交響曲第8番 (マーラー) 千人の交響曲
2部構成による。第1部は教会音楽的かつ多声的であり、第2部は幻想的かつホモフォニー的であるが、両部は主題的に緊密に構成され、統一された印象を与える。演奏時間は約80分。
第1部 [編集]
賛歌「来れ、創造主なる聖霊よ」(歌詞はラテン語) アレグロ・インペトゥオーソ 変ホ長調 4/4拍子 ソナタ形式
オルガンの重厚な和音につづいて合唱が「来たれ、創造主たる聖霊よ」と歌う。これが第1主題で、主音から4度下降し、7度跳躍上昇する音型は、全曲の統一的な動機となっている。交響曲第7番の第1楽章第1主題(主音から4度下降し、6度跳躍上昇)との関連も指摘されている。男声合唱によって推進的な経過句が現れる。第2主題は落ち着いた旋律をソプラノ独唱が「高き恵みをもって満たしたまえ」と歌い、各独唱者による重唱となる。小結尾では、やや懐疑的な旋律や高みを目指すような動機も現れる。
展開部は懐疑的な旋律で静かに始まるが、やがて合唱が第1主題の動機に基づく新しい旋律を勢いよく歌い始める。二重フーガなど対位法的な展開を駆使してきびきびとかつ壮麗に進み、圧倒的な頂点を築いたところで第1主題が再現する。コーダは管弦楽のみで第1主題の動機を扱うが、児童合唱が入ってきて第1主題の動機に基づいて「主なる父に栄光あれ」と歌い、Gloriaの歓呼で高まっていく。第1主題の動機を繰り返して白熱し、華々しい金管の響き、高揚をつづける合唱で結ばれる。
第2部 [編集]
ゲーテの『ファウスト 第二部』から最後の場(歌詞はドイツ語)
長大な第2部は、旧来の交響曲の構成に則り、アダージョ、スケルツォ、終曲+コーダとという部分に分けて考えることができる。
第1の部分は変ホ短調のポコ・アダージョで、管弦楽と合唱による自然描写の部分とそれにつづく「法悦の教父」(バリトン独唱)、「瞑想する教父」(バス独唱)までである。
第2の部分ではアレグロとなり、天使たち(児童合唱)が登場し、「マリア崇敬の博士」(テノール独唱)を加えて歌われる。
第3の部分では、テンポをアダージッシモに落とし、管弦楽のみでハルモニウムの持続音とハープの分散和音を伴い静かに歌われる旋律に合唱が入ってくる。その後、「罪深き女」(ソプラノ独唱)、サマリアの女(アルト独唱)、エジプトのマリア(アルト独唱)が順次登場し、グレートヒェン(ソプラノ独唱)の短い歌唱を挟んで、先の3人による重唱となる。次いでグレートヒェンが「懺悔する女」として第1部の第2主題、ついで第1主題を回想し、ここでひとつの頂点を築く。
以下はコーダと見られ、「栄光の聖母」(ソプラノ独唱)、「マリア崇敬の博士」(テノール独唱)と高揚したところで、4度下降、7度上昇の動機(第1楽章第1主題)が金管によって現れる。管の高域や鍵盤楽器の分散和音で静まっていくと、「神秘の合唱」がきわめて静かに歌い始められ、次第に高みに登りつめてゆく。頂点に達したところで、第1部の第1主題が金管の別働隊によって完全に姿を現し、オルガン、全管弦楽の壮大な響きに支えられて金管が高らかに第1部第1主題の動機を吹奏して全曲を結ぶ。
『ファウスト』の音楽化 [編集]
