(3)試料採取方法 第1段階モニタリングにおける試料採取にあたっては、以下の事項を考慮する。
① 防災指針では、「防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲」(EPZ)の目安(解説3参照) が原子力施設の種類ごとに提案されており、これらを参考にして地勢等地域に固有の自然 的、社会的状況等を勘案して具体的な採取地域を定める。
② 地域は、集団中で最も高い線量を受けると考えられる人々を安全性の評価対象とする目 的から、特に第1段階モニタリングにおいては、空間放射線量等の情報を基にして食品中 の放射能濃度が最大となることが予想される地域や時点を重点として、その他の地域とと もに選定する。
③ 食品は、原則的にその地域の原産品を選定し、可能な限り生産者又は採捕者から購入す る。なお、住民の避難等の防護措置がとられている場合には、原子力災害合同対策協議会と 調整を図ること。
④ 重量は、測定・分析対象核種により異なるがモニタリングの代表性を確保する上からも、 生重量で 5kg または 5L 相当以上*2 が望ましい。
*2 ウランやプルトニウムの ICP-MS 法では、生重量約 500g で分析が可能である。しかし、ゲル マニウム半導体検出器を用いたガンマ線スペクトロメトリでは、2L のマリネリ容器を測定用容 器とする場合には、容積 2L 相当あるいは規定の標線まで試料を充填することが必須条件である。 したがって、食品試料の密度および可食部を対象とすることから魚介類等での廃棄分等を勘案 して測定試料に不足が生じないように留意する。
1-5-6 第2段階モニタリングにおける測定・分析
(1)測定・分析対象核種 緊急時モニタリング指針によると、第2段階モニタリングにおいては、正確性の高い被ば
く線量評価を目的として、物理的半減期の長い放射性セシウム(状況に応じては放射性ヨウ素 も対象となる)、同じく放射性ストロンチウムなどが精密分析の対象となる。その他、緊急事 態の性格や質によりウランやプルトニウムなども測定対象となる。
(2)測定・分析対象食品 緊急時モニタリング指針によると、第2段階モニタリングにおいては、環境試料として、
農畜産物及び魚介類の測定を行うこととされている。 食品の暴露評価及び安全性の評価を行う際には、1-5-5で述べた、第 1 段階モニタリ
ングの対象食品に加え、より詳細な食品の測定を行う必要がある。
このことから、以下の 12 食品群を測定対象とする*3。 第1段階モニタリングの測定対象食品群である①穀類、②果実類、③野菜類、④海草類、
⑤魚介類、⑥乳類、その他の7食品群のうち、その他の群をさらに再分類して、⑦いも類、
⑧豆類、⑨きのこ類、⑩肉類、⑪卵類、⑫その他を加えた全 12 食品群を対象とする。 さらに、それぞれの食品群ごとの品目を対象とする(別表2参照)。
*3 地表面に沈着した放射性物質の地中での浸透拡散を考慮して、いも類や根菜の大根、にんじん、 たまねぎ、また、摂取量を考慮して、精米、小麦類、魚介類、肉類、卵などを測定の対象とする。
その他少量摂取の食品であってもきのこ類のように放射性セシウムを濃縮する傾向のある食品
には留意が必要である。
(3)試料採取方法 第2段階モニタリングにおける試料採取にあたっては、以下の事項を考慮する。
① 第1段階モニタリングにおいて、防災指針で提案されている「防災対策を重点的に充実 すべき地域の範囲」(EPZ)の目安により定めた採取地域を重点としてさらに広範囲な地域よ り多品目の食品(上記で分類した食品群を参考のこと)を採取する。
② 食品は、原則的に、その地域の原産品を選定するが、第1段階ニタリングとは違い、多 品目を対象とすることから流通品の採取・購入も必要である。なお、この場合も、原産品 については可能な限り生産者又は採捕者から購入する。
③ 重量は、測定・分析対象核種により異なるがモニタリングの代表性を確保する上からも、 加工食品等も含めて生重量で 5~10kg*4 が望ましい。
*4 第2段階モニタリングおいては、正確な放射能濃度をもとにして、住民の被ばく線量評価を行 う目的から、ゲルマニウム半導体検出器を用いたガンマ線スペクトロメトリでも食品試料は灰化 処理する。灰分率による試料の減容を考慮して第1段階モニタリングよりも多めの採取量を得る ことが理想である。
