読書会に爆破予告? 多様性をめぐり分断深まるアメリカの今
アメリカ各地で広がっている、ある読書会。
子どもたちに多様性への理解を深めてもらいたい。そんな思いから始まりました。
しかし今、こうした読書会が爆破予告や反対デモで、中止に追い込まれる事態が相次いでいるといいます。
いったい何が起きているのか?現場を取材しました。
(ワシントン支局記者 根本幸太郎)
何者かによる爆破予告
「安全確認後に再開しますが、今は車に戻りましょう!」
読書会の主催者がこう呼びかけると、その場にいた、子どもや親たちは、急いで避難を始めました。
今年(2023年)3月に行われた、子どもたちに多様性への理解を深めてもらおうと開かれた読書会に、何者かによって爆破予告が寄せられたのです。
その後、安全が確認されて読書会は無事開かれましたが、参加者の中には、突然の出来事に、困惑した表情を浮かべたままの人もいました。
主催者は、こうした現状について、次のように漏らしました。
「読書会に反対する人たちは、すべての人から『ドラァグクイーン』たちを遠ざけようとしているのです」
読み聞かせをするのは「ドラァグクイーン」
実はこの読書会で、読み聞かせを行っているのは「ドラァグクイーン」。
派手なメイクで女装をしてダンスなどのパフォーマンスをする人たちで、同性愛の男性やトランスジェンダーなどの人も多くいます。
ドラァグ(drag)とは「引きずる」という意味で、床につくほどの長いドレスを着こなす姿から、そう呼ばれるようになったとも言われています。
アメリカにおけるドラァグクイーンの活動には長い歴史があり、ニューヨークなどのナイトクラブのステージで、100年以上前からパフォーマンスを披露してきたといいます。
アメリカでは、かつて性的マイノリティーの人たちへの偏見や差別が強く、公共の場所で女装をしているだけで取り締まりの対象となる時代もありました。
こうした時代の中でも活動を続けてきたドラァグクイーンは、性的マイノリティーの人たちの権利拡大に向けて最前線で戦ってきた象徴ともされています。
今では、ドラァグクイーンを主人公にしたテレビ番組の影響もあって、認知度が上昇。
ショーを見られるレストランは、昼間から大盛況となっている所もあります。
アメリカ社会で、性的マイノリティーの人たちへの理解が進んできたのに合わせて、ドラァグクイーンたちもその活動範囲を広げてきたのです。
こうした中、近年、ドラァグクイーンが社会活動として参加するようになったのが、子ども向けの読書会でした。
LGBTQに関する本を子どもたちに読み聞かせ、性の多様性への理解や「誰もがなりたい自分になれる」というメッセージを伝えることを目的としています。
一番自分らしくいられるとき
「あなたは愛されているし、特別な存在です。落ち込んだときには、私があなたを信じていることを思い出して、進み続けて下さい」
読書会で、子どもたちにこう語りかけたのは、ドラァグクイーンのダイアナ・レイ・エリスさん(31)です。
アメリカ南部ケンタッキー州で生まれ育ったダイアナさん。幼い頃に見た、ドラァグクイーンが主人公の映画がきっかけで『自分も、やってみたい』と思うようになったのだそうです。
その後、自身がトランスジェンダーだと認識するようになると家族にも明かして、ドラァグクイーンになることを目指しました。
好きな衣装を着て、好きなメイクをして、パフォーマンスを披露しているとき、ダイアナさんは、一番自分らしくいられると感じるのだといいます。
自分は黒人であり、トランスジェンダーであり、私以外の誰でもない。
自分の人生を、自分がありたいように生きられている。
このことを実感させてくれるのが、ドラァグクイーンという存在なのです。
だからこそ、子どもたちにも「ありのままのあなたで、大丈夫だよ」と伝えたい。ダイアナさんは、そんな思いから読書会で読み聞かせを行うようになりました。
読書会に対する過激な抗議活動
ただ、ダイアナさんたちの思いとは裏腹に、今、保守派の間で読書会への反発が急速に高まっています。
ダイアナさんが読み聞かせをする当日、会場の周辺には読書会に反対する人たちが集まり、イベントに抗議の声をあげていました。
「ドラァグクイーンによる読書会は違反にすべきだ!」
「あらゆる形態の同性愛や男性が女装をするようなことは神の掟に反する!」
8年前にカリフォルニア州で始まったドラァグクイーンによる読書会は、全米各地に広がり、一部の地域では公費を受けて、図書館や授業の一環として学校で行われるまでになりました。
