2011年11月28日月曜日

放射能の脳への障害

開明の蔵娘「マチ」の天然ブログさんのブログより

放射能の脳への障害

2011-11-16テーマ:原発・放射能
チェルノブイリ事故の被曝者を診察してきた医師の記述です。

「最も酷い障害は、中枢神経障害です。ほぼ全員です。調べていて、あるときから医師のカルテが用成さなくなっていくという、私の恐怖、わかりますでしょうか。 」
         ↓
現地の医師も中枢神経障害になっていたそうです。


この医師の記述のうち、脳障害について書かれた部分を抜粋しました。
いろいろな日にちに書かれたものを寄せ集めています。

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放射線障害を、癌と白血病だけだと思っている方が多すぎます。被曝で、あらゆる障害が起きますが、最も多いのは、知能障害で、程度の差だけです。

発癌も被曝障害の最大の障害ではありません。最大の障害は、成人なら、知能低下と性格崩壊、意欲の減退です。被曝は、細胞死とDNAの変異をもたらします。これは、被曝量と直線関係があります。中枢神経系は、再生しません。当然、脳の機能は低下します。脳は思考だけでなく、下垂体のようにホルモンも作り出します。甲状腺癌も滅多になりませんが、被曝で甲状腺機能が低下します。そして、TSHの出も悪くなれば、ぶらぶら病です。いずれ治る人もいますが、完全には治りません。知能も低下します。
成長期の子供なら、この影響はもっと顕著に出ます。

死ななければ、癌にならなければ、普通でいられると考えるようにさせている国やお抱え医師の発言は、許せません。

皆さん、被曝は、抽選に当たるようなものだとお考えだと思いますが、現実は、徐々に知能と体力が失われていくのです。言われたことだけする人間になります。

 被曝障害は、統計に取れるものだけが論文になっているので、論文、論文と、騒ぐのです。

医療では、軽度の知能低下を、障害とは認めても医療加護が不要なら、統計にはなりません。甲状腺機能障害での知能低下は、脳では良く起こる事ですが、知能低下に気付かない人の方が多いので、統計を取る意味がないのです。だからといって、それが無いわけではないのです。放射線障害としてはっきり原因を特定でき、どのような医師でも判断を間違えない甲状腺癌だから、統計があるのです。死ぬ生きる、在る無い、など、統計を取れる判断基準が無い疾病は、統計を取れません。ちょっと関節が変形した、というのをどうやって統計を取るのでしょうか?関節変形も被曝障害の一つです。

ホルモンの分泌が被曝で低下すれば、性徴が少なくなり、身長体重ともに、過去の統計より小さくなります。そこまで待ってから、治療しようとしても、元には戻せません。同時に知能も低下しますし、シナプスのランダムな成長抑制がありますから、性格は異常になります。見た目が若く見えるだけで、正常ですか? 

 自覚がなくても、確実に、被曝の影響はでています。恐ろしいことですが、脳の異常は、その脳が気付けないのです。 
 
非常に高い線量の服を着ているかたも大勢いますから、通勤などの移動でも危険です。
 この環境で生きるというのは、命がけのギャンブルで、確実に何か起きると考えられます。今は、何でもないかもしれませんが。いずれ、中枢神経の機能が落ちるのは、100%確実です。遅いか早いかだけです。


一般に知られていない脳の症状について書いておきます。これが一過性なのか長期にわたって続くのかは、はっきりしていません。

危機感の大きな減退。
時刻感覚の減退。
食欲の増大。
ステップワイズな複雑な思考の回避。
味覚の変化。
感情の鈍化。
開放感(遊び)への欲求の増加。
転びやすい。
計画性の減少。
複雑な文の回避。
単純ミスの増加。
短期記憶力の減退。
長期記憶の取り出しの失敗。
甘えと自己主張の増加。
他人の感覚への共感の減退。
状況把握の鈍化。
滑舌がわるくなる。

以上は、甲状腺の軽度機能障害で起こることとは違います。こちらは、倦怠と意欲の減少ですが、自覚症状は、かなり経ってから起きます。
上述の重金属中毒に類似の症状にも、倦怠はあります。ですから、金属中毒に似た症状での倦怠と甲状腺機能低下での倦怠は、他の症状で判別できます。


ドイツの医師が、脳障害に警告しています。ベラルーシの人々が集中できないのは、「放射能恐怖」ではなく、脳障害だと言明しています。この軽度の障害は、数%に起こるのではなく、ある程度体内に蓄積もしくは、外部からの被曝で、起き、ベラルーシでは、キエフより低いところでも、ほとんどに見られます。東京圏は、キエフ以上の数値が出ていますし、食品基準も甘いので、既に過半数に達したと考えられます。初期の大放出後、放射性物質の摂取をしなかった方には、一部、一過性の機能低下が見られました。既に、西日本でも該当する症状があると考えられるようになってきました。既に、注意した方々としなかった方々に差が出てきたわけです。