1-6 放射性物質の測定・分析方法 本マニュアルにおける放射性物質の測定方法は、防災指針、緊急時モニタリング指針及び科
学技術庁放射能測定法シリーズ等の測定法を基本として実施する。
ここでは、食品に特化して、サーベイメータ(解説4参照)による食品中の放射性ヨウ素の 簡易測定法、ゲルマニウム半導体検出器を用いた放射性ヨウ素並びに放射性セシウム等のγ線 放出核種の分析及び ICP-MS によるウラン、プルトニウム分析法、Sr-90 の放射化学分析法を資 料として示す。
2 被ばく線量等の推定と評価
緊急時において、防護対策の決定に資するため、農畜水産食品の放射性物質濃度に関する測定 結果に基づき、住民(公衆)が摂取する場合の体内被ばく線量(預託実効線量)を推定、評価す る。高線量が予想される場合には等価線量も推定、評価する。線量の推定、評価の方法は、防災 指針、緊急時モニタリング指針及び環境放射線モニタリングに関する指針(原子力安全委員会) を基本とする。なお、線量算定における各パラメータは、可能な限り実際的な値を使用するよう 努める。
2-1 対象となる主な放射性物質 対象となる主な放射性物質の種類は、1-5-5及び1-5-6に示したとおりであるが、
食品の種類による放射性物質の吸収、蓄積等の特性や事故等の状況に応じては、他の放射性物質 も対象になる。
2-2 被評価対象者 被ばく線量は、主として乳児、幼児及び成人の3年齢階級区分を対象にするが、さらに詳細
な評価が必要な場合には、幼児と成人間の「少年(7歳~12歳)」及び「青年(12歳~1
7歳)」の各階級についても、評価する。(解説5参照)
2-3 被ばく線量算定の基礎式
まず、被ばく線量 H(mSv)は、下記(A)式から算定する。
H = åå Ki・Am, i -----------------------------------------------(A)
m iここで、Ki は放射性物質 i の経口摂取による実効線量への換算係数(線量係数)(mSv/Bq)
tm は食品 m の摂取期間(日)
Mm は食品 m の1日あたりの摂取量(kg/日)
fmm は食品 m の市場希釈係数
fdm は食品 m の調理加工による除染係数
λi は放射性物質 i の物理的崩壊定数(/日)
(1) 放射性物質 i の経口摂取による実効線量への換算係数(線量係数)Ki(mSv/Bq) 換算係数ないし線量係数は、「防災指針」の「飲食物摂取制限に関する指標」に関する解
説(須賀、他:保健物理,35,449-466,2000)及び ICRP 報告72等に基づく値を使用する(別 表4参照)。放射性ヨウ素については、実効線量及び甲状腺の等価線量についても評価する。 なお、その他の放射性物質の換算係数(線量係数)については、ICRP 報告72等を参考に して使用する。
(2) 対象食品(解説6参照)
① 第 1 段階モニタリング 食品は時季、地域、その他多くの要因によって異なるが、放射性物質の直接的沈着の可能
性が比較的大きく、また摂取量も多い食品として、玄米、葉菜(キャベツ、ほうれん草、は くさい等)、果花菜(きゅうり、トマト等)、果実(柑橘類、りんご等)、生乳、生鮮魚介類、 海草類、当該サイトでの日干し魚介類等、を主な対象とする(別表1参照)。
② 第2段階モニタリング 第1段階モニタリングよりも正確な評価を行うため、第1段階モニタリングの対象品目に
加えて、いも類、肉類、卵類等も対象とする。なお、評価対象地域に特産品等がある場合に は、当該食品を個別の食品として評価する(別表2参照)。
(3) 食品 m 中の放射性物質 i の濃度 Cm,i
食品の品目あるいは群につき、原則として測定値のうちの最大値を用いる。なお、食品 m
中の放射性物質 i の濃度 Cm, iは、原則として最大値を用いて被ばく線量を評価するため、過 大評価になり得ることに注意する。
(4) 食品 m の摂取期間 tm(日)(解説7参照) 食品の摂取期間は防災指針に準じて、1年を基本とする。ただし、生育、生産、収穫等の
期間及び保存可能期間は、食品の摂取期間と考えることが可能であり、また、収穫後比較的 短時間で摂取する場合も少なくない点を考慮する。
(5) 食品 m の1日あたりの摂取量 Mm (解説8参照)
