脳腫瘍の放射線治療について
- 多くの脳腫瘍には放射線治療が必要ですし,放射線治療の成否で生命予後が決まってしまうこともあります
- でも,放射線の線量(グレイ)と範囲(照射野)と方法(2門照射とか定位照射とか)を適切に決めることは簡単ではありません
- 治療をしてくださる医師によっても治療成績は違ってきますから,脳腫瘍に詳しい放射線治療医のいる施設で治療を受けましょう
- 施設によって持っている装置が異なるためでも治療成績が違ってきますから,最新の治療計画システム(技術)と照射装置を持っているかどうかをたずねる必要があります
- ガンマナイフは放射線治療のある装置の商品名でしかありませんし,ガンマナイフでは治療できない脳腫瘍がとても多いことにも気をつけて下さい
- 定位放射線照射と分割照射の両方ができる装置があると,より適切な方の治療を選ぶことができます
- 技術的には三次元的な治療計画や原体照射,定位放射線照射ができることが良い条件になります
- 正常脳がどのくらい放射線治療に耐えるのか(放射線耐性)はとても複雑でここにはかけませんので,一番最後のところを読んで下さい
- 放射線治療も脳外科の手術と同じように,セカンドオピニオンを聞きましょう
- しかし,悪性腫瘍の場合,術後の放射線治療を急ぐのであまり時間をかけてはいられません
脳腫瘍の放射線治療には,さまざまな方法と装置があって,それをどのように選ぶのか,生き残るためには重要な選択になります
放射線を当てる範囲(radiation portals)とそれが使われる代表的な脳腫瘍
- 脳脊髄 (craniospinal, whole CNS) :播種してしまった腫瘍,髄芽腫,PNET,悪性胚細胞腫瘍など播種を起こし易い悪性脳腫瘍
- 全脳 (whole brain) :悪性リンパ腫,多発性脳転移
- 全脳室 (whole ventricle) :ジャーミノーマ
- 拡大局所 (extended focal , generous local):膠芽腫など悪性度の高い様々な神経膠腫
- 局所 (focal):毛様細胞性星細胞腫,乏突起膠腫,低悪性度上衣腫
- 限局小照射野あるいは定位 (strict focal or stereotactic) :転移性脳腫瘍,聴神経腫瘍,神経鞘腫,髄膜腫,下垂体腺腫 ,頭蓋咽頭腫
6.に書いたものだけが定位放射線外科(ガンマナイフ,リニアックメス)の適応になるものです。他のものは分割照射(何回かに治療を分けてする)をしなければなりません。
放射線治療が効きにくい腫瘍と良く効く腫瘍(上から順番に放射線治療が効き易い,でも再発するかどうかは別です)
- ジャーミノーマ
- 中枢神経原発リンパ腫(悪性リンパ腫)
- 髄芽腫
- PNET,退形成性上衣腫
- 神経鞘腫(聴神経腫瘍)
- 頭蓋咽頭腫
- 乏突起細胞系腫瘍(乏突起膠腫,退形成性乏突起膠腫)
- 星細胞系腫瘍(膠芽腫,退形成性星細胞腫,星細胞腫 )
リンパ腫や髄芽腫は一度は消えることが多いのですが,かなり高率に再発します。逆に,聴神経腫瘍などの神経鞘腫は何年もかかって小さくなるのですが再増大することはほとんどありません。乏突起膠腫はたとえ消えなくても腫瘍が大きくならないでずーとかわらないのに対して,星細胞腫では一度小さくなってもすぐに再燃・再増大してしまう傾向があります。
放射線治療の方法と装置
- 1門照射,対向2門照射,固定多門照射,原体照射,回転照射
- 三次元原体照射 (non-coplanar, 3-D conformal, 3DCRT),定位放射線照射 (stereotactic)
- multileaf collimeter(MLC)を使う強度変調放射線治療 (IMRT))
現在も対向二門照射は主流なのですが,腫瘍によっては正常な部分に無駄な放射線がたくさん入ってしまうこともあります。2.と3.の照射法ができる施設を選んだほうが選択肢が増えます。2.では腫瘍の形に応じて,またはなるべく正常脳を避けて腫瘍に照射をすることができます。IMRTではより複雑な形の腫瘍に対して複雑な線量分布を詳細に決めることができます。それぞれ複雑な利点と欠点を持っているのでこれらの照射方法の選択は放射線治療専門医にたずねて下さい。
定位放射線治療には2つの方法があります