Xeは、気管を通り、甲状腺を被曝させ、5%程度が血液に溶けるはずですから、脳底の血管と大脳表面の太い静脈に沿って、脳の機能を低下させました。Xeは直ぐに排出されますが、体内に取り込まれた放射性物質とXeで、その部分の脳の機能低下が持続し、時刻感覚の喪失や食欲の増進、不安感の欠如、短期記憶の長期化の阻害、などの症状が起きたと考えられます。X-rayによる癌の照射で、脳の機能が一時的に低下することが知られています。実際には、核種が体内にあるので、軽度では二、三日の頭痛程度で、量が多ければ、今でも続いていると考えられます。


 脳への障害は、第一歩は、脳内で血管の多い体積あたりの血液量が多い部分が、血液からのβ線で機能低下が起きてきます。神経線維の近傍で電離作用が起きれば、神経が偽信号を発生しますので、機能が低下するのです。Csは、神経にも取り込まれやすいですし。この最初の症状は、基本人格の増強です。尊大な人はより尊大になり、神経質な人は余計に神経質になります。一方では、不安が減り、食欲が増進し、他人の感情への共感が減り、時刻感が失われてきます。合理的思考ができなくなります(もともと意識してそうしなければ大して合理的に推理などしてませんが)。それから記憶の長期化の阻害、一時健忘、速度感の喪失、一時的にボーとする。粗暴化。性欲亢進。重要度による物の重み付けの欠如。頑固。ルーチンへのこだわり。高齢者では、認知症の悪化。足が攣りやすい。刺激時に体が硬くなって、骨折捻挫をしやすくなる。初期は、興奮しやすくなり、後に刺激に鈍感になる。精神疾患の増加。遊びたがる。などがおきます。

 チェルノブイリの場合、吸飲により、激しい頭痛、眩暈、間接痛、難聴、結膜、網膜異常、痙攣などが、一気に起き、皮膚の症状云々と言ってられなかったようです。こういった症状が激しかった人は、直ぐに楽天的になったようです。これは、脳の症状です。初期症状がなく、内部被曝だけだった人の場合、食べて2ヶ月ほどたってから脳症状が現れているように思います。ところが福島第一では、もっとはるかに早いのです。明らかに核種が違います。これほど早く血管内膜炎様症状を起こしていません。



飲食物の基準値が甘いためで、さらにチェルノブイリの時よりβ線、α線核種の比率が高いので、今後の健康被害は、はるかに大きいと予測できます。同時に中枢への影響が大きいので、危機感が減少し、櫛歯状に人が減っても気にしない、という状態(現在のキエフ)のようになると考えられます。酒が強くなったと感じたら、中枢障害です。今後、食物での防衛をしなければ、皮質全体と、脳幹の抑制が進みますので、突然死が増えると思います。高度汚染エリアでは、甲状腺機能低下が始まっており(含む東京)、脳の抑制で、強い欝からブラブラ病への移行期も起き始めています。

緊急時対応センター(ERC)、 SPEEDIによるシミュレーション計算を進めていた

EX-SKF-JPさんのブログより

【記録】 3月11日夜、保安院は詳細なSPEEDIシミュレーションデータを基に避難区域を設定する直前だった
そこへ、首相官邸からの「同心円」避難区域設定が出され、保安院はその非現実さを十分承知しながら官邸の指示の追認に回った、というのが、朝日新聞「プロメテウスの罠」から読み取れる結論です。

「プロメテウスの罠」の連載記事は、朝日新聞が著作権とやらを行使して記事をまとめたブログポストなどを取り下げさせているとのことですが、「第2弾-研究者の辞表」、まだお読みでない方、まとめてお読みになれます。

ここです。

中でも非常に興味深かったのは、浪江町赤宇木の高線量を文科省が実測以前に掴んでいたこと。SPEEDIによる単位放出シミュレーションで高線量の地点をすでに把握していた文科省が、3月15日に現地対策本部の省員に指示を出して実際に測定に行かせていたのです。しかし、330マイクロシーベルト時、というとんでもない線量が計測される中、人々はそのときも、その後も、何も知らされることなく、浪江町にはその後も人々が住み続けていました。

研究者の辞表(11)ピンポイントの指示

放射線衛生学の研究者、木村真三(44)らが福島に入った3月15日は、朝6時すぎに福島第一原発の2号機が破損、大量の放射性物質が放出されていた。

 3月28日でも屋外80μSv,浪江赤宇木集会所内20μSv
原発から5キロの場所には11日夜に国の現地対策本部ができていた。しかし14日夜には2号機の状態を懸念して撤退方針を決める。同日夜から撤退を始め、15日午後には原発から60キロ離れた福島県庁に退いた。

撤退組の一人、渡辺眞樹男(57)は福島県庁に移った後の15日夜に指示を受けた。「大変な事態になっている。測定に行ってくれ」

渡辺は文部科学省茨城原子力安全管理事務所から応援に来ていた。指示された場所は浪江町山間部の3カ所。ピンポイントだった。神奈川北原子力事務所の車 で現地に行き、午後9時ごろ放射線量を測る。数値を見て驚いた。3カ所とも高く、特に赤宇木(あこうぎ)は毎時330マイクロシーベルト