第2部でマーラーはゲーテの戯曲『ファウスト 第二部』第5幕から最終場面210行あまり(約50行は省略)を歌詞として作曲しているが、この『ファウスト』に題材をとった音楽作品として、ほかにベルリオーズの劇的物語『ファウストの劫罰』(1846年)、シューマンの『ゲーテのファウストからの情景』(1853年)、リストの『ファウスト交響曲』(1857年)、グノーのオペラ『ファウスト』(1859年)、ブゾーニの『ファウスト博士』(1924年、未完)などがある。
このうち、ゲーテの脚本をドイツ語のままで用いたのはシューマンとリストである。シューマンの作品は、『ファウスト』全体からテキストを抜粋したオラトリオ形式によっており、マーラーの第8交響曲の先駆的作品ということができる。リストの『ファウスト交響曲』では最終楽章で「神秘の合唱」の8行を男声合唱に歌わせており、この部分だけなら、シューマンおよびマーラーと共通する。このゲーテの「神秘の合唱」で、「永遠に女性的なるものがわれらを高みへと引き上げ、昇らせてゆく」という詩は、女性の愛を、天上世界へ導く「浄化」作用として象徴的に歌い上げているという解釈が一般的になされる。
しかし、前述したとおり、マーラーは最終楽章を「エロスの誕生」として構想していた。そこにゲーテの『ファウスト』を採用したことについて、マーラーは1910年6月にアルマに宛てた手紙で「すべての愛は生産であり創造であって、肉体的な生産も精神的な創造も、その源にはエロスの存在がある」と書き、『ファウスト』の最終場面でこのことが象徴的に歌われているとしている。
賛歌「来たれ、創造主たる聖霊よ」
来たれ、創造主たる聖霊よ人間たちの心に訪れなんじのつくられし魂を高き恵みをもってみたしたまえ
慈悲深き主と呼ばれし御身至高なる神の賜物それは生の泉・火・愛そして霊的な聖なる油
(来たれ、創造主よ)
われらが肉体の弱さを絶えざる勇気を持ち力づけ、光をもって五感を高め愛を心の中に注ぎたまえ
(光をもって五感を高め愛を心の中に注ぎたまえ)
敵を遠ざけてただちに安らぎを与えたまえ先導主なるあなたにならってわれらをすべての邪悪から逃れさせよ。
御身は7つの贈り物により御尊父の右手の指にいらっしゃる
(御尊父より約束された尊い者なる御身人の喉に御言葉を豊かに与え給う)
御身によってわれら尊父を知り、御子をも知らせ給え。(両位より出現した)聖霊なる御身をいつの時にも信ぜさせ給え。
(光をもって五感を高め愛を心の中に注ぎたまえ。来たれ!創造主なる聖霊よ慈悲深き主と呼ばれた御身至高なる神の賜物)
天の喜びを贈り給え大きな報いを与え給え争いの結び目を解き、平和の誓いを堅くし給え。
(ただちにやすらぎを与えたまえ先導主である御身にならってわれらをすべての悪より逃れさせよ。)
主なる父に栄光あれ
死よりよみがえった聖なる子、そして聖霊に千代に渡って栄光あれ。
<ゲーテ『ファウスト』第2部「山峡」から終幕の場>
峡谷、森、岩、荒野
神聖な隠者たち(峡谷の間に横たわり、野営する)
合唱と木霊
森は風に揺らぎなびき寄せられ岩は峙ち、それを支えている木の根はそれに匍い巡り絡まって幹は互いに寄りそって天に聳え立つ谷の激流しぶきをあげてほとばしり、奥深い岩窟われらを守る宿となる獅子は親しみ黙りながら這い回り聖なる愛に漂う清浄なこの境地を敬い守る。
法悦の教父(上下に漂いながら)
永遠の歓喜の炎、灼熱なる愛のきずな、沸きたぎる胸の痛み泡立つ神への陶酔。矢よ、わたしを貫け槍よ、わたしを突き刺せ、刺のある棒杖よ、わたしを砕け、雷光の火よ、わたしを焼けむなしいすべてのものよ飛び散り失せて、久遠なる愛の精髄、その星よ輝き光れ!