読書会が保守層の多い地域にも広がり、注目度が高まったことで、伝統的な性の道徳観を重んじる保守派からの反発が表面化しているのです。
さらに、反対運動では一部の保守派が過激化。会場に爆破予告や襲撃を行って、各地の読書会を次々と中止に追い込んでいます。
「子どもたちを守るための法案」
なぜ、ここまで反発が強まっているのか。
読書会に反対している保守系の団体の代表に話を聞くと、「ドラァグクイーンは性的な関心に訴える成人向けのパフォーマンスを行っている」と指摘するとともに、「幼い子どもに性自認に関する話題を教えるべきではない」と主張しました。
「幼い子どもたちは、複雑なテーマを正確に理解する能力を持っておらず、さまざまな考え方に触れる年齢には、注意しなければなりません。子どもたちには、男の子、そして、女の子として創造されたという現実を理解することを奨励すべきと考えており、性別は考え方や感じ方で決まると教える過激な思想に懸念を抱いています」
こうした保守派の反発を受けて、政治も動きだしています。
ケンタッキー州の議会では、共和党の議員が、“子どものいる場所や公共の施設などでドラァグクイーンが性的なパフォーマンスを行うことを禁止する法案”を提出。
この法案では、最初の2回の違反は軽犯罪とし、3回目以降は重罪として処罰するとしています。
法案を提出した共和党議員は「子どもたちを守るための法案だ」として、必要性を訴えています。
アメリカメディアによると、同様の法案は、テネシー州やテキサス州など、少なくとも15の州で提出されているということです。
ドラァグクイーンは犯罪じゃない
「性的なパフォーマンス」などといったあいまいな表現を含む法案が成立すれば、活動が大幅に制限されかねないとして、ドラァグクイーンたちは全米各地で抗議の声をあげています。
ドラァグクイーンが、一番ありのままの自分でいられる“居場所”だと感じてきたダイアナさんも、こうした動きに憤りを募らせています。
「なぜドラァグクイーンを標的にするのでしょうか? なぜ、自分の人生を生きたいと考えるトランスジェンダーの人たちを標的にするのでしょうか? ドラァグクイーンは犯罪ではありません、アートなんです」
性的マイノリティー対象の法案相次ぐ
同性婚が認められるなど、近年、アメリカでは、性的マイノリティーの人たちの権利拡大が進んできました。
ただ、2023年に入ってから、各地の共和党議員は、性的マイノリティーの人たちの権利の制限につながる法案を提出する動きを強めています。
アメリカの人権団体「アメリカ自由人権協会」によると、ドラァグクイーンを対象としたものに加えて、未成年者への性別適合のための治療を禁止するものなど、その数はすでに491法案に上り、2022年より200以上増えて過去最多となっています。
ジェンダーや性の問題に詳しい専門家は、性的マイノリティーの権利の問題をめぐって揺り戻しとも言える動きが起きていると分析しています。
「アメリカでは、歴史的にアフリカ系アメリカ人や女性など、これまで社会的に疎外されてきたグループの権利のための社会運動が前進するたびに、その進歩を押し戻そうとする反動が必ず起こっています。トランスジェンダーの権利は認知度の高さと拡大の勢いから反動にさらされており、性的マイノリティーに対する保守派の活動の中で、ドラァグクイーンが最新の標的になっているのです」
大統領選挙で大きな争点の1つに
人種、人工妊娠中絶、銃規制などで分断を深めるアメリカ。性的マイノリティーの人たちの権利をめぐる議論でもその分断が浮き彫りになっています。
実際に現場を取材して、読書会に対する反対運動が、一部で過激な行動にまで発展しているのを目の当たりにして、思っていた以上に分断が深まっていることを実感しました。
そしてこれは、2024年に行われる大統領選挙で大きな争点の1つにもなっています。
野党・共和党の大統領候補の1人、フロリダ州のデサンティス知事は、2023年5月、未成年がドラァグクイーンのショーを見ることを規制する法案に署名して成立させ、保守的な姿勢を鮮明にしました。
一方で、大統領選挙に再選を目指して立候補することを表明している民主党のバイデン大統領は、6月10日、ホワイトハウスで性的マイノリティーの人たちへの支持を示すイベントを開催し、権利を守ると強調しました。
性的マイノリティーの人たちの権利をめぐる激しい対立で揺れるアメリカ。その現場をこれからも伝えていきます。