「いやもう、信じられなかった」と渡辺は振り返る。すぐ報告しようとしたが、携帯はつながらない。雨模様だったので衛星携帯も使えなかった。急いで川俣町の山木屋まで戻り、公衆電話から報告をした。戻る途中、点々と人家の明かりが見えた。まだ大勢の人が残っていた。

「とにかく住民の方々に被曝(ひばく)をしてほしくなかった。線量が高いと報告し、早くこの線量を発表してください、とお願いをしました」

実はこのとき渡辺は防護服を着ていなかった。県庁への撤退が慌ただしかったため、防護服の類は現地本部に放棄していたからだ。

「不思議と自分のことは考えていないですよね。こんな時だからこそやらなきゃいけない、と」

必死の思いで渡辺が伝えた数値は、しかし住民避難に使われはしなかった。文科省は16日にその数値を発表したが、地区名は伏せたまま。浪江町に知らせる こともなかった。町は危険を認識せず、一帯に残る住民に伝えることもなかった。なにより官房長官は「直ちに人体に影響を与えるような数値ではない」と会見 で述べていた。

それにしても、なぜ対策本部は高線量の場所をピンポイントで知っていたのか。渡辺は言う。「ポイントをどなたが決めて指示されたのか、私もいまだに分かりません」

元をたどると、指示は文科の本省だった。根拠に使われたのはSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測システム)。同省は汚染の概要をつかんでいた。(依光隆明)

*2011.10.27朝日新聞朝刊

さらにもっと興味深いのは、文科省が単位放出のSPEEDIによるシミュレーション計算を持っていたのと同時に、経済産業省の原子力安全・保安院も、3月11日の時点で独自により詳細で正確なSPEEDIによるシミュレーション計算を依頼し、汚染の把握と避難区域の早急な設定を進めていた、という事実です。

避難区域の設定の勧告を出そうと全力を挙げている只中に、首相官邸が今や悪名高き同心円の避難区域を発表し、首相が言うんだから官僚としてはそれの追認しか行わない、といかにも官僚らしい反応で保安院は作業を中止したらしい、とのこと。

ど素人の官邸(管首相)の案に諾々と従う官僚をもった国の災難といえばそれまでですが、官僚を敵に回したど素人の首相を持った国の災難、とも言ってもいいでしょう。
研究者の辞表(12)いきなり同心円避難

3月15日、毎時330マイクロシーベルトの値が出る場所を、なぜピンポイントで指示できたのか。(=依光隆明朝日新聞記者)

東京・霞が関の文部科学省。時に身ぶり手ぶりを交えながら、科学技術・学術政策局次長の渡辺格(いたる)さん(53歳)説明する。「実は、単位放出のSPEEDIを使いました」。

SPEEDI(スピーディ)とは、放射能の影響を予測するシステムのことだ。放出された放射性物質がどう広がるのか。風向きや風速、地形を計算し、飛ぶ範囲を予測する。

放射性物質は同心円状には広がらず、汚染エリアは複数の突起を形成する。そのエリアをSPEEDIで予測し、迅速に住民を避難させなければならない。それが原子力防災の基本中の基本とされている。

予測の基(もと)になるのは、原発からの放出源情報だ。ところが今回の事故ではそれが入手できなかった。

しかし、そういう事態でも仮の値を入力することで予測ができる。それが、1時間に1ベクレル放出したと仮定する「単位放出」で計算するやり方。渡辺さんはその手法で正確に高汚染地域を把握していた。

渡辺さんが特殊な手法を用いたわけではない。原子力安全委員会が定めた指針では、事故発生直後は放出量を正確に把握することが難しいため、単位放出または事前に設定した値で計算するとある。そうして計算した予測図形をもとに、監視を強化する方位や場所を割り出していく。

単位放出で情報を流す、という点ではマニュアル通りでした。放出量が分からないときに単位放出を各関係者に配るというのがマニュアルになっていましたから」。

マ ニュアルによると、配る先は一部の省庁と原子力安全委員会、福島県、そして現地対策本部。「実際に避難範囲を決める場合、SPEEDIを使ったのかどうか は文部科学省では分かりません。避難範囲を決めたのは文科省では無く、原子力対策本部ですから。今回は本来の使い方はされず、いきなり同心円状で避難の指 示がなされた」。

マニュアルでは文科省は情報を出すだけで、それを使って避難指示を出すのは原子力災害対策本部、つまり官邸だ。

しかし、首相の管直人も、経済産業大臣の海江田万里も、官房長官の枝野幸男もSPEEDIを知らなかったと主張する。特に海江田と枝野は20日過ぎまで知らなかったと国会答弁している。いったいどうなっていたのか。

研究者の辞表(13)送られなかった167枚

SPEEDIの予測データはどう流れたのだろうか。(=上地兼太郎朝日新聞記者)

震災から約4時間後の3月11日午後7時3分、国は原子力緊急事態宣言を出す。首相官邸に原子力災害対策本部ができた。

経済産業省の原子力安全・保安院は、対策本部の事務局を担う一方、同省別館3階に緊急時対応センター(ERC)を立ち上げた。他省庁からも人がかき集められた。

SPEEDIの予測は本来、文部科学省が原子力安全技術センターを使って1時間ごとに行う。出来た予測図は保安院にも送られるが、保安院は独自の予測も出そうとした。それに向け、同日夜には同センターのオペレーターをERCに入れた。

