2020年10月31日土曜日

 原子炉メーカーの製造物責任

Yoshihito Hashimoto
2012年7月28日  推定所要時間: 1分 
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原子炉メーカーの製造物責任早稲田大学大学院法務研究科教授・弁護士道垣内 正人 メーカーにとって製造物責任は大きなリスクである。しかし、原子力損害の賠償に関する法律4条3項は、「原子炉の運転等により生じた原子力損害については、・・・製造物責任法 (平成六年法律第八十五号)の規定は、適用しない。」と定めている。原子力事故の場合の責任主体は原子力事業者(電力会社等)だけであって、原子炉メーカーは責任を負わないのである。 これは責任集中と呼ばれる。 なぜ、原子炉メーカーは製造物責任法の適用除外を受けているのであろうか。それは、日本がアメリカから原子力関連技術の供与を受け、原子力発電事業を始める際にアメリカから提示された条件のひとつだったからである。アメリカの原子炉メーカーとしては、原子炉設備の瑕疵による事故が万一起これば巨額の賠償責任を負うことになりかねず、そのようなリスクを負うことはできないというビジネス判断をしたのである。 アメリカの技術をもとにして原子力発電を始めた国々は、原子力事故の民事責任についてはほぼ同一の法制となっており、それらの国の間では原子炉メーカーの製造物責任は問わないというルールが国際標準となっている。 1986年、チェルノブイリ原子力発電所事故が発生した。ソ連時代に発生した事故であるから、死の灰の飛散により西側諸国の酪農家等が被った損害についてソ連が何らの賠償をしなかったことは不当とはいえ、当時はいかんともしがたいことであった。ソ連の崩壊後、ドイツはロシア型原子炉の危険性を理由として、旧東ドイツの原子力発電所をすべて停止したが、ロシア・東欧の多くの国は主要なエネルギー源として原子炉を稼働し続けた。これをめぐって、上記の問題がクローズアップされた。すなわち、それらの国の多くは製造物責任の特則を設けていないため、西側のメーカーは、ロシア型原子炉の補修工事を受注することによって生ずるリスクを回避したのである。 IAEAは国境を越える原子力事故に備える様々な法的対応をとったが、そのひとつとして、1997年に「原子力損害の補完的補償に関する条約(CSC)」を作成した。CSCは、責任集中のほか、無過失責任、一定額以上の賠償措置(責任保険、国の措置等による)等を定める法制を有している国が締約国となることができ、締約国で原子力事故が発生した場合には、原則として事故発生国のみが裁判管轄を有することとするとともに、国際基金から一定額が賠償資金として提供されるという仕組みを定めるものである。ロシア・東欧のほか、新たに原子力発電を始めようとする国々に国際基金というバックアップを提供する代わりに、国際標準の原子力損害賠償法制を作ってもらおうというわけである。そのため、CSCは原子力ルネサンスを謳歌して設備の輸出を積極的に行おうとする原子炉メーカー、その多くを擁する日本のためのものであると言われている。 もし、国際標準の原子力損害賠償法制を有していないA国に日本の原子炉メーカーYが設備を輸出し、同国の電力会社Bが発電中にY製設備の瑕疵により原子力事故が発生した場合、A国居住者を中心とする被害者Xらは、日本の裁判所においてYを被告として損害賠償請求訴訟を提起することになろう。この場合、日本は被告住所地国であるので、日本の裁判所は国際裁判管轄を認め、本案の審理に入る。そして、国際私法によれば事故の発生地であるA国法が準拠法となり、同法には通常の民事責任法しかないとすれば、Yは倒産リスクにさらされることになる。 これに対して、もしA国も日本もCSCの締約国になっていれば、裁判管轄は事故発生国に限定されるので、Xらが日本で提訴してもその訴えは却下され、A国で請求するほかない。そして、責任集中を定めるA国法により、A国の電力会社Bにのみ賠償責任があり(A国法上、Bは原子力損害賠償のための責任保険等の措置をとっているはずであり、それに加え、その賠償能力を補うため国際基金から一定額の拠出がされる)、Yに対する請求は認められない。 最近、ベトナムに対する日本からの原子炉の輸出が決まったという報道に接し、日本は進んでCSCを批准するとともに、その世界各国での批准を推進する役割を果たすべき時期に来たのではないかと思う。 (なお、ロシアは現在、責任集中等を定めるIAEAの古い条約の締約国となっている。他方、アメリカ等4ヵ国がCSCをすでに批准しているものの、発効要件である5ヵ国に達せず、CSCは未発効である。) (掲載日 2011年2月7日)  原子力損害賠償法の2つの目的 早稲田大学大学院法務研究科教授・弁護士道垣内 正人 本年2月7日の第138回のコラムで、「原子炉メーカーの製造物責任」について書いた。もちろん今日の状況を予想していたはずもなく、20年間以上にわたって原子力法制に関係してきた者として、再び訪れようとしていた原子力発電所建設ラッシュとその市場への日本の原子炉メーカーの参入を前提にした話であった。 そのような前途洋々たる「原子力ルネサンス」と呼ばれていた時代は3月11日に終わったように見える。これから先のことは予想はつかないが、少なくとも原子力発電のコスト計算はやり直さざるを得ないであろう。 さて、現在、東京電力は世間の逆風を一身に受けている。確かに、今回の津波後の措置は、少なくとも報道による限り、後手後手に回った感が否めない。しかし、法律家たるもの、事実認定には慎重であるべきである。