瞑想する教父(低い地所で)
わたしの足元で、岸壁の断崖が深淵のどっしりした重みに沈み込み百や千もの小川が輝きながら流れ、凄まじい滝となり、轟き飛沫上げ落ちる。樹々の幹が止みがたい自らの衝動によってまっしぐらに木の幹すくすく伸びるもの万物を創り、万物を育むのは全て全知全能の愛のなせる業。わたしをめぐり凄まじい水音轟かせるが、森も岩根も波のようにうねるがごとく豊かな水は優しく親しげにせせらぎ満々とたたえた水流が互いに渓谷へと速やかに谷をうるわせて下る。稲妻は炎をあげて下界に落ちそれは毒と靄を孕む大気を浄め、それを清らかにする。これはみな愛の使者、わたしたちのまわりを漂い、永遠に創造する力を告げ知らしめるのだ。わたしの胸を燃え立たせる恵みの火を受けたい。わたしの精神は混濁し、悩ましい官能の獄舎のなかにきびしく鎖に繋がれて、苦しんでいる。おお、神よ。わたしの妄想を静め、貧しい心に光を与えたまえ。
天使(ファウストの永遠の魂を運びながら、高い空中を漂う)
霊界の高貴なひとりが悪から救われた。どんな人間にせよ、絶えず努力し励むものをわたしたちは救うことができます。そのうえにこの人には天上からの愛が加わったのですから。至高の幸に祝福された天上の群れが心から歓んでこの人を迎えるのです。
祝福された少年たちの合唱(山頂を経めぐりながら)
手と手を組んでたのしく環をつくりましょう。聖なる思いを讃え歌いましょう。神の御教えをこの身に受けて、安らぎの中に身をゆだねお前たちが歌う神の姿を仰ぎ拝むことができましょう。
若い天使たち
愛の豊かな聖なる贖罪の女たちの手から授けられたあのバラの花が私たちを助け、勝利を勝ち取らせてくれました。貴くも気高い仕事は完成されてこの貴重な霊を手に入れることができ、わたしたち花を撒くと、悪魔は退き、わたしたちが花で打つと、悪魔は逃げ去りました。日常の地獄の刑罰を受けるかわりに悪霊たちは愛の苦悩を感じました。あの年をとった悪魔の殿様サタンでさえも鋭い痛みに身を貫かれました。さあ、歓呼しましょう。成功しました。
完成された天使たち(アルトソロと合唱)
大地の残した屑を運ぶことは、わたしたちにもつらいことです。たとえ、それが石綿でできていようとも、それは決して清浄なものではありません。強い精神力がもろもろの地上の元素をわが身に引き寄せ集めればしっかりと結びついた霊と肉との複合体は、どんな天使にも二つに分かつことはできません。ただ永遠の愛だけが、精神を地上の束縛から引き放つことができるのです。
若く未熟な天使たち
〔岩の頂に霧のようにかかってその動きも近々と霊たちのうごめきをわたしはいま感じ取れます。(雲がはっきりとしてきて)天に招かれた少年たちのにぎやかな群れが、いきいきと動くのが見えます。〕地上の重荷から解き放たれて、寄り集まり、輪をつくって、天界の新しく美しい春の装いに元気づけられ、生気を養っているのです。この人もまず手始めに、この子供たちに加わって次第に増えて完成へと高まってゆくのがよいでしょう。
祝福された少年たちの合唱
よろこんで、わたしたちは、蛹の段階にあるこの方をお迎えします。そうすれば、わたしたちも一緒に育ち、きっといつの日か天使になれましょう。この方にまつわりついている。繭だまを早く取って差し上げましょう。彼はもう神聖な命を得て、美しく大きく育ちました。
マリア崇敬の博士(最も高く、最も清らかな岩窟で)
ここは見晴らしがよく、何にも遮られず精神はもっとも高められる。あそこを女たちが通り過ぎてゆく。上に向かって漂いながら、昇ってゆくのだ。その真ん中に、星の冠をおつけになった崇高で美しいお姿、あれが天の女王だ。光輝くのでそれがわかる。(恍惚として)世界を支配したまう最高の女王よ青々と張り広げられた天空の天幕の中にあなたの神秘をお示しください。男の胸を真摯に、やさしく動かすもの、神聖な愛の歓喜をもってあなたに向かわせるものをそれをどうか受け取り、ご賞味ください。あなたが気高いお胸からご命令なさいますとわたしたちの勇気は無敵となり、わたしたちの乾きを癒してくだされば、情熱に熱せられた火もすぐに和らぎます。
マリア崇敬の博士と合唱