保安院が独自で行った1回目のSPEEDI予測は午後9時12分に出た。翌12日午前3時半に福島第一原発2号機でベント(排気)をした場合、放射性物質はどう拡散するかという予測だ。放射性物質は南東の太平洋へ飛ぶ結果が出た。

12日午前1時12分に2回目の予測。今度は同時刻に1号機のベントを仮定した。これも海へ拡散していた。保安院は16日までに45回173枚の独自予測をはじき出した

保安院の予測の特徴は、様々な情報を集めて放射性物質の放出量を推測したことだ。放出量を1ベクレルと仮定した文部科学省に比べ、予測の精度は高かった。

官邸の地下には、各省実働部隊が詰めるオペレーションルームがある。保安院は課長補佐以下の職員数人をそこに出していた。保安院から予測図を受け取る専用端末も備(そな)えられていた。

官邸5階には首相の管直人ら災害対策本部の中枢が陣取っている。避難区域を決めたのはこの中枢であり、その決定にはSPEEDIの情報を参考にすることになっている。ということは、予測図は専用端末を経て5階まで運ばれていなければならなかった。しかし・・・。

オペレーションルームの専用端末に送られたのは1,2回目の予測図だけ。保安院が独自で行ったSPEEDI予測のうち、43回167枚はERC内で止まっていた。

しかもプリントアウトして内閣官房の職員に渡したのは2回目の分だけだった。2回目の予測図はA4判で計3枚だが、そのうち何枚を渡したか、渡した後どうなったかも保安院は確認を取っていない。何故(なぜ)こんなことになったのか。

研究者の辞表(14)二つの<やらねば>

商業用原子炉の規制、監督をつかさどるのは原子力安全・保安院だ。今回の事故でも、保安院の動きは最大の焦点だった。(=上地兼太郎朝日新聞記者)

事故当時を知る幹部や現場職員に話を聴きたいと何度も依頼した。もちろん保安院には出向いて話を聞いた。関係者の自宅にも何度か手紙を出し、ときには玄関まで足を運んだ。

保安院の広報は「職員個人への取材はご遠慮いただきたい」と言ったが、当事者から聞かねば分からない事もある。保安院は「担当課から答えさせる」と強調しながら、その答えは常に要領を得なかった。

保安院はすでに民間人となった幹部OBへの取材も規制した。「事故当時のことはすべて担当課が答える」という理屈だった。

そんな中、事実の断片を積み上げながらSPEEDIをめぐる経緯を知ろうとした。匿名(とくめい)を条件に明かしてもらったこともある。

以下、今の時点で最も事実に近いと思われる経過はこうだ。

3月11日午後7時過ぎ。官邸に原子力災害対策本部ができた時、原発から5キロの場所に現地対策本部が作られた。原子力防災マニュアルでは現地本部が対策の中心だ。SPEEDIを使って住民の避難区域案を作るのもここの役割だった。

しかし現地本部は地震の揺れで通信回線が途絶していた。要員の集まりも悪い。とうてい、避難区域を検討できる状態ではなかった。

現地本部が機能しない場合、避難区域を考えるのはどこか。意図しないまま、保安院と官邸で重大な勘違いが生じていた。

東京・霞が関。経済産業省別館3階にある保安院の緊急時対応センター(ERC)は、避難区域の案を作るのは自分たちしかいないと確信していた。官邸に置かれた対策本部の事務局は保安院であり、その中核がERCだからだ。

放射線班が避難区域案作りを担当し、原子力安全技術センターに注文してSPEEDIの予測図をはじきだそうとした。住民の避難には放射性物質の拡散予測が欠かせない。班員らは必死だった。

一方、官邸5階に陣取る対策本部の中枢は違う考えを持っていた。現地が機能しなくなった以上、自分たちが避難区域を決めるほかない。官邸中枢はERCの存在を認識できないほどあせり、混乱していた。

時刻は11日の夜9時前後。ERCと官邸で、別々に避難案づくりが進んでいた。(=続く)

研究者の辞表(15)官邸独断 室内は騒然

事実に近いと思われることをさらに続ける。(=上地兼太郎朝日新聞記者)

3月11日午後9時12分、経済産業省別館にある原子力安全・保安院のERC(緊急時対応センター)は、独自に注文した1回目のSPEEDI(スピーディ)予測図を受け取った。

SPEEDIは放射性物質の拡散を最大79時間先まで予測できる。その能力をフルに使って将来の拡散範囲を予想し、危険地域にいる住民を避難させなければならない。

放出された放射性物質は風に流されるため同心円状には広がらないのが常識だ。何時間後、何処(どこ)に汚染が広がるか。ERCはSPEEDIの予測を続けて汚染区域を見極めようとした。ところが・・・。

その矢先の午後9時23分。原子力災害対策本部長の管直人は同心円状の避難指示を発する。原発から3キロ圏内の住民は避難、10キロ圏内の住民に屋内退避、という内容だった。