食品の摂取量 Mmは、「国民栄養調査結果」を基にした各年齢階級の全国平均的な1人1日
あたりの推定量とする(別表5参照)。推定量は、できるだけ最新の調査結果に基づく値を
使用することが望ましい。
(6) 食品の市場希釈係数 fmm 市場希釈係数とは、被評価対象者の当該食品摂取量に対する、汚染された食品の摂取割合 を示す。適当な値が見出せない場合には、評価対象者が当該食品を全て摂取するという仮定、 すなわち係数値は「1」を用いる。
(7) 食品 m の調理加工処理による除染係数 fdm
除染係数は、食品を加工、調理処理等により、当該食品に含まれる放射性物質が部分的な
いし事実上除去され、残留する効果を考慮する概念である。全く除去されない場合の係数値 は「1」であり、全て除去される場合の値は「0」を示す。係数値を合理的に設定できない 場合は「1」を基本として用いる。
2-4 測定結果の評価 防護対策の迅速な決定のため、上記測定結果は国の原子力現地対策本部又は都道府県及び
市町村の災害対策本部で評価し、オフサイトセンターや関連機関へ直ちに連絡、報告すると ともに、必要に応じ担当部局及び専門家からなる組織等において迅速に評価を行う。
(解説)
解説1 原子力緊急事態宣言 国は原子力緊急事態を宣言した場合、内閣総理大臣を長とする原子力災害対策本部を設置する
とともに、地方公共団体においても災害対策本部を設置し、所要の応急対策が実施される。その 際、当該事業所に近接するオフサイトセンター内に、国の現地対策本部、都道府県及び市町村の 対策本部等からなる「原子力災害合同対策協議会」が組織され、互いに情報等を共有するととも に、連携して対策を講じる。したがって、食品の放射能モニタリングの開始やその後の活動にお いても、各対策本部間の情報の共有、連携を迅速に行うことが重要である。
なお、原災法では、原子力緊急事態の判断基準を示しており、その要点は以下のとおりである。 (1) 原子力事業所の境界付近において、空間放射線量率が1地点で 10 分以上 500μSv/h 以上又
は2地点以上で同時に 500μSv/h 以上。
(2) 排気筒等の通常放出部分で、拡散した後の放射能水準が、原子力事業所の境界付近におい て、放射性物質により事業所の境界付近において、500μSv/h 以上に相当するような放出等。
(3) 臨界事故の発生
(4) その他、施設ごとに定められた異常事象。等
解説2 食品の放射能測定・分析が可能な主な試験研究機関 食品の放射能測定・分析が可能な主な試験研究機関として、厚生労働省関連等では国立医薬品
食品衛生研究所、成田空港、東京、横浜、大阪及び神戸の各検疫所がある。また、自治体におい
ては、環境放射能水準調査(文部科学省委託事業)を実施している都道府県衛生研究所等が測定可能 な機関である。放射線測定機器を備えた主な機関一覧を P.21 に示した。
これらの機関の大部分は放射性ヨウ素及び放射性セシウム測定のためのガンマ線スペクトロメ トリは可能であるが、ウランやプルトニウム等のα線放出核種測定のためのα線スペクトロメー タや ICP-MS 等の機器を所有する機関が限られる等機器・設備の設置状況をあらかじめ確認し、緊 急時の測定に対応可能な体制を整えることが肝要である。
なお、厚生労働省の5検疫所では通常、輸入時の検査のみを扱っている。
解説3 EPZ(Emergency Planning Zone)の目安
防災指針に示されている EPZ の目安を、以下に抜粋して示す。実効的には EPZ 内で放射線量の 影響の大きい地点から重点的に試料を採取することが有益である。
(参照:「原子力施設等の防災対策について」)
(参照:「原子力施設等の防災対策について」)
解説4 サーベイメータの特徴 サーベイメータは検出器により感度、測定範囲、エネルギー特性等が異なるので、使用目的や
測定しようとする放射性核種、放射線強度に応じた測定器を選ぶことが必要である。
測定器の種類別には、
1 離箱式サーベイメータは測定下限が低く、飲食物摂取制限に関する指標」で示される放射 性ヨウ素、放射性セシウムの濃度の測定は不可能である。
2 GM 計数管式サーベイメータはガンマ線に対する感度が低いので、飲食物摂取制限に関する 指標に相当する濃度の試料を選別することは困難である。