- 大線量一回照射・放射線外科 (SRS stereotactic radiosurgery):ガンマナイフ,ライナック,トモセラピー,ノバリス,サイバーナイフ,エッックスナイフ,ハイパーナイフ
- 定位分割照射 (SRT stereotactic radiotherapy):ライナック,トモセラピー,ノバリス,サイバーナイフ
ガンマナイフは放射線外科に適していて,リニアック(ライナック)は定位分割照射に適している装置だといえます。
わかりにくい言葉:三次元治療計画の精度
- conformalityという言葉が使われます,これは腫瘍の体積と形に応じて,放射線照射の体積と形状をどれだけ合わせられるかということです。
- ガンマナイフはアイソセンターの数を多くすることで高いconformalityが得られます。
- 直線加速器(ライナック)でも微小なマルチリーフコリメータというのを使うと高いconformalityが得られます。
- 三次元治療計画の精度conformalityが高いということは,正常の脳に余分に当たる放射線量が少なくなるということですから後遺症が少ないと期待されます。
- でも逆に,精密な三次元照射をしないほうがいい浸潤性の腫瘍もありますから,全ての脳腫瘍にこれがいいとは考えないで下さい。
粒子線治療
- 陽子線治療と重粒子線治療を併せて粒子線治療と言います
- 陽子線治療は水素の原子核(陽子)を加速して患部に当てる方法です
- 重粒子線治療とは炭素イオンを加速して患部に当てる方法です
- 粒子線治療の特徴は体の深いところにある腫瘍に集中的により多くの放射線量がかけられるので浅いところの正常な組織の損傷を低く抑えられることです
- 通常の放射線治療(X線)ではエネルギーは表面から減衰していきますが,粒子線では線量のピークを10cm以上の深いところへ持っているからです
- 治療できる代表的ながんは前立腺がんで,頭蓋底悪性腫瘍を含む頭頚部癌にもある程度の成績が見込めます
- 残念ながら通常の脳腫瘍では粒子線の利点ははっきりしませんし,現時点ではお勧めできません
- 脳は粒子線による障害を受けやすい場所だと考えられます
- 保険診療が認められていないので300万円くらいの自己負担になります
- 日本では10カ所くらいの治療施設があります
陽子線治療の利点
- 特に大きな病巣に対して、正常組織にかかる線量を減らして腫瘍にかかる線量を均一にする特徴をもっています
- ですから、手術ができないような髄膜腫の再発など、大きなかつ通常の放射線治療に抵抗性の腫瘍に十分な線量がかけられます
- 同じように悪性髄膜腫や脊索腫でも大線量をかけることができます
- IMRTと陽子線の差はあまりないとのことですが、IMRTより治療計画がしやすく、低線量被爆領域が少ないとのことです
代表的な放射線治療計画(照射野)と脳にあたる放射線の量の簡単な図での説明
ここには,脳腫瘍の治療で良く用いられる(拡大)局所照射,全脳室系照射,全脳照射の治療計画と脳にあたる線量の分布を図にしてあります。実際に視床下部/下垂体にできた胚腫ジャーミノーマの患者さんに,25.2グレイを14回に分割してかける計画を立てた時のものです。上から順に局所照射,全脳室照射,全脳照射となっていますから,この照射がどのようなものかを理解する手がかりにしてください。
青い線で書いたのが腫瘍の周囲を十分に囲む領域で臨床的標的体積 (CTV)といいます。黄色く塗ったのはさらに少し領域を広げてかけ損じのないようにするので治療計画表的体積 (PTV)といいます。この体積の決め方は腫瘍の形や悪性度によっても変わってきます。放射線治療医の腕の見せ所です。実際に放射線があたるのはPTVの領域です。
黄色いところの面積が脳に入る放射線の合計量です。同じ25グレイでも局所照射と全脳照射ではずいぶん違う量が入っているのが判ると思います。放射線を当てる広さのことを照射野といいます。
腫瘍局所照射
トルコ鞍(下垂体)と視床下部にある腫瘍の部分だけに当てる照射です。目的の場所には25.2グレイが入ります。同時に脳の25%くらいの容積に15グレイが入っています。ジャーミノーマにこの方法を使うと放射線の当たっていない場所から高率に再発します。
全脳室照射