対策本部の事務局は保安院が担当し、その中核はERCだ。そこには全く連絡が無いまま、いきなり結論だけが下(お)りてきた。官邸中枢が独自の判断で決めたのだ。

避難区域の案を作っている最中に、一体どうしたことか。ERCは驚き、室内は騒然とした。官邸中枢が避難区域を決めてしまった以上、自分たちに役割はない。そう即断し、この段階でERCは避難区域案づくりをやめてしまう。

官邸中枢が発した避難指示は12日午前5時44分に原発から10キロ、同日午後6時25分に20キロと広がっていった。いずれも同心円状だった。

ERCは16日までに45回もSPEEDIの計算を繰り返すが、それは避難区域を決めるためではなく、官邸中枢が決めた避難区域について検証するためだった。

同心円状に広がらないのは原子力防災の常識なのに、同心円状に避難指示が出る。そのおかしさを感じながらERCはそれを追認した。発せられた避難指示を否定する根拠がない以上、追認が妥当と考えた。

その後、政府はこう強調した。放出された放射能量が不明だったのでSPEEDI予測はそもそも役に立たなかったのだ、と。ERCがSPEEDIを使って避難区域案を作ろうとしていたことは伏せられた。

同心円状の避難指示で最も矛盾が生じたのは、20キロ圏外にある放射線量の高い地域だった。SPEEDIの予測図では20キロ圏をはるかに超え、北西方向に高線量地域が伸びていた。
このほかにももう一つ、3月11日から東電が独自に出していたシミュレーションもありました。このシミュレーションは経済産業大臣、福島県知事と、大熊町、双葉町の町長にファックスされていました。
英語の使い古した言い回し(Cliche)では、

... and the rest is history...

とでも言うのでしょうが、まったく残念な歴史となりました。管首相は嘘をついたんですね。SPEEDIに関して。罪のない嘘、White Lieでは済まないでしょうね、これは。

日本の皆さん、もう起きてしまったことはしょうがない、などとはゆめゆめお考えにならず、ここは何としてでも責任を追及してください。また同じことが、別の事故でも必ず起こります。

原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していた

大前研一氏 福島原発事故は天災ではなく人災であったと結論Add Star

電源喪失が事故原因と言ってるがそれだけだろうか?

ノルウェーの研究チームが地震の直後、津波福島第一原発に襲いかかる前から、キセノン133が漏れ始めていたというのだ。つまり、原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していたことになる。』と言っているが?


津波が原因は嘘!福島原発事故、津波の前にキセノン133が漏れていた!(ノルウェー研究チーム) ヤッパリ地震で壊れてた!
http://d.hatena.ne.jp/chamuchamu/20111106/1320573995
(下記掲載)

大前研一氏 福島原発事故は天災ではなく人災であったと結論
NEWSポストセブン - 2011.11.14

大前研一氏は先日、原発事故の再発を防止するためのセカンド・オピニオンを東京電力日立GEニュークリア・エナジー、東芝などの原子力専門家の協力を得てまとめた『「福島第一原発事故から何を学ぶか」中間報告』を細野豪志原発事故収束・再発防止担当相に提出した。以下は、大前氏の原発事故に対する解説である。

* * *
同報告書は、メルトダウンして放射性物質を撒き散らした福島第一原発と、同様の大地震大津波に見舞われても事故にならなかった福島第二原発女川原発東海第二原発を比較した結果、その間には電源と冷却源を確保して緊急停止した炉心を冷やすことができたか否かの違いしかなく、したがって「長時間にわたる全交流電源喪失は考慮する必要はない」とした原子力安全委員会設計思想が直接の事故原因である、と結論づけた。

つまり、福島第一原発事故大地震大津波による「天災」ではなく「人災」だったのである。

言い換えれば、どれほど大きな地震津波に見舞われても(あるいは旅客機が墜落してきても、テロリストに襲われても)電源と冷却源を確保する設計思想であれば過酷事故を防げたはずだ。

仮に完全に水没してしまっても、「何が起きても電源と冷却源を確保できる」多重的・多様的な安全対策を施した原発でなければ、再稼働してはならないのだ(同報告書の詳細はhttp://pr.bbt757.com/2011/1028.htmlをご覧いただきたい)。

週刊ポスト2011年11月25日号

 放射性物質はどのくらい放出された?
Nature Asia - 2011年10月27日

ノルウェーの研究チームにより、新たに福島第一原発事故大気中に放出された放射性物質の総量が計算され、政府が6月に発表した推定放出量よりもずっと多いという報告があった。

世界各地で観測された放射能データを組み合わせて大気中の放射性物質の量とその流れを推定した結果、福島第一原子力発電所の事故では、政府の推定よりもはるかに大量の放射性物質が放出されていたという研究が、Atmospheric Chemistry and Physics に発表された1。さらに、日本政府の主張とは裏腹に、4号機の使用済み核燃料プールから大量のセシウム137(半減期が長く、長期にわたって環境を汚染する物質)が放出されていたとも報告しており、もっと迅速に対応していれば、これほど大量の放射性物質が放出されずにすんだかもしれないと述べている。論文はオンライン掲載され、現在、公開査読を受けている。