3 NaI(Tl)シンチレーションサーベイメータはガンマ線に対する感度は高いが、エネルギー依 存性は電離箱式、GM 計数管式に比べて劣る。現在、国内で市販されている大部分のタイプは 低エネルギーのガンマ線に対する感度を落としている(エネルギー補償型)ことから、放射性 ヨウ素に対する感度は計数率表示型に比べて数倍劣ることに留意する。
緊急時には、NaI(Tl)シンチレーションサーベイメータによる測定が行われる。 なお、近年、飲食物摂取制限に関する指標レベルの放射能をスクリーニングし得る、計数型 NaI
シンチレーションサーベイメータを用いた現場での簡易測定法が、開発されている(科学技術庁の 委託研究成果「緊急時における放射性ヨウ素測定法(改訂版)」(平成 11 年度)を参考)。
解説5 被評価対象者
防災指針では、乳児、幼児及び成人の 3 年齢階級(区分)を対象としている。したがって、幼 児と成人の間の階級、すなわち、ICRP-56 報告等において代表年齢が 10 歳及び 15 歳である年齢 階級「7-12 歳」及び「12-17 歳」 (我が国の対象人口はそれぞれ 1000 万人以上)の区分は対象に されていない。①これら階級の線量係数は乳児、幼児及び成人に関する値とはそれぞれ異なるこ と、②生理学的にも大きく異なり、食品の摂取量も異なること、③ICRP-56 報告等では、各年齢 階級の線量係数につき代表年齢を使用して網羅的に提示していること、④被評価対象の年齢階級 区分を3から5に増加させても、評価に特に煩雑さを与えることにはならないこと、等の理由か ら、本マニュアルではこれらの階級も評価対象とした。なお、本モニタリングでは ICRP 報告の
「7-12 歳」及び「12-17 歳」に相当する年齢階級をそれぞれ「少年(10 歳)」及び「青年(15 歳)」 とした。
解説6 対象食品(群) 本マニュアルでは、緊急時モニタリング指針より詳細な食品の品目及び群のモニタリングを目
指した。その食品(群)は「国民栄養調査結果」における分類を基本としたが、測定の対象とな る食品(群)は事故後の経過時間によって異なる。第1段階モニタリングでは、放射性物質によ る農畜水産食品(素材)の表面が汚染され易いことを考慮して、食品は野菜、果物、乳類、穀類、 魚介類・海草類及びその他の6食品(群)を対象とした。一方、第2段階モニタリングでは全般
的な放射能濃度の把握のため、これらを含む12食品(群)を対象とした。
解説7 食品の摂取期間 tm
摂取期間は、農畜水産食品の生育、生産、収穫、漁獲等にかかる期間及びその後の冷蔵、冷凍、
加工処理等にかかる期間に影響される。これらの期間は、食品の種類及びその保存方法により大 きく異なる。本マニュアルでは防災指針と同様、基本的には摂取期間を 1 年とする。しかし、生 鮮食品等では、冷凍保存や加工処理を行わないまま摂取する機会も少なくないので、被ばく線量 が過大評価にならないように、1年より短い適切な摂取期間を設定することが必要になる。
解説8 食品の一日あたりの摂取量 Mm
摂取量 Mm は被評価対象者の年齢階級ごとに異なるが、主として国民栄養調査結果に基づいた。
しかし、乳児については、防災指針と同様、食品ごとに幼児の 1/2 とした。ただし、乳について
は 600gを用いた。次に、幼児については、防災指針の場合、成人の 1/2 の摂取量を用いている が、本マニュアルでは国民栄養調査結果における「1~6歳」の年齢階級の値を使用した。この ため、摂取量は成人の摂取量の 1/2 よりもそれぞれ多い。また、「少年(10 歳)」及び「青年(15 歳)」に対しては、国民栄養調査結果の「7 ~14 歳」及び「15 ~19 歳」の各値を適用した。さら に、成人については「20~29 歳」以上の各年齢階級の摂取量を調査人数で加重した平均値を用い た。いずれにしても、表示した摂取量は平均値であり、時間の経過、男女、生計、地域等により 異なるので、この違いにも留意する。
別表1 第1段階モニタリングの主な対象食品
(出典:平成12年度厚生科学特別研究「原子力施設の事故等緊急時における食品中の放射能の 測定と安全性評価に関する研究」)
別表3 飲食物摂取制限に関する指標
対 象 放射性ヨウ素(混合核種の代表:131I)
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