特に本件では明らかになっていない点があまりにも多い。そこで、以下では、事実への法の具体的な当てはめではなく、やや抽象的に「原子力損害の賠償に関する法律」(原賠法)の適用上の要点と思われる点を若干指摘しておきたい。 原賠法1条は、「この法律は、原子炉の運転等により原子力損害が生じた場合における損害賠償に関する基本的制度を定め、もつて被害者の保護を図り、及び原子力事業の健全な発達に資することを目的とする。」と定めている。つまり、「被害者の保護」と「原子力事業の健全な発達」という2つの目的のバランスをとって、通常の不法行為法とは異なるいくつかの定めをしているのが原賠法なのである。 原賠法は、この2つの目的達成のため、①原子力事業者への責任集中(製造物責任等の排除)、②無過失責任、③免責事由の限定、④賠償措置の強制(原子力事業者は責任保険等を掛けておかなければ原子力事業をすることはできない)、⑤国の援助、などを定めている。多くの原子力発電国はこれらに加えて、原子力事業者の有限責任を定めているが、日本はこれを採用せず、一般の不法行為の場合と同じく無限責任となっている。この点で、日本の原賠法は被害者保護に相当に傾いており、原子力産業の健全な発展とのバランスをとるためには、しかるべき場合には免責を認め(③)、必要があれば、しかるべく国が援助する必要がある(⑤)。 ③について、原賠法3条1項は、本文で原子力事業者の責任を定めた上で、「ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない。」と定めている。この「異常に巨大な天災地変」について、従来、日本の歴史上あまり例の見られない大地震、大噴火、大風水災等を指すという説明や、地震についての例として、関東大震災を相当程度(約3倍以上)上回るものといった説明がされてきた。しかし、そのような解釈の根拠は示されてはいない。 原賠法3条1項但書は、同項本文との関係、さらには原賠法全体の歴史的経緯・基本構造などを踏まえて解釈されるべきである。すなわち、ある天災地変が「異常に巨大」ではないとの判断をすることは、その天災地変により原子力事故を起こしてしまった原子力事業者は過去に遡って間違った判断をしていたと評価することであるので、そのような評価が原賠法のもとで経営をしてきた当該事業者にとって不意打ちになってはならない。また同時に、その解釈は、将来に向けて、他の電力会社を含むすべての原子力事業者にとって、いかなる対策をとっておけば原子力事業を継続することが可能なのかを合理的に判断できる基準に基づいていなければならない。福島原発事故の原因が確定されていない以上、迂闊なことを言うことはできないが、各電力会社が一斉に、今回の津波にも耐える施設にする補強工事の完了までは原発を止めるとか、そもそも原子力事業から完全撤退するという判断をすることもあり得るところであり、それでも日本国としてよいのか否か、そこまで考えて3条1項但書の適用・不適用をする必要があり、不適用の場合にもその基準をこの際明らかにすべきである。 では、仮に東京電力の免責は認められないとの判断となった場合はどうなるであろうか。民間の保険会社は地震・津波による損害についての責任保険は受け付けないため、上記④の賠償措置として、東京電力は国との間で原子力損害賠償補償契約に関する法律に基づく契約を締結している。これにより、福島第1原発分として1200億円と、同第2原発分として1200億円(第2原発の事故を原因とする避難等による損害額がこれを上回ることを前提とする。)との計2400億円が国から東京電力に支払われる。これは、国が受領してきた補償料の対価であるので、国の義務的な支出である。 それを超える分は東京電力の自己資金によることになるが、全体の損害額が巨額になることが予想されるため、債務超過に陥るおそれがある。このような場合に備えて、原賠法16条1項は、「政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(・・・)が第3条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。」と定めている。これが上記の⑤である。 この国の「援助」として立法当初から想定されていたのは、原子力事業者の責任であることを前提に、被害者の保護のため、当該原子力事業者が外部から資金を借り受けることができるように政府が保証を与えるといったことである。日本が採用している原子力事業者の無限責任は世界に誇るべきものである。今回の事故について東京電力に責任があるとしても、東京電力を存続させることこそが被害者に対する100%の補償を確保することになるのである。その実現方法は様々に存在するであろうが、社会全体の経済活動や日常生活に混乱・支障をもたらすことなく、円滑な賠償金の支払いが実現されるスキームを創り出すことが肝要である。 世間では、原賠法3条1項但書の議論はスキップされ、東京電力を存続させるスキームについて、それがまさに16条により予定されていることであるとの認識を欠いたまま、あたかも政府が東京電力を特別に救済しようとしているとの批判もされている。しかし、問題の根源は日本の原子力政策にあるのであり、ひとり東京電力の問題ではないはずである。法律家としては、原賠法の2つの目的を踏まえ、冷静な眼で落としどころを見定めていく必要があるように思われる。 (掲載日 2011年5月2日)
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