研究チームを率いたのは、ノルウェー大気研究所(シェラー)の大気科学者Andreas Stohlだ。Stohlは、自分たちの分析は、これまで行われてきた福島第一原発から放出された放射性物質の量についての調査研究の中で、最も包括的なものであると自負している。スウェーデン防衛研究所ストックホルム)の大気モデル作成の専門家 Lars-Erik De Geerは、今回の研究には関与していないが、「非常に価値のある成果です」と評価している。

原発事故による放射性物質の放出過程の再現は、日本国内をはじめ世界各地にある数十か所の放射性核種モニタリングステーションで観測されたデータに基づいて行われた。その多くは、包括的核実験禁止条約機構(オーストリアウィーン)が核実験の監視のために運用している世界規模での観測ネットワークに属する。このデータに、カナダ、日本、ヨーロッパの独立観測ステーションのデータも付け加え、これらをヨーロッパと米国が保管している広域気象データと組み合わせた。

ただし、Stohl は、自分たちが作成したモデルは完全にはほど遠いものだとして注意を促している。原発事故発生直後の測定データが非常に少ないうえ、一部のモニタリングポストは放射能汚染がひどく、信頼できるデータが得られなかったからである。より重要なのは、原子炉から何が放出されたのかを知るためには、原子炉内で何が起きたのかを厳密に知らなければならないのだが、いまだ明らかになっておらず、永久に謎のままかもしれないという事実である。「チェルノブイリ事故から25年後もたった今でも、その推定値は不確かな部分が非常に多いのです」と Stohl は言う。

それでも、今回の研究は、福島第一原発事故を全般的に調査したものであり、De Geer は、「Stohl らは真に地球規模の視点から、現在入手できるかぎりのデータを利用して推定しています」と話す。

政府の発表

3月11日地震後に原発で起こった出来事については、すでに日本の研究者たちが詳細な経緯を推定している。福島第一原発電の6機の原子炉が激しい揺れに見舞われた50分後、巨大津波が襲来し、緊急時に原子炉を冷却するための非常用ディーゼル発電機が破壊された。それから数日の間に、地震発生時に稼働していた3機の原子炉が過熱して水素ガスを発生し、次々に水素爆発を起こした。定期点検のために停止していた4号機では、核燃料は使用済み核燃料プールに貯蔵されていたが、3月14日にこのプールが過熱し、おそらく数日にわたり建屋内で火災が発生した。

一方で、原発から放出された放射性物質の量の解明は、事故の経過の再現に比べてはるかに難しい。政府が6月に発表した『原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書 —東京電力福島原子力発電所の事故について—』では、今回の事故により放出されたセシウム137は1.5×1016ベクレル(Bq)、キセノン133は1.1×1019Bqと推定している2。セシウム137は半減期30年の放射性核種で、原発事故による長期的汚染のほとんどの原因となっている。一方、キセノン133はウラン235の崩壊によって放出される半減期約5日の放射性核種であり、原発事故や核実験の際、初期に観測される。

ところが、Stohl らが原発事故の再現結果に基づいて推定した放出キセノン133の量は1.7×1019Bq、セシウム137の量は3.5×1016 Bqで、政府の見積もりよりキセノンが約1.5倍、セシウムが約2倍となった。

キセノン133の放出量は、チェルノブイリの総放出量1.4×1019Bqよりも多いことになる。だが、De Geer によれば、チェルノブイリでは爆発した原子炉が1機であったのに対して、福島の事故では3機も水素爆発したことで説明できるという。また、キセノン133は生体や環境に吸収されないため、健康に深刻な影響を及ぼすおそれはない。 問題なのは、数十年にわたり環境に残存するセシウム137だ。Stohl らのモデルの値は、チェルノブイリ事故での放出量の約1/2に相当する。De Geer は、このような高い値が出たことを懸念している。今後、セシウム137が人々の健康に及ぼす影響を明らかにするためには、現在行われている地表での測定を進めていくしかない。

Stohl は、自分たちの推定値が政府の発表と食い違いっているのは、今回の調査ではより多くのデータを使用したことが原因の1つであるという。政府の推定の基礎となったデータは、主として日本国内のモニタリングポストによるものであり3、風に乗って太平洋を越え、北米ヨーロッパに到達した膨大な量の放射性物質は考慮されていないのだ。神戸大学放射線物理学者で、福島周辺の土壌汚染を測定している山内知也(やまうちともや)は、「事故の本当の規模と特徴を明らかにするためには、太平洋上に出ていった放射性物質も検討する必要があります」と言う。

Stohl は、政府の依頼を受けて公式な推定値を出した研究チームを非難しているのではない。むしろ、「できるだけ早く結果を出す必要があったのでしょう」と慮っている。群馬大学の火山学者で、自らも原発事故のモデルを作成した早川由紀夫(はやかわゆきお)は、「確かにこの数値だけを見れば、両者は大きく違うでしょう。けれども、どちらのモデルにもまだまだ不確実な要素があり、実際には2つの推定は非常に近いのかもしれませんね」と言う。

f:id:chamuchamu:20111106190911g:image:w340:leftさらに、Stohl らは、4号機の使用済み核燃料プールに貯蔵されていた核燃料が、莫大な量のセシウム137を放出していた可能性を指摘している。政府はこれまで、プールからは放射性物質はほとんど漏れ出していないと主張してきた。しかし、研究チームのモデルでは、プールへの放水をきっかけに原発からのセシウム137の放出が激減したことが、はっきり示されている(図「原発事故の経過」参照)。つまり、もっと早い段階から4号機プールへの放水を行っていれば、放射性物質の放出をもっと抑制できたかもしれないのだ。