この上なく美しい意味をもった聖処女栄光に輝き崇め奉る御母わたしたちのために選ばれた女王神々に等しい御方。(栄光の聖母 宙に漂い近づく)
合唱
手を触れることのできないあなた様ですが、誘惑に陥りやすい者たちが、あなたにお慕い申し上げ、おすがりしますのは禁じられてはなりませぬ。弱さに引き込まれたこの女たちは容易に救うことはできません。けれど、たれが一人の力で情欲の鎖を断ち切ることができましょう。滑らかな斜面の床の上ではたれが足を滑らさないことができましょうか。(意味ありげな眼差しや会釈、柔らかい愛撫するような息づかいに、誰が惑わされずにいられようか。)(栄光の聖母 宙に漂い近づく)
贖罪の女たちと一人の告白する女の合唱(グレートヒェン)
御身は永遠の御国の高みを天翔け漂い、行きたまう。わたしたちの願いをお聞きくださいませ。たぐいなき御身、豊かな恵みのあなた様。
罪深き女(「ルカによる福音書」第7章37節)
パリサイ人らの嘲りを受けながらも神へと浄められた御子の御足に、香油に代えて涙を注いだこの愛にかけて。薫り高いしずくを滴らしたあの器にかけて、柔らかに尊い御手足をお拭いした髪にかけて。
サマリアの女(「ヨハネによる福音書」第4章)
その昔にアブラハムが家畜を連れて行かせた泉にかけて。救世主の御唇に涼しく触れ得る水瓶。その泉から今絶え間なく流れ出て永遠に澄み、豊かにあふれて、世界の隅々までも潤し、豊かな清泉。これらすべてにかけてお願い申し上げます。
エジプトのマリア(『聖徒行状記』)
主の憩い安らいたもうた、畏くも聖なる場所に。わたしを寺院の門外へと突き戻された戒めの御手。ただひたすらに砂漠で祈り上げ、忠実に勤めました40年間の懺悔。わたくしが砂に書き残した至福なる辞世の言葉。これらすべてにかけてお願い申し上げまする。
3人いっしょに
大きな罪を犯した女たちにもお側近くに寄ることをお咎めもなく、懺悔がもたらす功徳をも永遠のよすがに高めたもうあなた様。なにとぞこの善良な魂にもそれにふさわしいお赦しの慈悲をお与えくださいまし。ただ一度自分を忘れただけで、わが身の過ちすら気づかなかったこの身でございます。
懺悔する女(かつてグレートヒェンと呼ばれたもの。聖母マリアにすがって)
類いなきあなた様限りない光に包まれていらっしゃるあなた様どうぞわたくしの幸福をご覧くださいませ。どうぞ慈悲深いお顔をお向けくださいませ。むかしお慕い申した方で今はもう濁りなき方があの人が帰っておいでになりました。
祝福された少年たち(輪を描いて近づいて来る)
その方はわたしたちよりも大きくなって手足も逞しくなりました。わたしたちの心づくしに、忠実に報いてくださるでしょう。わたしたちは人の世の集まりから早く離れてしまいましたが、このお方はそこで多くのことを学んで来られたのです。わたしたちにもきっと教えてくださるでしょう。
懺悔する女(グレートヒェン)
気高い聖霊の群れに囲まれて、新参のあの方はご自分がどうなったかわからない様子。新しい生命にまだお気づきではありません。それでももう神聖な方々に似てまいりました。ご覧くださいまし、あらゆる地上の絆を断ち切って、古い衣を脱ぎ捨てました。そして、あらたに纏った霊気の衣の中から真新しい青春の力が現れております。あの方に教え導くことをお許しください。あの方はまだ新しい光を眩しがっておられます。
栄光の聖母(そして、合唱)
さあいらっしゃい。お前はもっと天空へ昇ってお行き。お前がいると、その人もついて行くでしょうから。
マリア崇敬の博士(深くうつむき伏して、礼拝しながら)(そして、合唱)
すべての悔いを知る心優しき者よ。祝福されたその至福の運命に感謝しながら従う身になるためには、救いの手の眼差しを仰ぎ奉れ。すべてのよき心映えの者は御身に仕え奉らせたまえ。処女よ、御母よ、女王よ!女神よ、とわに恵みを与えたまえ。
神秘の合唱
すべて移ろい過ぎゆく無常のものはただ仮の幻影に過ぎない。足りず、及び得ないこともここに高貴な現実となって名状しがたきものがここに成し遂げられた。永遠の女性、母性的なものがわれらを高みへと引き上げ、昇らせてゆく。
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