脳室すべて側脳室,第3脳室,第4脳室と下垂体に当てる照射です。胚腫ジェーミノーマでは最も汎用される照射方法です。(この図だとちょっと第4脳室の下の方が足りないかもしれません?)目的の場所には25.2グレイが入ります。同時に脳の60%くらいの容積に15グレイが入っています。
全脳照射
全ての脳に25.2グレイが入ります。脳の100%の容積に25.2グレイが入っています。全脳室系照射と全脳照射が変わらないという意見も時々聞きますが,全脳室で照射が入らない部分を見るとかなり違っていることが判ります。
脳脊髄照射(全脳脊髄照射、全脳全脊髄照射、CSI craniospinal irradiation)
全ての脳と脊髄に放射線が入ります。一般的に使用される線量は、18グレイから36グレイの間です。1回線量は小児では1.8グレイで年長者では2グレイくらいのことが多いです。最も多いのは23,4グレイで13回に分ける方法です。
とても大切なことは、全脳照射と全脊髄照射は同じ日に行うことです。脳と脊髄の照射の間につなぎ目ができますが、それは1cmくらい移動しながら行って、放射線が入らない上位脊髄の部分をなくすこともとても大切です。残念ながら日本の多くの施設でまだこれが行われていません。全部の脳に放射線を当てて、脳照射が終わってから、全部の脊髄に放射線を当てると、髄液の中に播種した細胞が完全にたたけないのです。
とても大切なことは、全脳照射と全脊髄照射は同じ日に行うことです。脳と脊髄の照射の間につなぎ目ができますが、それは1cmくらい移動しながら行って、放射線が入らない上位脊髄の部分をなくすこともとても大切です。残念ながら日本の多くの施設でまだこれが行われていません。全部の脳に放射線を当てて、脳照射が終わってから、全部の脊髄に放射線を当てると、髄液の中に播種した細胞が完全にたたけないのです。
脳の放射線耐性と副作用
- 年齢と照射の範囲によって決まり,とても複雑です。例えば,全脳に40グレイという線量をかけるとします。これは成人では許される量かも知れません。
- しかし,4歳の子供にこの線量を当ててしまえば知能の発達は期待できなくなります。逆に75歳の高齢者にこの量を当てればかなり高率に認知症(痴呆)になります。白質脳症というのが起こるのです。
- 3歳未満の子供にはどのような線量であれ治療に用いるだけの放射線を当てれば認知機能(知能指数)の発達は期待できなくなります。
- 下垂体機能は25グレイくらいまでなら守れると考えられています,また脳幹部は50グレイくらいまでなら耐えるとされています。
- 視神経組織は分割照射で50グレイくらいは耐えます。一回照射(ガンマナイフ)だと8グレイくらいが限界でしょう。
- でも,命がかかっているとそんなことを言っていられない場合もあるので,放射線治療担当の先生とよくよく話し合って下さい。
- 一回線量は,1.8から2.0グレイくらいで,1週間に4から5回の照射をするのが普通です。これ以上の密度で放射線治療を続けると副作用は大きくなります。
- 同じ20グレイという量を腫瘍にかけるのでも,1回でかけるのと10回に分けてかけるのでは天と地の開きがあります。1回でかければかなり有害事象(副作用)は多くなりますが,逆に治療効果は高くなるのです。分割すれば副作用の面では安全といえます。ですから,分割照射と放射線外科(一回照射)は全く違った治療だと考えた方がいいです。
- 容積効果というのがあります。これは狭い範囲の大脳なら60グレイくらいかけられるけど,広い範囲の大脳に60グレイをかけると放射線壊死(放射線による大脳の壊死)が生じてしまうことです。
- 一般的にどのような悪性腫瘍であっても60グレイを越える線量は用いられません。
- 子供の場合は,同じ腫瘍で同じ領域に照射する時にも小さい子供はより少なくする工夫が必要です。もちろん放射線の量を減らせば効果は減るのですが,脳の発達を最低限守るためには仕方がありません。
- 高齢者に全脳照射をすることに関しては,しようがないという意見としてはいけないという意見があります。
- 定位放射線治療ではかなり高い線量が照射されるのですが,原則として正常の脳神経組織には放射線があたらないように工夫されているので許されるのです。
放射線の晩期障害(頻度は多くないのであまり心配しない!)