しかし、政府は、使用済み核燃料プール自体に大きな損傷はなく、使用済み核燃料が重大な汚染源になったとは考えられないと主張している。政府による公式推定値の算出にかかわった日本原子力研究開発機構茨城県東海村)の茅野政道(ちのまさみち)は、「4号機から放出された放射性物質は多くはなかったと思います」と言う。だが De Geer は、核燃料プールの関与を含めた今回の新しい分析は、「説得力があるように見えます」と語る。

さらに今回の分析は、もう1つ新たなデータを提示している。地震の直後、津波福島第一原発に襲いかかる前から、キセノン133が漏れ始めていたというのだ。つまり、原発は、津波が襲来する前から、地震によって損傷していたことになる。政府の報告書でも、福島第一原発電を襲った揺れの大きさが、原発設計時に想定されていた揺れを上回っていたことを認めている。反原発活動家は、以前から、政府原発を認可する際に地質学的な危険を十分に考慮していないと主張しており(Nature 448, 392-393; 2007)、今回のキセノンの大量放出は、原発の安全性についての評価方法の再考を促すことになるかもしれないと、山内は言う。


この事故で、首都圏はどうだったのか。実は、原発事故により甚大な被害を受けるおそれがあった。事故直後の数日間は、風は海に向かって吹いていたが、3月14日の午後、風向きが変わって陸に向かって吹き始め、セシウム137が東北南部から中部地方にまで広がっていった(図「放射性物質の拡散」参照)。実際、15日夜から16日未明にかけて雨が降った栃木県群馬県の山間部では、のちに土壌から比較的高濃度の放射性物質が検出された。一方、首都圏では、そうした高濃度の放射性物質が上空を通過したときに、たまたま雨が降らなかったことが幸いした。「この時期に雨が降っていたら、東京も今よりずっと深刻な事態になっていたかもしれません」と Stohl は言う。(編集部註:ただし、(独)国立環境研究所の空間線量測定とシミュレーションによれば、21日から22日にかけても放射性物質南関東に流れ込んだことが示されている。このときは、雨が降っていたため、南関東でも一部の地域で比較的高い線量が観測されていると思われる。)

http://www.natureasia.com/japan/nature/specials/earthquake/nature_news_102711.php#.TrZatseRG8k.hatena%23Message-complete




2011年10月28日(金)
大前 研一(BBT大学学長)

プレスリリース 「福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか」

プロジェクトについて

背景
会員向けのテレビ番組「ビジネス・ブレークスルー(BBT)」の福島第一原発事故に関する放送を、
3月12日、同19日に連続してYouTubeにアップしたところ、250万回を超えるアクセスがあった。
引き続き、著書『日本復興計画』(文藝春秋)等を通じて情報発信していたが、
必ずしも政府が真実を伝えているとは言い難いと判断した。
そこで、事故再発防止ご担当の細野豪志・首相補佐官(当時)に対して、次の提案を行った。
  1. ストレステストや保安院の作業に対する「民間の中立的な立場からのセカンド・オピニオン」として検討プロジェクトを発足し、3カ月以内に事故分析と再発防止策に関する提言をまとめたい
  2. 本プロジェクトは、納税者・一市民の立場からボランティア・ベースで実施する為、調査に必要な情報へのアクセスの仲介だけをお願いしたい
  3. 客観的な視点から取りまとめるので、その内容に関しては、国や電力事業者の期待するものになるかどうかは分からない
  4. プロジェクトの存在については、報告がまとまるまで、秘密裏に取り扱って頂きたい
プロジェクト・チーム
MITで原子力工学博士号を取得し、株式会社日立製作所で高速増殖炉の炉心設計を行っていた大前研一が総括責任者。プロジェクト・マネジメントの経験をもつ柴田巌ら2名が事務局。 インタビュー、ヒアリング等の情報聴取に対し、原子炉オペレーションの専門家として東京電力株式会社及び電力グループから2名、原子炉の設計専門家として日立GEニュークリア・エナジー株式会社2名、株式会社東芝4名の協力を得た。
作業工程
BWR型を中心に、主に福島第一、福島第二、女川、東海第二原子力発電所を調査した。
  1. 何が起きたのか? 全プラントに対し、地震発生から時系列で何がどういう経緯で起きたのかを追跡(クロノロジー)
  2. 原因・誘因は何か? 大事故に至った4基(福島第一1、2、3、4号機)と、冷温停止にこぎ着けた他の原子炉(福島第一5、6号機、福島第二、女川、東海第二)との比較、差異分析
  3. 教訓は何か? 設計思想、設計指針と事故に至った経緯(クロノロジー)との因果関係分析
  4. 組織・リスク管理体制 苛酷事故における組織運営体系上の問題点の抽出(事故、放射能、避難指示、地元自治体との関係など)
  5. 情報開示 国民への情報開示、その課題

