎児への放射線影響のリスクを軽減し、授乳の安全性を最大限にすることです。
プロジェクトコーディネータールドミラZhukovskayaによると、将来の母親や医療従事者間の非公式コミュニケーションを促進することを目的とし教育センターは、地区に設立されました。 - このような活動は、農村部の医療施設ではかなり典型的ではありません。原則として、村の婦人科医は各患者に細心の注意を与えるために十分な時間を持っていません。我々は状況を改善するために全力を尽くす。月に二回今後の母親がお茶のために産科医と会う。ストーリン地区は最も汚染の一つであることを考えると、重要なテーマは、放射線被ばくの防止である。
食品と線量の放射能レベルを測定するためのデバイスは、各センターでご利用いただけます。女性は自分の家の放射能レベルを測定するためにそれらを使用することができます。原則として、彼らはそこに住んでいるのいずれかの重大なリスクが無いことを確信しません取得します。心理的な側面は非常に重要です。一方、これは母親と赤ちゃんが滞在することをお勧めされていない危険な場所を識別するのに役立ちます。
さらに、訓練の女性で、健康的な食事と健康的なライフスタイルとどのように出産準備を始めるために採用する方法を学びます。
女性はまた、配信関連の合併症を防ぐ方法を説明しています。我々はすでに子供を持っていて、若い女性と母親であることの経験を共有する女性を招待します。
年間92人の女性がプログラムから恩恵を受けています。すべてのローカル産婦人科では、肯定的な傾向に注意してください。現在多くの健康な小児と母親があります。
我々は、かなり頻繁に夫が研修も訪問することを確認することを嬉しく思います。将来の父親は危険子供の健康と幸福はありませんのでご安心を取得したいと思います。
CORE( "リハビリテーションのための協力")プログラムは、チェルノブイリの大惨事の影響を受ける地域の人々の生活の長期的な回復に向けたプロジェクトを実施するための調整器です。COREのメイン文書は、その "原則の宣言は、"国連開発計画(UNDP)、ユニセフ、国連人口基金(UNFPA)、国連人道問題調整事務所、ユネスコ、OSCE、外務省のスイス省の開発協力庁を含む、複数の30の国家と国際機関によって署名されているEUのベラルーシ、ウクライナ、モルドバへの委任、フランス、ドイツ、ポーランド、チェコ共和国の大使館だけでなく、国際的非政府組織(NGO)の数。

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読書会に爆破予告? 多様性をめぐり分断深まるアメリカの今 2023年6月27日 LGBTQ アメリカ

  読書会に爆破予告? 多様性をめぐり分断深まるアメリカの今 アメリカ各地で広がっている、ある読書会。 子どもたちに多様性への理解を深めてもらいたい。そんな思いから始まりました。 しかし今、こうした読書会が爆破予告や反対デモで、中止に追い込まれる事態が相次いでいるといいます。 い...