- ずっと何年も後になって起こる後遺症をいいます。
- 2次腫瘍(放射線誘発腫瘍)は放射線治療の10年くらい後になって発生することがあります。
- 放射線誘発腫瘍の中では,髄膜腫が多いのですが,この髄膜腫は通常のものより早く大きくなる可能性があります。
- 海綿状血管腫も多いですが,これは何もしないで様子をみていいです。
- 癌や肉腫,あるいは膠芽腫といった悪性度の高い腫瘍が発生することがありますが,この場合はほとんど治療法がないかもしれません。
- 照射後の5年以上後になって脳梗塞が生じることがあります。
- これは,脳の太めの血管が狭窄を起こして狭くなって,詰まってしまうからおきるのです。
- 脳血管障害が起こるかどうかは,放射線治療後に何年もMRA(脳の血管を写す)という検査をして様子を見ていかないとわかりません。
- 下垂体機能の低下が放射線治療の後で数年たってから生じることがあります。
- これは下垂体に放射線照射が入っているかどうかで決まりますので,念のため治療を受ける時に聞いておきましょう。
- 下垂体が照射された場合には内分泌ホルモンの検査を何年か続けなければなりません。
- 脳脊髄照射で甲状腺(首のところにあります)というところに照射が入ると原発性甲状腺機能低下症が生じることがあります。
- 甲状腺ホルモンを補うためにチラージンという薬を飲まなければならないことがあります。
ジャーミノーマへ44グレイの全脳照射をしてジャーミノーマは治りました。でも,15年後に髄膜腫が発生しました。典型的な放射線誘発腫瘍です。これは取れるので大丈夫!
central neurocytoma中枢性神経細胞腫という大きな腫瘍が側脳室の中にあって,部分摘出した後に40グレイの全脳放射線治療を受けた患者さんです。当時の病理診断はcentral neurocytomaではなく,上衣腫でした。
放射線治療10年後です。側脳室の中の腫瘍は小さくなって再発はありませんが,脳幹部と小脳に膠芽腫が発生しました(右側のMRI)。この腫瘍も放射線誘発腫瘍と考えられます。脳幹部の膠芽腫は助かることがない悪性腫瘍です。
放射線治療の晩期障害としての脳卒中の論文
Bowers DC et al.: Late-occurring stroke among long-term survivors of childhood leukemia and brain tumors: a report from the childhood cancer survivor study. J Clin Oncol 24: 5277-5282, 2006
- 5年以上生存した脳腫瘍の子供1,871人の追跡調査です。治療されたときの平均年齢は7.7歳です。
- 63名の生存者に脳卒中が生じました。
- 治療後14年前後で脳血管障害が生じていますから,患者さんが22歳くらいの時です。
- 治療後25年での危険率は5.58%とされています。
- 正常対象とされたヒトと比べると29倍の危険率であったとのことです。
- 脳腫瘍の治療で放射線治療を受けると20人に一人くらい若いときに脳卒中になるかもしれないということです。
- 30グレイ以上の照射線量で後々の脳血管障害の危険率が増します。
- 50グレイかかっていると相当に高い頻度になるとのことです。
- 全脳脊髄照射をしていると3倍頻度が高くなります。
- 脳腫瘍の再発があった子供に頻度が高くなるのは放射線量が多くなるからです。
- アルキル化剤という化学療法を同時に使っていると頻度が高くなります。
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