結論

教訓
最大の教訓は、津波等に対する「想定が甘かった」事ではなく、「どんな事が起きても苛酷事故は起こさない」という「設計思想・指針」が無かった事である――その意味で、福島第一原発の4基の重大事故は、天災ではなく人災である
  1. 設計思想に誤りがあった(格納容器神話、確率論)
  2. 設計指針が間違っていた(全交流電源の長期喪失、常用と非常用の識別)
  3. 炉心溶融から引き起こされる大量の水素及び核分裂生成物の発生・飛散は想定外(水素検知と水素爆発の防止装置)
  4. 当初の設計にはなかった“偶然”が大事故を防いだケースが複数ある(第一6号機の空冷非常用発電機など)
提言
再発防止のために。そして、原発再稼動の是非を論理的に議論するために
  1. 監督・監視の責任の明確化(人災であるにも拘わらず未だに誰も責任をとっていない)
  2. いくら想定を高くしても、それ以上の事は起こり得る。「いかなる状況に陥っても電源と冷却源(最終ヒートシンク)を確保する」設計思想への転換。それをクリアできない原子炉は再稼働しない
  3. 「同じ仕組みの多重化」ではなく、「原理の異なる多重化」が必須
  4. 「常用、非常用、超過酷事故用」の3系統の独立した設計・運用システムを構築する
  5. 事故モード(Accident Management)になった時には、リアルタイムで地元と情報共有し、共同で意思決定できる仕組みの構築
  6. 事業者・行政も含め、超過酷事故を想定した共用オフサイト装置・施設や自衛隊の出動などを検討する
  7. 全世界の原子炉の多くも同じ設計思想になっているので、本報告書の内容を共有する

重要な知見

電源喪失
外部交流電源は、地震によって大きく破損している(オンサイトの電源確保が鍵となる)。そして、その後の長期にわたる全電源喪失(直流、交流)が致命傷となった
  • 非常用発電装置が水没
  • 海側に設置した非常用冷却ポンプとモーターが損傷
  • 直流電源(バッテリー)が水没
  • 外部電源取り込み用の電源盤が水没
これらはいずれも想定を超える巨大津波がもたらした損壊である。しかし、大事故に至った理由は津波に対する想定が甘かったからではない
  • - より小さな津波でも、海岸に並んだ非常用冷却水取り入れ装置は破壊される
  • - 水没しない空冷非常用電源が健全であった事などが生死を分けている
設計思想
どの様な事象が発生しても、電源と冷却源(及び手段)を確保する設計思想であれば、緊急停止した炉心を「冷やす」手段は講じられ、過酷事故を防げたはずである
  • 「長期間にわたる全交流電源喪失は考慮する必要はない」という原子力安全委員会の指針に代表される設計思想は、この重要な点を軽視していたと言わざるを得ない。今回の巨大事故につながった直接原因である
事故当時の国民へのメッセージは適切であったのか?
  • 福島第一1号機のメルトダウンは、3月11日当時すでに分かっていたはずであるが、その後一ヶ月が経過しても「メルトダウンは起こっていない」とする発表との乖離は大きい
  • 国民や国際社会に対する情報開示は適切であったのか、疑問が残る
当時の憶測や風評について
プロジェクトが調査した範囲では、以下を裏付ける事実は見当たらなかった
  1. 海水注入やベント実施が遅れた為に、福島第一1号機の事象進展を著しく早めた
  2. 地震による大規模な配管破断が起きた為に、同1号機の事象進展を著しく早めた
  3. 格納容器がマーク1型であった為に、同1号機の事象進展を著しく早めた
  4. 福島第一原発において過度な運転ミスがあった為に、事象進展が早まった
  5. 福島第一4号機の水素爆発は、同プラント内の使用済み燃料の溶融が主因で発生した
今回の主因は、「いかなる状況下においても、プラントに対する電源と冷却源を提供する」という安全思想、設計思想が不十分だった点にあり、今後の再発防止においても、この点を中心に議論すべきである
正当・公平に評価されるべき点
  • 大地震においても、全ての原子炉は正常に緊急停止(スクラム)している。大規模な配管破断も起きていない
  • また3月11日当時、最悪の極限的な危険の下で現場対応に当った福島第一の運転チームがマニュアル以上の奮闘をした点も同様

報告書、内容の公開について

  1. 報告書(全て)は、以下にて閲覧可能
  2. 本記者発表、報告書の詳細説明の映像(120分)は、以下にて閲覧可能
  3. PWR型原子炉等、今後の検討結果も順次公開
  4. 個別のマスコミ取材はお受けいたしません
  5. 事実関係に関するお問合せ先: secretary@work.ohmae.co.jp
以上
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白菜 おばあちゃん と・・・・・

Nagi Wind 2012年12月22日 わたしは、放射線の食品測定所の臨時職員です。 今日も、ある、ばあちゃんが来た。 ひと伝えに・・・ とても、丁寧な、昔の方だよ 白菜を大きく切って持ってきたんだ。 本当だったら、小さく切らなければいけ...